男の子は男の娘のことばかり考えている
見目麗しい男性の女装というのは意外とあるもので、オカマの文化も古代中国の宦官などであります。
昨今流行っている風に思われる男の娘、というものは何故隆盛しているのか?
部室には俺と周一とデブメガネせんぱ……剛毅の三人のみ。
はっきり言えば気まずい空間だ。剛毅はゲーム、周一は読書しつつ俺の様子を伺う。
その俺はいつも通り予習をしている。数学と英語は勉強しても成果が出にくいため、こういう普段からの努力が必要なのだ。
「等木も百合も来ないから、小生の出番」
と、突然剛毅が立ち上がった。
普段見たことのない姿に、俺と周一は思わず顔を合わせて、一緒に剛毅を見た。
その剛毅は悪戦苦闘しながらホワイトボードを引っ張り出し、別の手で書類を読んでいた。
「あ、それでは始めるでおじゃる。ごほん」
テンションが分からない剛毅はふむふむと書類をかぎ分けるように読みながら、拙い手で文字を書き始める。
それを俺達が読むと同時に、剛毅は大きな声を出した。
「昨今の美少女ジャンルの中の男の『娘』について!!」
ばぁん、と話題を提示するこの瞬間の緊張感というのは、会長に限らず誰であってもなかなか血が沸くものだ。
けれど、全く言っていることが分からないため、あまり反応できない。
周一はふんふん頷いていて、ぼーっとしている俺に気付くとそっと顔を寄せてきた。
「男の娘、というのはね……」
「それは我輩に任せろ! むぅんっ!」
剛毅がばんばんとホワイトボードを叩き、自分に注目を集める。
「誰にでも話ができるように、小生が使命でござる」
でぶでぶしい声で剛毅はまっとうなことを言う。でもそれなら最初から皆に分かる話題を提示してほしい。
男の娘とはなんだろうか。男なら娘ではない。
まあいい、考える前に聞こう。
「では諸君、いいかな? ズバリ男の娘とは、ユウくんのように、性別は男子でありながら、見た目が美しい女子であるものを言う。男でありながら、女の見た目、故に男の娘、分かるな?」
「ええ、実例がそこにいるんで」
男に生まれ、女の見た目。昔見た何かのアニメでもそんな設定があった気がする。思い出せないが。
「それで、一体どういう議論なんだ?」
「今回は何が正しいか、間違っているか、っていうのはないね。ただなぜ何故にこのようなものが流行っているかという原因を考えていこう、という話」
剛毅が指を立てると、周一は興味深そうにほほぉ、と息を吐いた。
が、俺は納得できない。
「んなもん流行ってるなんざ知らねえぞ? 言葉自体は初めて聞いたし」
「充分流行っているわ。『アホと試験と召喚獣』、『フラグクラッシャーソウタ』や『我が青春の日々は間違いだらけ』、『僕は友達が欲しい』『近寄れミ=ゴさん』……思い出していけばキリがないわ。ほら、ここのフィギュアだっていくらかは男の娘、ですもの」
言われて思い出す。そういうのをよくわからないが、フィギュアになって売り出されるのなら、やはりそれなりの人気はあるのかもしれない。
「オカマブームなのか? よくわからんが」
「否! 断じて否! 彼らはオカマではなぁいっ!!」
剛毅が突然叫び出す。こいつのテンション、なんか百合と近いぞ?
彼は服を着ていても分かるほどに腹肉を暴れさせながら熱弁する。
「男の娘が流行っている理由とは! その美しい見た目にして男としての溌溂さや純粋さがあるからだ! 女性を演じるような必要は一切合切なし!!」
「いや男でも純粋じゃねえだろ。こいつとかな」
「あら、純粋な恋のために私は頑張っているのよ?」
「っつうかお前は女を演じているから、やっぱり男の娘じゃねえだろ」
先ほどの剛毅の発言から考えると俺の言葉は違いないはずだが、周一は考え込む。
「うーん、生憎だけど、この部活から考えると決めつけるのは難しいのよね。人によっては可愛くて女性言葉を使ってこそ男の娘、という人もいれば、男の自覚がある人はただの美少年とかショタキャラ、と言う人もいる。単純に中性的な人、で済まされることもできるから。私はきっと男の娘、なんて言いきることはできないけれど、違うとも言い切れない」
適当に見えても、なかなか難しい問題だということは、何となく分かる。
結局はいつも通り、決めつけは良くない、よく考えろ、という結論に至る。
「ネット世界にはこんな言葉がある……『こんな可愛い子が女の子のはずがない』、と」
「おっさん頭狂ったか?」
「誰がおっさんだ! 僕はまだ十八だぞ、十八!」
汗をだらだら、眼鏡をずらして叫ぶ剛毅が成人していないとはとても見えない。
内容も、危なっかしい。
「で、何が言いたいんだよ? 元々は、えっと、なんだっけ?」
「男の娘が、なぜよいか、それに限る」
そういえばそうだった。が、考えてみても良いものには思えない。
「良くないだろ。今はそれより、その男の娘の定義とかのが良い議題なんじゃ……」
「いや流行っている! そしてその原因を究明するのだ!!」
剛毅はやはりデブメガネ先輩で良かろう。先輩も一つの蔑称として扱う。
「でも礼貴くん、それだけ数多くの人気作品に取り扱われる内容なんだから、決して人気がない、というわけではないわ。特定の作品だと人気ナンバーワンレベルの扱いになったりするもの」
「マジで? 女のキャラより?」
周一がこくんと頷いて、俺は顔を歪めた。
「全く信じらんねえ世界ばっかりだな。なんで人気か? はっ、分からねえよ。お手上げだ」
「なんだ君は? ユウくんにご執心のくせして、自分でも理由ぐらい分かるんじゃないのか? ん?」
剛毅が煽ってくる。震える拳をひとまず納めて、まあ考えるだけ考えてみよう。
俺はその男の娘、というキャラクターをいまいち知らない。
なぜ周一のことが気になる、などと言われても、俺は別に周一が好きなわけじゃない。
単純に見た目が良かったから、の一言に尽きる。外見から内面も分かるほどのアレだったから。
「デブメガネ先輩、見た目が良いからだと思いまーす。はい終了」
俺が言い切ると、周一は眩暈がしたみたいに頭を抱えている。
「流石にそれはないんじゃない? イラストレーターは一緒なのだから」
「じゃ、お前はどう思うんだよ?」
すると、ユウはにやりと微笑んだ。
「なぜ男が男を好きになるのか……私、そういう話題はホームだから」
なんか背筋が凍りつくほど、ユウは仄暗い表情を浮かべている。
「ああ、だろうな。適当に語ってみろ」
周一は咳払いをしてから、訥々と語り始めた。
「まず、女性らしき男性に対して嫌悪がほとんどないというのが理由の一つになると思うわ。男の腐ったような、なんて表現は昔こそ使われたけれど今時は一般的な男女差別撤廃としてそういう言葉は減ったから。それに女装する男子だって『放浪マイソン』のような作品ではあまり良く書かれなかったけれど、古くは古事記のヤマトタケルノミコトや少女漫画の『我様ティーチャー』なんかでもあって、一般的と言えるでしょう。それに屯田先輩が言ったように基本的な男の娘は自分の性別が男子であることを強く思い、むしろ男らしくあらんとする。だからそういった姿勢や見た目に対しての嫌悪というものはほとんどないの。ここまではいい?」
話が早い! しかも長い!
「要するに、色々なジャンルで、男性向けにも女性向けにもあるし、そいつらはふざけてもないから嫌うことはない、って感じか?」
「大体そうね」
だが、ユウは容赦なく第二波を放ってきた。
「次に小説作品、漫画作品ともに、そういった男の娘の魅力を女性以上に表現したりすることが大きいと思うわ。男性でありながら、という文章を一つ添えるだけで次に続く女性の美しさの表現が際立ったり、漫画なら女性キャラよりもその男の娘キャラの方がモブキャラから人気を集める、なんてこともザラにあるもの。私達読者はそういった遠くからの視点で見ることで、その魅力というよりも作者によってその良さを多く知らされているから惹かれる、というのが二つ目の理由かしら。ここまでは大丈夫?」
「えっと、男だからこそ魅力が際立つ、みたいな感じか?」
「オーケーよ。特に一人称の小説みたいに主人公の立場に立つ作品はその感情をモロに受けるし、イラストや声がない分、現実よりも一層それに女性的な想像をしてしまうわ」
「お、おう。それはなんとなく分かる」
実際にちょっと肌が綺麗って程度の男が女装しても、声とか毛とか振舞いとかでボロが出る。そしてそれを男だと感じて敬遠する。
でも二次創作は、所詮創作だからそれがない。つまりいつまでたっても女みたいな感じだと思い続けることができる。
「そういや、歌舞伎とかでも女形ってのはあるよな? ああいうのはどういう扱いなんだ?」
「私の話は途中なのだけれど……」
周一を睨んで、デブメガネに目を向ける。
「女形か、あれは別に男の娘でも何でもないよ。そういう役だからね」
「そういうもんか? んー、まあそうか」
せっかくの意見は、なんか適当に切り捨てられた。
性別の問題について俺は詳しくないから、どうにもうまく話せない。
「それで、男の娘についての魅力を、君も考えてくれるかな?」
ああいいとも、なんて答える気持ちにはなれない。
「私はまだあるわ。男の娘の魅力はやっぱり他の女性キャラと比べるとスキンシップに差が出る、というのが大きいと思う。と言うのもあくまで性別としては男子であるわけだから、男の主人公との絡み方に差が出るの。例えばお風呂シーンだと女性は別になっても男性は一緒でしょ? また寮暮らしだと同じ部屋に入るのは友人キャラかそういった男キャラ。恋愛の相談とかも受けることがあるし、愛ではなく友情として近づくから親密になりやすい、ということもあるわ。無論、作品によってこれらの条件が一致するとは限らないことも多いわ。けれども、男性であり、主人公に近づくことができる、というメリットはかなり大きい」
「お前はそんなの使ってこなかっただろ」
「だって男だってバレたらお終いだと思っていたもの。まず女性だと思わせて、充分誘惑して、うふふ」
「うふふじゃねえ!」
性悪女め、ではなく男だ。こいつはただの性格の悪い男だ。
男の娘、というのが先ほどの剛毅の言葉を借りてひたむきな姿勢とか男とあらんとする姿、に魅力があるのなら、こいつにはそういった魅力がないことになる。
こいつの魅力はあまり考えたくない。真剣に考えると、なんか駄目になる気がする。
「で、デブメガネ先輩、こいつの言うことはどうなんですか?」
だんだん面倒になってきて話を振ると、満足そうに頷いていた。
「なかなかいい考え方だよ。僕個人としては、女性じゃないから、という魅力は大きいね」
「あっ、それは私もです。やっぱり女性キャラの性格付けっていうのもワンパターン化されている傾向にありますから、いえ言ってしまえば男の娘キャラのパターンも結構限定的ですけれど……」
「なあ、俺は帰ってもいいか?」
二人はさぞ話が合うらしい。
ともにサブカルチャーに傾倒していて、男が好き、という点で共通するからだろう。
男同士でそんなマニアックな奴はそういない、今日くらいは二人にしてやるのも一つの選択肢だろう。
と帰ろうとすると、周一が袖を引っ張った。
「今日も一緒に帰ろうよ? ちょっと待ってくれれば済むから」
少し申し訳なさそうにウインクをする姿は、ユウではなく周一だろう。
しゃあなしに英語の勉強を続けると、しっかり一時間以上話していた。はぁ。
これが議論になってないんだなぁ……。
屯田剛毅 身長158㎝ 体重70kg 7月4日生まれ
ショタコン。可愛い少年、主に5歳から12歳ほどの少年に性的な興奮を覚える。が、現実では犯罪どころではないのでその辺りはきっちりわきまえている。わきまえていない百合を毛嫌いしている節もある。
昔から勉強はできたが、趣味はアニメや漫画に傾倒し、見た目もあいまって、更にコミュニケーションが苦手なので基本的には一人でいて、悩みを相談することもできずにいた。逆に悩みを打ち明ける機会も失われていたため、他のことでのいじり、からかい程度で済んだとも言える。
女性に対する恋愛というものはありえない、としつつも自分を導いてくれた等木精華に対しては敬愛に似た感情があり、自分でもどういうことか戸惑っているも、相談できる相手がいないためにひた悩む。
黒縁眼鏡と基本的に黒い服、貫禄あるバディは部最大のバストを誇る。
性別とはいったい……うごご。