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言葉を忘れた魔女

初めて描いた小説で、すでに完結している話なのですが、少しづつ手直ししながら連載したいと思います。

ラストまでできあがっているものを文章を直しつつなので、途中放棄みたいなのはないです。


     それは深い森の物語





 ――――――風の運んだ砂糖楓の木はとうに背丈をこえ、家の屋根さえ軽く通り越し、甘い樹液をもたらしてくれるようになったのはいつの事だったろう。



 声に出して何かを喋ったりしなくとも、頭に響いてくる妖精達の囁き。

 何が楽しいのか、彼等はいつだって――――秘密を打ち明けるような話し方をする。

「ねーえ、フロラ。さっき面白いものを見つけたのよ」

小首をかしげた風の妖精は掌に乗るほどの大きさで、薄羽蜻蛉に似た羽がチラチラと光を零していた。

『今度はなぁに?』

 一方でフロラと呼ばれた娘は、おおよそ人の姿をしていた。

 年の頃は十五、十六歳ほど。

 服装はいつから着ているのかわからないほどに古びて色あせた濃茶のローブと、防寒目的で同じような色合いの短い外套もやはり小汚い。

 目深に被られたフードの中の髪は、手入れされた気配もなくかさかさと乾いて肩あたりで無造作に切られており、瞳は伸び放題の前髪の間から、僅かに見え隠れする程度で、色すらよく分からない。

 一見物乞いか何かのような出で立ちだが、肌の色だけは人とは思えない血の通っていないかのような抜けるような白さが、暗い色合いの中でひときわ目を引く。

「さっきねぇ、人の子が森にいたのよ」

『・・・・・・え?』

 ぽつぽつと薬草を摘む手が思わず止まって、彼女は耳を疑う。

「あれ?フロラー?」

『案内しなさい・・・エナシェール』

「えぇーどうしよっかなぁ」

『・・・あとでサンザシジャムをひとすくいつけるわ』

 砂糖楓のシロップでサンザシの実を煮たジャムは、エナシェールの大好物だ。

「わぁい!案内するするー」

 妖精は小さな事でも、こちらから頼む場合は対価がなければ動いてくれないものである。

 対価と言う程大層なものでもないけれど。

 





 フロラの脚は風の様に木々をくぐり抜け、森を駆ける獣の早さで駆け抜ける。

(見つけた)

 人の子・・・・・子供と言うほど小さくもなさそうだが、妖精から見たら大人でも人の子は人の子だ。

 その姿を認め、そっと木の陰から様子を窺う。

 ズキリ。

 後ろ姿を認めただけだというのに、何故か一瞬頭に鈍痛が走る。


    『フロラ・・・・・・』


 聞こえるはずのない懐かしい声が心の中を木霊する。


 遠目にもわかるほど背を覆う鮮やかに長い銀の髪は、フロラに思い出したくない事を思い出させる。

 だがそんなことも言っていられない。

 昼下がりの淡い光に包まれた森は早春のこの季節、花や新芽で彩られとても美しいが、傾きだした北国の日差しは待ってはくれないのだ。

 深い木々に閉ざされた薄暗いこの森に、一刻もすれば夕闇とともに暗闇が訪れる。

 けれど・・・声をかけようとしてフロラは呆然とした。

「あ・・・・・・」

 言葉を。

 忘れてしまっていたのだ。しかし一度口から零れた声は戻らない。

 相手は一瞬でレイピアを構え険しい顔で振り向いた。

 精緻な細工を施した美しい細い剣は、飾りではない。染みついた人の血のにおいがする。

「何者!」

 人を叱りつけることに慣れた一喝は疑うべきもない貴顕。

 強く、張りのある不思議な声だった。

 簡素ではあるが高価なものだと一目でわかるローブは、フロラの知る時代のものとは違う。女性物にしてはシンプルなデザインで、所々金の縁取りや縫い止められた宝石がきらきらと光る。

 おそらく名のある貴族の娘なのだろう。

 年の頃はフロラと同じくらいに見えるが、少女にしては上背のある伸びやかな姿態は、もう少し上かも知れない。

 やや眦のきつい冴えた瞳は、深く澄み切った青。シャープなラインで結ばれた硬質な顔立ちは、高圧的な態度と相まって氷のような冷たさだった。

 息を飲むほどに鋭利な美貌は、女神と言うには幼さを残していたが、殺意に彩られなお美しい。

 貧相な森の娘くらいにしか見えないフロラに対してすら、彼女の殺気だった様子は変わらない。

 しかし、フロラは言葉を発することが出来なかった。

「名乗れ、娘」

 促されても自分の名前すら音として変換することが出来ないでいると、

「もしかして・・・話すことが出来ないのか?」

 怪訝そうに問われたので頷くしかなかった。

 フロラは決して文字が読めないわけでも言葉が話せないわけでもなかったはずである。

 そう、喋ることをやめてもう百年以上はたつ。

 数えるのをやめたので、それが本当に百年だったかすらわからない。

 相手の言っていることはわかるが、言語自体もフロラの知っている言葉とは響きも違っていた。

 それでも言わなければならないのだ。

 思念で語りかけるしかないが、それにはこの殺気に満ちた相手と十分な距離をとらねばならない。

 魔力を持つ者をそうでない者達が良しとしないことは、フロラも人と暮らしていた頃があるだけによくわかっている。

 相手から目を離さずじわじわと後ずさりながら語りかける。

『剣をお納めください、人の子』

「!?なんだおまえ?」

『私はこの森に住む者。早くこの森を出て行くのです。』

「な、どこから声が」

 声ではない声。音として聞こえないというのに、頭に直接聞こえる声に少女は驚愕の眼差しでフロラを見つめる。

『危害を加えるつもりはありません。どうか早くこの森を出て。一度日が沈んでしまったら、今度は次の新月まで扉は開かない』

「・・・・・・出たいのはやまやまなのだが、さっきから何度同じ道を行っても同じ場所に出る。これはどういうことなのだろう?おまえの罠ではないのか?」

 森の事情から助けてやろうというフロラに対して、罠扱いとは一体どんな荒んだ人生を歩んでいるのだろう。

 貴族の娘と言えば蝶よ花よと育てられ、もっとおっとりと淑やかなものなのではなかろうか。

 近づく者はすべて切り倒すとばかりに、睨み上げてくる凄烈な眼差しと、殺伐とした空気にフロラの身体は粟立ってしまう。

『剣を納めてもらえないでしょうか?私が案内すれば出られます。心配に及ばずとも・・・近くには寄りません。私は貴女が恐ろしい』

 かつて人だったフロラだが森に長く暮らすうちにその魂も身体も、もはや人の物とは言えないほど危うく、性質そのものが妖精や精霊といった類いに近くなってきているのだ。

 この娘の殺気は毒のようにフロラを傷つける。

「・・・・・・娘。名前は?」

『フロラ』

「おまえ・・・魔女だろう。それとも妖精かなにかなのか?」

『・・・・・・魔女って具体的に何が出来れば魔女なのですか?』

 少しの沈黙の後、少女はフロラに対して向けていた剣を納めた。

「・・・・・お前が悪い魔女だというのなら、私が足掻いたところで、勝てそうもないな」

 実際、フロラにはこの少女を放っておくという手もあれば、剣を向けられたところで姿そのものを消してしまえば痛くもかゆくもなかった。

 フロラとて望んで魔女になったわけではない。

 実際、魔法学校等で教育を受けたとか、名のある魔法使いに弟子入りしたとかそういう手合いの魔女ではないので、これといって何が出来るわけでもないのだ。

 ・・・追われ、迷い込み、出られなくなった、そして自力で出られるようになった頃には帰る場所もなくなっていた。

 この森は、一定期間その中で生活を続けると身体に魔力がたまり、気がついた頃には世間的に言う魔女と呼ばれる者に近い者になる。

 とはいえ魔女と言えるほど身体に魔力がたまった頃には、森の外では数十年は軽く過ぎており、戻ったところで帰る場所はない。

 そもそも彼女が魔女になったことは、不幸な事故だった・・・・。

 そして気が遠くなるほど長い間、妖精以外と口を聞いたことさえないのだから。

 外に出られるようになってもなお、留まり続けているのは行くところなどないからに過ぎない。

「娘、次の新月と言ったな?」

『はい』

「おまえがいれば、外に出られるのだな?」

 名前を教えた意味があったのかわからない。とほんのり思いつつ、フロラはうなずく。

 少女は少し考え込む仕草をすると、名案だとばかりに簡単に言ってのけた。

「よし、次の新月までここに置いてもらおう。案内せよ」

『・・・・・・何を言ってるのこの人』

 呆れて思わず本音が出てしまった。

レイピアごときで切られるフロラではないが、この地を血で汚したくはなかった。

 窺うように見やるが少女は特に怒り出すということはなく、なにやら思案顔で肩を竦めた。

「魔女よ、事情は話せぬが・・・・・・私は命を狙われている。この森ならば追っ手も来ないであろうし・・・・しばらく置いてもらえないだろうか」

『・・・・・ここに残るのはかまいませんけど、ご自分のことはご自分でしていただかないと・・・。メイドも執事もおりませんし』

「・・・わかっている。・・・そうだ!私の名はシオン。よろしく」

シオンはフロラの前に近づくと、ぞんざいな口調に似合わぬ朗らかさでもって強引にフロラの手を握る。

 フロラは少々怯えながら握り替えし、その手の硬さに驚いた。

 シオンの手は剣の鍛錬で皮は厚く、骨っぽさが目立ち少年の手のようだったのだ。






 置いてくれとは言ったものの、新月までと言えば軽く一週間はある。

 その間、雨も寒さも凌げるこの小さな家に泊めてもらえるだけでも幸運なのだろうなぁと、シオンは硬いベッドに腰を下ろした。

 家主のフロラという魔女は北国の娘にしては小柄で、見た感じシオンと同じ年頃の姿をしてはいる。

地味な装いは古びて、どれだけ長いこと同じ服を繰り返し着ているのかと、疑いたくなる年月を感じさせた。

 適当に切っているのが容易に想像が付く不揃いな髪は、ザンバラ状態で顔立ちすらもよくわからない。

 ただ魔女と言うだけあって肌の色は人の有する色ではない。

 存在そのものが危ういと感じる透明感は、目の前に居るのに透けていってしまいそうな、僅かに発光しているかのように見えた。

 フロラはシオンの身の回りの事は何もしないような事を言っていたが、朝だけは食事を用意はしてくれていた。

 新鮮な果物と炒った木の実、ハーブを煮込んだスープというもので、ヴィーガンにでもなった気がしてくるが、それだけでもありがたい事だ。

 その食事量では腹も減りそうなものなのに、不思議と身体は温かく空腹感を感じないのは何故なのだろう?

 訳を訊こうにも会話どころか、フロラの姿すら見かけることがない。

 朝、目が覚めるとすでに家にはいなかったし、夜には戻っているようだったが隣の納屋で眠っているのか、気配というものが感じられなかった。

 起きて、剣の素振りをし、ごく孤独に食事を済ませ、無意味に散歩などしてみても三日もすれば飽きる。

 今日こそフロラをなんとかして捕まえよう。

 話もしたい。

「フロラ・・・フロラ、おい、いるのか?」

 四日目。夜になり、納屋に灯りがついたのを見計らい声をかけてみた。

「おい?」

 ぐるりと見渡しても姿は見えないが、ゆらゆらと蝋燭の光が揺れて僅かに風がおきる。

「!?」

 最初からそこに居たのかのようにフロラはシオンのやや後ろに立っていた。

 薄暗がりに佇むその姿は、やはり人ではない何かを感じて、シオンはごくりと生唾を飲む。

 五歳の頃より鍛えられた剣術や体術のすべて、多少腕に覚えはあっても、この娘がその気になればシオンの命などいともたやすく盗れるだろう。

 薄暗がりに、前髪の隙間から仄碧く光る瞳はまさしく妖精の瞳。

「・・・お前はやはり、魔女なのだな・・・・・・」

 何を言われているのだろう?とばかりにきょとんと首を傾げたフロラには、敵意は欠片もなく、その吐息すらも感じられないほど清涼な静けさを纏っている。

「少し・・・話をしてくれないだろうか。えーと、しゃべれないんだっけ?」

 容姿そのものが自分と同じか、それよりも少し幼いくらいなのも手伝ってどう接していいのか、逆に分からずシオンが言葉を考えあぐねていると、フロラはもう一度首を傾げその場に腰を下ろし、シオンにも座るようにと手振りでそっと椅子を指し示す。

「あ、いいよ、私も床で。世話になっているのは私のほうだからね・・・」

 ましてや魔女の采配で生かされてるに過ぎないという自分の身を思えば、もう少し言葉を改めるべきは自分の方であろう。

「えーっと・・・フロラさん。いや、フロラ様・・・?色々と失礼な物言いをしてしまって申し訳な・・・ん?」

 謝罪と言葉を改めようとすると、途中でフロラがシオンの口を人差し指で押さえる。

 一瞬、何が起きているかわからない、近づかれたことすら分からなかった。

『フロラでいいから・・・』

「う、うーん・・・じゃあ・・・・・・声が出ないわけじゃなさそうだけど、言葉が話せないのかな、フロラは」

「・・・そういうわけでも・・・・・・ない」

「えぇ!?しゃ、しゃべ・・・った!?」

 思いの外、か細く、それはとても愛らしい、少女の声だった。

「フロラ、言葉、・・・あまり、覚えてない。・・・人と話す、百年ぶり。くらい。多分」

 ぽつぽつと覚えたての言葉を話すように単語を紡ぐ話しぶりは、シオンが知る今の大陸の言葉より響きが流麗だ。

 文法や単語が少しづつ違うが、異国の人間が片言の外国語を喋る時のようなぎこちなさが、彼女を余計幼く感じさせるというのに・・・なんと言ったかこの魔女は?

「・・・・・・・・・・百年・・・ぶり?フロラ・・・やっぱりフロラ様・・・・・・?」

 目上の人は敬えと言うけれど、・・・・・確かに魔力を繰る者たちの中には五百歳を越える魔法使いとかいるにはいる。

 けれどもそんなものは世界に三人居るとか居ないとかというレベルの話であって、シオンもそうそうはお目にかかったことなどない。

「・・・・・・・・・・・・」

 シオンの意図が伝わったのか、フロラは困ったように俯いて黙り込んでしまう。

『普通に接して下さい・・・私は何が出来る訳でもありませんから』

 言葉が浮かばなかったのだろう、思念が届く。

 慎ましやかなその「声」と肉声での会話はあまりに違いすぎる。

「えーとじゃあ、フロラ。ここって不思議だね。なんか、お腹とか空かないんだ。どうしてなんだろう。あの朝出してくれた果物・・・・・見たところ普通の野いちごに見えたんだけど、何か不思議な木の実だったりとかする?」

『それは・・・貴女はこの森に自分で入って来られましたよね?』

「うん。ちょっと追われてて、逃げ込んだんだけど・・・」

「フロラと、一緒。ね」

 その可愛らしい返事と思念会話の印象差が激しく、シオンはなんだか三人で話しているような気分にすらなってくる。

『私も・・・逃げ込んだら出られなくなっただけなのです。お腹・・・・・・が空かないのは多分、ここに満ちている森の気が身体に流れ込んでくるからだと私は思っています。でも・・・・・・

詳しいことは何も知らないの。ずっと・・・私は独りだったから』

 彼女はそういうと、シオンに向かって手を伸ばした。

「あ・・・」

 フロラとしてはシオンの髪についていた、ほこりを取ろうとしただけだったのだが、反射的にシオンがその手首を掴む。

 その時、記憶の共有は行われた。

――――――――そう、気が遠くなるほどの時間。フロラはこの森にずっと独りだった。

 命を絶とうと川に飛び込んだはずが、何故だか水の中でも息が出来てしまったり、崖から飛び降りれば、死んだはずだと思えば何日か気を失っていただけだった。

 いつの頃だったか、妖精が見え始めた時は最初、自分の気が触れただけなのだろうと思ったものだ。

 その声が聞こえるようになった頃には、森の外にも出ることが出来たが・・・そこはもうフロラの帰る場所などない、数十年が過ぎた世界。見たことのない建物や聞いた事のない言語。行き交う人々が恐ろしく彼女は森に逃げ帰ったのだ。

 そうしてまた数十年が過ぎて、百年も過ぎた。

 多くは語らない彼女の言葉は色を持ち、ひととき二人は時間を共にする。

 あふれ出した映像は濁流のように流れ込み、その色のはらんだ孤独感にこらえきれずシオンの瞳から涙がこぼれ落ちた。

『貴女は何をしたの?今の・・・私の心を読んだ?』

「今のは本当に何もしてない・・・ごめんなさい。私は・・・・・たまに人の過去が見える事があるのだけど・・・ここまではっきり見えたのも初めてで、こんな風に同じ景色を一緒に見たのは初めてだからどうやったかもちょっとわからない、本当なんだ」

 慌てて弁明するシオンの様子に彼女はあまり動じず、僅かに苦笑した。

『・・・・・・多分森の力』

「フロラ・・・貴女は望んで魔女になったわけでもなければ、迷い込んだ私を助けようとしてくれただけなんだね」

 シオンには確かに少しだけ他人の過去を見る力があったが制御出来る力でもなく、見たいものが見える訳でもなく断片的に映像が見えることがたまにあることを説明すると、フロラは特に驚くこともなく納得した様子で「そう」とだけ呟いて、居心地悪そうに座り直した。

 フロラ視点で見た、森に入ったあたりからの映像は恐怖としか言えないほどの孤独。言葉を忘れるほどの長い時間、彼女はたった独りだったのだ。

 シオンは幼い頃より滅多に人前で泣くことなどなかったが、心が同調してしまっているのか涙は止まらない。訳もなく涙が溢れ孤独に苛まれる恐怖感。これは、フロラの心そのものなのかも知れない。

「シオン、泣かないで、フロラ、もう何も感じない、大丈夫」

 慰めるために使われた言葉のなんと悲しいことだろう。

 その夜は心が自由にならず、シオンの抱える事情もあってか、会話どころじゃなくなり泣き疲れて眠ってしまった。









 

 朝、シオンが目を覚ますとやはりフロラの姿は見当たらない。

 少しだけ、おはようと声をかけてくれるのではないかなどと、期待したのだが。

 昨夜の記憶の共有のせいか、シオンからは彼女に対してある種の慕わしさが沸いてしまっていた。

「フロラー、もういないのかー」

「いる」

 さっき絶対いなかったはずのテーブルの近く、手には湯気を立てる椀を持ち、朝摘みの果物籠を下げたフロラが立っていた。

「ええええええ!?今、今居なかったよね!?」

「ううん、いた。」

「いつからいたの!?」

「さっき、シオン、起きる前」

 それなら確実にいなかったはずだ。

「いや、居なかったよ!?起きてぐるって部屋見たんだよ私は」

 慌てふためくシオンに、フロラは少し考えてから、困ったように告げた。

「シオン、フロラのこと、多分、見えない。たまに、きっと」

「な・・・じゃ、じゃあ、ここ数日独りだと思ってたんだけど、ずっと・・・いた?」

「同じ部屋は居ない。でも、莓と水、んー?これ。持ってきたりした」

「あ、スープね」

 スープという単語が浮かばなかったらしい。

 なんだか同じ部屋にいて着替えとか顔洗ったりしてるとことか見られたのかと、ちょっとドキドキしたりしてしまったが、そういうことはなかったらしい。

 ほっとしたけれど、姿が見えないというのは困ったものである。

「これ、スープ?」

「うん、スープだと思うけど、けっこうおいしいね」

 いくつかの香草と何かの野菜を煮込んだ仄かな塩気のスープは、おいしく飲める優しい味だった。

「スープ」

 フロラは何故だかスープという単語に目をきらきらと輝かせ、自分が作ったと嬉しそうにしている。

「スープ!」

 初めての単語を繰り返す子供のように。

 会話のそこかしこに「多分」だとか単語のみが多様される、ちょっと足りない感じの言葉使いがまたなんだか可愛らしい。

「あははは」

(なんか、かわいいかも・・・いやいや、相手は百歳越えた・・・いやでも、どうなんだろう?)

「フロラってさ、ここに迷い込む前っていくつだったかとか、覚えてる?」

「うん?うん、多分、うーん・・・花月(四月)に、十六になるとこだったの覚えてる、多分それくらい」

 ちなみに今は蕾月(三月)の半ばである。 

「そっかぁ、じゃあ同じ誕生月だね。私も花月に十六になるんだ」

「一緒の、じゅーご(十五)? シオン大きいね??」

 二人の身長差は十センチほどである。

「え・・・?いや、私は小さい方だよ。これから伸びる・・・多分」

「ふんふん」

「昨日はごめんね。なんか、あんなに泣いたのって初めてくらいだと思うんだけど、どうしてか止まらなくってさ」

 照れくさくて、まだ少し腫れぼったい瞼を誤魔化すようにこする。

「ううん、多分泣いたの、フロラの昔の心、シオンに入った。と、思う」

「そうなのか・・・」

 そう思うと余計にあの時の辛い気持ちが蘇ってきて、胸が重く苦しくなり、シオンはブルブルとかぶりを振った。

『シオン、そんなに心を痛めなくてもいいのですよ。多分森の「気」の作用だと思いますし・・・。私はもう、そうね、妖精の声も聞こえるし、ここに自分で望んで留まっているの。いつでも出られるのです。森の外には』

 淑やかな印象の思念の声に、本当に別の人と話しているようだなぁと感じてしまう。

「え?次の新月まで扉は開かないって言っていたのは?」

『あなたが、人だから、です。私はこの森に長く居すぎたせいで、性質が「人」じゃなくなってきてしまってるんだと思います・・・・・・さっき、あなたから見えないってわかったから・・・・・』

 外に出たいと思わないのかと訊きかけて、彼女の親族など、とうにこの世にはいないだろうし、氏素性も分からない娘がたった一人でどこに住み、何をしようというのだろう?

 ましてや彼女は不老の身体だ。不老長寿の少女が人の世のひとところに留まれる訳がない。

(人の世の・・・ん??)

「フロラ、メイディア王国ってわかる?え・・・知らない・・・?」

 たかだか百年ほど前の娘が何故隣の国のことを知らないのか、実はもっと古い時代からここにいたのだろうか、定かではないが五百年以上前なら今とは違う国がこの辺りを支配していたはずだ。

「うーん・・・?まぁいいや。えーと、この国の西にある、メイディアっていう国があるんだけど、本当に聞いたことない?」

「ない。・・・・・・・・・と思う。わからない」

 この辺りはむしろ国境にほど近く、メイディアへの通り道。シオンが通りがかかったのもメイディアに向かう途中だったからだ。

 そうはいってもこの怪しげな北の森がどこに通じていたとして不思議ではない。

「世界的に見れば小さな国なんだけど、建国五百年。王様もなんと五百歳。っていう国でね。魔法学校とか、魔力を学ぶ人達がそこには多く暮らしてるんだ。フロラ・・・・・・そこに行ってみないかい?」

「フロラが?」

「フロラは別に、ここに住みたくてずっと居るわけじゃないんでしょう?メイディアならフロラが普通に人として暮らせると思うんだ」

 唐突な申し出に困惑しているのか、フードの奥の瞳がしきりに瞬きを繰り返す。

「私は、ある人の行方を知るためにメイディアに行く途中なんだけど。もし、フロラが少しでも行ってみたいって思うなら、私と一緒に行かないかな?あ、いや、変だよねこんな突然言われたら」

 フロラは少しの間だ思案するように黙り込むと、シオンを覗き込んだ。

「シオンが、フロラ、連れて行くの?」

「う、うーん、私と一緒に行動するのは危ないって言いたいところだけど、多分フロラの方が私よりある意味強いよね・・・」

 何しろ本人が意識するかなにかしないと、相手からは見えないのだから。最強である。

「あれ?意外とノリ気ですか?魔女さん」

 魔女さんと呼ばれ、ちょっと眉をしかめはしたが、彼女は子供のようにふるふると首を振った。

『ま、まだ!・・・行くとは言ってません。・・・・・・ただ、少しだけ、・・・一人じゃないなら、外に出てみたいって思ってしまっただけなのです・・・』

 改めて考えたことがなかったのだけれど、いくら帰る場所がないと言っても、少し出かけてみるくらいなんということもないはずなのではなかろうか?

 自分でも不思議で、何かとても大切なことを忘れているような気がしてならない。

「フロラ、出来たら普通に喋ってくれないかな。なんか、思念で話しかけられると背筋の辺りがピーンとしてしまうよ」

「で、でも、フロラあんまり、言葉、上手く話せない」

 その片言加減も可愛らしいし、声が可愛いからとかは言えないし、シオンはまことしやかに片目をつぶると、

「言葉を思い出す練習だよ」

 嘘ではない。嘘では。




 そう、森には誰も入れないように、鍵をかけてあったはずだ。フロラを閉じ込め、苦しめたこの森の扉を開く権限は、今やフロラの手にあるというのに、この少女は鍵を破りそして僅かの間、留まっている。

 運命と呼ぶには安易かも知れないけれど、何かの予感がフロラの中にもあった。

 共に来ないかという言葉に、いい知れない胸のざわつきを覚えたのは気のせいではない。

 ・・・・・・シオンの長い銀の髪。その容姿は、フロラの一番思い出したくない、過去と未来を繋ぐ記憶を揺さぶる。

 そして、それは確信となる。

「ある人というのは、私の姉でね。ティアナっていうんだ」

「ティアナ・・・?」

 耳を疑う懐かしい名前。

 別に珍しい名前ではないのだが・・・・・・。

 驚愕に凍り付いているフロラには気がつかないまま、シオンは話を進める。

 話の全容はこうだ。

 

 シオンの姉、ティアナは大陸で大半を占める女神信仰の教会の教団の随一の巫女であったが、その美しさから、隣国の王子に求婚され、巫女でありながら降嫁するのではないかという噂が教団全体に広がった。

 あくまで噂でそんな事実はなかったのだが、その噂を良しとしない教団側の狂信者の集団に彼女は攫われてしまったという。

「あわわわわ、シオン、こんなとこ、いて大丈夫!?」

「それは良くないけどっ!まだ続きがあるんだ・・・・・・・・・」

 ティアナは最高位の巫女だけあって、特別な魔力が使える。それはこの世の法では裁けない罪人を裁く時に異世界に送る儀式に使われる、異界渡りの魔法。

 もちろん大変異例で特例の場合のみにしか使われることのないこの魔法は、継承性で代々最高位の巫女が使う事が「出来る」というだけの代物で、「権限」があると言うだけにすぎず、未だかつて使われたという話は聞かない。

 しかし、狂信者達の手に墜ちた彼女は、逃げ出すために一か八か、おそらくこの力を使ってしまったのだという。

 ようするに完全に行方不明なのだ。

 そして巫女というのも言い換えれば、修行を積んだ「魔女」なので、シオンは身内に魔女がいるせいかフロラに対してもあまり物怖じしないのだろう。

 シオン自身も何らかの魔力を秘めているのは、フロラにも気配でわかる。

「焦っても仕方ないんだ。メイディアに行けば姉の行き先が分かるかも知れない・・・ていうのも時空の魔女と呼ばれる魔女が、メイディアにいるんだ。魔女には年に一度だけ謁見が許される。それが半月後の花月の元日て決まってて・・・・・・だから焦ってもそれ以外は会ってもらえないんだ」

 助けられるなら、助けたいし、生きていても死んでいても・・・・・生死くらいは知りたいと思ってしまうことは家族であれば当たり前だろう。

「ティアナ・・・・・・・・エメラルドの瞳をしている?」

「・・・・・・どうしてそれを?」

 そのティアナがあのティアナな訳がないというのに、感傷は捨てきれず、フロラは震えた。

 シオンを一目見たときに、似ていると感じたあの感じ。

 顔立ちは・・・似ていないのだけれど・・・・確かに似ているのだ。

 同じ名前。

 運命と言われずとも、そこに運命を見いだしたとしても誰もフロラを責めたりはしないだろう。

「シオン、お願いする、フロラ連れてって」

 今すぐにでも駆けつけたいが、シオンが森を出られるのには焦ってもあと三日はある。

 焦燥はシオンのとて同じだろう。

 残り続ける理由のないはずの森を離れてはいけないと、心のどこかで思うのに、今は、行かなければならないという胸騒ぎのような警鐘がフロラの胸を締め付ける。

 シオンから見ればフロラが突然、自分よりも今すぐにでも駆けつけたいという様相になったことは不思議でならない。

「今すぐ駆けつけたいのは私も山々だけど、今はここを出られないし・・・私にも少し事情があってね。二、三日は身を隠しておきたかったんだ。まぁこっちは恥ずかしいかな家の事情って奴だからよくある話だし、メイディアに着いたら話すよ」

 伏せられた銀の睫が朝の光をはじいて、頬に影を落とす。

 改めてシオンを見れば、気品に満ちて見目麗しい容姿もさることながら、呆れるほどに人目を引く鮮やかな色彩をしている。その目立ちすぎる美貌で、年端も行かぬ少女が単身でメイディアまで走ろうと思えたものだ。

 よくぞ迷いの森まで無事?だったと拍手を送りたい。

 ましてや高価なローブに身を包み、着の身着のままで飛び出してきたかのようなそのなりで夜盗に襲われなかった事の方が奇跡。いや案外出会い頭のあの時、追われていたようだし、襲われていたのだろうか?

「シオン、森の外に出たら、その服やめた方が良い」

「ああ、わかってるよ。これね。そうするよ。旅費くらいにはなるんじゃないかな。・・・あとフロラもさすがにそれはどうにかした方が良いと思うよ・・・・・・」

 打って変わってフロラときたら、物乞いレベルである。

 外の人間と関わる事などなかったので、どこからか小川を流れてきた布やら、うん十年も前に森の外に出たときに拾った服やら、自分で何年も前に編んだ麻のボロは、本当に酷い。臭ってきそうなほどである。

 フロラの時間は止まっていたも同然で、見たところ同じ年頃に見える少女との違いに急に気恥ずかしさがこみ上げてきた。

「フロラは!魔女だから!・・・いいの。多分」

「う、うん。わかるけど、姿ってフロラが意識した時しか、見えないの?」

「わからない。フロラ、森の外三十年くらい出てない。多分。でも、子供には普通に見える、と思う。えと・・・うー」

 そうだ、森の外に気まぐれで出たときに子供に指を刺され恐ろしくて逃げてきたのだ。

『本当はシオンくらいまでの子供なら、森の外でなら見えることもあると思うのです。一時的に姿を誰からも見えないようにすることとかは出来るけど、その時は誰からも見えないと思います。』

 難しい説明をするには不自由なのでつい思念で話しかけると、シオンが何とも複雑な顔をしている。

「じゃあ、外に出たら服はお互いどうにかしないとだね。フロラに・・・子供って言われちゃうと、子供に子供って言われてる感じがして変な感じだね」

 それはそうだろう。

 人の世は短い。

 十六にもなろうという頃なら、女子ならばそろそろ縁談も来る頃だ。

 子供扱いしたのはいけなかっただろうか。

「フロラ、うー・・・」

「接し方が難しいから、えーっとそうだな。フロラは十五歳。私も十五歳。次の花月に十六になる。これで行こうか?」

 それはとても優しい申し出だった。

 シオンからは最初の恐ろしいまでの殺気とぎすぎすとした空気は一層されて、屈託のない笑顔がフロラには何故だかとても眩しかった。







 持ち出すものなど特にないフロラだったが、なんだかんだと考えるウチに日持ちのする木の実やらハーブやらを詰め込んだら大きな麻袋はいっぱいになってしまった。

 メイディアへはこの森からでも馬で四日、普通に歩こうものなら女の脚では十日は堅い。

「私が持つよ。」

「え、フロラが・・・うー」

 なかなかの重たさになってしまい、これをずっと持ち歩くのは非力すぎるフロラにはとても無理だろう。大体、人間サイズの妖精さんを連れて歩くようなものだ。

 シオンの細い身体のそんな力があるのか華奢な肩に軽々と背負われた麻袋は、ものすごくゴージャスローブと似つかわしくなくて、フロラのほうが申し訳なくなる。

 森はいつもと同じ朝で、どこに扉があるのかわからない。

「あれ・・・なんかフロラの周り光ってるね」

「見えるの?・・・・・・エナ達が見送り。さよならって」

 無意識で鍵を開けるほど元々素質の強いシオンの中にも、恐ろしい早さで森の気が溜まったのだろう。

 この一週間でシオンからフロラが見えなくなる事はもうなくなっていた。

「エナ達?ああ・・・妖精さん達か・・・また、会える?」

「うん、でも、今はお別れ」

 おそらくメイディアに行けばフロラは戸籍のようなものがもらえるだろうし、魔法学校なりともなんなりとも就職には事欠かないであろう。

 シオンとしては旅先で出会ったこの不幸で寂しい魔女が、完全に人外の者となってしまう前に、もう一度人として生きられる機会を作ってあげたかっただけなのだが、何故か本人がティアナ救出にものすごいやる気を出しているのだ。

 そちらに巻き込むつもりはないのだけれど・・・。

「出た、ここ扉」

 どこがどう違うかわからないが、何故だかそこが扉だと言われればシオンにも扉なのだろうと思える何かが見えた。


 さよなら さよなら フロラ


 風にかすかに聴こえたささめきごと。

 再会を願う言葉は告げられず、変わりに勿忘草色した光の花びらが舞い上がる。

 光の織りなすカーテンがオーロラのように降り注ぎ、それはとても美しい光景だった。

「綺麗だね・・・」

「綺麗。でも、シオン、あんまり驚かない」

「う、うーん。ほらもうここのところ不思議のバーゲンセールだったから、ちょっとだけはこういうの慣れたかも。でも本当とても綺麗だね」

「ばーげんせーるとはなに?」

 少しの間だ立ち止まり、別れを惜しんだあと、二人は力強い歩幅で歩み出した。

 決して振り向くことはしないで。

 振り向けばまた出口に立っていないとも限らない。

 なんと言っても相手はあの迷いの森だ。

 徐々に薄くなる木々の間を抜け、なだらかな丘を下り、小さな集落の入り口につくと、シオンはフロラを村の外に待たせておくことにした。

「いい?絶対こっから動かないでね。すぐ戻るから」

「わかった」

 まだあんまり人に近づきたくないフロラとしても、物乞いのようなこの服装で村に入って子供達に指さされるのは得策ではなかったし、素直に従うことにした。

 しばらく空を眺めたり、花を摘んでみたり、鳥を呼んでみたり、とりとめのない時間が春のうららかな日差しのもとに流れてゆく。

 しかし、遅い。

 すぐと言ったのに、小一時間は過ぎている。

 何かあったのだろうか?

 時代は違っても美の基準などそうそうぶれる物ではないだろうから、フロラの基準が確かならシオンは輝くばかりの美貌の持ち主である。

 二時間が過ぎた頃には居ても立っても居られないほど不安になってきてしまい、もう一時間して戻らなかったら探しに行ってしまおうかと半ば泣き出してしまいそうになった頃だった。

 馬の走る足音にフロラは顔を上げる。

「シオン!遅い~~~!」

「わーごめん、何?泣いてたの?」

 簡素な男物の旅着に着替え、美しかった銀の髪はこの大陸で一番一般的な栗毛色に染められ、首の後ろでひとくくりにされている。

 あのすばらしい銀の髪は見られないのは惜しかったが、押さえた色彩でも少し気をつけたら誰もが振り向いてしまうであろう艶やかな美貌は、男装の麗人。と言うには少し年若いか、末恐ろしい十五歳である。

「髪を染めるのに少し時間がかかってしまってね。ごめん、泣かないで」

「すぐ、すぐ戻るってゆった!」

「すぐ戻るつもりだったんだけど・・・・・・服を売った先のお店のおばさんが親切な人で、あの髪で出歩いてたら攫って下さいって言ってるようなものだからーって染めてくれたんだ」

「うー!」

「・・・ごめん、心配かけたね」

「うっ・・・うっ。フロラ、外のこと、シオンしか、うっ・・・・・シオンいなかったら、どうしていいのか、うっうっ」

 フロラの心配ももっともなことである。

 本当にメイディアに着くまでのフロラには自分しかいないのだということを、シオンは堅く心に命じ、軽んじた行動はどんなことでも気をつけようと思わされた一件だった。

 しくしくと泣くフロラの頭をシオンはそっと撫でて、ぽんぽんとたたく。

「別行動する時は本当に気をつける。今日は、ごめんね」

 フロラとしては出来たら長時間の別行動なんていう恐ろしいこと自体をしてほしくないのだが、やむを得ない時もあるのかも知れない。

「はい、フロラの分の服。そこらへんの木陰で着替えるといい。私はちょっと向こうの川で水をくんでくるから。」

 手渡された紙袋を手に、フロラは言われたとおり木陰に行きもそもそと着替えを始める。

 服らしい服なんて、どれくらいぶりだろう。

 袋から出した服はシオンの物とは違い、質素ではあるがゆったりとしたローブの裾の幅を見ると、もしかしなくても女物。

 皮や麻などの生地で出来た旅に適した服は汚れの目立ちにくい茶系で、腰に巻くタイプのエプロンは生成り色。ポケットには、愛らしい鈴蘭の刺繍が施されていた。

 売り物にすらならないいつものボロは脱いでしまうと、それが服であったのかすら分からない程薄汚れていた。

飾り気のない旅装束でも新しい服というのは心躍るものだ。

 髪型がザンバラなのは鏡もないし、いじりようもないのだけど、フードが取れてしまうと彼女の明るい色の髪はシオンの銀髪と良い勝負だった。

「シオン~」

「すごい珍しい・・・髪色だね。フロラも染めた方がいいのかな・・・・」

 昼なお薄暗い森の中で始終フードの影になっていた短い髪は、白髪だと思っていたが、それはシオンが初めて見る色合いだった。

 ほとんど白に近いトゥへアに僅かに赤みがさした 春に咲く木の花のように淡く色づく薄紅の髪。

 残念な点といえば、手入れがまったくされていないのでくしけずられた後さえなく、なまじ短くされているものだから、緩い巻き毛が悪い方向に作用してフードがないと爆発頭になっていることだろうか・・・・。

「シオン、何故、フロラの、シオンと同じじゃない?」

 スカートの裾とシオンの上着を摘んで、見比べる。

「え?だってフロラは女の子でしょう。そういうの嫌いだった?」

「・・・ううん嬉しい。服、新しいの。ここ、かわいい、お花」

 フロラは嬉しそうに頬を紅潮させ、長い前髪の間だから瞳をきらきらさせて、ポケットの刺繍を指し示す女の子らしい仕草にも、彼女が魔女であることを忘れそうになる。

「シオン、フロラは染めなくても、大抵見えない」

 しかし、あくまで彼女は魔女なのだ。

「あ、そうだったね。たまに子供に見えるくらいだっけ。どうせフード被ってるし、これでいいね」

 目深にフードを被ってしまうと、シオンの顔もフロラの顔もちょっとやそっとじゃ分からない。

「時間を食ってしまったし、急ごうか」

「大体、シオンのせい」

「はい、すみません」

 気立ての良さそうな茶色の馬は、初めての二人の前でも物怖じせずにおとなしくしている。

「じゃ、フロラが前で私が後ろね。」

 シオンは手慣れた様子で先に鞍に腰掛けてしまうと、フロラに手を伸ばす。

「二人で乗るの?」

 ふわり。

 あるはずの重みもなく、フロラはシオンの前に腰掛けた。

 馬にとっては一人分の重みしかないのだろう・・・。

「そう、だからおとなしくしていてね」

 あんまり軽いから風で飛ばされてしまうんじゃないかと、シオンは心配になり気を引き締めた。

腕の中のフロラは羽を閉じ込めたように心許ない。

「ふぅん」

「ちょっと飛ばすから舌噛まないように、しっかり馬の首に捕まってて」

(本当に風に飛ばされたらどうしよう・・・・)

 と、ちらっとだけフロラを見たが、言われたとおり必死で馬の首にしがみついてるのが子供みたいで、本人には悪いがちょっと面白い。

「ほわああああああ!?」

 北国の風は早春の今、昼でも相当冷たい。

 風を切って走る馬の背は、いつもよりぐんと目線が高く、遠くの花々の色まで美しく見える気がした。

 思えばこの土地を出るのはこれが初めてで、フロラは少しだけ不安になった。

 けれど背中に感じる人の温もりは想像以上に慕わしく懐かしい物で、離れがたい。

(ティアナ・・・・・・)

 人だった頃にもフロラにはティアナがいた。

 血のつながりはなかったけれど、修道院で共に育ったフロラの義妹。銀の髪にエメラルドの瞳が美しい少女だった。

 そして記憶の中のおぼろげなティアナとよく似たシオンの面差し。フロラの知るティアナはもう百年以上も前に死んでいるはずだから、当然あのティアナとシオンの姉が同じであるわけがない。

 

 それでも、運命を感じざるを得なかったのだ。


キャラデザ。

シオン

http://blog-imgs-47.fc2.com/m/o/c/mochiumaponpon/20131219092904fe3.jpg


フロラ

http://blog-imgs-47.fc2.com/m/o/c/mochiumaponpon/20131222035822d84.jpg


気が向いたらどうぞー。

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