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第四嫁 幼女地獄 その四

「────様、ルゥ様!」

 揺すられて目が覚めた。そういえば僕は、書斎で椅子に座りながら寝ていたんだ。

「んー……ああ、リルミム。おはよう」

 くぅ、背中が痛い。椅子で寝るものじゃないな。これならリビングのソファーで寝ていればよかった。

「こんな場所でどうしたのですか? 急な仕事が入られたとかでしょうか」

「特に深い意味は無いんだけど、どうして?」

「椅子に座ったまま寝たら、体を壊してしまいますよ。ルゥ様に万が一のことがあったら、私は生きていくことにためらいを持ちます」

「ごめんごめん。実は……」

「ふびゃあぁぁぁぁっ」

「い、今の声は?」

「多分えんりだよ」

 今起きて、周りに誰もいないのが怖くなったのだろう。

「どうしたのでしょうか」

「一人で寝るのが怖かったらしく、僕の寝床へ入り込んできたんだ。それで変に誤解されないように、えんりが寝たのを確認してから僕はここに来たと」

「そんな経緯があったのですか。大丈夫ですよ、私はルゥ様を信用しています!」

 もしいろんな汁が、布団の中のあちこちにあってもかな。

「頼りにしてるよ。それで、何かあったのかな」

「そうでした。朝食と、本日の仕事です」

 そういって、またもや山盛りのベーコンが乗ったパンと、手紙数通を僕に差し出した。

「ありがとう。それじゃあえんりのところに行ってあげてよ」

「はい。無理しないで下さいね」

 ぺこりと一礼して、えんりのところへ行くリルミム。えんりの叫び声が収まったから、もう大丈夫だろう。

 じゃあ僕は仕事だな。どれどれ、今日はどんな嫌がらせが届いているのか。

 ……はい駄目。これも駄目。こいつは論外。

 最近は随分と慣れたものだ。最初のうちは緊張していて真面目に読んでいたものだが、今ではほとんどが流し読みだ。

 そしてこいつも……っと、危ない危ない。これはちゃんとした内容っぽいぞ。

 じっくり読んでみたら、なかなかに深刻な内容だった。

 一人で片付けるのは、かなり厳しそうだ。誰かにサポートしてもらおうか。

 誰がいいだろう。それなりに魔力がありそうな人物がいい。

 そういえば全員のパム容量を知らなかった。それを聞いてから考えよう。

 みんなを集めようと部屋を出ると、下の階から話し声が。どうやらリビングに集まって談笑しているらしい。

「お、みんないい感じに揃っているね」

「はい。みんなでおやつにしていました」

「リルミムさんの淹れる紅茶は美味いのでな、厄介になっていた」

「んでさ、仕事終わったん? だったらそろそろ……」

 トルテが舌をちろりと出して、僕の股間を直撃するようないやらしい瞳で僕を見る。

 こんな昼間からなんて素敵なことをしたがるんだ。

 っと、僕はそんなことのために降りてきたわけじゃない。

「ちょっとみんなのパム容量を知りたいんだけど」

「何を急に……。あたしは一二〇〇だよ」

 お、結構あるんだな。

「私は七二〇だ」

 ふむ、ぼちぼちといったところか。

「えっと、私はわかりません……」

「えんりもわからなーい」

 リルミムは未計測なのか。大抵の人は一三歳で計測するものなのだが。まあいいか。

「いい機会だから、測ってあげるよ」

 パム容量は、現代だと水式計測法が主流になっている。

 温度を測定用に保った一〇リットルの水を、火系の魔法が通じない専用の金属容器に入れ、器に触れぬよう手をかざしてもらい一〇分間魔力のみで加熱させる。それで上昇した水温に公式を当てはめると、パム容量がわかる。

 この計測だと、パム容量一〇〇〇以上で沸騰させられ、二〇〇〇以上あると全て蒸発させられる。一〇〇〇から二〇〇〇までの間は蒸発して減った水の量で計測し、二〇〇〇以上は蒸発させるまでにかかった時間で測定される。

 王宮魔術師は基本二〇〇〇以上の容量が必要になるから、これが空になるのが一つの目安となる。僕も当然できることだ。

 平均は大体一〇〇前後。パム自体が無いという人もいるが、普段生活する分には全く問題が無い。

 ちなみにルゥは、手をかざした瞬間に気化させることができる。化物だ。

「準備できたよ。やってみて」

「えっと、どうすればいいのでしょうか」

「こう手をかざして、魔力を放出するんだ」

 リルミムは言われた通りに手を伸ばし、息を吸い込んだ。

「ふうぅぅぅっ」

 息を吐きつつ意識を集中させ、器を掴むように手をかざす。

「お……お?」

 水面を慌しく泡が覆う。どうやら一〇〇〇以上は確定のようだ。

 こぼれないように深めの容器を使っているのだが、吹き出しそうなくらい激しく泡立つ。

 次第に激しさはなくなり、水面が落ち着いた。

「はぁ、はぁ……。ど、どうでしたか?」

「いや、実に惜しい。一八〇〇といったところかな」

 もうちょっとで水が全部無くなっていた。都市のお抱え魔術師なら一人前にこなせるくらいの力がある。もしこの力をもっと早く知っていれば、こんなところにいなくても充分楽に暮らせただろう。

「へー、リルすごいじゃん。なんで今まで計測しなかったのさ」

「計測費用がもったいなかったので……。もし全然無かったら、無駄になりますし」

 国によっては無料だったりするけど、大抵は金がかかるからな。決して高額ではないが、一日分の食費が飛ぶと考えると、若干躊躇いがでるものだ。

「次はえんりのばんーっ」

「えんりにはまだちょっと早いかな」

「えーっ、じゃあいつならいいのー?」

 そもそも、えんりの歳がわからない。聞けば答えてくれるだろうけど、事実を知ってしまったらかなりやばい領域に入りそうだ。

「えーっと、もっと大きくなったらかな」

「えんり大人だもん」

 大人はそんな言い方しないと思うんだ。

「んでさ、今更あたしらにそれを聞くってことはさ、何かあるってことじゃない?」

 トルテは何かに気付いたようだ。脱線せずに話が進められてありがたい。

「実はそうなんだ。次の仕事を、誰かに手伝ってもらおうかと思ってね」

「へー、面白そうじゃん。で、誰を選ぶのさ」

「今の結果から考えるとリルミム、と言いたいところだけど、トルテに頼むかな」

「やった! って、あたしはいいんだけどさ、なんでリルミムじゃないのさ」

「ああ、ちょっと厄介な仕事なんでね。リルミムは少し気が弱いところがあるのと、やさしすぎるから向いていないかなって」

「まるであたしが粗暴みたいじゃないっ」

「い、いや、そうじゃなくってさ、トルテなら僕の背中を預けやすいってだけで」

「背中を? それってさ、もしかして──」

「うん。戦いになる」

「それじゃあ確かにリルじゃ辛いかもね。でもあたしなら大丈夫って思われるのも、なんだかちょっとショックだよね」

「そう思わないでくれよ。僕だってできれば大切なトルテを危険な目に合わせたくないんだから」

「大切? あー、うん、大切……。仕方ないわね、ここはあたしが一肌脱ぐか」

 実際に脱いでくれてもいいんだぞ。むしろそっちの方がうれしい。

「待て。魔物との戦いならば、私の方が適任だろう。何故トルテなんだ」

 クレテが不満そうに訴えてきた。

「確かに普通の戦いだったなら、トルテを選ばないよ。ただ今回の魔物は──」

「フェフェだと言いたいのだろう?」

 さすがに察しがいい。

 フェフェは物理干渉が効かない、幻霊型の魔物だ。魔力の塊みたいな存在だから、外部から魔力をぶつけると相殺させることができる。だけど大抵はかなりの数でいるため、倒そうと思うなら魔術師団が必要になる。

 しかしこの村がある国は隣国と冷戦状態にあるために、そういうことに魔術師団を貸せる余裕がないのだろう。

「そうなんだ。だから魔力の高い人物がサポートでいてくれれば助かるなって」

「ならば余計に私の方が向いているだろう」

「オーバーライドが無いのに、か?」

「か、返せ」

 目の前で折ったじゃないか。

「少し気になったんだけど、クレテは何故オーバーライドを持っていたんだ」

「以前話しただろう。母は騎士だったからだ」

「だけど騎士だったからって、オーバーライドなんてそうそう持てるものじゃないだろ」

「母は代々騎士の家系だった。あれは受け継いできたものだ」

 やばい、そんな大事なものをへし折ってしまったのか。

 仕方ないんだよ。あれは不可抗力、正当防衛だ。

 この世に一〇本しかないんだっけな。元々は長剣だったのを、砕いて分割したんだ。

 ということは、折れたやつも修復できるかもしれない。今度直してもらおう。

「そのうち返すよ。だから今回はトルテで」

「……絶対だぞ」

 今度城下町に行った時にでも、打てる鍛冶屋を探してみよう。

「それでルゥ様、いつ頃おでかけになられるのですか?」

「状況が深刻なだけに、早いほうがいいと思うんだ。だから明日の朝一番かな」

「わかりました。では早速準備しておきますね」

 リルミムが行くわけでもないのに、何の準備をするのだろう。

「あたしも準備しておかないとね」

 僕も色々揃えなくては。嫌なことが起きなければいいが。

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