周一の家族変1
話し的にはいくつかの議論が過ぎた後となっています。
周一と二人きりのセイド会の部室で、突然奴が言う。
「異性愛ってさ、良いよねー」
セイド会らしい話だが、議論や悩みではなく世間話のような雰囲気に、俺はどう言葉を返したものか分からず、適当に答える。
「良いっつってもしたことねえから分かんねえけど」
「それって同性愛はあるってこと!?」
「恋愛未経験だよ……、分かったらさっさと座り直せよ近えよ」
周一はこの部活に入って、胴体を椅子の上に乗せることで他人の顔の間近まで近づくという奇妙なスキルを身につけてしまったらしい。心底呆れる。
「恋愛未経験かぁ……、そりゃいいや」
「何がだ?」
「僕が初めてになれる」
「いやなれないだろ……」
こいつが今、どういう考えの下でこの発言と会話に至ったのか俺には全く分からない。突然の大好きアピールは気持ちが悪い。
「今すぐ礼貴に大好きだって言いたい!」
「勝手にしろよ……つうかお前、本当にどうしたんだ?」
さっきまでの周一は、普段とちょっと違い小説、ラノベではなく、よくある週刊かなんかの漫画雑誌を読んでいたくらいである。
その内容に何かあったのかもしれない。
異性愛っていいよね、か。
「なんでもないよ。それよりも、れ、礼貴、今まで隠してたけど、実は僕、礼貴のことが……」
「なんも隠してねえだろ」
今更普通の告白っぽく取り繕ったところで。雰囲気はなんか小便我慢するみたいでそれっぽかったが。
「それよりも答えてよ! 僕のことが好きなら彼氏になってよ!」
「本当にどうした……?」
がつがつしている、いわゆる肉食系というのは周一と少し相容れない。こいつはそういうのを毛嫌いしている、今の関係から少しずつ近づきたいと言っていた。
今の周一が何を考えているのか、それは本当に考えた方がいいようだ。
「礼貴、僕は君の全てを受け入れる覚悟もある。一生添い遂げるつもりだ。だから、お願いだから、頼むよ……なんでもするから……」
今にも泣きそうな声で周一は懇願する、果たして原因はただの漫画本だけだろうか。
「じゃあ、そんな風に焦っている理由を教えてくれ」
「教えたら付き合ってくれる?」
「内容による」
人との恋愛関係というものは、そんなザックリ決めて良いものじゃないだろう。こいつがどんなに焦って悩んでいるかは全く知らない。
尋常じゃない様子でも、俺は普段通り落ち着いて話し合うだけだ。それが一番、こいつの悩みを解決できると思うから。
周一は、もしかしたら泣いているんじゃないかってくらい顔を下向けて、ぽつりぽつりと呟く。
「……このかっこ……家族には、秘密なんだけど……、下の兄弟、が、様子を見に来るって……」
家族に秘密にしていた? なんか発覚したと聞いた気がするが。
というのもこいつはあまり家族の話をしたがらないからだ。最初の方に弟が優秀だって話聞いたことくらいだから、必要に迫られなければ話さない。
一人暮らしの話もその時にあったから、じゃあ、そういうことなんだろう。
「それで何だ? テメェの弟がこっちに来るのと俺との関係が変わることに何の関係がある?」
「付き合って、礼貴の家に住めば遭わずに……」
「済まねえよ!! 馬鹿かお前は! そもそも恋人ってのは宿屋じゃねえんだぞ!?」
「お、仰る通りで……」
はっきり言って、心配して損した気分だ。
周一はがなりたてる俺に戸惑っておどおどしている。
俺は大きな溜息を吐いて、話を続ける。
「で、隠し続けんのか? 俺の家に泊まったところで弟一人を寮に泊めたら駄目だろ」
「大丈夫、妹も来るから」
「何の解決にもなってねえ」
周一は高校一年生、弟妹と言うと小中学生だ。勝手に寮で寝泊まりさせるのもダメだろうし、そもそも誰が世話をするのか。
親が来ないのは、やはり弟と妹が兄を慕っているからだろうか? だとしたら、これ見たら幻滅だな。可哀想に。
「隠し続けるのはどうなんだ? 女装しているって変だって自覚があるくらいならやめろって、会長も言うんじゃねえの?」
「……うーん」
もう周一が一人で決める範囲の外にあるのだろう。俺も一緒に考えてやるしかない。
「まず、だ。お前が俺の家に泊まりたいってんなら、別に構わないぞ。颯太だって泊めているしな」
「えっ!? 本当に!? じゃあ是非……」
「だが、だ。まあ隠すな、とは言わんがな、そんな尊敬される兄として、女装をいつまでも隠していて恥ずかしくないのか? 同性愛も女装も隠すな、とは言わんが、兄として弟と妹と二人放っとくのは流石にまずいだろ?」
「別に女装も同性愛もバレているし尊敬もされてないから平気だよ。礼貴の家におっ泊まり!」
まるで子供のようにはしゃぐ周一の口からは、とんでもないことまで出てきた。
「ちょい待て。お前秘密にしているって言ってたよな? なんでもうバレてんだよ?」
「え? ああそれは、二度としないみたいな約束させられたけど、こっちでまたしているから怒られるってだけで……」
「テメェもう許さねえ!!」
この馬鹿みたいなテンションで飄々と言う周一に、つい拳が出た。
だが机の配置のために腕が届かず、身を逸らした周一はひょいと躱す。
「危ないって礼貴! じゃあ今日、着替えとかも持たずに行くね!? 実はもう家に来ているんだ……」
「いや、着替えはもってこい」
「そこをなんとか」
「男装になるぞ」
「敬華ちゃん、いるよね?」
「敬華の服を借りるってか!? いや下着はさすがに……」
身を引いた周一に対して俺はドン引きしていた。
何はともあれ、この日、周一が俺の家に来ることになった。
二人でセイド会室を出る時にちょうど会長と出会ったため、鍵を託すとともにその旨を伝え、俺達はともに帰ろうとした。
が、またちょうど、天文部が非常に騒がしくしているため、ついその扉を開けてしまった。
中はまた装飾が様々だが、部屋の左端壁際の机の下に頭を突っ込んた颯太と散らばった達磨落としを見て、そっと扉を閉めようとした。
「ちょっと待って! 助けてくれ! 首が抜けないんだ!!」
「どうしてそうなったんだ?」
「その声は礼貴! 助けてくれ! 助けてくれ! 達磨の首が!」
そう首のない颯太が叫ぶから、俺はまず「お前の首が」と言いたい。
「今日周一が俺の家に泊まるから、できれば来んなよー」
「なにぃっ!? じゃあ俺も行くー」
素直にミスった。こいつはそういう面白そうなことを適当にする奴だった。
「わ、悪い周一」
「……本当にあなたはムードがなくて困るわ。桑門くん、私達は互いに愛し合うから、来ないで欲し……」
「ええーっ!? 行く行く! 超面白そうじゃん!!」
周一が絶句すると同時に、颯太は両手で地面を腕立て伏せみたいに押してなんかガンガンと轟音を鳴らしている。頭打ってんぞ。
「周一、お前は俺にムードがないと言ってるけど、颯太の扱い方は俺と変わらずじゃねえか。あいつはバカだから普通の止め方じゃ無理だったんだよ」
「そうみたいね」
ぽつりと零した後、周一は妙に紅潮した顔で声を荒げた。
「……ところで、愛し合うってことを否定しないということはぁ!?」
期待している周一を俺は小突いて、一緒に颯太を放置して帰った。
帰宅時はのんびりと俺の家の話をしていたが、周一は男子寮を意味ありげに見つめていたが、すぐに歩き始めた。
そして、家。
「ただいま」
「あら、お帰りなさいお兄さ……ま」
敬華の部屋からは小柄で全裸な我が妹が出て、周一を見て絶句した。
そして、すぐにその部屋に逆戻りして、ベッドに落ち込む音などが聞こえる。
隣を見れば周一も絶句しているようだったので、耳打ちしてやる。
「あいつはすぐに男を連れ込んでセックスするような奴なんだ。ま、そういう個性だと思って、あいつと付き合うかどうか吟味しろ」
「い、いや、僕は君一筋だから」
嬉しくないような嬉しいような否定の言葉を受けて、まず台所に案内してやる。
「あ、あの礼貴、親御さんは?」
「普段から日付が変わった後に帰ってくるような奴らだ。多分今日も夜の一時とかに帰ってくると思うぞ。なんか気になるのか?」
「将来の挨拶を……へへ」
結婚ジョークを言ってはにかんでいるが、俺は冗談でも笑えず溜息を吐いた。
「お袋がな、そういうのマジで嫌いなんだわ。迫害する。だから、女装も辞めて欲しいもんだ」
そして、俺が男を好きになったなんて言ったら発狂して俺を殺しかねない。あくまで例えだが。
「そ、そうだったんだ……、うちと同じだね」
「おいおい、共通点見つけて好感度あげていくスタイルか?」
「え? いやそんなつもりは……、ははぁ? 好感度上がっちゃった?」
思わず腹に一撃かましてから、俺は少し落ち着く。
今のは少し先走ってしまった。家に泊まるとかして少し俺も冷静さを失っているらしい。
ともかく敬華もいることだから料理を作らなければならない。
「こんちゃー! 周一はいんのー!?」
……、作り置きの親の分も含めて六人分、足りるか?
颯太と周一と敬華が座って待つ中、俺は普段通りに料理を進める。
ガーリックを使おうと思っていたが……いや、やはり使おう、男の周一と馬鹿の颯太に遠慮することはない。
ちょっと豪華に牛肉を醤油仕立てで炒めた肉中心のシンプルな料理。大皿に盛って量は少なめでも誤魔化す。
「はいお待ち」
「やったー肉だ肉だ!」
颯太が子供みたいに叫んで早速肉をつついている。
「礼貴凄い! 男の料理だね」
「いや、肉は敬華の趣味で……」
「ちょっとお兄様、ニンニクが効きすぎているんじゃなくって? それにまるで私がそんなはしたないような……」
「あれ、敬華ちゃん雰囲気変わってるね」
「はぁっ! 颯太さん!」
それぞれが奇妙な様相を成している。このメンバーは初めてかもしれない。
「ま、食ったら颯太はとっとと帰れ。敬華と周一は風呂。俺は食器洗ったら勉強する。いいな?」
英語の週間テストが迫っているため、最後の追い込みを、というところで俺の計画はあっさりと崩れていく。
「礼貴ー、俺おかんに泊まりって言ってきたから泊まるわ」
「お兄様、お風呂は別々ですが、ユウさんの後に入るのは認めません」
「えっ! 僕が礼貴の入った後のお風呂に……ごくり」
三人の発言がそれぞれ俺の神経を逆なでする。
だが、普通のことを言っている奴もいた。我慢だ、俺の唸っている拳を諌めなければ……。