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「悪かったな」
花屋に向かいながら、ジルベールに謝罪の言葉をかける。
チラリと視線を向けると、何のことを言われているのか分らないという顔をしていた。
友達だと思ってない相手から、友達認定されていやだったろう。ごめんなという意味を込めての『悪かったな』だったのだが、省略しすぎたせいで伝わらなかったらしい。しょうがなく、また口を開く。
「さっきヴァルに友達と、言ったことだ。嫌だったんだろう。悪かった」
「そんなことないよ」
言い直すと、否定を返してくる。
どうやらごまかすつもりらしい。だが俺は、しっかりと見ている。友達と言ったときに、確かにジルベールの眉が下がった。あれは絶対に、嫌がっていた。
同性ボッチだから、しょうがなく俺と茶飲み友達をしていた。そうあくまで茶飲みという言葉が、枕言葉につく。一般的な友達ではない。なのに友達といわれたのが、不本意だったに違いない。
けれどヴァルの目の輝きを見ていたら、どうしても友達じゃないとは言えなかった。
「ヴァルとは子供の頃からの付き合いだ。俺のことは、よく知っている。…友達と呼べるような存在はいなかったから、喜ばせたかった」
ヴァルの様子から、意外に心配をかけていたのだと気づいたのも要因の一つだ。
彼にはとても世話になった。モブだから家族もいない。この世界の知識は、ゲームでの表面的なものしかなかった。
彼がいなかったら、どうなっていたか。金の計算方法も、分らなかったから買い物すらできなかっただろう。ヴァルから、いろんな事を教わってだから生活してこれた。感謝しているし、大事な存在だから心配はかけたくなかった。
「本当に、嫌じゃなかった。嬉しかったよ。できれば友達以上になれたらって、思っているけれど」
どうやら認める気はないらしい。確かに友達と思っていなくても、本人には言い辛いか。
そうだな普通は、直接は言ったりしないだろう。
―― 先生なら、いうか
ふと明け透けな物言いの先生を思い出す。あの人くらい態度に出す人だと、はっきり言ってきそうだ。
『お前と俺が友達だと? 何の冗談だ』
半笑いで俺を見下ろしてくる先生が、ものすごく簡単に想像できてしまった。
それにしても、友達以上ってなんだ。最後の方に、付け足すように言われた言葉が気になる。友達の上、友の上となると―― もしや、親友だろうか
友達と言われて嫌がっているように見えたが、否定してきたのはもしや本心だというのか。それが本当なら、ジルベールは俺にかなりの友情を感じているということになる。
すまないなジルベール、全く友情を感じたことがないなんて思って。
―― 友達か
この世界で、初めてじゃないか
『ふふっ、わかっておりますよ。私と――は、お友達ですものね』
目の前で光が、はじけたとんだ気がした。続いて光の向こうで、穏やかに誰かが笑う。
いきなりのことに息が詰まり、上手く呼吸ができない。
―― バグだ
最初は王子と騎士が絡んでなければ、起きないと思っていた。けどあとにジルベールと、いたときに発生している。だからまた何時起きるか、予測できないんだがまた来たらしい。
いつも人の都合なんて、お構いなしに発生する。本当に勘弁してほしい。
「レイザード?」
「なんでもない」
小さく息を吐いて、また吸う。呼吸は正常に出来ている。大丈夫だ。問題ない。
突発的に、バグがおこるせいでいつも上手く対処が出来ない。できればこうなんというか、これからバグが起こりますよ的な合図がほしい。
そうすれば心の準備が出来る。きっとバグがおきても、いつもどおりの無愛想な顔を維持できるだろう。……多分。
一抹の不安は覚えたが、防ぎようがない事に怯えていてもしょうがない。思考を切り替えることにした。
「他には友達以上に、なりたい奴はいないのか」
「いるわけない。君だけだよ」
「そうか」
親友は、一人で良い派らしい。
それにしても攻略キャラに、親友になりたいと思われるなんてどういうことだろう。なんかそこそこの重要ポジションに、いるのは気のせいか。
―― 俺は、まごうことなきモブだ
真性のモブ、キングオブモブ、モブの中のモブであるはずだ。けれど攻略キャラの『親友』という立場はモブの領域を超えている気がする。
―― まさか
まさかのモブから、サブキャラへの昇格だろうか。
―― いや、ありえない
モブからサブキャラへの昇格なんて聞いたことがない。顔つきのサブキャラだったのが、人気を集めて続編で攻略キャラになることはある。けれどモブだぞ。背景に溶け込み、時には目と口という人として存在するものさえはぶかれる。背景画像の一部と言って良い存在だ。
そんな存在が、昇格されるはずがない。目と口すらないキャラが、萌えという人気を獲得できるわけがないのだ。
―― うん、やっぱり気のせいだな
「……君は俺と友達以上に、なりたいって思ってくれるかな」
「なにか、いったか?」
道を曲がったとき、ジルベールが小さな声でなにか喋ったのが聞こえた。だが人が増えて、ざわめきが増したせいで聞き逃す。ここらは店が軒を連ねているから、さらに人が増える。もう少し近づけば、聞こえるかと傍に寄った。
「いや何も、言ってないよ」
「そうか」
どうやら気のせいだったらしい。小さく首を振って、何時もと変わらない笑みを返してくる。
どこか寂しげに見えるが、気のせいだろうか。
「人が、随分と多いね」
「夕食の買い出しを、する時間帯だ。混みもする」
元々、人が多い通りが、時間帯のせいか輪をかけて賑わっている。話しているときも、少し立ち止まったせいで流されそうになった。
「あのレイザード、手を……」
「手がどうした」
「いやごめん、なんでもない」
なにかいいかけて、自嘲めいた顔をして止めてしまう。
手がどうしたのか。手、手を、なんだというんだ。手を上げる。いや違うか。下げる。そんなことをして、なんになる。もう既に下がってるぞ。
振る。人混みで迷惑、このうえないな。あとは、握るくらいか。
そうか人混みがすごいから、離れないように手を握れと言いたいのか。
―― そんなわけないな。うん、ない
ロイとジルベールが、手を握って歩いているところなら見たい。だが俺は、却下だ。全く萌えないだろう。ロイ以外の誰かであっても、全く萌えない。俺は主人公が、幸せな萌えを眺めたいんだ。
諦めた方が良いかと思いながらも、ロイとのイベントを諦め切れていないらしい。しょうがない俺は、根っからの腐男子なのだから。
―― こういうときは、もう少し身長がほしい
この歳の平均的な身長が、災いして微妙に埋もれながら流される。このままだと、目的地の花屋に行くまでにはぐれてしまいそうだ。
こうなったら好き嫌いは言ってられないかと考えていると、追いついたジルベールの手が肩に掛かりそのまま引き寄せられた。
いきなりなにをするのかと、文句の一つでも言いそうになったが止めた。直ぐ横を体格の良い男が、通り過ぎていったからだ。どうやらぶつかりそうになっていたのを、助けてくれたらしい。
あのままぶつかっていたら、よろけてさらに人並みに流されていただろう。
礼を言うべきなのは分かっている。助けてもらっのだから、ありがとうくらいは言うべきだ。けれど妙なプライドが、邪魔をして素直に礼を言うのを阻んだ。
なんか男として色々と、負けた気になったんだ。実際は色々どころか、全て負けてるから今更だがそれでもなんか複雑な気分になっている。
「レイザード、その……ここを抜けるまで、手を握らないか? このままだと、はぐれてしまうかもしれないし」
大きく息を吸い吐き出したジルベールが、提案を口にしてくる。
正直に言えば、遠慮したい。いや分かっている。俺があっちこっちと、人混みに紛れるから目的地に着くのが遅くなって困るんだろう。
―― わかってはいる
このままでは、迷惑をかけるだけだ。
けれど最大の問題がある。さっきも思ったことだが、俺がジルベールと手を握っても全く萌えない絵面が完成するだけだ。萌えが主食の腐男子としては、自ら萌えないものを生産するなんて許しがたい愚行である。
―― 背に腹は代えられないか
一巡して、腐男子の風上にも置けない行動を、許容することにした。このまま人混みに流されて、目的地に着かないと困るのが一番の要因だ。
それにジルベールも、したかなく提案してきたのは分かっている。悪いなという意味を込めて、謝罪を口にすることにした。
「ああ、悪いな」
「なんでそこで、謝るのかな。俺はすごく嬉しいのに」
微苦笑したジルベールが、手を差し出してくる。握った手が俺より大きくて、また色々負けた気がして複雑な気分になった。
それにしても何故俺と手を、握れて嬉しいなんて言葉がでてくるのか。
俺だぞ。ロイでもなく、ましてやジルベールの思い人ですらない。モブの中のモブだ。言うなれば背景と同等の存在と、手を握れてどこに喜ぶ要素があるというのか。
―― もしや
価値観の違いという可能性もあるな。この国とジルベールの母国だと、価値観やら一般的な基準に違いがあるのかもしれない。ゲーム中では、花を贈る相手についてこの国と認識の違いも出てきた。ほかにもきっと、そういうことがあるだろう。
ならばジルベールの母国だと、友達同士で手を握るのは普通な可能性もある。うんそうだ。きっと手を握るのが友情の証とか、友と認めた証な可能性もある。
考えてもしょうがない。本人に聞けば、わかることだ。
「ジルベール、お前の母国では、友人同士で手を握るのは当たり前なのか」
「友達と? いや……あっうん、そうだよ」
予測が当ったらしい。
この国だと幼い子供でもなければ、友人同士で手を握ったりはしない。だがジルベールの国では、普通のことなら友人認定している俺と手を握るのも普通の感覚で言い出したのだろう。
ここはジルベールの母国ではないから、人目を引く可能性もある。けれどそういう価値観みたいなものは、すぐに変わるものではない。
俺は同性と手を握って、往来を歩きたくないがジルベールにとっては普通のことだ。なら、ここでゴタゴタいってもこいつを困らせてしまうだけだ。
それにこのままだと、流されて何処にたどり着くか分からないという問題が存在しているんだ。ならこいつにとって、普通のことを渋る理由もないだろう。
そう、あれだ。友達だからな。
―― 友達
悪い意味も響きもない言葉だ。なのになぜだが、胸が苦しくなった気がした。
下を向いた俺を、不審がったのかまた何か言われそうになる。それに何でもないのだと伝えて、僅かに感じた違和感を追い出した。




