ノットジェンダー・人種について
人間という生き物も、動物のように細かく種類分けをすることが可能ではないか。モンゴロイド、コーカソイド、メスティーソやインディアン、呼び方は様々あるが、果たして動物の種別と何が違うのか。
「私は普段、男女の差別をなくすべく、議論を続け、何が差別でどこが差別ではないか、というものを考え続けている。それは決して人に強制するべき意見ではなく、また強制されてもならないものであるが……時に、そういった考えをより柔軟にすべく、一般の人権論でも語ろうかと思う」
等木会長がそのように言うも、ここにいるのは俺と周一のみだ。
「ま、それはいいですけど、何を話すんですか?」
「差別、といって真っ先に思いつくものはなんだ、礼貴」
「男女、ですかね」
この部にいる限りではそれを真っ先に思い出す。
今まで差別とは微塵も思わなかったことすら、無意識の差別であると教えられた。今もなお、ここに周一やヒロが、百合や剛毅がいる限り、男女差別というものを考え続けることになる。
「男女以外でだ。何かいい例を出せる自信があるんだが」
せっかく俺が感傷に浸っていたというのに、会長はむっすりと言う。
差別、真っ先に思いついたものは、小学生の時にふざけていて、うわ差別だ、やれ人権だ、とその重みも知らずに適当に使って皆を困らせた馬鹿ガキの頃の颯太。あいつは今も馬鹿だが、子供というのは教師やら親やらそういう正しく強い言葉を傘にして自分の正当性を訴えようとする。その姿は生意気という他ない。
「人種差別、かしら」
また俺が過去を振り返っていると、周一が先に意見を出した。
人種差別、黒人とか白人とか、そんなものだろうか。
今ならは確か反日とか在日なんとか人、みたいなものもある、恐らくはそういったものだろう。
「ふむふむ、人種差別か。ならば周一、何か例はあるか?」
いい例が思いつきそうと、つい先ほど言っていた会長はなぜかその議論の話題を周一に求めている。
面の皮が厚い、と言うのを忘れるほど自然に問うので一瞬気付かないほどだ。元より尋ね返すのを計算に入れていた風にも思える。
尋ね返された周一も一瞬だけ驚いていたが、すぐにいつも通りの考える姿勢に入った。
この二人がいると、妙に優雅というか、高貴というか、ここにいることを場違いだと感じてしまう。
初めてここに来た時は剛毅がいたからな、ああ誰でもいいから均衡を破ってくれ。
「では、シンプルに人種、世界中の人の差別についてはどうでしょう」
「よし、では私がその二つの差別を認める側、つまりは差別ではなく区別であるという側に回る。二人はそれが差別であるという立場で行こう。いいか?」
俺と周一は無言で頷く。
そして、議論が始まった。
「ではまず私から。他の動物である猿やネズミはその大きさや毛の色、住処によって大きく種類を分けている。では何故人間も住処や肌の色が違うのを別種としないのか。これは人間を生態系から特別扱いしているのではないか?」
植物だって動物だって、ネズミと一様に言ってもハツカネズミからカピバラまで色々ある。それなのに人間はみな等しく同じ人間で平等である、というのは無理じゃないかと、そう言いたいのだろう。
だがそれくらい、俺だって一人で考えたことはある。故に論破も可能。
「ちゃんとネズミ科とかネズミ目とかそういうのがある。人間だって確かに肌の色などで区分すれば別物だが、同じ人間であることに違いはねえ」
「果たしてそうだろうか? 人種の交配が続き、遺伝子の乱れた人間が、例え同一種であるとしてもそれを繰り返していった結果、全く同じ、もしくは同じとするほど近しいものであるだろうか?」
「どういうことっすか?」
「動物はね、同じ種と交配する。基本的にはハツカネズミはハツカネズミしか生まない。けれど人間は違う。白人と黒人が、黄色人種が、それぞれが雑多な交配を行い、もはや数えきれないほどの雑種がいる、というわけだよ」
「テメェ人権を語るくせして人間を雑種呼ばわりかよ……」
言い過ぎなのは間違いないが、その意見に一理、ほんのちょっとながらも一理あるのも確かかもしれない。
「多くの種からDNAを受け継ぎ、種として形が崩れたそれは、確かに人に近いものであるが、例えば大型犬と小型犬、ワシとトンビのような、そういった決して小さくはない差ができてしまっているのではないか?」
昔知り合いから聞いたことがあるが、確かに人種によって性質というのがあるらしい。
オリンピックなどを見てみても、特定のスポーツの上位は特定の人種で埋められていることが多い、そう考えてもそういう差異ができているのは事実だ。
しかしそれを認めて差別を容認するのは……いや、差別と当てはまるかどうか、が問題なのだが。
この人はやはり上手い。俺の中で既にオリンピック短距離走黒人選手の部とか白人選手の部とかが構築しつつある。考えを呑まれてしまった。なぜスポーツを例えにしてしまったんだ。
助け船を求めて周一の方をちらりと見ると、彼は少し微笑んでから、真剣な顔で会長に向かった。
「果たしてそういった差はあるでしょうか? アニメーション、絵画、彫刻、音楽、小説、数々の芸術は世界中にあり、そのどこもが特徴的になっています。ですが訳された小説や、訳すまでもない彫刻や絵画などは誰が見ても感動しうるものでしょう?」
なるほど感性が同じであるならば、我々人は同じである、ということか。
「それはどうかな? 同じ日本人であっても、別な考え方をする者は多くいる。芸術に関する感性で差を考えるのは、早計じゃないか?」
「心が動く、感動するからこそ人なんですよ、会長」
周一の力強い顔と言葉に、初めて会長が言葉を詰まらせた。
だがそれも一瞬、再び会長が口を開く。
「感動するからこそ、人。ふむ、時に建造物に対して芸術的価値を見出すことはあるな、ユウ」
「それは、まぁ……」
「町を焼き払い、建造物を打壊す、戦争に従事した者は、人ではないか?」
「それはっ! ……彼らにとって、芸術以上に宗教や王を重視したのでしょう」
「宗教や王は破壊を命じたのか? 彼らは人ではないと? 芸術に感動する心を持たぬ劣等種が人を支配していたとでもいうのか?」
言葉がきつくなってきている。ほとんど暴論だ、ここらで周一だけに任さず、俺も意見を出すべきだろう。
「人を支配するためにやむなく、ですよ。彼らの象徴や住処を自分達で作りなおすことで、衣食住の一つを支配する。そうやって王が民を支配する」
俺が言うと、周一は気付かれないように安堵のため息を吐いている。
会長はまた言葉に詰まる。大丈夫、周一の意見はまっすぐ通っているし、何も間違ったことは言っていない。
会長は目を閉じて、眉間にしわが寄っている。これは、いける!
だが、会長は目と口を開いた。
「芸術とは……なんだろうな?」
「は?」
意味不明の質問に、疑問を返すような形になってしまった。周一も困惑しているらしく、何を考えているのか相手の反応を待っている。
「最初に感動するからこそ人だと言ったが、あれに疑問を呈する」
「ええ、それでなんですか?」
「クジャクがいるだろう。色とりどりのデザインの羽根を広げる、鳥類」
もう言わんとすることは、周一にも分かったらしい。
「あれは求婚です。女性が男性に胸を曝すような行為です」
……周一の例えに会長も目を丸くしている。いやその言い方は流石にどうかと思う。
「い、いやユウ……」
「同じことですよ? ただの求愛行動。ラブレターの文章を彩るような、合コンでその場を盛り上げる尻軽男と女の行為のような、セックスを求める行為です。まさかその行為に感動してクジャクが恋に落ちるなんてロマンチストのようなことを言うつもりですか?」
「そ、それでもその羽を見て、判断するわけだからな?」
会長が珍しく戸惑っている。言葉じりに自信もなく、劣勢に回っているのは確かだ。
「……下品ですが、女性の胸の大きさや男性の性器の大きさを見るのと同じレベルの興奮かと思われます。芸術を見る時に性的なことは考えないでしょう? 別のものです、芸術を楽しむ愉悦とは違う、本能的なもの」
渾身の倒置法が決まっただろう。一つの意見をここまで完膚無きまでに叩きのめされて、会長だって冷静ではいられない。
「……ロミのヴィーナスがなぜ人気か。女性の肉体の美しさを……」
「会長は彫刻に性的興奮を覚えるのですか?」
ばっさりと切り捨てられ、会長もついに言葉を失った。
やがて、手を挙げた。
「やれやれ、やはり差別はよくないな」
「よっしゃ!」
「あなたは、ほとんど何もしていないでしょう?」
勝利に水を差されたも、会長の敗北を見ることができただけで今日は充分なものだ。
「礼貴は何を考えていたんだい? ずっと黙っていたけれど」
会長は、つかの間の湿っぽい顔をすっかり変えて、期待するような顔をしている。
この人は勝ち負けとかじゃなくて、純粋な議論を楽しみたいのだろう。
「ああ、俺はですね……」
正直にスポーツについての意見を出した。
人種によって実力差が確かにあること、よって運動は人種によって分けるべきではないか、ということ。
それには、周一も言葉が出ない様子だった。
「実際に、どうしようもない力の差を私も感じるもの」
貧弱な周一だからこそ猶更思うのだろう。
芸術という感性ではなく、より生物的な運動能力だからこそ、これは反論が難しい。
けれど会長は、いやここからが会長の本領発揮だった。
「時に礼貴、ユウ、差別とはなぜ失くすべきだと思う?」
少し考えて、俺が先に言った。
「そりゃあ……差別される人のため、とかだろ?」
「その通り。ならそのケースで差別されているのは誰だ?」
会長は変わらぬ様子で、無表情に近い顔で言う。
差別ではなく、区別だからこそ、俺はそんな人間がいないと思う。
ボクシングだってフライ級だとかヘビー級だと別れている。それと同じことじゃないか。
「君が選手だったとして、同じ年齢、同じ性別の人間と競えず、特定の人種の中だけで世界一を名乗るつもりか?」
「それは、ボクシングと同じですよ。体重別に……」
「確かに格闘技はそうなるな。だが陸上科目などにはない。何故か? 格闘技は危険だからだ。最悪の場合死者が出る。だが個人技にそれは関係ない。どんな姿でも、体重でも、人種でも、同じリングの上で戦うことができる、競い合える、そこで勝利をもぎ取り勝者の余韻を味わうも、負け、世界の広さを知り、より努力に向かうか。それはそれぞれによるが……。礼貴、今はどう思う? 本当にそこで区別してしまっていいと思うか?」
会長の考えでは、もし区別したとして、その小さな枠組みの中で優勝した者が差別された者なのだろう。
そう言われると、俺はなんだか申し訳ない気分になった。
「……流石っすね」
素直に称賛の言葉しか出ない。
「礼貴、別に君に感化してほしいわけではない。ただ私の意見を伝えさせてもらうと、この世のありとあらゆる人間に差などないのだ。心の気高さこそが、人の強さだ。どんな差別や迫害にも屈しない強い心を持て。卑屈にならず、諦めず、な」
「は、はい……」
説教されているわけではないと分かるが、妙に萎縮してしまう。
そして同時に憧れる。この人の心の強さに。
「では、別の議論でもしようか……」
等木精華 身長182㎝ 体重65kg 正月生まれ。
人類平等主義者。もはや性にすら囚われない彼女は、しかし全ての問題を解決すべくまずはジェンダーから始める。
普通より少々貧しい家に生まれて、普通に生きてきた。学校成績が非常によく、奨学金を受け取りつつ勉強し、最近は組織の方からも援助を受けるほど、多方面に優秀。
服装や見た目はその時によってまちまち変わるが、最近は長い茶髪を右側だけ編み込み、スカートを履いたりと女性的。
以前は性に見境がなく、高校以前からも、誰からも最初は変人扱いであったが、饒舌で物怖じしない口振りは男女とも好意的に受け入れている。
人権を主張するためにしたことは学校で《丸刈りにする》《水着で授業を受ける》《お面をつける》《男子トイレに》など。また男子が女子にセクハラまがいのことをした時、その男子にセクハラまがいのことを仕返したりしたこともある。その男子の言い訳をそっくりそのまま引用した。
そのようなこともあって教師、特に担任との仲は険悪。成績がよく筋が通ってないこともないことが多いので注意にも限度がある。男子トイレと水着はアウトだが、お面と丸刈りはセーフである、セーフといってもその時は百合しか話してくれなかったが。