現実
ー1年後ー
ジャカジャカジャカジャーン
大樹は体を前後左右に動かしながらギターを引いた。
「僕の気持ちを聴いてください」
自己陶酔気味の路上ミュージシャンを見て、街行く人々はクスクス笑いながら通り過ぎて行った。
「サンキュー」
誰一人として立ち止まる事なく通り過ぎて行く駅前。
(ちっ、この世はつまらない人間ばかりだ)
大樹は完全に人のせいにしていた。
「ふぁぁぁ〜」
桜は大きなあくびをした。
(徹夜で曲作ってたから、さすがに眠い。)
「あのぉ、お尋ねしますが」
レジカウンター越しにヌッと出てきた顔に、桜は驚いた。
「田中ちゃんおはよう!これはこれは驚かせてしまったかなぁ?失敬」
(出たな!アカブチ!)
毎日のように桜のバイト先のCDショップに現われる赤ブチメガネをかけた男だ。
「まぁ、毎日言ってるから分かってると思うけど、もうすぐアイリンのデビューシングルが発売になるよね。そこでだ、まぁこれも耳にタコができるほど聞いてると思うが、僕はあそこの入り口にある、
等身大 夢村アイリ
のパネルがどうしても欲しいのだ!僕の命を田中ちゃんにくれてやっても構わないくらいだ!だからどうしてもどうし………」
(はぁ、うざい)
「田中さん、上がっていいよ。おつかれさん。」
運良く交替の時間がきて、桜は難を逃れた。
「おつかれさまでした!」
「ちょっ、田中ちゃん!まだ話は終わってな………」
桜はバイトが終わると、人通りの多い公園で歌うのが日課だ。
路上ミュージシャンにとって条件のいい場所なので、いつも必ず他のミュージシャンも数人いた。
(急がないといい場所取られちゃう!)
「♪僕の歌〜この想い〜誰にも届かない〜」
駅前を足早に歩く桜の耳に、聞き覚えのある声が入ってきた。
(大樹だ!相変わらず変な歌だなぁ〜)
大樹を横目に桜は先を急いだ。
公園に着くと、既に数人のミュージシャン達が、自分が一番だ、と言わんばかりに、一生懸命歌っていた。
桜は彼らから少し離れた場所に腰掛けて、ギターのチューニングを始めた。
その時、遠くで拍手喝采が聞こえた。
「アンコール!」
「もう超感動!!」
十数人の人々に囲まれて、鼻高々になっているミュージシャンを、桜は羨ましい思いで見つめた。
『今は芽もない土の中 でもいつか 満開サクラのように』