神堂麗の人生観
颯太が天文部、周一がセイド会、という日であるが、俺も食事の買い出しやたまの休みとしてすぐに家に帰ることがある。
二人に別れを告げて歩くこと数分、後ろからお声がかかった。
「剣持くん、ちょっといいかしら?」
「うっわ、神堂麗……」
いつみても眩しくて目に悪そうな神堂麗は、息切れしているようで顔も少し赤い。
「うっわ、とは失礼な反応ね?」
「悪い悪い。それより風邪か? 疲れているみたいだが」
「走ってきたから、ふふ」
群衆を振り切ってまで二人きりになって話す、という事実から、もう何が言いたいかはなんとなく察した。
「俺はこれから帰るんだが」
「正門まででいいから、少しだけ話をしてもよろしくて?」
「よろしくねえよ……」
だがお話というものは、話す方と聞く方がいれば成立するもの、一方的に隣で話されると、それだけで成り立ってしまう。
「この間、あなたと桑門くんや坂上くんでいろんなことを考えている、とは言いましたね?」
「ああ」
答える義理もないが、俺とてセイド会の一員、ちょいと特殊な彼女の事情の耳を傾けるくらいはしてもいいだろう。
間近の麗からは、ふわりと鼻腔を擽るような、キツ過ぎない柔らかな花の香りが漂う。
人間の匂いでこんなにいい香りがするものなのか、と驚いてしまう。
「それであなたに聞きたいことがあるのですが――」
そう尋ねる麗の顔を見て、ぞくっと背筋が泡立った。
豪奢な金髪と真っ赤な制服のせいで、どうにも派手に思える麗は、白い肌と薄桃色の口紅、カールした睫毛などは見られるが化粧に手の込んだ感じがなく、流線形の瞳はまるで俺の目を捉えて離さないように綺麗だった。
遠くから見れば輝いて目に悪そうなのに、近くで見ると、こんなにも繊細な、印象が変わるものなのか。
「――あの殿方二人と、どれくらい緊密なスキンシップをしたのか、教えてくださらない?」
そんな、ともすれば妖精のように幻想的な人物を間近で見ても、ちょっとの言葉で即座に現実へと引き戻されて俺は答えた。
「嫌だよバァカ。話しかけんな」
つい正直な言葉をかけてしまい、ミスったかと思うが、麗はむしろ微笑んだ。
「意地悪な方ですのね? 少しくらいはいいじゃありませんか?」
確かに少しくらいはいいだろうが、ここで乗せられるほど俺は優しくはない。
「勝手に妄想してろよ、お前の本分だろ?」
こういうキツい言葉をかけたいわけじゃない、が、口から出るのはそういう言葉だった。
流石に麗もムッと一度だけ表情を曇らせたが、また微笑んだ。
「それなら、桑門くんから聞こうかしら? あの人なら口は軽そうですし」
「お前、それ言ったらお前のそれ、話すぞ?」
秘密をバラすという脅し文句、またも自分の柄の悪さにどうも嫌気がさす。
普段は群れを成している麗様がわざわざ二人きりの時にしか話さないのだ、これは聞くだろうと確信した。
だが、麗はあっさりと笑顔を見せた。
「いいですよ? ただ、女子に伝えなければ」
「……マジで?」
男子内での評価が変わること、周一を見ていた俺には、どういうことか分かる。
昨日まで憧れの高嶺の花について話していたのに、一気にタブーにまで変わってしまうのだ。それは陰口のように知られないことだが、気分が良いものではないはずだ。
「ええ。秘密には気を付けてくださいね? あなたが秘密をバラまくような人ではないと、そう信じて言っているのですから」
なのに麗は女子にさえバレなければいいと思っている。
「初対面でよくそんな信用ができるな?」
「あなたは私のことを知らないでしょうが、私は初対面というにはあまりにあなたを知りすぎていますから……」
そう麗は妖しく笑った。
学校が始まってから、俺が周一を、周一が俺を目て追っていたように、こいつは俺の人間関係をずっと見ていたのかもしれない。
そう考えると正直怖い。だが周一トイレ事件を知られるほどだ、ありえなくはない。
「お前……ちょっと怖えわ」
「あら、怖がられてしまったの? それはちょっと……まあいいわ。別にあなたは私に近づかなくても構いませんもの。ね、礼貴くん?」
また麗は微笑んで、俺よりも先を歩いた。
これが神堂麗という人間か、そんな奇妙な納得をして、俺は少し後ろを歩いた。
「お前ってさ、なんで女子にだけ隠すんだ? 男に言ったってバレる可能性はあるだろ?」
「はっきり言ってしまえば、別にバレても構いませんもの」
なんてことないように言う麗に、俺は矢継ぎ早に尋ねる。
「それでいいのか!? 他の奴から引かれるとか、キモがられるだろ!?」
偏見を助長するような言葉だが、今は何よりこいつの本音が聞きたかった。
「私から距離を置きたい、と思う人がいればそうすればいいと思いますし、それでも仲良くしてくれるなら、それでも構いません。趣味……の範疇は超えていますけれど、自制だってできますし、何よりどうするも皆さんの自由です。そうでしょう?」
麗は淡々と語る。
「……自分が異端だとか、変態だとか思わねえのか?」
普通の奴はそう思う。そう思って悩んで、それで解決を誰かに任せる。
「変態、私が? うふふっ! 思うだけなら国家転覆を願っても自由なんですよ? 男性同士の恋愛が好きな程度、口に出したって問題ありませんよ」
満面の笑顔が日に映える。
どうやら正門前に車が止まっていて、麗はそれで帰るらしい。
「それでは、有意義な時間を……まあ、聞きたいことは聞きそびれてしまいましたが、ありがとうございました」
「俺も色々面白かったよ」
こいつはこいつで、等木会長ほど色々と達観した部分があるようだ。
さすがお嬢様、と心の中で嘯いた。