第三嫁 罵り天国 その二
くぅ、やっと見つけたぞ。まさか本人ではなかったとは。
手紙を出してきたのは、マリクレッテの母親からだった。
差出人の名前はカティ・コーライ。良家のお嬢様にしては物騒な登場をしたものだ。
その依頼内容は────暗殺。しかも、夫の。
ルゥは通常、殺しなどの仕事を請けることはない。基本的に殺意は個人的なもので、それを他人に任せるということを嫌悪しているからだ。
その考えは正しいと思うが、もう少し僕にやさしくしてくれないものか。
にもかかわらず、これをやったということは、深い理由があるのだろう。
──マリクレッテの父親は王宮魔術師で、しかも師長だったようだ。
師長になる以前は家族にやさしかった、とてもいい父親だったのだが、師長という権力を手に入れて以来、徐々に行いが粗悪になった。
誰も彼に逆らえないのをいいことに、やりたい放題。特に女性関係が酷く、毎晩違う女を無理矢理相手させていたと。
しかも平気で家に連れ込み、妻、そして娘の前でも行っていた。
母としては、娘の前で父親がそんなことをしているのに、耐えられなかったのだろう。いつか娘にまで危害が加えられるのでは、と思ってしまうと。
そして支払いの代償に娘を出したということは、多分今頃生きてはいまい。
…………疲れた。
代理とはいえ、僕がこれ以上踏み込んではいけない気がする。
ここに来てから何年も経ち、ロクに他人との触れ合いがなかったせいか、こういう世界に免疫がついていなかったようだ。このまま寝たいくらいの虚脱感が襲う。
だけどまだやらないといけないんだ。彼女のもとへ行かなくては。
「ルゥ様、お疲れ様です」
「ん? いや、リルミムのほうこそ、任せてしまって」
「ちょっと、あたしもいるんだけど?」
「トルテもご苦労様。もう休んでもいいよ」
「なんでよ。あたしにも知る権利はあるでしょ」
一応家族である以上、もちろん権利はあるだろう。何の説明も無しに『新しい家族が増えました』なんて言われ、了解する人物がいるなら見てみたい。
「マリクレッテ、聞かせて欲しい。僕を殺して自由になったとしたら、何をしたいんだ」
「……家に、母のもとへ帰るんだ……」
少しの沈黙の後、僕に噛み付くように言った。
「それは駄目だ。もうきっと──」
「言うな! それ以上、言わないでくれ……」
やはり彼女も薄々と感じ取っていたのか。
母の死を見届け、後を追うつもりなのだろう。
「わかっている。聞きたくはないことくらいは。だけどどうしても聞いてくれ。君の母親が何故、僕のところへきみを向かわせたのかを考えるんだ」
「そんなの決まっている。私に生きて欲しいからだ」
「わかっているのなら、変な気を持つんじゃない」
ここで言い合いは止り、少女は口を閉ざしてしまった。
吊るされた状態で力なくうなだれ、僕から目を逸らす。
「なぁルゥ。彼女には一体何があったのさ」
沈黙に耐えられなくなったのか、トルテが開口した。
「例え妻相手だからといっても、これは僕から言うことはできない。もし聞きたいのならば、本人から聞くべきことなんだ」
「はぁ? 夫婦なのに隠しごととか──。いや、うん、ごめん。ここへ来たってことは、人に話せないような事情があるってことだからね。あたしだって似たようなものだし」
「いいんだ。聞かせてやるといい」
「だけど……」
「でも私の前ではしないでくれ。さすがに、きつい」
「わかっているよ。だけど僕らがいないからといって、妙な真似をしないで欲しい」
「ああ。少なくとも、やるべきことをするまでは」
彼女を一人にするのは不安だが、リルミムとトルテを連れて廊下へ出た。




