愚者 -フール-
どんっ
考え事をしながら歩いていると、人にぶつかって転んでしまいました。
「いてて……大丈夫ですか?」
「あ、はい……っ!?」
ぶつかってしまった相手を見て、私は思わず息を飲みました。
その人はとても綺麗な人でした。どんな色にも混じらないような白い髪と、広大で深い海を思わせる瞳。顔立ちは少し中性的で、本当、神様に与えられた顔ってくらい整っていました。
「ごめんなさい。僕、まだこの街に慣れていなくて。不注意でした」
細波のような声でそんなことを言います。そして、転んだままの私に手を差し伸べてくれました。なんて紳士的な方なんでしょう。私も前方不注意だったのに、それを責めるような色は微塵もありません。
「い、いえ、私の方こそ。つい、考え事をして、上の空になってしまって」
言い訳をしながら、その手を取って立ち上がり、どきんとしました。とても柔らかく、白く、細い手。それでいて私を引き上げる力強さも持っていて……というそんなギャップに、一瞬ときめいてしまいました。
と、立ち上がり、私はあることに気づきました。足元に一枚のカードが落ちていたのです。拾ってみると、そこには崖の上を重そうな荷物を肩にかけ、呑気に歩いている少年の絵。なんだか危なっかしい気のする少年です。
ただ、知識として、ちょっと引っ掛かるものがありました。立ち去りかけていたさっきの方に訊ねます。
「これ、あなたのでは?」
「あ、そうですね。ありがとうございます」
「タロットカードは一枚欠けては大変ですものね」
「よくご存知で」
どうやら、私の勘は当たったようで、カードはこの人のものだったようです。その人は笑顔で受け取ると、そうそう、と言いました。
「あなたのような美しい方が、周りも見えないほどに思い悩むことはありませんよ。先のことは誰にもわからない。それは当たり前のことです。それでも、目標に向かって駆けていく力を、あなたはお持ちのはずだ」
思いがけず、励まされてしまいました。私は、そう、悩み事を抱えていました。自分の将来について、自分が思い描いているものでいいのか、などと。
けれど、この方の言うとおり、先のことは悩んでも仕方ありません。何事も前向き思考でいく、というのが私の信条でした。
何も言っていないのに、見抜いてしまうなんて、不思議な人。お礼を言わなくては、と思ったら、その人はもう去ってしまっていました。どこまでも不思議なお方です。
「即興占い、お見事!」
「君が勝手に落ちるのが悪いよ。全く、その意に違わず、向こう見ずなんだから、[愚者]くんは」
白髪に海色の瞳を持つ少年は、そうぼやきながら、荷車を引いて歩いて行きます。
荷車にかけられた看板にはこうありました。
「行商人 サファリ=ベル」
タロットカード
[愚者]
ナンバー〇
基本的な絵柄→崖の上を大きな荷物を担いで歩く危なっかしい少年。
カードの持つ意味→向こう見ず、無鉄砲、前向き、など。正位置でも逆位置でも元を正すと意味は同じだが、正位置では前向きなどいい意味に、逆位置だと無鉄砲など悪い意味に捉えられる。