72話(ジルベール視点)
特に用事が、あったわけじゃない。
たまたま花屋の前を通ったときに、見えた花がレイザードを連想させる。彼に似ていると思ったら、白い花が特別なものに見えた。
―― 嫌がられるかな
レイザードに、贈りたいと思ったけれど心配なことがあった。恋人でもない相手から、花を贈られたら嫌な気持ちにさせるんじゃないかって。
俺の母国だと、気軽に花を贈る。恋人でなくとも、友人でも家族でもちょっとしたときに贈ることも普通だ。けれどこの国だと花贈るのは何か特別なことが、付随することが一般的だと聞かされた。あと花を家族ではない人に贈るときは、恋人に対してが多いってこともだ。
特別な日でもない。恋人でもないのに、花を贈るなんて非常識な奴だと思われるかも知れない。
俺は今すぐにでも恋人になりたいけれど、今のところその願いが叶う可能性は皆無だ。前よりは親しくはなったとは思う。お茶に誘うと、頷いてくれる回数が増えた。けれど前より話せるようになったからこそ余計に気づく。
レイザードは、俺に恋愛感情はかけらも持っていない。
「いらっしゃいませ! 恋人へ贈る花を、お探しですか?」
「ええ、綺麗な花が多いので、目移りしてしまって」
―― やっぱり、そう思われるのか
愛想の良い店員の女性に、可笑しく思われないように言葉を返す。
それだけ恋人に贈る人が、多いって事なんだろう。
けれどあいにくと、その予定はまったくない。当たり障りのない態度を返しながら、思わずつきたくなった溜息を飲み込んで笑みを返す。
最近はお茶をしないかと、誘うと頷いてくれる事が多くなった。前よりは進歩しているとは思う。けれど親しいと言うには、ほど遠い。
一方的な俺からの思いを、感じ取ったら距離を置かれる気がする。あれだけあからさまに態度に、だしておいて今さらだとも思うけれどいざとなると尻込みしていまう。
『考えないで、動けよ』
―― うるさい
いきなりあいつの―― 従兄の言葉が、聞こえた気がした。五つ歳が離れているからといって、人のことを子供扱いしてくるところがいつも気に入らなかった。
―― でも本当はあいつに、言われなくても分っている
動いても何も変わってないけれど、動かないとこれから先もそのままだ。なら行動してみるしかない。
回りくどいと気づいてもらえない気がするから、はっきりと花を贈りたいのだと伝えよう。それでいやだと言われたら、やめればいい。
―― そう、嫌がられたら止めれば……
眉間に皺を寄せるレイザードが、脳裏に浮かぶ。
「あー、もう情けない……」
不思議そうな顔をした店員の女性に、今日は見に来ただけだと告げて店をでる。
勝手に想像して、落ち込んで格好悪いにもほどがある。
―― いつから、こんなだったかな
人通りの少ない裏道を、歩きながら考えを廻らせる。けど考えるまでもなかったと、溜息がこぼれた。
決まっている。レイザードを、好きになってからだ。
格好良く見られたいって思っても失敗する。笑顔を浮かべて誘っておいて、内心断られるんじゃないかって恐々としながら誘いの言葉を口にしてる。
頷いてくれたら、微笑みを返して心の中ではしゃいでる。断られたら何でもないって顔して、内心で落ち込むのは何時ものことだ。
俺にとって重要じゃない人たちは、勝手に寄ってきて顔を赤くしてる。けど別に嬉しくない。レイザードが、視線を向けてくれる方が何十倍も嬉しい。
我ながら単純だと思うけれど、仕方がない。最初は声をかけても、反応がないか向いてくれても直ぐに視線が戻ってしまっていた。けど最近は、俺を見てくれたままで言葉を口にするまで待ってくれている。
『ジルベール先輩、ご苦労されたんですね。僕、応援します。頑張りましょうね!』
レイザードが俺に対してどんな態度だったか、知ったロイが両手を握って声を上げる。
誤解がないように、きちんと理由も話しておいた。最初の俺の対応が、問題だったんだ。一方的にライバル視して、挑発的なことも口にしている。
『君がレイザート?』
『……』
何時ものように本を読んでいた彼に、声をかけたのが最初だ。
『随分優秀なんだって? 俺と勝負しないか。やらなくても、結果は分かりきってるけどね』
『断る』
一瞥したあと、すぐにレイザードの視線は俺から書面に移る。
あの時に戻れるなら、自分を殴ってやりたい。完全な八つ当たりだった。変わると期待して、この国まできたけれど周りは何時もと変わらない。内心で抱えていた苛立ちを、そのときたまたま話にあがった彼にぶつけた。最悪極まりない。
『……なっ』
『勝負せずとも、結果が分っているのなら時間の無駄だろう』
興味がないと、はっきり告げてくる視線に衝撃を受けた。学園に来る前も、来てからも他人にこんな反応をされたことがなかったから。
本当に戻りたい。全力で、止めに入りたい。
延々と過去を後悔して、頭を抱えそうになって止めた。いくら裏通りだからと言って、人は通る。
―― 明日、声をかけてみよう
それで一緒に花屋に、来てもらえないか誘う。そのときに花を見てもらって、もし気に入らなさそうだったら別の花を贈れば良い。
そうすれば好みの花を、レイザードに贈ることが出来る。
―― 俺から花を贈られることを、嫌がらなければの話だけれど……
また後ろ向きな考えが浮かび、続いて腹の立つ従兄の笑みが浮かんで悪い意味で気分が高ぶる。けどおかげで、気力が湧いて少しだけ前向きな気持ちになっていく。
もしかしたら、喜んでくれるんじゃないか。そんな根拠のない考えが浮かんで、彼の口元が少しあがるのを想像して幸せな気持ちに包まれた。




