傷
「我が社は、ここ数年の間に、沢山の大ヒットアーティストを生み出してきた。先日デビューした夢村アイリのデビューシングルは、既に10万枚を越える売り上げだ。今後の活躍にも期待したい。
だがしかし、
我が社が生み出してきた今までのアーティストはアイドル色が非常に強い。それではファン層が広がらないという難点がある。
そこでだ、
これからは実力派と呼ばれるアーティストを生み出していこうと思っているのだ。」
高層ビルの建ち並ぶ大都市の一角にあるレコード会社、ドリームミュージック。会議室は緊迫した空気がピリピリと流れていた。
会議終了後、社長の桑田は、エリート社員の相澤に声をかけた。
「相澤君、君のスカウトは百発百中の腕前だ。期待してるよ。」
桑田社長は相澤の肩をポンと叩いて立ち去った。
「おまかせください。」
相澤の顔は自身に満ちていた。
「奥野ぉぉぉ〜!!何で何で何でお前がここにいるだ?あ゛ぁぁ?」
雑居ビルが建ち並ぶ下町の一角にあるレコード会社、斎藤レコード。
狭いオフィスに斎藤社長の濁声がビリビリ響いた。
オチブレ社員奥野は、雑用に追われクタクタになった顔を斎藤社長に向けた。
「何でって言われましても、やることいっぱいあるんだから仕方ないじゃないですか。あたしがやらなきゃ誰も雑用なんてしないじゃないですか。文句があるならもっと人雇って下さいよ!」
社長はコメカミに血管を浮き上がらせた。
「奥野ぉぉぉ〜!!新人の癖に偉そうな口叩くなぁぁぁ!!いいから早く行け〜!!実力派ミュージシャン見つけるまで戻ってくるなぁ!!」
奥野はオフィスをつまみ出された。
「ったく、探せばいいんでしょ。見つけてやるわよ。アッと驚くミュージシャンを。見てろよ、ハゲ社長。」
大樹はいつもの駅前にしゃがみ込んだ。
(今日こそ立ち止まらせてみせる!)
♪ジャンジャンジャカジャン
勢いよくギターを弾き始めた。
とっておきのバラードを歌いだそうとした瞬間、目の前に体格のいい男が立ちはだかった。
(立ち止まった!)
大樹は舞い上がる気持ちを押さえて冷静に歌った。
男は体をプルプルと震わせながら大樹をジッと見ている。
(そんなに感動してもらえるなんて!)
大樹は涙をグッと堪えながら歌い続けた。
サビにさしかかろうとした瞬間、男は大樹に向かって何かを投げてきた。
ネギだ。
「きさま、毎日毎日うるさいんだよ!気持ち悪い歌歌いやがって。営業妨害なんだよ!もう二度とここで歌うな!」
男は駅前でうどん屋を営む店主だった。
大樹はネギまみれのままポカーンと口を開けて動けずにいた。
周りでは人々がクスクス笑っていたり、同情な目で見ていたり。
それを感じて大樹はやっと正気に戻り、逃げるようにその場を立ち去った。
桜はいつもの公園で歌っていた。
「♪目に見える未来より 霞んで見えない明日を この胸いっぱいの夢抱えて〜」
しっとり歌いあげる桜の声は、少し離れたところから聞こえる、下手くそなフォークソングにかき消されていた。
それでもめげずに歌い続ける桜の視界の隅っこに、一人の女性に姿が映った。
(あたしの歌聞いてくれてる?)
桜の声が心なしか弾んだ。
歌い終わると、女性は拍手をしながら桜に近づいてきた。
「久しぶりだね、桜ちゃん」
桜はハッとして下を向いた。
「卒業以来だね。本当に音楽活動してるんだぁ。すごいね。」
女は桜と同じ高校に通っていた生徒だった。
成績は桜に次いでいつも二番。
桜に強く対抗意識を持っていた。
「桜ちゃんが大学行かないって聞いたときは本当にびっりしたよ。音楽なんて下らないことするって知ったときは正直呆れた。で、どうなの?今この状況後悔してない?ふふふっこの状況。」
女の嫌味たっぴりな言葉に桜は俯いた。
「あっ!来た。おーいこっち!」
遠くから二人の女が小走りにやってきた。
「あれっ?田中さんだよね?」
「そうそう。噂どおりミュージシャンしてるんだって。」
「マジ?すごい度胸!」
「てかさぁ、写メ取らせて?大学の友達に見せたい!」
「あははははっ」
桜はグッと拳を握り締めその場を逃げるように去った。
「おーい、どこ行くの?一曲聴かせてよ!」
「逃げちゃったよ。高校のときのあの自信たっぷりはどうしちゃったんだろうぬ。」
「あはははは」
背後から聞こえる声に、顔も上げられず桜は走った。
(悔しい…)
その時、ドンっと人にぶつかった。
「ごめんなさい!」
桜は詫びて足早に立ち去った。
「あっこちらこそ、ごめ…」
奥野の謝りを聞くこともなく女は立ち去った。
(いた〜)
奥野はぶつかった腕を擦った。
同時になぜか心も痛んだ。
奥野は女たちのやり取りを一部始終見ていたのだ。
「かわいそうな子。」
『顔も上げられない程の痛み 耐えて耐えて 強くなるため』