第三嫁 罵り天国 その三
「──という話なんだ」
僕はさっき読んだ手紙の内容を二人に聞かせた。
「あんたバカでしょ! なんでそれであの子を受け入れたのよ!」
「なんでって……」
「だってさ、その依頼を受けて報酬を別のにしてもらえば、彼女は家に残れたでしょ。王宮魔術師なんてやっていたくらいなんだから、お金はかなりあっただろうし」
「トルテはどんな形にせよ、自らの旦那を殺した罪をいつまでも背負い、壊れていく自分の側に娘を置いておきたいと思うのかい」
「あ……うぅ」
「ごめんなトルテ。僕は別にきみを責めているんじゃないんだ。きみなりの正義だっていうことはよくわかっている。ただ一回決めてしまうと、そうだと思い込んでしまうところがあるから、もう少し注意しよう」
「ごめんなさい……」
「だけどトルテの言うことも理解できる。そんな母親でも、側に残っていたい。そう思う子供の気持ちを無視しているんだから」
「でもさ、やっぱりあんたの判断のほうが正しいよ」
「そう言ってもらえると救われるよ」
「えへへ。またあんたのことが好きになったよ」
「はは、ありがとう……。で、リルミムはどうしたんだ? さっきから黙ってて」
「……ごめんなさい」
「え?」
「トルテもあの子も、とても大変な思いをして、苦しんで辛くて、それでここに来たのに、私なんか、ただ妹を治して欲しいという我欲だけで……」
「違うぞリルミム。きみだって苦しいはずだ。もう家族と会えないかもしれない、そんな覚悟をもってここへ来ただろ。リルミムは家族の話をする時、いつも楽しそうで、そして辛そうにしている。リルミムにとってのご両親や妹は、言葉に言い表せないほど大切なはずなのに」
「そうですけど、それでもなんだか……」
「もう言わなくていいよ、リルミム。僕にとってどれも想いの強さは大差無いから」
「ありがとう、ございます」
「あはは……」
「どうしたんだトルテ、突然」
「いやー、あたしさ、ほんといいところへ嫁いだなー、なんてね」
「茶化すなよ」
「本気だって。今ならその、あんたが言うお互いが求め合う営みっていうのができるよ」
トルテは艶っぽい眼差しを僕へ向けた。
やばい、何がやばいって、股間にある温度計がだ。
まるで心臓がそこへ移ったかのように、熱く脈打っている。
だけどそれと同時に、背筋が凍った。駄目だ、欲にかられてはいけない。
「それでどうするのよあんたは。妻がこれだけ──」
「とと、とりあえずマリクレッテのところへ戻ろう。そして今後を話し合わないと」
「んー、ああ、そうだね」
そんな残念そうな顔しないでくれよ。僕のほうが圧倒的に残念な気持ちなんだから。
「とりあえず、話は終わったよ」
「……そう」
「本来ならば、一旦家に帰ってもいいよ、と言いたいところなんだけど、やっぱりそれは駄目だ。会ったばかりでなんだけど、キミに現実を受け入れられる強さは無い」
「じゃあどうしろというんだ! 私は母に花を添えることもできないのか!」
「そうだ」
「ルゥ様、それはあんまりだと思います」
リルミムがぶつかってきた。
「言いたいことはわかるよ。だけど、僕の言いたいこともわかって欲しい」
「わかります。でも、わかっても、それでも……」
親思いのリルミムには、きっとわからない話だ。
「トルテ、話してもらえないか? 多分トルテが一番いい」
「えーっと……うん。あたしはさ、父親を殺したんだ。もちろんそうなるように頼んだわけでも、自分でやったわけでもなくってね。原因があたしっていうだけで、今頃は多分誰かに殺されているか、自害していると思う」
金が無くなった悪徳高利貸しの末路だ。周囲の人間なんて、金が無ければすぐにでも縁を切りたがるだろうし、恨んでいる人間もかなりいるはず。
トルテにそのつもりがなくとも、殺される要因が揃っている。
「最初はそうなるなんて思っていなかったんだよ。だけど最近、そうなっている気がしてさ。でもそんなものは自業自得だと、自分に言い聞かせたりもするんだ。それでも過去を振り返るとさ、あたしにはやさしかったんだよね。それを思い出すと、苦しくって……」
震える口で、一言一言をしっかりと伝えようとするトルテ。任せてしまうのは心苦しかったが、さすがにこれはわかってもらえるだろう。
「……わかった。でもお願いだ。最後に一度だけでも、戻らせて欲しい」
多分話を理解しているうえでの申し出だ。それでもまだ不安が残る。
「きみは正しき者であり続けられるか?」
「もちろんだ。それが母から受け継いだ志だから」
「ならば約束してくれ。ちゃんとここへ帰ってくると」
「…………了解した」
「それに、リルミムとトルテも一緒に連れて行ってくれ」
「何故だ?」
「二人とも、悪いんだけど、彼女が戻るまでうちに戻らないで欲しい」
「なによそれ……、ああそういうことね。ということらしいからさ、よろしくね」
彼女には更に枷をはめ、戻ってくるようにする。さすがに二人にまで迷惑はかけられないだろうから。
「じゃあ今日はもう遅いから、明日の朝一番で行くといいよ」
「はい。それでは彼女のことは私に任せてくださいね」
リルミムは良妻で助かる。




