飴のような味の夢
星の代弁者。
星の通訳者。
星の配達人。
地上より高く、星よりも低いところにいる彼らは、そんな風に色々な呼び名で呼ばれている。
「たまにはオレも夢とかいうものを食べてみたい」
人の欲を食べる彼は、夢を食べる彼を訪ねて、そんなことをぼやいていた。
「甘くて人の食べるお菓子の飴みたいな味なんだろう?」
「全部が全部甘いわけじゃないさ」
夢を食べる彼は座ったまま万年筆の手を止めず、書き終わるまで欲を食べる彼も待っていた。
読点の代わりに点をうち、一度斜めに読み返して机の上に置いておく。インクが渇いたら二つに折って雲母煌めく封筒の中に入れ、側に置いているカバンに突っ込むのだ。
「今日も精が出るなぁ」
「人が星にする願い事は、そのままじゃ届かないからな。俺たちが食べて噛み砕いて星の言語に書き直さなきゃ叶えられない」
足許へと手を伸ばし、白くふわふわとした島の上から辺りに広がる水を両手で掬う。指の隙間から水をこぼすと、丸いビー玉のようなものが残る。これこそが、人の夢そのものだった。
月明かりに翳すと中が透けて、黄色とピンクのもやが渦巻いている。
欲を食べる彼はそれを見て「甘そうじゃないか」と取り上げようとしたが、夢を食べる彼は手の中に納めてしまった。
「これは若い人の夢だ。まだ物心ついてない程の若い子どもの夢。こう見えて柔らかいから、素人が扱っちゃ困る」
こうして手に持っていると奪いかねないので、早々に口の中へといれてしまう。若者特有の青く甘い味が鼻へと抜けていき、これはいい味だと舌鼓をうつ。
「欲はパンチの利いた味が多いから、たまには違うのを食べたいんだよ」
「今度上官に希望願いでも出すんだな。俺はこの位置を退く気はないが。唐辛子だの生姜だのは苦手でね」
「オレは好きだ」
じゃあそのままでいいじゃないかよ、と言いたくなったが口に含んだその味を文字に記さないといけないので、言葉は飲み込み味の変化に集中した。
これは砂糖のような甘味ではなく、果物のような瑞々しい味だ。――なるほど、これは分かりやすい。果物屋さんになりたいのか。
可愛い夢じゃないかとくすりと笑う。味の詳細まで読み取って、どんなところでどんな風にそうなりたいのか、どんなことをしたいのかまで読み取っていく。
頭で一度整理して、宇宙の外側から取った貴重な黒のインク瓶に簡素な万年筆を浸し、月の砂を織り込んだ紙に線を引く。書くときは自分の意見を入れてはいけない。あくまで味を仔細に正しく書いていく。体裁は決まっていないが、分かりやすさ重視で基本的に箇条書きにしている。
「今は瞬き何回目だ?」
「八回目」
「あと四回か。このところ願いが多くて溜まって来ちゃってるよ」
「秋は空気が澄んで空がよく見えるからなぁ。仕方無い」
願いを記した紙は、星の瞬き十二回で星に配達をすることになっている。秋はちょっとした繁忙期なので早めに届けたいが、十二回は規定で決まっているので、いつも使っているメッセンジャーバッグは既にぎゅうぎゅうになっていた。
夢を食べる彼の心配なんて知らない欲を食べる彼は、水の中に手を入れて時折触れる夢の感触を味わっている。
「いいなぁ。いいなぁ」
「お前な、そういうのは人の世界で隣の芝は青いって言うんだってよ。人の物ほどよく見える」
「それは違いないかもしれない。オレには希望を食べる奴もよく見えるからな」
「あれは間違いなくいいもんだろ。安定していて不味いのも滅多にないと聞くし。問題は俺にはご飯のおかずにパンを食うような真似は出来ないことだ」
「オレも同感だ」
「安定してるのも良いものとは限らないということさ」
欲を食べる彼は夢の中には時に脆いものもあると聞いていたので手に触れる夢を掬おうとはしないが、それでも一口食べてみたいという葛藤と戦っている。
その様子を夢を食べる彼はひやひやとしながら見守っていたが、欲を食べる彼は溜め息の後に大人しく水から手を抜いた。
「味見させてくれないなら、せめてどんな味がするのか詳しく教えてくれよ」
「それくらいならいいだろう」
夢を食べる彼は書き終わったものを星明かりのよく当たるところで乾燥させる。今日は月明かりもある日だから、五分もあれば渇くだろう。インクは紙にちゃんと定着させないと、配達中に滲んでしまう。
今まで味わった夢の味を思い出す。さてはて、どこから説明すれば、よく分かってくれるだろうか。
「若い人ほど夢は甘く、年を取るほど深みを増す。
若い人ほど夢は多く、年を取るほど少なくなる。
若い人ほど夢は硬く、年を取るほど脆くなる。
基本的にはそんな感じだ。けど例外もかなり多い。
死ぬ間際の人ほど美味しかったりするから、そういうときは切ないもんだ。しかもそれが若者ならば尚更な。
あと年を取っているにも関わらず、甘く柔らかくそれでいて深い味わいがあるものがあって、そういうときは当たりを引いたとしっかり味わうね。若い心を忘れないというのは良いもんだ。
極稀に、若いのに甘く深みがあるものがあったりもする。そういうものはよりよく味わいしっかりと噛み砕いて、きちんと代弁したいと思えるね。そういうときはこの仕事をやってて良かったと実感出来る」
「けどたまには不味いものも引くんだろう?」
「不味いものもあるにはあるが、それは俺の口に合わないだけで未来に向けた願いは総じて美味いものに違いない。そこに籠められた熱や思いは様々で、そのどれもが尊いものだ。叶うかどうかは俺の知ったところではないが、関わった以上は叶うように手助けしたいと思うよ」
夢を食べる彼の言葉を聴いた欲を食べる彼は、「ほう」と感慨深げに声を漏らし、口許を笑みの形に変えた。
「お前、仕事楽しそうだな」
「楽しいかどうかはともかく、合ってるとは思うよ。――おっと光ったな。星の瞬きはあと三回。それまでに流れ着く飴を翻訳しなきゃいけない。仕事は溜めたら後が大変だからな」
「それは言えてる」
「後半はお前に向けて言ったものなんだが」
「ああ分かってるよ……」
「そら、お前の仕事の欲の種だ」
落ちていた欲の欠片を拾い、欲を食べる彼の口の中へと放り込む。反射的に噛み、舌の上で転がした。
「おお、いいねぇ。辛くて酸味があって、口の中がすっきりする。この刺激がたまらん」
「お前はお前でその仕事があってると思うんだがな」
ほらよ、と紙と既にインクの浸った万年筆を投げる。自分とは違いさらさらと感覚的に文字を書いてく様子も、トメ・ハネの激しい特徴のある字も、隣の芝が青く見えるところも、欲を食べる彼によく似合っていると、夢を食べる彼はいつも思う。
「さて、俺も続きをするかな」
水の中に両手を入れれば、掌の上には透明なガラス球に深い紅が液体のように揺れる飴。
なるほど一筋縄では訳しにくそうだ、と月明かりに翳してそんな感想を抱き、夢を口の中へと誘った。




