したくないことをさせられるのも、したいことができないのも、自由とは言わない
「天上天下百合が独尊……どうも、冷泉百合です」
「どうしてこんなことに」
今日は剛毅と百合、という最悪メンバーが揃っていた。どうして周一はいないんだ……。
帰りたい気持ちもあるが、百合が既にホワイトボードに文字を書き込んでいるため、仕方なく残ることにした。
「じゃ、早速始めましょう」
俺も剛毅も無言でそれぞれの作業を続けていると、百合は顔を輝かせた。
「うっわコミュニケーション全拒否? それって凄くありがたいわ。じゃあ行くわよ」
まさかの心が通じ合う瞬間だった。互いに相手のことをこれっぽっちも思いやらない姿勢が共通していた。
百合がホワイトボードの横に立ち、支持棒で大きく書かれた文字を指示していく。
そこには、女性の労働問題、と書かれていた。
「男女雇用機会均等法、正式にはえっと、『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律』っていうのがあるのは知っているわね? 憲法でも男女の不当な差別は禁止され、様々な点から平等になっていった。例えば呼び方も、保母さんが保育士だとか、スチュワーデスを客室乗務員って呼ぶのもそれの一環なのよ。ちなみに最初の方は女性を理由に差別しちゃだめ、ってだけで男性であることを理由にする差別はあったらしいわ。ふふ、良い時代ね」
「あんたはクズだな。で、それが何の話になるんだ?」
百合は原稿である資料を片手に、支持棒を片手に話を真面目に進めていく。
「そもそもこの法律ができた背景として、家事、洗濯とか掃除が機械で速やかにできるようになったこと、そして女性も学歴を持つようになったこと、パソコンで仕事が能率化したこと、あとはみんながお金を儲けたいから、とかで女性が働けるようになったからであって、能力的には女性も男性も差異がない、と言えるわね?」
「ま、大体はな」
確かにパソコンを使うだけなら誰だってできる。それに男女差はないだろう。
「で現実、昨日のニュース見た? この国のリーダーが、御自ら、女性の国家公務員の数を三十パーセント以上にします、っていう声明を出したの」
「へえ! あんまりテレビ見ないもんで知らなかったよ。で、それがなんすか?」
つい敬語を使ってしまったのは、やはり百合の真剣な威圧に屈したからかもしれない。
けれどそれはすぐに反抗心に変えられた。
「ふざけんなって思わない!? あからさまに女性の差別が残ってるでしょ、その言い方!」
「ま、そうだな。普通はそんなこと言うまでもないわけだから」
「三十よ!? 女性と男性の人口比率から考えて普通五分五分になるのにどうして七対三になるの!? 頭おかしいでしょ!? と、言うわけで今回の議題はこちら!!」
目を背けていたホワイトボードの文字を、百合は示した。
「私を納得させてみなさい!」
なんだ、それ?
「納得って、どうやって?」
「どうして女性の国家公務員が少ないのか、という点かしらね? そこも任せるわ。どんな道筋になろうと、現状がそうなっている以上、必ず何かしらの理由がある。あなたはそれを考えて納得させられるほどの正しさを導き出せるかしら?」
何故少ないのかを合理的に考える、というのは資料などがないと難しいが、今は考えるだけだろう。
現実としてそういう問題がある以上、確かに理由はあるはず、それを偏見に満ちた百合を納得させるほどの理由を考えつくことができれば、立派なものなんだろう。
「ふむ、そうだな……」
「あーっ! あんたお姉様と同じリアクション取ってんじゃないわよ! 生意気! トサカにきちゃう!」
「トサカにきちゃうて……ちょっと黙れ」
「先輩だっつってんでしょうが! 全くもう、お姉様とはえらい違い……」
「会長はなんつったんだ?」
「蔑むような目で考えるから静かにしろ、って……」
うっとりと百合が吐息とともに言うが、大して変わらないぞ。というかそれでうっとりするなよ。
ともかく、今は本当にこいつを無視して考えるべきだろう。
何故、比率が圧倒的に男の方が多いのか。
百合は五分五分と言ったが、まず男と女だと、確か僅かに男の方が多かったはずだ。
第一の理由としてそれをあげよう。五分五分ではなく、実質は六対四くらいになると思う。
だが現状では七対三よりも差があるらしい。知らなかったが。
確かにテレビで見る知事とかそういうのは男性ばかりだ。女性だと『やる気、根気、茨木』とかいう逞しい女性の人しか知らないくらいだ。
もう一つ理由があるとすれば、女性と言えば子育てや介護が、男性にも同じことがいえるが、そういった仕事を受け持つことが多いと予想できる。
そもそも、実際に働いている女性と男性の数の比率とかを考えてみれば、七対三くらいにまではなる気がする。
いくら男女の雇用機会を均等に、と法律が定めたところで、実際に一日中働く体力は、生物性で考えても男性の方が余裕があるだろうし。
レディファーストの精神から考えても、女性に働かせよう働いてほしいという男性もそれほどいないと思うし。
あとは働きたいと思う女性が、国家公務員という職に就きたいかどうか、というのもある。
小学生の頃に、男の子がサッカー選手に、女の子が花屋さんになりたいように、国家公務員という仕事は男女で人気が違う可能性がある。
ジェンダーだけでなく、職業選択の自由の問題から考えて無理に増やす必要はないんじゃないだろうか。
「そもそも百合は女性が働くべきと思うのか? それは意外というかなんというか。国家公務員とかしんどうそうだけど」
「は? どれだけ女性がパートタイムとか内職とか低賃金で働いていると思ってんの? 男が低賃金で働きなさいよ。っていうのと、純粋にあの報道を見て差別されている感じがしてムカついてんのよ」
正直者で直情的過ぎるだろ。しかも偏見に満ちているから猶更性質が悪い。
「女性が国家公務員ってだるそうな仕事に就きたくないから就職しないだけじゃねえの? ほら、パートタイムとかは時間を選べるからその分楽だって聞いたことあるし。主な収入は男がいるだろ?」
「男に頼って生計を立てるなんて認めないわ!」
ああー、この女超面倒くせえ。
とにもかくにも、俺が考えなきゃならないのは公正であり、差別がないかどうかだ。
国家公務員になりたい、という女性が差別によってその職に就けない、という事態があると駄目だが、上記のことを考えると、それはないんじゃないかと思う。
「そもそも働く女性が少ない、国家公務員になりたい女性が少ない、って話じゃないか?」
「なんで少ないの?」
「なんで、って……、子育てするか働くか、となるとやっぱり女性が子育てする方が多いし、公務員ともなるとパートタイムに比べてしんどいんじゃないか?」
「なんで女性が子育てする方が多数派なの?」
「楽だからだろ」
「どうして女性が楽な方を受け持つの?」
「生物性的に、体力あるのは男の方だろ」
「一日働けないほど体力のない女性なんてそうそういないわよ」
それは間違いない。百合は淡々と質問をぶつけてくる。
「そりゃそうかもしれねえけど、その女どもが実際にしっかり働いて、国家公務員になって、一生過ごそうって考えるかどうか、ってんだよ。お前が女性が男みたいに逞しいと思っていても、世の女性はそう思わねえんじゃねえの?」
国に仕える大切な仕事とは思うが、そういう使命感とか責任感を嫌がる人もいる。
百合はしばらく考えて、言った。
「ま、そう考えるのが普通よね」
なんか、あっさりと納得したらしい。
「お、おう、それでいいのか?」
男性敵視の変人があっさりと首肯したことは、どうにも信じがたい。
けれど百合は普通にうんうん頷いて、一人得心いったように語りだす
「ものは考え方次第で、女性が極端に差別を受けて今の状況になったのかもしれない。けれどもしかしたら、女性を無理矢理にでも働かせようという動きになるかもしれない。普通に考えると前者なんだろうけど、働きたい女性の方が多いんだろうけど、それでも守るべき女性が労働力として駆り出される状況を私は甘んじたくないの。だから七対三どころか十対零でも私は構わないの。男が働いて女に貢ぐべきなの」
こいつはまたいけしゃあしゃあと屑みたいな発言を。
「しかしやけにあっさり引き下がったな。もっと食い下がるかと思ったぜ」
「この話はお姉様にもしてね、そしたら五分五分にすべきだって頑ななの。ちょっと納得いかなくてね」
「会長はまたなんでそんなことを?」
百合が会長ではなく俺の意見に同調している、という珍しい状況だ。それほど議論を交わしたわけでもないが、滅多にないだろう予感がする。
「公務員であろうと私企業の社員だろうと、顧客や消費者の立場を考えるには様々な種類の人がともに働く必要がある、故に男性と女性は同数ほど雇うべきである、だって。無論、各人の意見と自由を尊重したうえで、だ、なんていって」
俺は思わず嘆息して、会長らしい意見だと思った。
「それはそれで一つの正解なんだろうな。女性にとって女性の方が話しやすいとかあんだろ? じゃあやっぱ極端に男が多いのも考えようだな」
「ばっか食い下がりなさい! これだから軟弱な男は……」
「お前、それでよく会長と仲良く……」
していられるな、と言おうとしたところで、大して仲良くないことを思い出して黙った。
と同時に、扉がばぁんと開かれた。
「失礼します! 冷泉先輩、ちょっとよろしいですか!?」
突然の訪問者は見たことのない女子だ。黄色いリボンでツインテールをしている、どっかの制服を着た女子だ。
「桜、一体どうしたの?」
桜と呼ばれた女子は俺に一瞥くれて、ガン無視して百合の方を向いた。
「実はその、予算案に手違いがあったらしくて、先生方も今大変で……」
「何の話だ?」
「あら知らなかったの? 私、生徒会役員だから」
百合がなんてことのないように言いながら立ち上がった。
「は? お前が? 生徒会役員?」
「だから敬語」
百合が言うと同時に、真後ろから馬鹿でかい声が響く。
「お前!? あなた冷泉先輩になんて口の利き方を!! 冷泉先輩は去年生徒会長をしてて、今でも書記でみんなのご意見番で、本当にすごい人なのよ!?」
「えっ、えっ、嘘だろ?」
「凄い人かどうかはともかくとして、元生徒会長で今は書記をしているのは本当よ? じゃ、ちょっと大変そうだから行ってくるわ。じゃ」
百合が教室を威風堂々たる姿で出て行くと、次いで桜が恨めしそうな視線とともに出て行った。
俺は茫然と、閉められた扉を見ていた。
「……この部活ができたのも、ひとえに百合の発言権の大きさなんだよね、悲しいけどこれ、事実」
剛毅がこちらを見ずにぽつりとつぶやき、俺はまた茫然とした。




