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第二嫁 誘惑地獄 その二

「おかえりなさいませ、ルゥ様……。えっと、お客様、ですか?」

 リルミムが不思議なものを見たような目で少女を見る。ルゥの家は人が訪れることなんて全くないから、気になるのも仕方ない。

「こんにちはー! この子は召使いかなんかかな?」

「私はルゥ様の妻で、リルミムと申しますっ」

 いつもおどおどしているリルミムが、珍しく自己主張をした。

「はあ? えっとね、あたしが奥さんなんだけど」

「違います! 私が、私が……」

 リルミムの態度は予想外だったが、思った通り完全にぶつかっている。

 二人は火花が散るくらいににらみ合っているが、突然連れて来た少女がこちらへ顔を向けてきた。

「さてどういうことか説明してもらおうかな」

 説明してもらいたいのは僕のほうだ。この状況をどう繕えばいいのか、全く頭が回らない。完全な修羅場だ。しかも自業自得の修羅場ならまだしも、完全になすり付けられたものだ。

 どうしたものか頭を悩ませていると、テーブルの上に手紙がいくつか載っていたことに気が付いた。しかもその中には青い封筒が混じっている。ルゥへの手紙は特殊な専用封筒でしか送ることができないのだが、その中に別のものが入っている。つまりそれはルゥからの手紙であると思って差し支えないだろう。

 藁にもすがる気持ちで、その封筒を手に取った。

「ええっと、二人とも。悪いけどとても急ぎの用があるんだ。この話は後回しにして欲しい」

「はぁ? ふざけないでよ、あたしらにとってはこっちの方が大事なんだ──」

 憤慨している少女の口に指を当て、無言で首を横に振るリルミム。自らを救った手紙の重要性を誰よりも理解しているから、このような話で遅らせたくないのだろう。

「……わかったわよ。とっとと済ませて本題に入ってよね」

 よし、書斎へ戻って手紙を読むぞ。

 まず宛名を確認する。ロート……やはりルゥからだ。

 できることなら偽名を僕の名前ではなく、出かける前に何か決めていってくれればよかったのに。だんだん自分の名前を見るのが嫌になるから。

 今はそれを問題にしている場合ではない。一体急ぎで何が書かれていることか。


『 拝啓、天才魔導師、ルゥ様。あなたの奴隷、ロートです。

 暫く留守にしてしまい、ルゥ様にご迷惑をかけてしまうゴミ虫ロートをお許し下さい。

 さて、本日お手紙をお送りしたのは、少々妙なうわさを耳にしたので、その話をしようと思いまして、筆を取らせていただきました。

 ルゥ様が重婚なさっているといううわさは本当でしょうか? さすがルゥ様、どの国にも所属していないということは、どの国の法にも縛られないということで、重婚なんて当たり前にできるのですね。この靴の裏のようなロートには、とても真似ができません。うらやましいです。

 だからといって、この腐ったパンのようなロートが、ルゥ様の奥方様に手を出すなど、全くできようがありません。なにせルゥ様の奥方様ですよ、塵ロートが手を出したら、ルゥ様に殺して欲しいと懇願するほどの責めを受けてもおかしくありません。

 ですからこのシロアリロートは、自らを慰めるくらいで治めておきます。

 それでは長々と申し訳ありませんでした。

              ルゥ様に服従を誓った蛆弟子ロートより 』


 あー、うん、そうだよな。ルゥが僕に助け舟を出すわけがない。

 要訳するとこうだ。やいクソ虫ロート、俺は重婚できるんだ、うらやましいだろ。だけど俺の妻に手をだすな。あと約束を守れ、と。

 不憫とは、僕のためにある言葉なのだろう。

 それでも少しは情報が書かれている。法に縛られないから重婚しても問題無い、か。

 国によっては重婚を認めている場所もあるらしいが、そんなものごく一部で、基本的に一夫一妻だ。これは利用できる。

 もちろん、こんなことで納得してもらえるとは、毛先ほども思ってはいないが。


「──つまり、あんたは重婚ができるから、あたしら二人を妻にしても問題が無いと」

「えっとまぁ、そんなところかな」

「ふざけんじゃないわよ! あんたに倫理観ってもんは無いのっ?」

 あるよ! 

「いや、怒るのはもっとも。僕だってそれくらいはわかっているよ。もしそんなに嫌ならば、解消して帰ってもらっても全然問題無いよ」

「あたしはあのルゥ・コーゲンと結婚するんだって散々言いまわったんだから、今更帰れるわけないでしょ!」

 そんな身勝手な言い分を通さないで欲しい。

「それになによ、この汚らしい服の子は。これが奥さんって正気? それともあんたはこういうのが趣味だったりするわけ?」

「これはうちの両親が、がんばって稼いで買ってくれたものなんです。ルゥ様には関係なく、私が着させていただいているんです」

「は、はぁ? こんっな安物をがんばって稼いだ? あはは、どんだけ貧乏よ、あんたの家って」

 こいつ、こいつ許さない! 僕のリルミムをバカにしやがった!

「ふ……ふざけるなぁぁ!!」

 本気で頭にきて、声を荒げてしまった。

 ここに来て以来、ルゥに散々な目に合わされ続けて怒ることはあったが、爆発するほどのことはなかった。それほどまでの怒りが僕を支配した。

「な、なによ、なによ!」

「謝れ! 彼女と、彼女の親に! 僕はお前を許さない!」

 はあ、はあ。

 血流が激しく脳を殴る。過血で頭が痛い。

 少しの沈黙が続き、下を向き震えていた少女がこちらを睨んだ。

「うっさいわねっ、いいよ、出て行ってやるよ!」

 目にたくさんの涙を浮べたまま、少女はドアを破壊する勢いで叩きつけるように閉め、出て行った。

「あの、ルゥ様……少し言いすぎでは」

「いいんだ。僕は君を妻として迎えたんだ。僕の大切なものを馬鹿にするのだけは、誰だろうと許さない」

「ありがとうございます……。でも、私は彼女が心配です。あの性格では、きっと元の家に帰ることはできないでしょうし」

 そう言って頭を軽く下げ、リルミムは追いかけて行った。本当にいい子だ。

 さて一体どうなるのか把握しておくか。

 幸いこの屋敷はどこへいても映像と音を転送機を使い、書斎で確認できるようになっている。

 本来ならばそれなりに高度な魔法を必要とするのだが、この魔法のみ簡略的に変換できる装置がある。

 もちろん本来の使用目的は、ルゥが僕を監視するためにある。そして罠がある位置に僕がいたら発動させるんだ。いない間に破壊しようと思っていたのだが、後回しにしておいてよかった。

 さっきの少女……確か、トルテティアといったかな。玄関の横で、うずくまるように座っている。

 そして早速リルミムが扉を開け、彼女を発見した。

「あの……」

「何よ、何しに来たのよ! 笑いに来たの? それとも謝って欲しいの?」

 リルミムを一切見ることなく、トルテティアは歯向かうように言葉をぶつける。

 その横に、リルミムはかがむようにトルテティアの顔を覗く。

「私は別にいいんです。でもルゥ様のところへ謝りに戻りましょ。もう家へは帰らないのでしょ?」

「うっさい! あたしは戻る気ないからね! 家に帰れなくても!」

 伸ばしたリルミムの手を払いのけるように叫ぶ。まるで野生動物のようだ。

「なんでそんなに怒っているんですか。もう少し落ち着いてからでいいので、わけを聞かせてください」

 リルミムは冷静に話を聞こうとしている。理由は大体わかると思うんだが、少々ぼけているのか、それともリルミム自身も混乱しているのか。

「最初は世紀の魔術王、ルゥ・コーゲンの妻になれるって喜んでいたさ。でも他に女がいるなんて聞いてない! なんなのあいつ、家にハーレムでも作るつもり? あたしはそんなロリコンランドの奴隷なんかになるつもりで来たんじゃない!」

 パァンと、弾ける快音がした。リルミムがトルテティアの頬を叩いたんだ。

「あなた一体なんなのですか! ルゥ様はそんな人じゃないです! こんな貧しくて汚い小娘を、ちゃんと一人の人間として見てくれたし、私の両親のことも良く思って下さったとても立派な人なんです! 何も知らないからといって、何でも言っていいものじゃないです!」

 言うだけ言って、リルミムは泣き出してしまった。

「おい……あ……うぅ、悪かった、悪かったってば。あたしもつい感情的にぶつけちゃっただけなんだよ。ごめん」

 突然泣き出したのに驚いたのか、慌ててなだめようとしている。

 でもリルミムは泣き止まない。それどころか、子供のように空を仰ぎわんわんと泣く始末。その姿を見ておろおろとしているトルテティアが、ちょっとかわいい。

「本当にごめんってば。つい調子に乗りすぎた」

 トルテティアはリルミムを抱きしめるように肩へ手を回し、頭や背中をなでたりする。意外といい子なのかもしれない。

 随分と時間が経ち、リルミムが少しずつ大人しくなってきた。それまでの間トルテティアは、やさしく何かをささやいていたようだった。転送機の距離が遠いせいで聞こえないが、多分悪いことじゃないだろう。リルミムは泣きながらこくこくと頷いているし。

 やがて落ち着いたらしく、トルテティアはリルミムから離れた。

「あんた、意外としっかり言うんだね」

「……ごめんなさい」

 リルミムは涙と鼻水……いや、目と鼻と口から水分を放出している顔をぬぐいながら、申し訳なさそうに謝る。

「いいってば。誰がどう見たって一〇〇パーセントあたしが悪いんだから」

「すみません……」

 リルミムは、今までこんなにも感情を他人へぶつけたことがなかったのだろう。自分でもどうしたらいいかわからず、ただ謝ってしまっている。

「あたしはあんたを気に入ったよ。名前を聞かせてくれないかな。あたしはトルテティア。トルテでいいよ」

 かばんから布を取り出し、リルミムの顔を拭いてやりながらの自己紹介は斬新だな。

「私はリルミムです」

「じゃあリルね。あんたと一緒なら、ここで暮らすのもいいかもね」

 トルテティアはリルミムに、ようやく笑顔を見せた。

「でもその前に、ルゥ様にきちんと謝らないと……」

「わかってるって。リルの面子も潰さないようにするから」

 話が終わってこっちに来るらしい。とりあえずこの話を聞かなかったふりをして、怒っているよう演技しなくては。ここでしっかりとした態度で臨み、こちらの立場が上であることをはっきり認識させておけば、後々楽になる。

 ほどなく扉がノックされ、リルミムの後ろへ隠れるようにトルテティアがきた。

「何しに来た」

 無愛想というか、怒っているんだぞ、という僕の態度を見てたじろいでいる。

 トルテティアは一瞬リルミムを見て、再び僕に顔を向けた。

「う……あ、あんたに謝るためにだよっ」

「僕のことなんかどうでもいいだろ。リルミムに謝れ!」

「ルゥ様、彼女は私に謝ってくれました。でも私はルゥ様に謝るべきだと思うのですが」

「僕に対して謝る理由がどこにある? 傷ついたのはリルミムじゃないか」

「私は別に傷ついていません。慣れていますから……。ですからお願いです、彼女を許してあげてください」

「いや、まぁ……うん。リルミムがいいなら、僕は構わないんだけど」

「だけど、その、えっと……、ごめんなさい」

 周囲が静寂しているおかげで聞こえる程度の声で、トルテは僕に謝った。

「それで、どうしたいんだ?」

「あのー、えっと、都合いいかもしんないけど、できればここに置いてもらえればって」

 僕に目を向けて話しづらい様子で、こう言った。

 もうこの子は問題を起こしたりしないだろうし、主導権は僕が握れたはずだ。ならば一緒に住まわせても問題ないだろう。

 僕としても、ステキな体を眺めて暮らすのには賛同したい。

「リルミム、この子に部屋を。どの部屋でも構わないからね」

「はい、それでは折角ですし、私の隣にでも」

 リルミムはトルテティアの背中を支えるように押し、部屋へ連れて行った。

ようやく一段落、といったところだ。

 さて、これでようやくトルテティアについて調べることができる。

 また探すのに時間がかかるかな、と思ったのだが、思いのほか早く発見できた。整理しておいて本当によかった。

 金持ちの娘といった感じなのに、苗字無し。貴族の人間ではないのだな。そして年齢は一七歳。グレイテストボディっと。

 そこに記されていた内容を、簡潔にまとめると──。

 トルテティアの父親は、悪名高い金貸しだったようだ。

 裏社会とも繋がりがあり……というか、裏社会の人間そのものだろう。

 返済を滞らせた者への嫌がらせ、一番きついところでは、本人を殺害して、その家族を売り飛ばしたりまでもしていたらしい。

 しかしある日、そのことをトルテティアは知ってしまった。

 そしてトルテティアは怒り、悲しみ、嘆いた。

 そんな時に、一つの決意をした。今まで苦しめられた人々への償いとして、父親の財産全てを奪い、それを彼らに分け与えようと。

 今まで何不自由もなく暮らしていた彼女が、これからそれを失うというのには勇気が必要だっただろう。そしてもし事実を父親に知られた場合、どうなってしまうのか想像すらできない。

 ルゥは彼女の気持ちを汲み、さらに身の安全を考えて妻にしたのだろう。

 駄目だ、全く付け入る隙が無い。もし僕がルゥにこのことを相談されたら、快く賛成していた。

 あまりの状況で、ルゥへ殺意が湧いたのが少し恥ずかしくなる。

 さっきあんな出来事があったのだが、仕方ないといえば仕方ない。

 ……それを僕に押し付けなければ、の話なんだけど。

 しかしトルテティアか。悪い子ではなく、むしろとても正義感のあるいい子じゃないか。

 カッとなると見境が無くなるのは短所としても、それを補うだけの長所がある。

 リルミムとも仲良くやってくれそうだし、彼女と暮らすのも悪くないかも。

 それはいいのだが、ちょっと会い辛い。本人もそれなりに気まずく感じているだろうし、多少時間を置いたほうがいいかな。


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