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我らセイド会!  作者: 陽田城寺
あらすじで言うところの一般ストーリー・出会いとか馴れ初め
4/28

同級生としてのふれあい

「おは礼貴! 昨日の放課後ランデブーはどうだった?」

 颯太に挨拶代りに一発殴っておくと、昨日みたいに俺が席に着いてから彼は言う。

「……俺は別にマゾじゃないんだから、そんなに殴るなって。それより部活はどうだったんだよ!?」

 どうやら颯太は男だとわかってもマドンナ・ユウにゾッコンらしい。

「部活、か。なんか変な奴ばっかりだったよ。あんま何度も行きたくない感じだ」

 言いながら、ユウが席からこちらをちらりと確認してきた。

「テメェは別に平気だ。他のと比べりゃ全然普通に見える」

 いや普通じゃねえけど。

 変わらない大きさの声で俺は言った。颯太が顔に疑問を浮かべている、がユウは安心したように前に向き直ったので、俺もそれでよしとする。

「おいなんだよ今の意味深なアイコンタクト。やっぱお前あの人と……」

 颯太の鼻に肘打ち、そして俺は改めて颯太の顔を見据えて言う。

「あのな、あいつは男だ。自分のことをユウとか言って女みたいな格好しているけどな。お前もいい加減分かってんだろ? なんで、俺が、男を、意識しなくちゃいけねえんだよ!」

 俺が怒ったからか、颯太は打たれた鼻を片手で抑えつつ、もう片方の手で俺を制する。

「落ち着けって! ジョークジョーク。ところでさ、それならもう一人の方はどうだ?」

 と颯太の下卑た視線が前に向いたことで、俺もそちらを視認した。

 このクラスには、マドンナと呼ばれていた人間が二人いる。

 一人は過去形、いまや変な人というか、動物園のライオン扱いであるユウこと坂上周一だ。

 遠目で見る分には良い存在だ、いつも一人で読書をしている彼女は、しかし彼であるから、女性にとっても男性にとっても目の保養になる。その彼に話しかける人間はいないが。

 それはユウが自分から話しかけることをしないことも理由である。

 気持ち悪がって話しかけない人間もいるだろうが、そういった微妙な性別の存在に、周りの人はどう対応すればいいのかわからないんだ。

 だから俺は話しかけることができる、だって俺はあいつを男として見ているから。見ているはずだから。

 そんなロンリーマドンナこと、颯太曰く『黒のマドンナ』の話は今は置いといて。

 俺の席の三つくらい前、しかし俺の目前くらいまでその波の影響がある。

 多くの女生徒を侍らせる『金のマドンナ』神堂麗(しんどうれい)だ。

 颯太がつけた異名の通りなっがい金髪はなんか服の上に散乱している風に見える、その服はどこぞの私立高校の制服らしく、上下とも真っ赤だが、それ以上に豪華な肉体を持つ麗には似つかわしい。

 常に悠然と、漫然と、淑やかに、高貴に、少し見ているだけでこの人は育ちが違うな、と思わされる。

 直接話したことはないが、ここから聞いている限りではだいぶいい性格をしているらしい、こんだけ女が集まっているんだから、ユウが孤高のライオンだとするなら、こいつは猿山のボスだ。もっともユウはライオンなんてもんより、一人でいるフラミンゴみたいな感じか。

 ちなみに、女子からの人気はマドンナ判定に関係ない。颯太が決めるマドンナ判定とは、単純に見た目の良さだ。

 ふと、麗の方を見た。

 多くの女子に囲まれて、優雅に笑っている。俺とは相容れないタイプだ。

 朝のホームルームが始まる、颯太も何もかもを無視し、俺は前に向き直った。


 授業がとんとんと終わり昼休みに入る。

 俺は颯太が弁当を開く間に、すっと立ち上がり、ユウの方へ移動した。

「おいユウ、一人で食う飯は旨いか?」

 弁当箱を箸で突っつくユウは、意外そうな顔をしてこっちを向いた。

「あなた、また名前を……」

「あっ、ちがっ、あれだ、ヘイユー、みたいな、な」

 ユウはしばらく無言で俺を見ていたが、やがてぽつりと口を開いた。

「自分で作った昼食だもの、味は関係ないわ」

「なにお前、自分で作ったのか?」

 一段の大きな弁当箱、中身は玉子焼きとから揚げときんぴらごぼうとほうれん草のおひたし。

「家庭的だな。から揚げとか冷凍じゃねえの?」

 不躾な質問には思えんが、ユウはムッとあからさまに不機嫌な顔を見せた。

「あなた、私がどれだけ早起きしているかわかっているの? 食事の準備に加えて手入れも欠かさないのよ?」

「手入れってなんの?」

 ちょっとの間の後、ユウは普通に言う。

「顔、よ。美しいでしょ?」

 そう自慢げにユウは自分の頬に手をやった。なるほど男なら髭も生えるだろうし、化粧だってしなくちゃいけない。

 しかしユウの動作は確かに艶めかしい、これが女だったら嫉妬と羨望の的だろう。

 俺は素手で弁当箱から唐揚げを取り出して食べた。衣のみならず肉にまでしっかりと味がつけてある、手の込んだものだ。

「ちょっ、勝手に取らないでよ! 僕の唐揚げ!」

「落ち着けよ周一くん、みんな見てるぜ?」

 うぐ、とユウは息を詰まらせる。こいつは……扱いやすい!

 立て続けに玉子ときんぴらにも手を伸ばすが、ユウは何もしてこない。ただ非難の視線を送ってくるのみ。

 二つ目の唐揚げに手を伸ばした時、すっとユウの目元に液体がたまっていた。

 口に入れる直前の、絶望したようなユウの顔は、痛ましくて直視できない。

「……お前な、そんなことで泣くなよ」

「……泣いては、いないわ。ただ悲しいだけ」

 今にも消え入りそうな声では説得力も何もない。マジで申し訳なくなってきたので、そろそろ本題に入ることにした。

「実はだな、一緒に飯を食わねえか、とお誘いに来たんだよ」

 散々しでかした後にこっぱずかしいことを言うもんだから、俺も多少は顔をそらすが、目はユウの方に向ける。

 最初はきょとんと驚いたようだが、すぐに俺の方から恥ずかしそうに顔をそらした。

「べ、別に結構よ。一緒にいると、その、悪いし、空気を濁すわ」

「テメェは高レベル廃棄物か? 気にすんな、颯太がいる時点で空気は濁ってる」

「で、でも私は……」

「嫌なのか? 俺と一緒に飯を食うのは?」

 考えりゃわかるがな、散々こいつには意地が悪いことをしてきたからな。嫌われたって仕方ない。

「……そうよ、あなたと顔を合わせるなんてまっぴらごめん」

 だが、いちいち顔をそらされて悪口を言われたって、何にも堪えない。

「じゃあ颯太と一緒に飯食う感じでいいだろ。あいつはお前のファンなんだよ、可愛いからって」

 見れば颯太は手を振っている、一人で、律儀に弁当箱も開けずに待っている。忠犬。

 その様子をユウも確認したようだが、まだ答えははっきり出さない。

「……でも、やっぱり悪いわ」

「悪くねえっつってんだろ! 何が悪いんだよ!」

 すると、キッとユウは俺を睨んだ。

「クラスでの立ち位置だよ! 僕が一緒にご飯を食べてたら、二人まで変な人って思われるよ!?」

 意外とはっきりものを言うんだな、と少し感心したが、すぐに俺は、普通にで反論した。

「大丈夫だ、俺も颯太も十分変人扱いだからな」

 俺と颯太も訳あり、恐らく学校からは要注意人物として扱われているだろう。

 というのも小学校中学校ともに、俺は主に暴力的な面で、颯太はフザケで、互いに問題行動を起こしている問題児扱いなのだ。

 この学校に通ってからは目立ったことをしていないが、俺は颯太で、颯太は他人に迷惑が掛からないように、それぞれその欲望とも呼ぶべきものを発散させている。

 我慢すればいいんだろうが、どうにも我慢できないのだ。

 ふと、それはユウのそれと似ているのではないか、と思った。

 だが今考えることではない。俺はユウに手を差し伸べる。

「色々話したいこともあるしよ、来いよ」

 ユウは諦めた風に溜息を吐いた。

「……あなた達がこちらに来なさい」

 こいつ、やっぱ一度殴る。



 結局はユウの元に俺と颯太が集まることになった。

 席は意外と空いている。昼休みは他の教室に行ったり渡り廊下だったりで飯を食う奴が多いからだ。この教室にいわゆるスターって奴は麗くらいしかいないわけだ。

「ああ、あなたがユウさんですね、お噂はかねがね聞いています」

 馬鹿げた喋り方で颯太が言うも、ユウにたじろぐ様子はない。恥ずかしいと思ったのだが。

「そういうあなたは桑門くんね。あなたの噂は何も聞いていないけど。それで、私の噂って何かしら?」

 それは俺も気になる。ユウの噂など俺は一度も耳にしたことがない。

「それはですね、あの、ユウさんが男性であるとか、こいつが言ってんですけどね」

「いやそれは事実だ。っつうかテメェ、なんだその態度。腰が低すぎるぞ」

 噂って俺の話かよ、こいつは俺の話を噂程度にしか思ってなかったのかよ。傷つくわ。

 だがここでユウの反応が気になる。俺には男だと言うが、クラスでそれを公表したくない様子のユウは、はたして言葉を濁すのか。

「残念ながら、男よ。坂上周一ですもの」

 本当に残念そうに、ユウは言いきった。少し意外だ。

 颯太はへこへこした笑顔のまま硬直している。俺は声をかけることもせず、自分たちで作った冷凍食品の寄せ集め弁当へ箸を進めた。最近の冷凍食品はバリエーション豊富で実に楽しませてくれる。

「……冗談ですよね?」

「周一、さっきの唐揚げの礼にコロッケやるよ」

「あら、ありがとう」

「話進めんなってー……」

 明らかに颯太はげっそりしている、仕方ないから止めを刺してやろう。

「俺、こいつのちんちん触ったからな、分かるんだよ」

「何触ってんだよお前! っつかホントのホントに女性であられない!?」

 ユウは下品な言葉に顔をしかめつつも頷いた。存外平気なのな。

 颯太の方はと言えば、今にも箸を落としてしまいそうだが、何を思ったかいきなり飯をかっ食らい始めた。

 水筒の茶でそれを流し込んだ後、何てことのない風に言う。

「ま、それならそれでいいや。じゃ周一、これからよろしく」

 あまりの切り替えの速さに、俺もユウも颯太を注視した。

 まるで何かに悩んでいるようには見えない、本当に切り替えたのかどうかは分からない。

「ところでさ、なんで周一はそんな格好してんの? 女装が好きなのか?」

 俺が聞こう聞こうと思っていたことを、平然と颯太は聞いた。流石の能力だ。

「……食事時に話すことではないわ。悪いけど、日を改めて」

 気まずそうに言葉を選んでいる様子だが、それに負ける俺達ではない。

「んなこと言って、単に男が好きなだけとかそんなんだろ?」

 からん、と箸の落ちる音が響く。ユウは素早くそれを手に戻す。

「図星?」

 颯太の言葉に、ユウは恥ずかしそうに咳払いして、無言を貫く。しかし沈黙とは肯定と同義なのである。

 俺と颯太は顔を見合わせるが、すぐに颯太が言った。

「礼貴、俺、もしかして俺にもチャンスがあるかも、って思っちった。すまん」

「なんで俺に謝るんだよ……。むしろ、それで周一を喜ばしてやれるんじゃねえの」

「いやないな。親喜ばせてやりたいし」

 現実的な答えだ。俺もそれ以上何も言うことなく食事を進めた。



 食事が終わってすぐ、俺はユウに尋ねる。

「お前、今日は体操服持ってきたのか?」

 じっと、面倒くさそうな顔で俺を見ると、わざわざぽんと手を叩き、思いついた風を装った。

「あら、すっかり忘れていたわ」

 そしてなんてこともないようにどこかに歩こうというところで、俺はその肩をぐっと掴む。

「……何?」

 面倒、どころかゴミを見るような目のユウに、俺はあるものを渡す。

「ほら、保健室から借りてきた体操服だ。どうせそんなこったろうと思って予め用意した」

 小さな舌打ちが聞こえる。ユウは悩ましげに下唇に手を当てた後、苦し紛れの言葉を吐く。

「……体調が、悪くてね」

「信じると思うか? ああ? テメェ、授業サボるなんて屑のやることだぞ?」

「あなたが言うの? 暴力をふるうあなたが?」

「お前は俺と一緒でいいのか? それでいいってんなら、どんな嘘でも吐いて体育の一つや二つ、休みゃいいさ」

 またユウは俺を憎々しげに見つめる。

 しかし、その手は力なくとも、しっかりと体操服の入った袋を受け取った。

「……責任、取ってよね?」

 恥ずかしそうな潤んだ瞳から、想像だにしていなかった妖艶な言葉が出てきた。

「え、なんの?」

 思わず問い返すと、実に大したことではない。

「体育、二人一組でしょう? 私と組んでくれる人はいないから……」

 俺は溜息を吐いて、一人で更衣室に移動した。



 そういやアイツ、更衣室はどうしたんだろうな……。

 そんなことを考えさせるような目立ち具合でユウが多くの生徒の集う運動場に訪れた。

 上下青のダサいジャージも、頼りなさげに自分の腕を掴む様子のユウは、散る前の儚げな花のように嫋やかで、支えてあげたくなるような――って俺は何を言っているんだ。

 不安そうにきょろきょろ首を動かし、俺の方を見るや否や、ユウは目立たない程度の小走りでこちらに近づいてくる。だが、彼の存在自体が目立つので、その配慮に意味はない。

「よ、お前どこで着替えたんだ?」

「部室よ。いつでも使っていいと言われたから」

 長い髪をたなびかせてクールな女性を装っているのだろうが、まだ恥ずかしさが抜けないのか顔が赤らんだままだ。

 十中八九、四階の部室からグラウンドまで全力に近い速度で走ったからだろうが。

「そ、それで、今日はよろしくお願いしてもいいのかしら?」

「ダメだっつったらどうすんだよ?」

 想像を絶する答えだったのか、ユウは髪に手をかけたまま硬直してしまった。

 こいつは本当に弄り甲斐がある、この呆気にとられた顔の間抜け振りといったら、笑い出したいくらいだ。

「も、もしあなたが駄目と言ったら、桑門くんに頼めば……」

 後ろにいた颯太はなんとも言えない表情だが、申し訳なさそうに手を合わせた。

「すまん、周一。俺にはそこまでの勇気がなかった!」

 つうか、既にこいつは別の奴と組んでいる。それに目を向けずにユウはますます挙動不審になる。

「……は、謀ったな!? 謀ったな礼貴!?」

「いや謀ってねえよ。俺のペアはお前だ」

 いい加減面倒になりそうなので、ここでネタバラシ、一瞬嬉しそうな顔をしたユウも、直後には歯軋りしているかのように悔しい顔に変った。どうやらおちょくられていると気付いたらしい。

「うーっ!」

 全然痛くない手刀が肩にぶつかるも、俺が拳を作るとその手刀は自分を守るものに変った。

「ご、ごめんって!」

「分かればいい。……つうかお前が謝ることでもねえだろ」

 いくらミスター暴力と呼ばれた俺だって、悪いことと良いことの区別くらいはつく。俺がユウに失礼なことをしたから、怒る、ごく当然の流れだ。

 でもユウは恐る恐る

「そうかな?」

 なんて、不安げに呟いた。

 全く、男なのか女なのかも分からないくらい、女々しい奴だ。



 体育にユウが出席しているのを見てご満悦な教師とよそに、最初の課題が始まった。

 ストレッチ、前半は一人で行う準備体操だが、すぐにペアで体を解しあうことになる。

 地面に座り、大きく股を開いたユウが前屈みになり、ひたすら腕をまっすぐ伸ばす。

「……」

 はずなのだが、よくて七十五度、悪くてこれは八十度ほど、つまりほとんど曲がっていない。

「……お前、体固すぎるだろ。っつうか本気でやってんのか? 俺のこと馬鹿にしてる?」

「んっ! もう、こ、これが限界だよぉ!」

 紅潮した顔で必死そうに言われると、それが限界なのかソウナノカー、と納得しそうにもなるが、いやおかしい。

「もう少し曲がるだろ」

 背中を触ってぐっと押し込むと、悲鳴が聞こえる。

「っぎいぃ! 無理、もう無理ぃ! だめだめだめっ! これ以上はもうっ!」

「なんかエロいんだよテメェ黙れ!」

 思わず手を放しユウを解放してやると、涙目で辛そうに息を切らす姿はやっぱりなんかエロかった。

「お、お前なぁ……」

「礼貴は! 礼貴はどうなのさ!? 体、やらかいの!?」

 俺は溜息を吐き、実践して見せる。

 鼻先が地面にぴったり着くほどに、体はすんなりと曲がる。

 ユウの顔がちらりと見えた。どうやら俺の足が曲がってないかとか、どこまでくっついているかとかを確認しているらしい。

 その顔には驚嘆が見て取れる、舐めちゃいけねえぜ。

「どうだ、このトンカチ野郎?」

「……驚いたわ、軽く引くくらい」

 左足の先、右足の先にも腕はしっかり伸びるし、前屈だってできる。

 軽くアピールしてやると、ユウは本当に驚いた様子で、むしろ悲しげですらあった。

「ほら、やってみろ」

 唸ってエロい顔をする、ユウの行動はもはや珍奇で滑稽ですらある。

 これを手伝えって……無理だろ。酢でも飲ますか?

 座ってやるストレッチの後、立ってやる背中合わせで互いに背負い合うアレ、何の意味があるかは分からないが、身長は同じくらいなので好都合である。

 次にそれを行うのだが、またしても問題が発生した。

 俺の体が、持ち上がらない。

「おいお前な」

 冷たい調子で尋ねると即座にユウが反論してきた。

「こっこれでもっ! 頑張ってるんだよっ!」

 これ、持ち上げる側のトレーニングになるならこれでもいいんだが、持ち上げられて背中を伸ばす必要もありそうだから、ユウの無力のせいで俺のストレッチが万全じゃないのは許せない。

「もっと気張れ! 真剣味が足りねえぞ!」

「わ、分かったよ! んっ! ふっ! んっ! んんっ!」

「だからっ! なんかっ! エロいっ! やめろっ!」

 がっくんがっくんと体が揺れるが、この揺れ方のせいで体を痛めそうにすらなる。

「降ろせっ!」

 言った瞬間に俺は、小学生が帰ってきてすぐに投げ捨てるランドセルのように放られる。

 背中が砂だらけになったのだ、文句の一つでも言ってついでに一発殴ったろうと思ったら、ユウもごろんと仰向けに転がっていた。

「ご……ごめん……もう、もう無理ぃ……」

 息を切らしながら腕で目を隠すように倒れるユウは……もう、何も言うまい。


 テニス、まずはコート外で、ネットもなしに打ち合うのだが、ユウは問題外だ。

 サーブができない、打ち返せない、打ってもこっちにはゴロの球が来る。

「お前さぁ……」

「そんなに嫌だったら! 最初から誘わなければよかったじゃん!」

 おいおい、体育の時間にユウちゃん見てないぞ。坂上周一しか見てないぞ。

 こいつが体育をサボってた理由は多分これもあるんだろう。運動音痴が過ぎて素性がバレる、ということ。

 色々と言いたいこともあるが、ユウの言うことも一理ある。

 俺が面倒を見ると、二度三度は言ったんだ、ここは俺が折れるしかないかもしれない。

 球をもってユウに近づくと、奴はラケットを両手で持ち盾のように構える。

 そのラケットを強引に掴むと、俺はユウの肘を掴んだ。

「ここはもっとまげて良い。九十度くらいだ。腰をひねって打て」

 何事か分からない様子で茫然としているユウに、分からせるためにも俺は続ける。

「左手もちゃんと構えろ! そんな垂らしていておかしいと思わねえのか!?」

 指導されていると分かり、ユウも言うことを聞くようになった。

 しかし、試合がまともにできる日は来るのだろうか。

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