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ララ

年末年始でちょっと忙しいですが><


 崖の対岸。

 用意されていたのは、ここら辺りでは珍しいサラブレット種だったが、品評会に出されたりする馬よりも足腰が少し太く、売り物というよりは郵便屋辺りで使われている足の速い馬だろう。

「頼むぞ」

 一声かけると、シオンとフロラは鞍に上がる。

「途中で乗り換えないといけないだろうけど・・・・・・・」

 ここらは街道ではない分、治安も良い。花月を過ぎたこの地域はそこそこに暖かく、リュクセン経由の北街道のように凍える心配もない。

 ただし、広大な農村地帯なのだ。

 駿馬はほとんど扱われないので、乗り換えの馬が見つかるのに時間を食うのが心配だった。

 風にシオンの癖のない髪が舞い上がる。

 栗色に変えられたその髪は、夜の暗闇の中では黒髪のようにも見える。

「それなんだけど、シオン」

「うん?」

「馬はこの子だけ。・・・宿もいらないよ」

 一時的な減速や、水を飲ましたり食事を取ったりは必要だろうが、それ以外の纏まった休憩を減らそうとフロラは言う。

「だって、フロラにはアレがある」

「まさか」

「そう、気のあれ!多分だけど・・・宿とかで休んだり、お馬を乗り換えたりしなくても良いくらいは出来ると思う」

「本当に対価大丈夫なのかな・・・・」

「でも一コお願い。フロラが寝てたら、落とさないでね。その時だけはゆっくり走ってね」

 それくらいなんという事もないだろう。

 この作戦は想像以上に功を奏した。

 農村地帯だ。

 林道を走れば人影は少なく、小川や溜め池も多い。

 畑があるのでまばらに民家もあるため、井戸や食べ物を分けてもらうことも容易かった。

 本来六日かかる道を、二人は三日で駆け抜けたのだ。

 

 丘を登り切ると大きな河があり、その向こうにバスタールの町並みがぽつぽつと広がり始めた。

「フロラ、寝てる・・?」

「んに・・・ぅ・・・・・・・?」

 馬の背に突っ伏して動かなかった少女が、ふわふわと欠伸混じりに目を覚ます。

「あれが、バスタールだよ」

 シオンが指さす向こうに、三角屋根の家と風車が目立つ、のどかだけれど結構大きな街が広がっている。

 河の周りには何色もの人口的な花畑が広がっていた。

「ケーキみたい」

「その発想は・・・・・・・・・新しいね」

 言われてみるとミルクレープの断面のようにも見えるなぁと、考えてみたが、それにはだいぶ色が足りない気がしてシオンは理解に苦しむ。

「フロラの育った街に、虹色ケーキっていうのがあったの。食べたことはないんだけど」

 こんな時にする会話じゃないかも知れないが、この三日間、必要事項以外ほとんど喋らなかったので、そんな会話がかえって荒んだ気持ちを和ませる。

「へぇどんなの?」

「うんとね・・・作り方は知ってるのよ。普通のスポンジ生地以外に、ほうれん草の生地と、ニンジンの生地、莓の生地と、菫の生地の作るんだけど、間に生クリームと季節の果物を細かくスライスして挟むのよ」

「ほうれん草とか、なんだか斬新だね」

「味はあんまりしないんですって。色付けに使うだけだから。黄色・緑・オレンジ・ピンク・紫の五色に、クリームの白と果物の色で七色なの。それで虹色ケーキっていうのよ。ぱっと見ると真っ白で上に果物乗ってるから、切らないとわかんないけど」

「へぇそうなの?」

「うーん・・・・ほら、修道院だと菫や生クリームってそんなに手に入らないから・・・・フロラは食べたことないんだけど、その家庭の味みたいなのがあって、お祭りの時とかに食べるケーキだったみたい」

 遠い昔を思い出し、少しだけ寂しそうにフロラは説明した。

 作り方を知っていたのは、ティアナに教えてもらったからだった。

「そのうち、作ってもらおう」

「・・・・・・・うん」

 二人の間に約束が増えていく。

 その事を、嬉しく思った。

「あそこにかかってる橋を渡らなきゃいけないから、そこはいっちゃうとティーエン先生の家はもう結構近いんだ」

「わ・・・緊張してきた、どうしよう」

「うん・・す、少しゆっくり話そうか・・・・・落ち着こう、うん」

 パカパカと、ゆったり走らせた馬は、蹄が呑気な音を立てている。

「あ、ね、ね、あそこの、ぴんくになってるあたり、すごいね」

 橋を渡る手前辺りが薄紅になっているのが遠目にもよくわかる。

「あれは桜っていう木だよ」

「チェリーがなる木よね?」

「フロラの国にもあったの?」

「だって、フロラが生まれた国ではね、あの花を「フロラ」って呼ぶのよ」

 春風が少女の柔らかな頬を撫でていく。

「ああ・・・・」

 薄茶色に染められていても、シオンにはあの桜色の髪が見える気がした。

 ――――彼女は桜に似ている。

 物言いはすっかり元気なイメージになっているが、相変わらず身に纏う静けさも、幻のような儚さも、桜に似ていたのだ。

「それはきっと真名だね」

「それ、なぁに?真名って」

「真名はねー・・・・うんと真名を縛るっていう禁じ手があるんだけど、えーと生まれつきの魔女とかって滅多にいないから置いといて、私とか姉上みたいに後天的に魔法を勉強した人間って言うのはこー、何を覚えるかが選べる分、制約が大きいんだ。覚える力に名前が着いちゃうんだよね」

「ふんふん?」

「それが、魔法使い同士が殺し合い・・・・とかする時に相手に真名がばれちゃってると、その力を使えないよう縛られちゃったり制約されちゃったりするんだ」

「た、大変だね・・?シオンは大丈夫なの?」

「あ、私は大丈夫。真名が発生するほど魔法使えないから」

 いいのかどうなのかわからない話である。

「生まれつきだと、縛られないの?」

「生まれつきだと力が選べないから、制約が発生しない事が多い。フロラは多分、真名っていうより性質に名前がついてるだけで・・・・桜の花の妖精さん?ってだけなんじゃないかな」

「ほへー、じゃースーリヤは?スーリヤはあんなに力があるのに、生まれつきじゃないっていってたよー?」

「陛下のことは知らないけど、魔法使いには三種類あるんだ。生まれつき・継承者・修行者。対価や制約が比較的軽いのが生まれつき。力の差も寿命もそれぞれだから規格はないんだけどね。修行者っていうのは、ほとんど人間と変わらなくて、制約が大きくて、私みたいなタイプね」

「ふんふん」

「で、使える魔力の量は固定だけど、多分一番魔法使いとして強いのが「継承者」。姉上とかがそう。継承者ってある種生まれつきなんだ。誰かから魔力を引き継ぐって事だけど、素質がないと引き継げないからね」

「でもティアナは人間と変わらないってミラーニャ言ってたけど、目覚めがなんとかー?」

「目覚めっていうのは、生まれつき魔法使いと、継承者のみの特性なんだけど、・・・えーとえーと、ああ、フロラは目覚め終わってるじゃない」

「へ!?」

 まさか自分に訪れていたとも思わず、フロラは肩を揺らすほど驚いた。

「迷いの森を作り出した、森を繰る力。それがフロラの能力で、それが覚醒してるから、目覚め、なんだと思うよ」

「そ、そそそ、そうだったの!?使い方全然わかんないのに・・・・!?」

「それは思い出せないだけで、目覚めが終わってるから、フロラは・・・・・十六歳のままなんだよ。ミラーニャ様とかすごくわかりやすいけど」

 少し、寂しそうにシオンは空を見上げた。

 この先どれほど時間が過ぎようと、シオンが死んでも、フロラはずっと十六歳だろう。

 ミラーニャが死のその瞬間までずっと八歳の童女であるように。

 父も、こんな気持ちだったのだろうか。

 母は、魔女だった。

 フロラはシオンの言っている意味に気付いていないのだろう、違う理由に嫌そうに口をとがらせた。

「もうちょっと・・・色々育つはずだったのになぁ・・・・・・」

「それ、ミラーニャ様の前で絶対言わないようにね・・・・・」

 また来いというような事を二人に言っていたが、ミラーニャに会う機会というのは、かなり特殊な状況でなければ生まれないだろうけども。

「どうして??」

 前提的な魔力に対する常識もなければ、夢のような百年を過ごしただけの彼女は、普通の人間に囲まれた魔女が、力と引き替えに追う代償の重さを、フロラはまだ知らないのだ。

 知識としての情報はすでにいくつもあるはずだけれど、結びつかないのだろう。

 いたずらに自覚させたくないので、シオンは曖昧に視線を泳がせた。

「わぁ」

 そうこう話している内に、二人はいつの間にか桜の下までやってきた。

 今が満開、僅かな風に花びらがはらはらと散りゆく様は、何故か切なさをかき立てる。

 愛らしい小さな花をたくさん付けた、春の訪れを告げる花は、可憐でありながら幽玄を併せ持つ。

 花を見つめながら、シオンは迫り来る不安に思いを巡らせた。

 ティーエンは強い。

 何故、姉を攫ったのか。

 腕は立つが、少し気の弱いところのある優しい男だった。

 グレンダール家も首都と、リュクセン両方に家がある。

 リュクセンの領主ではあるが、騎士団に務めていた父は、一年の大半を首都で過ごす。

 その為、リュクセンの領主としての仕事は主に父の弟である叔父のレイが代行している事が多かった。

 子供だったシオンとティアナもほとんどはルチアリードで過ごしたのだがティアナが十四歳から巫女として神殿に暮らすようになった時、シオンはまだ十歳。

 十歳の頃からはリュクセンに一人、そこからは叔父に育てられたような物だった。

 叔父と言っても、一回り程しか離れていないので、兄のような物ではあったけれど。

 リュクセンにも国から配属される騎士団があり、その頃配属されてきたのがティーエン・ロアである。

 当時彼はまだ二十三という若さだったが、リュクセンでは騎士団の要として一目置かれていたのを見込んだレイが、シオンの剣術の師としてグレンダール家に招いたのだった。

 騎士団の非番の日には必ずと言っても良いほど稽古を見てくれた、面倒見の良い優しい男だった。

 背は見上げるほど高かったが厳つさもなく、均整が取れてしなやかであったし、騎士でありながら金縁の細いラインの眼鏡をかけた読書の好きな彼は、いつも本を持ち歩いていた。

 別で勤め先があるので、もちろんシオンには他にも様々な体術や勉強を見てくれる師はたくさんいたけれど、月に二~三度来てくれる、彼のことが一番好きだった。

 また、ティーエンと叔父であるレイ=グレンダールは同じ歳であり、彼等もとても仲が良く、親友と言ってもいいだろう。

 剣術を見てくれる日以外でも、レイとティーエンがチェスを興じているのを、よく隣で見ていた。

 その日々は決して、昔のことではない。

 半年前の事件から多少シオンが荒んでいたのもあり、余り稽古や学問に関する事以外では、誰と顔を合わすのも頻度は減っていたけれど、本当につい最近、一月ほど前まで続いていた日々だ。

 元気のないシオンに、ティーエンは手土産を持って・・・・。

 信じられない気持ちと、空恐ろしい気持ちとがない交ぜになる。

「ね、シオン、あそこ。なんかお店あるよ?」

 彼女の指さした先、橋のたもとに一軒の小さな出店が出ているのが見えた。

「本当だ、なんだろう?」

 よく見ればぱらぱらと桜の小径の散歩を楽しむ人や、店に並ぶ人達が見える。

 町外れなので、周りに民家はほとんどないので、ほとんどが歩いてやってきたのだろう。

 出店の内容はパンケーキのようなあたたかい生地の上に、焼いた肉と野菜を乗せて半分

に折ったものを、紙で包んで手渡してくれるらしい。

 まさかと思うが、勤務を放りだして来たわけではないと思うのだが、首都の騎士団の制服を着た男が列に混じっていた。

 いくら近いと言っても、ルチアリードからバスタールへは半日はかかる。

「・・・・ん・・・?」

 ほくほくと暖かに湯気を立てる包みを手に、男が列から馬へ戻ろうとした時だった。

「ええええええええ」

「んぁ・・・?」

 男は手にしたパンケーキをかじろうとしたまさにその時だったが、シオンの驚愕の声に顔をあげた。

「な、な、な」

「どうしたの、シオン・・・・?」

「あっるぇー? シオン様、早いっすねー?」

 彼は特に驚くことなく、そのままぱくりと一口。

 明るい金茶の髪にヘーゼルの瞳をした、少しだけそばかすの浮いた彼は、ララ・ダースフ

ォー。

 デュランの従弟にあたる、今年十九歳になったばかりの騎士だ。

 ララはもぐもぐと口を動かしながら近づいてくると、呆気にとられているシオンの前で更に食べ続ける。

「な、なんでいるの?」

 シオンは慌てて馬から下りると、彼の手を引き、人気の少ない木陰に誘う。

 フロラも後ろを小走りで追いかけた。

「へは、ろはんほは、はふはふふ」

「飲み込んでからにしてもらえるかな・・・」

 思わず頭を抱えるマイペースさだった。

「んっぐ。 今朝、デュランから手紙が届いてましてね。三日後くらいにシオン様がバスタールに着くっていうんで、仕事中に急用って言って休みもらってさっきこっち着いたんっすよ~」

 なんで三日後と言われた人間が、今日のさっき着いて、さらに首都側から来るとすれば一番遠いこんな町外れにいるのだろう。

「三日後ってきいてたのに、なんで今日・・・?」

 本来六日後に着く予定だったので、指定されていたのは今日から三日後のはずだ。

「あそこの出店、明日までなんっす」

 にこにこと店を指さし、さもそれが理由だとでも言うように、また一口。

 特に姿を現していなかったフロラも、シオンの隣で呆れてしまうほどのマイペースぶりである。

 その独特の価値観のおかげで、早めに着いたシオンたちと合流出来てしまったのだが、こう見えて彼は若き騎士団のエースとして注目を集める腕の立つ男だった。

 がっちりとした大柄で均整の取れた肉体を生かした、力強い剣を振るう。

『いいかララ!お前なんぞに頼むのは、身の毛がよだつが、私はそっちには行けないから、お前が行け』

「とか書いてあって、アイツ失礼っすよね~。で、魔女さんだか妖精さんだかってのはどこどこ?」

「・・・ララなんて、可愛い名前」

 シオンの後ろから顔を出してから、フロラはおずおずとシオンの隣へと並ぶ。

 今は薄茶の髪に薄茶の瞳をしているので、服装も相まってぱっと見ならばほとんどそこらの村娘と変わらない。

 ただし、

「な、な、な、なにこれ、かっわいいな!?」

 かわいい。

 ララは食べているものを吹き出しそうになるほど、驚いてフロラを指さす。

 それに驚いたフロラはまたシオンの後ろに隠れてしまった。

「かわいいだけじゃない。フロラは・・・・・・すごいかわいいんだ」

「シオン、言い直さないで、なにそれやめて」

 頼みのシオンが、真顔でおかしな事を付け足した・・・・。

「はぁ~ん・・なるほど。はぁー・・・なるほどねぇ」

 隠れるフロラを覗き込むように、しげしげと眺め、ララはうんうんと頷く。

「ララ、フロラが怖がってるじゃないか」

「いやーこれは、これは、かわいすぎる!おっさんが心酔するのもよくわかるや。良い物を見た」

 おっさんとはおそらくブラフの事であろう。

 彼は妖精さんが大好きだ。

 食べきったパンケーキの紙をくしゃりと握りつぶすとポケットにごそっとしまい、フロラに向かって手を合わす。

「な、なんで拝まれてるの・・?」

「いや、ごちそうさまって。これ、うまいんだわ」

 独特すぎるこのテンポは、スーリヤともまた違った味わいだったが、どちらにしても余り長いことご一緒するのは辛そうである。

 しかし、ララは騎士だった。

 パンパンと服に落ちた食べかすを払い、襟を正すと、乱れたところのない洗練された仕草でシオンの前で膝を折り首を垂れた。

「事情は聞いております。シオン様十歳の頃より、私は貴方に剣を捧げた身。修行中の身ゆえ、どこまでお役に立てるかはわかりませんが、我が忠誠は貴方と共に」

「許す」

 口上はある種の儀式みたいな物なので、シオンは礼を言うことは出来なかったが、感謝を込めて彼の肩に手を置いた。

 ほんの僅かの間、厳かな時間。

 さっきまでの緩い雰囲気は払拭され、ララもまた遠い雲の上、王宮騎士という貴族階級の人間なのだと、フロラは認識せざるえなかった。

 とはいえ、何事もなかったようにシオンもララもすぐ元の調子に戻ってしまう。

「しっかし、なんでティーエン先生がねぇ。俺には意味がわかんないっす」

 忠誠の誓いを述べていた時は私と言っていた彼は、砕けた口調だと「俺」と言うらしい。

「私だって、・・・・まだ信じたくないんだ」

 シオンの表情が暗く沈むのを見て、ララも痛ましい気持ちになる。

「フロラは、ティーエン・ロアがどんな人かよく知らないけど、偉いこと言っていい?」

「ど、どうぞ?」

 自分で偉いことという前起きをして、フロラは口を開いた。

「フロラが住んでた国の偉い人の格言でね「お菓子と勉強は手順が大事。けれども事業と事件は結果がすべて」てゆうのがあるのよ」

「なに・・・それ・・・・・?」

「お菓子って言うのは順番守って手順通りやったら誰でもそれなりになるの。お勉強もある程度努力でカバー出来るでしょ? だけどお仕事って他人に評価されようと思ったら結果出さないと駄目だし、事件っていうのは殺人とか泥棒さんとかそういう罪の事」

 殺人、については、すでにシオンもララも何度か手を汚しているので、耳の痛い話しだったが、言いたいことはわかる。

「そのティーエン・ロアってひとがどんなに、それまでいいひとだったとしても、罪を犯した事実は変わらないって事。お皿とか割ると、よくお説教の時に言われたの!」

「そうだね・・うん。わかってるよ」

「・・・頭ではわかってるって顔、二人ともしてるけど、・・・・事件はいつも意外な人物って言うよ」

 探偵物の話をしているのか、フロラは極力明るくそう言って見たが、彼等の重い空気は変わらなかった。

『シオン・・・・』

 久しぶりに聴くフロラの思念に、シオンは黙って続きを待つ。

『あの時、触れなかったけど、私とティアナを人買いに売ったのは、修道院の人間よ・・・・・』

「・・・・・!」

 信じられない物を見るように、シオンはフロラを見つめた。

 彼女は何を考えてるか分からないほど、穏やかな表情をしている。

『誰かまでは知らないけど、田舎の修道院なんて全員でも二十人ほど。誰も彼もが家族みたいだった。男達が話してた内容を私は聞いてたって言ったでしょう? 彼等はこういった「せっかく中の奴に連絡とって、大枚払って機会を狙っていたのに、こんな森で道に迷うなんて」・・・・。私とティアナが二人で出かける事を知っていて、外の人間と個人的に関わる事が出来るってなったらそうはいません・・・・・二人だけ。マザーか、神父様だけ』

 マザーと言われるのはシスターを纏める母親代わりの年長のシスターで、神父は通いとなるが、修道院に日常的に出入り出来るのは彼だけだった。

 どちらも、幼い修道女達にとっては父であり母であるような存在である。

 フロラの絶望はどれほどの物だったろう。

『どっちか、だなんて、知りたくないから私もシオンの気持ちはわかるつもり・・・・でもわかってて言ってるって事だけ、忘れないで』

 何処かに、「フロラは知らないから気楽でいいだろう」みたいな気持ちがあったことは否めない。

 彼女の無邪気さの影に、どれほどの過去があったことを知っていたはずなのに、少しだけ軽んじていた自分をシオンは恥じた。

 繋いだ手を強く、強く握った。



 一行は馬に乗り、橋をゆっくりと渡る。

 赤い煉瓦の作りの橋は道幅も結構広く、畑に出て行く人間以外に、先ほどの桜の小径に花見にでも行くのか、弁当を下げた娘達もけっこう目立つ。

 行き交う娘達は、皆シオンに気付くと頬を赤らめ、視線をおくって来る者や、逆に下を向く者がいた。

 フロラはなんだか面白くない気持ちでそれを見送っていく。

「ところでシオン様とフロラ姫は、付き合ってんるっすか?」

「は、は、はへえ!?なななにいってっ。ないよっないったら」

「まだ付き合ってないよ!」

 ララのたった一言に、純情な二人は大騒ぎである。

 なんだって最近出会った魔女もララも、付き合ったらだの付き合ってるのだの、すぐそういうことを口にするのか。

 咄嗟にシオンが「まだ」と付けてしまったことは、本人とフロラは気付かなかったし、ララは特に突っ込み入れなかった。

「はっはっは、さて・・・・・橋を越えたらもう、ティーエン邸はすぐですけど、どういう算段を練っておられるのですか?」

「うん・・・・フロラは姿が見えないから屋敷の中を見てもらって、まずは姉上の身体の在処を探してもらうことになると思うんだけど」

「それは、やめた方が良いかも知れませんねぇ・・・・・」

 ララは渋い顔をしたまま、町の方を指さした。

「あの辺を通るときに、ローウェン派の一行を見かけたんっすよ。五~六人かな。バスタールの辺りで見かけるのってあんまりないし、ちょっと後をつけたんだけど、ロア邸に入ってくのを見かけたんっす」

「それで橋まで足を伸ばしていたのか」

 三日も前について、先に宿も確保せずパンケーキを先に食べに来てたのかと思うと、流石にマイペースさに眩暈がしそうだったが、それなら頷ける。

 パンケーキ目当てに早めにバスタールに来たにせよ・・・・。

「うん、一応。しっかし、三人はきついっすね。事態が事態だから、公に出来ないので援軍は呼べないし」

「ああ・・・・持って十日と、時空の魔女に言われているし、メイディアから普通に来たら飛ばしても二週間はかかるから待てない・・・・」

 かといって侯爵家に下手に連絡を取れば、違う追っ手が来るとも知れない。

 表向き病床に伏していることになっている姉が、国民のパニックを防ぐために行方不明なことは公に伏せられている以上、内密に動かなければならないのは必須だ。

 シオンとて好きでこんな少人数で危険を冒そうというのではない。

「ローウェン派って??」

「狂信者集団にもいくつか派閥があって、その一つだよ。今回の実行犯だと思う」

「そ、そっか・・・。じゃあ、フロラが一人で入ると、駄目なのは?」

「シオン様が家出なさってた時期にティーエン氏とレイ様は用事があって首都にいたんだ。

で、おっさんらはシオン様の同行を逐一レイ様に手紙にしていたからなぁ」

 リュクセンをシャルムに乗っ取られつつある現在、仮の当主である叔父のレイは首都での仕事も多い。

「叔父は何も知らないだろうから、ティーエンに私たちのことを話していただろうし。この時期に突然彼が自宅に戻っているのも怪しい」

 実際ミラーニャに会うまで、欠片さえ疑うことのなかった相手だ。

「シオン様が魔女に会いに行くまでの情報は多分知ってると思うっすよ。先週だったかな、ティーエン氏から、俺が「シオン様は、メイディアに無事に着いたみたいだよ」って言われてるんだよね・・・・」

「・・・・・・」

「その後すぐ、急用がどうのとかっていって、バスタールに来てるはずだから、罠の可能性は高い」

「それとフロラが入っていけない理由は?」

「フロラの能力の、姿が消せるって事も知られてるかも知れない。そこに魔法使いが相手にいるってことは、どんな能力を持っているかもわからないうえに・・・どんなにフロラの姿が見えなくても、見えない結界が貼られてたら避けられないだろう?」

 完全に頓挫している気がした。

 正面から行く以外の方法が思いつかない。

 もちろん、姿が見えないというのはどんな場合においても有効だろう。

 だからといって、一人で行かせるのは、最悪の場合を考えると相手の手札を増やすだけに他ならない。

「あ、俺はどうだろう?騎士団の制服のまま来ちゃったし、バスタールならたまに仕事で来るんだ。その帰りに寄ったーっていって家を訪ねてみるのは?」

「ふむ・・・」

 ララなら腕も立つ。いざとなったら逃げ出すくらいなら出来るだろう。

 魔女や継承者がいることは考えにくい人間の魔法使いと言う物は、魔力を持たない者を傷つける魔法を公使出来るほど強い魔力を持った者はまずいない。

 元の魔力を持たない彼等は、精霊の力を借りる以外の方法がないため、それも空気中に宿る風や、森、木といった、人と共に友好関係を持つ精霊以外の力を借りることはまず無理なのだ。

「じゃあ、フロラがその時にララと一緒におうちに入ったらどうかなぁ・・?ララにくっついていって、誰も居ないお部屋ーって確認したら、シオンを呼ぶの。シオンなら、二階でも三階でぴょーんって入れるでしょう~?」

「それは良いけど、姉上の身体のある部屋をある程度特定しないと厳しいな・・・・何かを隠す時って、ララやフロラならどうする?」

「フロラならー・・・大事なものなら、小さいものなら持っておくし、おっきなもの・・・・なら、あれ、人くらいのサイズって考えた方が良いの?」

「あ、出来ればそれで」

「お、俺無理。死体を隠すとか怖くて想像できないっす」

 ララほどではないが、フロラも想像が出来ずものすごく大きな人形、と考えて、普通にティアナの身体で良かったのだと思い直す。

「まぁ、私から先に言おう。身体・・・息をしてないし動かない心臓も動いてない・・・、腐らない死体って事で、大事に思うなら一番綺麗な部屋に置いて鍵をしておくし、それを見つかってはいけない死体として思うなら地下室・・・・・・・もしくは埋めてしまう、か」

 客観的に見たティアナの身体は「腐らない死体」であるのは事実だが、この少年は正直すぎて、たまに怖いことを言う。

「フロラなら・・・・」

 言いかけたフロラは、何か引っかかりを覚えて、胸がざわついた。

 水面に投げた一投に広がった波紋が、やがて何もなかったようにすべてを飲み込んでしまう。

 そんな具合でその陰りはすぐになりを潜めてしまったが。

「フロラなら、ティアナの身体・・・・・一緒に寝ちゃう。だから自分の部屋に鍵を付ける。・・・死んでたら・・・・・・お墓を作ってあげる」

「い、一緒に寝るのはすごいなって思った」

「そ、そっすね」

 だが、二択だ。地下室か、室内の何処かか。

 狂信者を内側に入れていると言うことは、普通の使用人は出払った状態で、屋敷の警備自体は手薄だろう。

 ティーエンほどの手練れならば、シオン相手に他に傭兵を雇うとも思えない。

「うーん・・・・なんか俺、今の聞いてたら引っかかる事があるのだけど・・・・思い出せない・・・」

 腑に落ちないような、変な顔をして、ララは馬の上で器用に腕を組むと、何度も何度も首をひねる。

 ララにもなにかあったらしい。

「あーーお思い出した!思い出したっすよ!」

「なに?」

「ティーエン氏って以前婚約を破棄してるんっす」

「ああ・・・十年近く前だっけ?それは私も叔父から訊いたことはあるけど」

「婚約破棄した事情は知らないけど、その婚約者さん、その後どっかの貴族の男と駆け落ちしたとかで実は長いこと行方不明だったんっすよ」

「だったって事は見つかってるんだろう?」

 ララは嫌そうな顔をすると、

「多分そうっていうだけらしいんですけど、首都ではちょっと事件にもなったんっす。えーっとある日突然、市内の綺麗~な薔薇園の木の下に、真新しい花嫁衣装を着た白骨死体が落ちてたってんで、すんごい話題になったんですよ」

「な、なにそれこわい、どこの探偵小説なの」

「それが婚約者だったの?」

「死体のしていたアクセサリーのなんかが、親が特別に娘にプレゼントととして贈ったものだったとかで、まず間違いないだろうって話。一度は駆け落ちしてる人だし、相手の貴族の男もわかんないしで、うやむやになったみたいだけど・・・シオン様が綺麗な部屋にーとかフロラ姫が一緒に寝るーとか怖いことばっかり言うんで思いだしたんっす」

 一度区切ってから、

「行方不明になったの自体がティーエン氏と婚約破棄して二年後の事だったらしいし、死体が見つかったーっていうのも、四年も前の話なんで結びつかなかったっすけどね~」

 時系列的に並べれば八年前に攫われ、空白の時間を得て四年前、白骨化した死体は見つかった。新しい花嫁衣装と言うことは少なくとも直前に誰かが着せ替えた事は確かなのだ。

「なんか、そんな本、フロラ読んだよ・・・」

 図書室さんで読んだ本の中にも、確かそんなような内容のミステリーがあった。

「・・・・四年前って何があったっけな。姉上はそれくらいの時期に神殿に上がってるから・・・・ティーエン先生とは面識ないだろうし・・・・うーん」

「ねぇねぇ、シオン。巫女様って人前に出るの?」

「うん、そうだね、毎月王宮にも顔を出さないとならないし」

「それなら、ティーエンとかも、見たことくらいあるんじゃないの?」

「そう、だね・・・?」

「・・・・・・ティアナはとっても綺麗。遠くから見ただけでも、誰が何を起こしても、おかしくないと思うの」

「あーそれはそっすね。あ、俺はフロラ姫の方がタイプっす」

「ララ・・・・」

「あ、シオン様が一番タイプっす。その冷たい眼差しっ!痺れる-!なんで女の子に生まれてくれなかったんっすか!全力でお仕えしたのにっ」

 今は全力でお仕えしてくれていないようである。

「ふざけてる場合じゃないよ、ララ。でも、先生には疑われるような余地があったって事で、二択を信じてさっきの通り、ララに最初行ってもらうしかないね。フロラも、頼んだよ」

 気持ちを切り替えなければならない。

 ここのところ信用出来る者達とばかり接していたので、甘くなっていた自分をたたきのめすように、シオンは軽く自分の頬をはたいた。

「・・・・私はフロラの自室の線で行こうかと思うんだ」

「え・・い、いいの?」

「ええええ」

「仮にさ、前回の犯人がティーエン先生だったとするじゃない。普通に腐っていく死体を何年も手元に持っていた可能性がある訳でしょう?腐らない死体なら、一緒に寝てもおかしくないかなーって。思ってみたんだけど、どうかな?」

「ち、ちがってたらごめんね」

 シオンは緩く首を振る。

「ララも、フロラも約束してほしいことがあるんだ」

「はい?」

「うん」

「失敗したとか見つかった、と感じたら、絶対に逃げて。私も、そうするから。正面衝突したら三人でかなう相手じゃない」

 ララが見たという五~六人の狂信者とティーエン・ロアだけでも相手は倍以上だ。

「最善は尽くすけど、今が最悪の状態じゃないって事を、思い出して。分かったね。絶対に三人とも無事じゃないと怒るからね」

「そんなこといって、シオンが怪我とかしたらフロラ泣いちゃうからね!」

「ララも泣いちゃうからね!」

「まねしないの!」

「はっはっは」

 怪我で済めば良いけどとは、シオンは口にしなかった。






 正面玄関から挨拶をしてララが執事らしき男と何かを話しているのが見える。

 フロラがこちらを振り向き(ララとシオン以外からは見えない)、無表情で親指をたててシオンにサインを送ってきた。

 中には入れるようだ。

 二人が屋敷内に消えるのを確認し、シオンは一人、裏庭に回る。

 季節がら花の咲いていない梔子の木の影に、隠れながらシオンは何か見落としていないかと考えを巡らした。

 時空の魔女の存在は世界的に見て、そんなに知っている人間がいない情報だ。

 相手は四八十歳。

 建物の寂れよう、どれほど人が訪ねていないのかよくわかる。

 では・・・・その情報をいつ、どのように手に入れたか・・・・?

 ティアナが攫われた直後に何か方法がないかと、話し合った相手。

(レイ様・・・・・だ)

 しかし、叔父のレイは、熱血・単純・明朗という、影がないというか、いわゆる脳みそが筋肉で出来ているという、あれだ。

 血縁者だから点が甘いというより、理由がなさすぎるだろう。

 百歩譲って彼が侯爵家の着任を望み画策をたてたとしても、狙うならティアナではなくマーシャになる。

 しかし、レイが何故、数百年を生きる魔女の所在までを知っていたのか・・・?

 メイディアの隠しようがない一部の魔法使い等を覗き、父の前妻はトップシークレットであり、相手が誰であったのかを知るものは当事者以外には祖母とレイくらいだろう。

 分からないことが多すぎて、焦りが考えを鈍らす。

 シオンは額を押さえ、目をつぶる。

 レイに時空の魔女の情報を与えたのが、ティーエンだったとしたら・・・・?

 シオンがメイディア王家の血縁者だということを、レイがティーエンに話していたという事はまずあり得ないことだが・・・。

 情報が交錯しすぎて真実が見えてこない。

 ただすべてが疑わしく、時間だけが過ぎていく。

   『お菓子と勉強は手順が大事。けれども事業と事件は結果がすべて』

 ふと、フロラの言葉が思い出された。

 可能性をどれだけ並べてみるより、結果や事実があるなら結果から考えた方が早い。

 結果を基に、過去を繋げれば良いのだ。

 過去を知ることは未来を知ることだと、ミラーニャは言っていた。仮定や仮想未来などという、起きていないことを知るより有意義だと。

 今、確定している事項を探す。

 焦る余りシオンは結果であり事実を見るのを忘れていた

 過去、ティーエンが犯したかも知れない殺人の可能性、ティアナを狂信者達に攫わせた、シオンが何らかの方法で此処を突き止めたこと自体はおそらく相手に知られている。

 相手から見れば、ララは予想外の珍客かも知れないがシオンとフロラは、ティーエンに

とっては、来て当たり前の人物だ。

 罠だというのが分かっていても、結局の処正面突破しかないと思っていたのは確かだ。

 いささか策として苦肉だが、あくまで一対一なのを想定していたのもある。

 どこかで信じていたのだ。

 正々堂々と名乗りを上げて戦う事を騎士は好む。

 ティーエンは騎士だ。

 誰よりも強く、清廉潔白であると信じていた相手。

 背中を嫌な汗が流れていく。

 相変わらずティーエンが何故そんなことをしたのか理由も導き出せないし、今でも信じられないが。

 姉の身体がそこにあるのなら、行くしかない。



|ω・`)まぁ趣味で描いた奴なので色々と遊びが多いですけども。

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