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私の誕生日を忘れた彼が、女友達の誕生日には有給を取っていました

作者: 黒咲かぐら
掲載日:2026/11/08

「金曜は有給取ったから、朝から行ける」


 彼はそう言って、旅行の日程表を私に見せた。


「この辺、沙耶、詳しかったよね。ケーキ受け取れる店ないかな」


 画面には、海沿いのホテルの名前があった。

 六月十八日から、二泊三日。


「ケーキ?」

「莉子の誕生日。夕飯のあと、部屋で出そうって話になってて」


 私は日付を見た。

 金曜日だった。


「有給、取れたんだ」

「取れたよ。三月から調整してたから」


 彼は楽しそうだった。


「店、沙耶なら知ってるかなって」


 私は、彼のスマホをテーブルに置いた。


 私の誕生日には、お祝いのメッセージが一通もなかった。


     *


 私の誕生日は、四月十八日だった。


 二十九歳になる二週間前、悠征に夕飯を食べないかと誘った。

 誕生日だから、とも言った。


 悠征は、手帳を見て眉を寄せた。


「その週、納期が重なってるんだよね。当日は、何時に帰れるかわかんない」

「じゃあ、別の日でもいいよ」

「落ち着いたら行こう。ごめん」


 付き合って三年。

 彼が仕事で忙しい時期を、私も知っていた。

 悠征はメーカーの生産管理で、連休前は特に慌ただしい。


 私自身も、雑貨店で商品の発注を担当していた。

 季節の入れ替えで遅くなることもあるし、お客さんが多い日に休むのが難しいこともある。


 誕生日当日に会えなくても、仕方ないと思った。


 その日は日曜で、私は休みだった。

 悠征は出勤すると言っていた。


 午前中に洗濯をして、昼は一人でうどんを食べた。

 夜まで、特に連絡はなかった。


 友達や母から届く「おめでとう」に返事をしながら、何度か彼とのメッセージを開いた。


 最後のやり取りは、前日の夜。


『明日も早いから寝る。おやすみ』


 私はその下に、「仕事頑張ってね」と送っていた。


 夜十時過ぎ、ようやく通知が来た。


『終わった。今日ほんと疲れた』


 私は、少し待った。

 続きは来なかった。


『お疲れさま』


 そう返すと、すぐに電話がかかってきた。


 電話の向こうで、悠征は仕事の話をした。

 予定が変わったこと、手配したものが届かなかったこと、上司とのやり取り。

 私は相槌を打った。


「沙耶は、今日何してた?」

「洗濯とか、買い物」

「いいな、休み」


 悪気のない声だった。


「……うん」

「じゃ、風呂入って寝るわ」


 おやすみ、と言った。

 通話が終わった。


 日付が変わるまで、私は本を読んでいた。

 同じページを、何度も読み直した。


     *


 翌日、こちらから伝えた。


『昨日、誕生日だったよ』


 昼過ぎに返事が来た。


『あ、ごめん! ほんと余裕なかった』

『今度ご飯おごる。何食べたい?』


 私は、少し泣いた。

 それから、店の休憩室で目を冷やした。


 忘れることだってある。

 三年の間に、私も約束の時間を勘違いしたことがあった。

 そのとき悠征は、怒らず待っていてくれた。


 忘れたことだけで、今までの優しさがなくなるわけではない。


 そう思って、前から行きたかった洋食屋の名前を送った。


『いいね。来週か再来週、予定見て決めよう』


 その返事を見て、私はカレンダーを開いた。

 休みが合う日が、二日あった。

 その日を伝えた。


 片方は彼に予定があった。

 もう片方は、疲れが抜けないから家でゆっくりしたいと言われた。


『じゃあ、無理しないで』


 送ったあとで、洋食屋のページを閉じた。


     *


 ケーキの相談をされたのは、五月の初めだった。


 悠征の部屋へ遊びに行った日だ。

 彼はノートパソコンで、旅行の予定を組んでいた。

 それをスマホにも送り、私に見せた。


 莉子は大学時代からの女友達で、私も二度会ったことがあった。

 今回の旅行には、莉子とその婚約者、ほかに男女二人ずつの友人、それから悠征が参加するらしい。

 七人の旅行だった。


 莉子の婚約者が中心になって、誕生日も一緒に祝おうと計画したそうだ。


「俺、予約とか調べるの得意じゃん。だから、手伝ってて」


 悠征はホテルのページを開いた。


「人数多いから、部屋どうするかも先に決めないと。莉子たちは二人部屋。俺ら男三人で一部屋、女子二人で一部屋」


 私はうなずいた。


「花も、向こうで受け取れるかな。写真撮るとき、あるといいって」

「それも、悠征が調べるの?」

「ケーキと花は俺担当。あとは、店にプレート書いてもらえるかとか」


 彼は、旅行の日程をスクロールした。

 食事の予約時間、車を出す人、休憩する場所まで入っていた。


「みんな仕事あるから、早めに決めないとね」


 私は、スマホから目を上げた。


「私のご飯は?」


 悠征がこちらを見た。


「え?」

「誕生日の。洋食屋、行こうって話」

「ああ。行こうよ」

「いつ?」


 彼は手帳を取りに立った。

 ぱらぱらとめくって、戻ってきた。


「今月、結構埋まってるんだよね。沙耶のシフト、どうだっけ」


 二日前に送った。

 そう言いかけて、やめた。


「送ってあるよ」

「あ、そうか」


 彼がスマホを操作した。


「この日、どう?」

「私、遅番」

「じゃあ、六月入ってからでもいい?」


 画面には、六月十八日の旅行の予定があった。


 誕生日を忘れられたときより、胸が痛くなった。


「……ケーキ屋、私じゃなくて、ホテルに相談したほうがいいと思う。持ち込みできるかもあるし」


 声が少し硬くなった。


「あ、それもそうか。ありがとう」


 悠征は、メモに何か打ち込んだ。


 私が知りたかったのは、彼に計画を立てる余裕があるかどうかではなかった。

 もう、あるとわかってしまった。


     *


 その日は、泊まらずに帰った。


「明日、早い?」

「ううん。ちょっと、一人でいたい」


 悠征は不思議そうな顔をしたが、玄関まで見送ってくれた。


 帰りの電車で、スマホを開いた。

 彼とのメッセージを遡った。


『今日、何時に来る?』

『夕飯どうする?』

『今度どこ行く?』


 私から始めた話が、多かった。

 彼も返してくれていた。

 一緒に行けば楽しそうだったし、おいしいものを食べると喜んだ。


 ずっと、私が予定を立てるのが好きだからだと思っていた。


 私が何も言わなかったら、どうなるのだろう。


 試したい気持ちが、少し湧いた。

 何日、何週間、彼から誘われるまで待てばいいのだろう。


 そんなことを数え始めるのは嫌だった。


『旅行の話を聞いて、寂しくなった。私の誕生日は忘れて、その後の食事もまだ決まってないのに、友達のためにはずっと前から準備してるんだね』


 家に着いてから送った。

 返事は、十分ほどで来た。


『え、旅行が嫌だった?』


 私は画面を見た。


『旅行に行くなとは言ってないよ。私との約束を後回しにしてることが悲しい』


 既読がついた。

 電話がかかってきた。


     *


「ごめん。そんなに気にしてたと思わなくて」


 悠征は最初に謝った。


「誕生日、忘れたのは悪かった。でも、四月と六月じゃ、忙しさが違うよ」

「うん。それはわかる。当日休んでほしかったわけじゃない」

「あの旅行、俺が勝手に決めたんじゃないし。みんなで前から調整してたから」


 私はベッドの端に座った。


「私のことも、前からわかってたよね。二週間前に話したし」

「だから、忘れたのは謝ってるって」


 息が止まりそうになった。

 同じ話を、また最初からしている。


「悠征、私との食事、日を決めようとしてくれた?」

「今日、手帳見たじゃん」

「私が聞いたからだよね」

「そりゃ、沙耶の予定もあるし」

「シフト、送ってる」


 彼が黙った。


「花もケーキも旅行も、欲しいって言ってない。ただ、あの日は、おめでとうって言ってほしかった。そのあとでも、食事に行くなら、悠征から日にちを聞いてほしかった」


 途中で声が震えた。


「それまで、私が頼まないと駄目なのかな」


 電話の向こうで、椅子がきしんだ。


「沙耶なら、言ってくれればいいのにって思うよ。莉子たちには、俺からちゃんとしないと」

「どうして?」

「友達の約束、適当にしたら付き合い悪いってなるだろ」


 私は、足元を見た。


「私との約束は、適当でも大丈夫?」

「そういう意味じゃないって」


 わかっていた。

 彼はきっと、そんなひどい意味で言ったつもりはない。


 でも、実際にそうなっていた。


「友達は予定変えるの大変だけど、沙耶とはいつでも会えるじゃん」


 私はスマホを持ち替えた。


「いつでも会えるように、私が空けてたんだよ」


 彼が黙った。


「誕生日の食事も、休みが合う日、二日送った。断られたから、次のシフトも送った。いつでも暇だったんじゃないよ」


 返事は、すぐには来なかった。


「……そこまで、考えてなかった」


 正直な声だった。

 私は、涙を拭いた。


「うん。そうだと思う」


     *


 翌日、悠征が洋食屋を予約したと連絡してきた。


『来週の水曜、十九時。休みだったよね。今度は俺がちゃんとやる』


 その日は、確かに私の休みだった。

 私は少し迷ってから、行くと返した。


 ちゃんと話したから変わるかもしれない。

 そう思いたかった。


 水曜、彼は十五分ほど遅れてきた。

 電車が止まっていたと、途中で連絡があった。

 それは仕方ないことだったし、彼も着くなり謝った。


 料理はおいしかった。

 悠征は、メニューを見ながら、私が好きそうだと言って一品選んでくれた。

 少し、ほっとした。


 デザートの前に、彼が小さな紙袋を出した。


「遅くなったけど、おめでとう」


 中には、柔らかい色のハンカチが入っていた。


「ありがとう」


 嬉しかった。

 嬉しくないことにしたくはなかった。


「会社の近くの店で見つけて。沙耶、こういうの使うかなって」

「使う。きれいだね」


 私は袋へ戻そうとして、開いたままにした。

 もう少し見ていたかった。


「これで、機嫌直った?」


 悠征が笑って言った。


 ハンカチを持つ手が止まった。


「……機嫌?」

「いや。やっと埋め合わせできたと思って」


 彼は私の顔を見て、笑うのをやめた。


「そんな言い方しないほうがよかった?」


 私は布を畳んだ。


「謝ってくれたのも、予約してくれたのも、プレゼントも嬉しいよ」

「うん」

「でも、機嫌を直すために来たんじゃない」


 悠征は困った顔をした。


「じゃあ、どうすればいいの」

「私も、一緒に出かけるのを楽しみにしてほしい。今度はここに行こうって、悠征からも誘ってほしい」

「行きたくないわけじゃないよ。でも、沙耶が決めるほうが、外さないし」


 私は、彼が作っていた旅行の日程表を思い出した。

 七人分の予定を確かめて、誰かが喜ぶものを探していた。私なら何をしても怒らないから、調べる必要がなかったのだろうか。


 デザートが運ばれてきた。

 店員が離れるまで、私たちは黙っていた。


 彼が何をしたら正解になるのか、もう私にも説明できなかった。

 ただ、また次に寂しくなったら、最初から同じ話をするのだと思った。


 言って、謝られて、日を決めて、機嫌を確かめられる。

 私が黙っていれば、何も起きなかったことになる。


「少し、考えたい」


 その夜は、そう伝えた。


     *


 帰ってから、ハンカチを机に置いた。


 前の年の誕生日も、彼は祝ってくれた。

 だから、最初から私に関心がなかったわけではない。


 近頃は、仕事も忙しかった。

 私も、三年前と同じようには浮かれていない。


 そうやって理由を並べても、六月の予定表が浮かんだ。


 喜ぶ顔を考えて、花を選び、ケーキを調べる。

 友達が相手ならできることだった。


 私の誕生日を忘れたことは、もう責めたいと思わなかった。

 けれど、そのあと何度も日を空けて待った自分には、帰っておいでと言ってやりたかった。


 土曜、私は悠征に、別れたいと伝えた。


 駅近くの公園で会った。

 店だと、泣いてもすぐ席を立てないと思ったからだった。


「あれから、何度も考えたんだけど」


 悠征は、私が話し終わる前に言った。


「莉子の旅行、行かないほうがいい?」


 私は首を振った。


「その旅行をやめてほしいんじゃない」

「じゃあ、誕生日のこと?」

「私との約束を、私が何度も頼んで守ってもらうのが、もうつらい」


 悠征はベンチに座ったまま、両手を組んだ。


「この前、ちゃんとやったじゃん」

「うん。ありがとう」

「プレゼントも、嬉しいって」

「嬉しかったよ」


 彼は顔を上げた。


「だったら、何が駄目なの」


 私は手のひらに爪を立てかけて、やめた。


「あの食事で、すぐ元どおりになれなかった。これからも付き合っていたいって、思い直せなかった」


 悠征が俯いた。


「もうしない。ちゃんと、気をつける」


 私は、うなずけなかった。


「私も、もっと早く嫌だって言えばよかった。大丈夫じゃないのに、無理しないでって言ったこともある」


 彼がこちらを見た。


「でも、言ったあとも、面倒な機嫌を直す話になるのは、嫌だった」


 悠征は唇を結んだ。


「私、来年の誕生日まで、待ちながら確かめたくない」


 木の葉が揺れた。

 公園の反対側で、子どもがボールを追いかけていた。


「俺、そんなに大事にしてなかった?」


 悠征が聞いた。


 私は、少し考えた。


「大事にしてくれた日も、あったよ」


 それは、本当だった。

 だから、声が詰まった。


「でも今は、一緒にいるのに、寂しい日のほうが多い」


 悠征は、それ以上何も言わなかった。


     *


 六月、私は友達と二人で温泉へ行った。


 友達の仁美が平日に休みを取れると聞いて、一緒に予定を立てた。

 宿も、食事も、二人で決めた。


「海鮮のコースと、お肉のコース、どっちにする?」

「海鮮。あ、でも仁美、お肉食べたい?」

「私も海鮮」

「じゃあ、それ」


 決まってから、私は少し笑った。


「何?」

「一緒に考えてくれるの、嬉しいなって」

「そりゃ、自分も行くんだから」


 仁美は不思議そうだった。

 それから、少しだけ声を柔らかくした。


「楽しい旅行にしようよ」


 私はうなずいた。


 悠征が旅行へ行ったかは、聞かなかった。

 莉子にも、何も伝えていない。

 誰かに祝いをやめてもらえば、私が嬉しくなる話ではなかった。


     *


 秋、同僚に誘われて、地域の写真サークルに参加した。


 店の商品写真を撮るのが苦手で、少し勉強したかった。

 初心者向けの日もあるというので、スマホだけ持って行った。


 そこで知り合ったのが、佐伯修吾さんだった。

 私より二つ年上で、印刷会社に勤めていた。

 カメラは趣味で、休みの日によく川沿いを歩くという。


「最初、何を撮ればいいのかわからなくて」


 私が言うと、彼はテーブルの上の紙コップを指した。


「これでもいいですよ。光の当たる側を変えるだけで、結構違います」


 言われたとおりに撮ると、少しだけ上手になった気がした。


「ほんとだ」

「いちばん大きな声が出ましたね」

「すみません」

「嬉しいときは、いいんじゃないですか」


 彼は笑った。


 何度か集まりに出るうち、話すことが増えた。

 私が見せたマグカップの写真を、次に会ったときも覚えていた。


「あれ、お店の商品なんですよね。まだあります?」

「あります。気になりました?」

「母に送ろうかなと思って。持ち手、大きそうだったから」


 母親の手に合うものを探しているのだと言った。

 私は型番を送った。


 後日、彼から、届いたと連絡が来た。


『喜んでました。ありがとうございました』


 私は、その文を二回読んだ。

 私に対する優しさではないことも、嬉しかった。


     *


 初めて二人で出かけたのは、十二月だった。


 彼が写真展に誘ってくれた。

 私が行きたいと言っていた作家の、小さな展示だった。


「休み、いつですか」


 聞かれて、候補を二日送った。

 彼は、片方なら空いていると返した。


 当日、待ち合わせの駅で、少し早く着いた私は落ち着かなかった。

 服を選び直して、マフラーまで変えたことを、彼が知るはずもない。


「藤崎さん」


 呼ばれて振り向くと、佐伯さんが小走りで来た。

 まだ約束の五分前だった。


「お待たせしました」

「私も今です」


 言いかけて、少し笑った。


「……嘘です。ちょっと早く来ました」


 彼が目を丸くして、それから笑った。


「僕も、朝早く起きすぎました」


 写真展を見たあと、喫茶店に入った。

 気に入った写真を言い合うだけで、一時間が過ぎた。


 帰り道、彼が、次も二人で会いたいと言った。

 私は、はいと答えた。


 その声が思ったより弾んでいて、恥ずかしくなった。


     *


 付き合い始めたのは、年が明けてすぐだった。


 三月のある日、修吾から、四月の予定を聞かれた。


「十八日、休み?」


 私は顔を上げた。


「まだシフト出てないけど。何かある?」


 彼が少し困ったように笑った。


「誕生日、合ってるよね」


 一月に、互いの誕生日の話をした。

 一度だけ。


「……うん」

「当日が仕事なら、別の日でいいんだけど。ご飯、行かない?」


 私は、膝の上で手を握った。


「どこか、行きたいところある?」


 聞かれて、すぐに答えられなかった。


「修吾は、何食べたい?」

「今日は沙耶に聞いてる」


 彼は笑った。


「俺の誕生日は、俺が決めるから」


 私は笑おうとして、目の奥が熱くなった。


「どうした?」

「ううん。ちょっと、嬉しくて」


 彼は慌てて、ポケットからハンカチを出した。


「まだ何もしてないけど」


 私は、それを受け取った。


「うん。してくれたよ」


     *


 四月十八日は、日曜ではなかった。

 二人とも仕事があり、夜に会うことにした。


 朝、修吾から「おめでとう」が届いた。

 私はベッドの中で返事をして、もう一度その文を読んだ。


 夜、店の前に着くと、彼が先に待っていた。

 大げさな花束も、旅行の荷物もなかった。

 仕事帰りの鞄を肩にかけて、私を見つけると手を上げた。


「お疲れさま。三十歳、おめでとう」


 私は、彼の前で足を止めた。


「ありがとう」


 修吾が手を伸ばして、私の指先を握った。


「寒かった?」

「少し」

「入ろう」


 扉を開ける前に、私からその手を引いた。


「待って」


 振り向いた彼の頬に、背伸びしてキスをした。


 修吾が固まった。

 私も、急に恥ずかしくなった。


「……誕生日だから」

「それ、理由になる?」

「今日は、なることにして」


 彼は笑って、私の手を握り直した。

 耳が、少し赤かった。


「来年も、覚えておく」


 私も笑った。


「来年だけじゃ、困るよ」


 店の中から、焼いたバターの匂いがした。

 今夜は何を食べよう。

 もう、私から一人で日付を探さなくてよかった。


~完~

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