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我らセイド会!  作者: 陽田城寺
エクストラナンバー・どんな悩みでもええんやで
28/28

古賀直美の恋愛奇譚・後編

 古賀直美の秘密の話を聞くために、人気の少ない廊下から更に人当たりのない空き教室で、俺達は話を聞いた。

「ま等木ちゃんと同じ部活ってんなら分かると思うけど、俺は中身が男なわけだ。たぶん性同一性障害ってやつ。体は乙女で心は男。たぶん、君と反対なんだろうな」

「僕は、心も男です。女装しているだけで」

 直美の言葉を周一は冷たく突き放す。

「あ、そうなんだ。じゃあ分からないのか……。俺にはお前が分からないしな」

 直美は少しだけ悲しそうに呟いた。けれどすぐに話を始めた。

「何から話すかな。同性カップルについて知りたいってことなら、俺の方が知りたいね。でも、難しいと思う。俺も、君もね」

 周一は唇を固く結んだ、けれどこいつの瞳の意思は、強さは、変わっていない。



 最初は自分がおかしいとずっと思っていた。

 女の子なのに男の子に混じって遊んでいて、おままごとよりもプロレスごっこの方が好きで、お人形遊びよりもソフトビニールでできた特撮怪獣を暴れさせていた。

 その度にお母さんは、女の子なのに乱暴ね、とか変な子、なんて言われて傷ついていたらしい。

 小学校も高学年になったころからだろうか、いい加減に自分の体の異変に、精神の異常に気付いた。

 周りの女子の言うことをまるで理解できず、男子の言うことの方に近いことを思い、趣味もすることも全部、男子寄りになっている。

 友達と一緒に着替えると、何故かドギマギする。自分の体に何故か違和感を憶える。

 テレビでイケメンと呼ばれる人に興味を抱かない。みんなが楽しんでいる女の子向けの遊びを恥ずかしいと思う。

 そしてどこかで性同一性障害というものを知って自分がそれだと確信した。

「……お母さん、私、これかもしれない」

 そんな風に、おずおずと聞いた時に、あるいは解決すると思っていた。

 けれど母の反応は違った。

「馬鹿なこと言わないの! これ以上お母さんを困らせないでちょうだい!!」

 それ以上、母は何も言わなかった。

 二度、三度と言ったが、それ以上言うことはなかった。これ以上怒られるのもつらいし、言葉を無視されるのも辛いから。

 元々母はガサツな自分に飽きれていたらしい。その違和感を自分以上に気付いていたのかもしれない。

 だがそんなこと自分には関係ない。鬱屈として、誰かに何かを相談することもなく、周りの人にそれを黙っている罪悪感、母を困らせているという罪悪感、そして正直に生きることができない圧迫感が、心を苦しめた。

 どうして自分がこんな目に遭っているのか。

 死にたいと考えたことは一度や二度じゃない。

 刃物をじっと見つめたり、高所から地面を見下ろすことだって何度もあった、実行はしなかったけれど、きっと何かあれば行動に移っていたんじゃないかと思う。

 些細なことで人間は行動してしまう、あの人と出会うまで生きてこれたのは、もはや奇跡といっていい。

 いや、彼女と出会うこと自体が、大きな奇跡なんだ。

 だって彼女は、女の人なのに、丸坊主になるんだ。



「三年生になると、あとは卒業するだけだ。一年の時から等木ちゃんのことはずっと見てた。そんで俺は救われていた。あいつの言葉の一つ一つが俺の勇気で、俺の生きがい、生きる理由だ。分かるか? 見ず知らずの人間の、誰に向けたわけでもない一つ一つの行動が、いつ死ぬかも分からない俺の命を救ったんだ。すぐそこにいるのに、決して近づけないアイドルみたいな存在だ」

 感傷に浸るような直美の言葉は、俺には想像できないほどに重いのだろう。

「そんな会長と、どうして実際に仲良くなったんですか?」

「三年生、卒業して彼女と離れると、俺は昔に戻るかもしれない。自信がねえんだ、彼女からいろんな言葉を受け取っても、それを糧にずっと生きていく自信が」

「で、連絡先かなんかもらうついでに仲良くなったとか?」

「いや、実際に相談した。俺のことについて」

「どうして部活に参加しないんですか?」

「そりゃ、あの部に入ったらなんか、自分から悩んでますよって感じしないか? そりゃ冷泉さんみたいな可愛い人がいるから普通の部活ってことは分かるけどねぇ、剛毅がいるしな」

 悩む風に言う直美は、やっぱり入部も考えたんだろう。

 しっかし、冷泉さんみたいな可愛い人がいるから普通の部活ぅ!? 性格は剛毅より酷いぞ!! お前に探り入れろとかいうような奴だっつうの。

 けど、直美がどんな風に思っているかどうかは分かった。最低限の訂正だけしておこう。

「なるほどな。こいつもこれだし。でも俺はノーマルだぞ。等木会長が凄い人だと思ったから入部しただけだし」

「それって結構疑わしいぞ? っつかこの子本当に雄なのか? 思わず一目惚れするところだったんだけど?」

 うふふと周一だけが優雅に笑った。





 本当に別れて二度と会えなくなるかもしれない。そんなことを考えているうちに行動に移っていた。

「等木、さん、ちょっと相談してもいい?」

「古賀直美、そうだな、時間と場所は任せる。いつでも呼んでくれ!」

 忙しそうに等木ちゃんは去って行った。

 適当に誰もいなさそうな場所と放課後の時間を紙に書いて机の中に忍ばして、と準備をして待った。

 等木ちゃんがどんな反応をするかは知らないけれど、かつてからファンであったことを聞いて喜んでくれるなら幸い、くらいにしか思っていなかった。

 実際、放課後に二人きりの空間になると、自分の正体の告白より恋愛の告白のような気分だった。

「……その、何から、話そうかな」

「なんでも遠慮せずに話してくれたまえ。言いづらいことならばいくらでも待つ。どんな考えでも一定の理解を示すつもりだ。なに、三年目の付き合いじゃないか、といっても今まで話したことはほとんどなかったがね」

 普段のように雄弁な等木さんは、女性として美人なのに、けれど自分よりも雄々しい。

「……実は俺、男なんだ、なんつって……」

「ふむ、肉体が男というわけはあるまい。心が男、というわけか?」

 淡々と告げられて、冗談を言う空気もなくして、力なく頷いた。

「それでそのことは他の人には?」

「……一応、お母さんに、私は性同一性障害かも、って言ったんだけど、馬鹿なこと言うなって一蹴されちゃって……」

「理解を示されなかったか。それは厳しいな。それで直美は……どうしたい?」

「ど、どうしたいって?」

 漠然とした質問に、少しだけ不安が生まれる。

「私に相談することで、どうしたかったのかを聞いているんだ。味方になって家族や世間に訴える、私の言葉を聞いて慰められる、色々なことを考えて相談したのだろう?」

 その強気なはっきりとした物言いに、憤りに似たものを感じつつ、考えた。

 辛いから、悩んでいるから、助けてほしいから、そんな漠然とした考えて等木さんに話しかけたのは違いない。

 けれどそれは、長年でしみついた女としての考え方かもしれない。

 自分が、本当の自分らしくあるとは、どういうことなのか。

「……お、俺を導いてくれ、等木ちゃん」

 彼女は目を閉じて頷いて、そして目を開けてふっと笑った。

「ぎこちない喋り方だな。無理せず好きな喋り方をした方がいいんじゃないか?」

「い、いや! 俺、は、俺だ! 俺は、俺は古賀……」

 直美、という名前で男というのは無茶があるだろう。

「うむ、男と聞いて直美と呼ぶのは、一度どうかと思ったよ。といっても、名前など人それぞれ、中性的な名前もあれば、女性だが男のような名前だったり、男性なのに最後を子にするような人もいる。親がつけるものだからどうしようもないからな」

「……でも直美は……慣れ親しんでいるけどさ」

「それが嫌なら、自分が使う男の名前でも作ればいいさ。同じ字で直美(ただよし)とか、一文字とって(ただし)とかな。それはまあ、君の好きにするがいい」

「直……それ、それで!」

「ふむ、ではこれから二人の時は直と呼ぼう。それで、君は男として生きるのだな?」

「お、おお、そのつもりだ!」

 けれど等木ちゃんは、まだ俺を考えさせようと尋ねてくる。

「直の考えを否定するわけではないが、性同一性障害だと自分で気付いても、それを受け入れず、体の性のままに生きるという人も結構いるものだ。本当に、無理はしないように」

「無理……無理なんかじゃない」

「ほう?」

「俺は男なんだよ……。普通に女の子の恋して、ヒーローに憧れて……へへ、たくさんの女の子と遊ぶってのは叶っているけどさ」

 軽口を叩くと、等木ちゃんも笑ってくれた。

「そうだな、直は男だ。それに違いはない」

 等木ちゃんが認めてくれた、というだけで、俺は安心できた。

「じゃあ着替えや更衣室ではどうするべきかだな。ゴンは割と理解があるが、場所の確保は大変だからな。セイド会の部室は貸すが、どうする?」

「……えっへっへ、秘密にしていたら、皆の着替えを見ることができるな。そう考えると、この体も悪くない」

 等木ちゃんが蔑むような目で見てくれる。男として最低だと、そう言うように。

「君のためを思って周りには黙るが、君の人間性については二人きりの時に散々言わせてもらおうかな」

「……冗談だってば、そんなに怒るなよなー」

「とはいっても、確かに君だけ煩わしい目に遭うのは違いないし、男子に交じるわけにもいかないことは間違いない。私個人としては、女子に交じっても、周りをきょろきょろと凝視しないならば黙認するが?」

 そう言われると、悩む。

 女子、男子、そんなキッチリと分けられるものの間にある自分は、一体どういう行動を取ればいいのかも分からない。

「あのさ等木ちゃん、俺ってこれからどういう風にやってきゃいいのかな? 男なのか女なのかよくわかんないし。トイレは女だよな? 着替えはまあ女として、体育とか色々さ」

「肉体的と精神的に分けられればよいが、隠す必要があるなら大半は女になるだろう。君が周りを気にしないなら、先生に説明すれば体育と着替え以外は男扱いもできるだろうが……親のことを考えると、隠す方が良いだろう。我々はまだ、子供だからな」

 そう悲しげに呟く等木ちゃんはとても子供には見えない。けれど彼女なりに無力さを知っているからこその発言なんだろう。

 その後は、今までの悩みも、愚痴も、全部等木ちゃんに話した。

 彼女は真剣に聞いて、時に同情したり、慰めたり、情けないと憤慨したり、けれど一言一句聞き逃さずにいてくれた。

 そんな逞しくて格好良くて、けれど可愛い等木ちゃんを、好きになるのは当然だろう。



「等木ちゃんってさ、可愛いよな?」

 散々過去の話を聞かせてくれた直美は、不意に尋ねてきた。

「可愛いっていうより格好良いと思うが?」

 それが俺の率直な感想。あの人を好きになるとして可愛いっていう理由はありえない。

「そうですね。女性としても男性としても認識できないような人だけれど、魅力的な人物です」

 俺らの感想をそれぞれ伝えると、直美も満足そうに頷く。

「そうなんだよな、可愛いし、格好良いし、頭も良いし……んで常識外れだから、あんまり人気もない! 俺さ、実は狙ってんだよ。この体で俺の相手してくれるかもしれない奴なんて、等木くらいしかいないじゃん!? へへ、どうかなぁ?」

 あー、会長は傍から見れば仲良くしている人間は百合と剛毅だけで、常識的に考えればどちらも恋愛対象ではない。

 だが百合はがつがつ狙っているし、そもそも会長が恋愛なんて言う方がちゃんちゃらおかしい。

「会長にその気があるか、と聞かれると、私は答えられません」

「同感。あの人は多分恋より仕事だ。諦めた方がいいんじゃねえの?」

 教えてあげたのに、直美はぐっと拳を握りしめる。

「や、それはきっと魅力的な奴がいなかったからだ! 俺がこう、いいとこ見せるじゃん!? それで等木ちゃんも気付くんだよ、ああこんなに頼り甲斐ある男がいたなんて、つってな!?」

「何も言えねぇよ……哀れすぎて何も言えねぇ……」

「剣持くん、それは言い過ぎよ。けれど、等木会長にとっては男性も女性も同じ。女性だってそういう相手として見ているんじゃないかしら?」

「何がいいたい?」

「冷泉百合先輩、会長と仲が良い友達だけれど、会長はもしかしたら百合先輩を意識しているかもしれないわ」

 百合が会長に滅茶苦茶惚れていることを隠して周一が巧みに言う。

 なるほど、俺達と直美の共通の理解として、会長は性の中立を言っている。その考えからなら、会長が百合をどう思っているか、ということを引き合いに出せば騙せるかもしれない。

 案の定、直美にとって百合は高嶺の花の存在、人間的な魅力ってことなら百合が最高なのかもしれない。俺には全く理解できないが。

「冷泉さんが恋敵……、そりゃ無理だな。え、マジで? 等木ちゃん冷泉さんが好きなの? い、いやいや、冷泉さんが相手にしないでしょ!?」

「相手にされないからといって諦めるなんてないでしょう? それに、会長は逞しくて男らしいから、もしかしたら……が、あるかもしれない」

 考えれば考えるほど思い当たるのか、直美の顔が青ざめていく。

「っべー……言われてみればありうる……」

 普通ならあり得ない反応かもしれないが、これが等木クオリティとでも言うべきか。

 それとも性の間にある直美自身が、そういうものに寛容になりすぎているだけかもしれない。

 悩みこんだ様子の直美を少しの間眺めていると、彼女は立ち上がった。

 彼女と言うか、彼と言うか、そこは少し悩むところだが、遠慮せず適当に名前で呼べばいいか。

「……やっぱり、今から告白してくる」

「はぁ!?」

 思いがけない言葉に、俺まで思わず立ち上がった。

「おいおい、そんな滅茶苦茶していいのかよ!? どうなったって知らねえぞ!?」

「構わんよ! 今は冷泉さんと二人きりなんだったな……いや構わん! ってことで、えっと君、同性愛がどうなるか知りたいなら、是非ついてきてくれ」

 勝手に歩き出す直美の後ろについて、俺はすぐに反論を始める。

「そんなことして嫌われたりしたら、本当にどうしようもないぞ!? 知らない方がいいこともあるっていうか……」

「それならそれで死ぬだけさ。俺は等木ちゃんを……精華を、信じている」

 さらりととんでもないことを言って、ますます責任が持てなくなる。

「死ぬだなんて! こ、古賀先輩、少し落ち着いた方が……」

「大丈夫、それはひと……精華が俺のことを軽蔑した時だよ。だからまずない。あったらマジで死ぬかも」

 かんらかんらと笑いながら、直美は教室を出て行ってしまった。



 やはり告白という段階になってしまってから、直美はがちがちに緊張していた。

 階段で二人、仲睦まじそうに腰掛け食事をとっている会長と百合を遠目から見る直美とその直美を遠目から見る俺と周一という奇妙な状況、動きがあったのは会長だ。

「おや、直美。そんなところで固まってどうした?」

 直美がビクッと震えると同時に、百合が目ざとく俺達を見つけてしまった。

 忌々しげに俺を見つめるも、直美と会長がいる手前そんな顔は一瞬だった。

 恐怖を覚えつつ、これから三人がどういう行動に出るのか、ここで見守るしかない。

「え、と、その、精華!」

 無茶して声をあげる直美は、本当に震えている。

「お、行くか?」

「礼貴、楽しんでいるね……?」

 周一が周一モードで呆れるように溜息を吐く。

 さて、ドギマギガチガチの直美から、どんな言葉が紡ぎだされるのか。

「いきなり呼び捨てとは。それでなんだ?」

「その、その……」

 百合が目を疑うように直美を注視している。顔色が悪そうで、たぶん状況がよく掴めていないのだろう。

「……好きだ」

「え、やっぱり、やっぱりなの?」

 百合が会長に尋ねている。その発言にはどうかと思うが、会長が答える。

「いや、彼は男だよ、心は」

「言うのか!? それ!」

 直美が完全に男の状態で言うが、会長は表情一つ変えない。

「百合の前で告白するのだから、言う他あるまい」

 まるで百合の方が狼狽しているようで、というか実際にそうなのだろう。会長は全く動揺していない、むしろ落ち着き払っていてこっちが驚くほどだ。

「そうか……だから二人が急に仲良くなっていたわけね。で、告白したと?」

 百合が尋ねると、直美が頷く。

 そして百合は鬼気迫る表情で会長を見た。

「で答えはァ!?」

 でかい声で百合が言う。直美はあれを見てどう思うんだろう、普通の人だと思うんだろうか。

 俺があいつの本性を知っているからなのか、無様にしか見えない。

「私はどうにも恋愛感情というものがなくてね。すまないが、返事は出来ない」

 会長の言葉に、二人が戸惑う。

「えっ、初恋とかねえの!?」

「大切な人は家族と幼馴染と部員だ。あとは全世界の人々に私の考えを広めることができれば……」

 幼馴染、という言葉にむこうの二人が過剰に反応している様子を見せるも、こちらはこちらで話を始めた。

「もう後は本人に任せていいんじゃねえか? 事情は百合も分かっただろうし、会長が直美の手にかかることもねえだろうし」

「そうね。それにしても、会長に幼馴染がいたなんて……これは、一大事かもしれない」

「んなこたないだろ」

 のんびりとした雰囲気で、俺と周一は教室に戻って昼飯を食べることにした。


 古賀直美がセイド会に顔を出すことはほとんどなかったが、百合は直美に対して色々考えたり、直美は教室で会長といまだに仲良くしているという。


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