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第四嫁 幼女地獄 その七

「おはよう、トルテ。よく起きれたね」

「ちょっと頭くらくらするけどね」

 僕も目がちゃんと開かない。最近睡眠時間が安定していないせいで、体がきつい。

 外へ出たらまだ日が昇っていなく、とても暗い。

 だけど夜空というものも、案外悪くはないものだ。

 満天のパム空に、月も輝く。あのパム一つ一つが、僕達が生きている明かりなんだ。

 二人で干し肉とパンをかじりつつ歩いて行くと、水流の音が聞こえてきた。

「ここが目的の川? 随分と凄い場所だね」

 僕も地図で確認していただけだったから、ある程度の予想しかできていなかったのだが、あまりにも川幅が広い。よくもまあこんな川に橋をかけたものだ。

 この橋で襲われたら、確かにやばい。全く逃げ道がない。

 だったらいっそのこと、川へ飛び込むか……。ということもできそうもないくらい、流れが急だ。

 襲われて死ぬか、水死するか。川へ飛び込めば万が一で助かるかもしれない。

 かなり川上の方につり橋があるようだが、強度が低く人が通るのが精一杯だろう。村は基本的に農作物などを市に卸して生計を立てるため、大量の荷物を運べないと致命的だ。

 ようするにこの橋を開放しないと、間接的にも犠牲が出続けるわけだ。

「いくか」

「ちょっと待って、もう一回おさらいさせて。あんたが防壁を張って、あたしが維持をする。その間にあんたが敵を打ち落とす、でいいんだよね」

「そうだね。トルテの魔力なら一時間はもつかな」

「うん。でさ、あんたは何匹くらい倒せる予定なの?」

「うーん、どれくらいかな。一〇〇はいけると思うよ」

 フェフェの群れは、五〇から多くても一〇〇くらい。なんとか持ちこたえられるはずだ。

 橋の中心近くに差し掛かった時、トルテが僕の袖を引っ張る。

「どうしたんだ?」

「ねえ、あれってそうじゃない?」

 よく目を凝らし、周囲を見る。確かにあれはフェフェだ。

「もっと引きつけてから作戦を開始しよう。今見えているだけで五〇体かな」

 その場でじっとしていると、数を増やしながらこちらへ近付いてきた。

 けっこう量いるな、まだ増えて……増え……。

 増えすぎだ!

 計算外だった。予想を遥かに上回るその数、およそ二〇〇。

 防御はトルテに任せてあるから無視として、どれだけ叩けるか。

 一匹倒すのにかかる魔力は大したことはない。だが塵も積もれば山となる。

 できれば向こうから特攻をかけられて、自滅してもらいたいところなのだが、こいつらがそこまで間抜けかどうかはわからない。

「これ多くない? 大丈夫?」

「厳しいかな。ある程度潰したら一度退散しよう」

「そうだね。また回復したら来ればいいんだし」

 なるべく無駄に魔力を消費させぬよう、慎重に撃ち落していく。

 単純に倒すだけなら全滅させられそうだが、魔力破棄の防壁を張った時点で結構な魔力を消費しているから、限界はすぐに来る。

「今、どれくらい倒したの? あたしそろそろやばいかも」

「多分八〇くらい……」

 全然減っている気がしない。もう引き返す算段をしなくては。

「あぁー、みつけたぁー!」

 突然、来た道から叫び声が。思わず振り向くと、えんりの姿が。

「えんり、どうして来たんだ!」

「だって、だってえんり、一人は嫌だから……」

 だからといって、一体どうやって僕らの足取りを追ったのか。

「ここは僕が食い止める。トルテはえんりを護って逃げてくれ!」

「無理言わないでよ、こっちも手一杯なんだから」

 数が多すぎる。僕では容量が足りない。

「来ちゃだめだ、逃げろえんり!」

「えー、なんでー」

 意に反してこちらへ来ようとするえんり。しかも僕らを囲っていたフェフェの大半がそちらへ向かってしまった。

「トルテ、ここで耐えていてくれ! 僕がえんりのところへ行く!」

「ごめん、あたし、もう駄目……」

 そう言い残して、トルテは力尽きてへたりこんでしまった。

「くうっ」

 僕は周囲にいた残りのフェフェを一気に叩き、えんりのところへ走った。

 だけどもう間に合いそうにない。あれだけの数に囲まれてしまっては、助ける算段も浮かばない。

「えんり、逃げろ!」

「大丈夫だよ。えんり、魔王だから……」

 そう言った刹那、えんりの周りの風景が、砕けた。

 砕けた後に、何かが出るわけではない。それが砕けたという表現が正しいかもわからない。だけど、そう見えた。

風景と共にフェフェを砕き、そこには元の風景が残っている。

 その範囲がじわじわと広がり、破壊し、フェフェのいない空間を築き上げていく。

 あれだけ大量にいたフェフェを、一瞬のうちに消し滅ぼした。

「一体どういうことだ……」

 えんり……魔王……? あっ!

 ライエンリ=マオマレッカ。

 僕はとんでもない間違いをしていた。

 読み間違いだったんだ。正しくはライエンリ=魔王マレッカ、だったのか。

 もっと早く気付いていれば、無理にでも屋敷から出ないようにしていたのに。

 魔王マレッカといえば、空間を創造し破壊する者だ。昔調べたとき、それがよくわからなかったのだが、こうして目の前で見てしまうと、なるほどと理解できた。

 任意の空間にある全てを破壊し、そこへ別の空間を創りあげて埋め込む。

 もちろん見た目には全く変わっていない。しかし一度破壊されたものは、絶対に元へは戻らない。そこにあるのは元あった空間に似た何かだ。

 木や草、土。そして空気までも、別の存在になってしまうんだ。

 まずい。何がどうとは説明しがたいが、これを放っておくと非常にまずいことになる。

「えんり、もう大丈夫だから止めてくれ」

 僕がそういっても止らない。それどころか砕ける空間はさらに広がり、破壊し創造し続ける。ひょっとして、自分で止めることができないのか?

 昔マレッカを倒した勇者たちは、とにかく力尽きるまで放出させたらしい。だがそんな悠長なことをこの場でやっていられない。

 僕ができるのは、この破壊が広がらないよう魔力を打ち消す空間を作るだけだ。

 そして徐々にその幅を狭め、集束させる。

 だけど長時間干渉させるわけにはいかない。その空間を理解されてしまったら、逆に食われてしまう。短時間で、なおかつゆっくりと。……可能なのか?

 できるかできないかじゃない、やらないとえんりとトルテだけじゃなく、ここいら一帯が死の土地になってしまう。

 広がろうとしている場所を先読みし、魔力を破棄させる空間を作る。

 侵食されぬうちに魔法を解き、また潰す。それを何度も繰り返す。果てしなく魔力を削る作業だ。

 さっきまでやっていた防壁ほどの大きさはもう作れないし、小さくても起動の魔力は半端ではない。

 今まで消費してしまった分、全く余裕がない。

 それでもやらなくては……。

 一回一回、自分のパムから魔力が消費していくのを感じる。

 少しずつ縮められているが、このペースでは魔力が足りない。

「くそ、とめられない……!」

 もう少し、あと少し食い止められれば収まるはず。

 だけど僕の魔力は尽きかけている。

 トルテはもう既に魔力を使い果たしてしまっていて、助けてもらえない。

 あとほんのちょっとでいいんだ、もってくれ……。

 もう少し、もう少し。

 まだ搾り出せる。最後の一片まで、希望を持つんだ、ロート!

 手先が痺れてきている。ここまでか……。

 そう思った瞬間、えんりから溢れていた力が急激に収まってきた。

 いける、これならいける!

 残った魔力を全放出し、一気にたたみかけ消し去った。

「は……ははは、意外ともつものだな、魔力って……」

 魔力だけじゃなく、全身から力が抜けて腰をぬかしてしまった。でも僕の心は晴れた。

 橋の上で大の字に寝転がると、川に押し出された風を感じられ、熱くなった体をいい感じに冷やしてくれる。

 大きく一息つき体を起こすと、何も言わず立ち去ろうとしているえんりが目についた。

「えんり、どこへ行くんだ」

「えんりといるとね、またこうなっちゃうかもしれないの。だって、魔王だから」

 こちらを振り返らず、えんりは答えた。

 一人が寂しいえんり。

 甘ったれなえんり。

 震える声で、僕らを気遣うえんり。

 どこかへ行けるわけないじゃないか。行かせられるわけがないじゃないか!

「魔王だからとか、関係ないだろ! 僕はそれをひっくるめて受け入れたんだ」

「いいの? えんりと一緒で、ほんとうに」

「一緒じゃないと、駄目だ」

 少しの沈黙があって、ようやくえんりがこちらを向いた。目に涙をいっぱいためて。

「よかった、よかったぁぁぁ。えんり、一人は嫌だから、怖いからあぁぁ」

 僕の胸で、本当に小さな子らしく泣きじゃくる。

 魔王だからどう、というのは無い。ただのえんりだ。

「あたし最近思うんだけどさ」

 僕よりも先に力尽きていたトルテは、僕よりも先に回復していたのか、横に立って話しかけてきた。

「どうしたんだ?」

「あんたの奥さんらのことだよ」

 自分も含め、かな。

「何か問題でも?」

「逆だよ。みんないるからいいんじゃないかなって」

 みんないるから、ね。トルテが初めてうちに来た時、あれだけ騒いでいたのがえらい変わりようだ。

 悪いことではない。むしろいい方向に進んでいるのだが、思わずにやけてしまう。

「な、何がおかしいのさ」

「いやなに、トルテからその言葉が出るなんてね」

「うー……。いいから早く帰ろうよ。みんな待ってるんだから」

「あはは、そうだね……あ」

「どうかしたん?」

「やばい、これはかなりやばいぞ」

「だから何がよ」

「僕はリルミムに、えんりのことを頼むって言ったんだよ」

「あー言ってたね。それが……あああああっ」

 リルミムはえんりがここにいることを知らない。

 そして責任感の強いリルミムのことだ。えんりがいないことを知って、湖に落ちたと勘違いしたりして、今頃自害しそうになっているところをクレテに止められていそうだ。

「い、急いで帰るぞ」

「あ、う、うんっ」

 ──案の定、屋敷は大変なことになっていたが、一応無事でよかった。

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