69話(ジルベール視点)
―― 眠れない
いつもなら寝ている時間だ。自然と眠くなって、ベッドに入れば眠りに落ちる。
けど今日は何時もと、状況が違う。ベッドに入ったのに、目が覚めて眠れない。
背中越しに、温かさを感じる。ぎりぎりなんとか、触れあってない状況だ。けれど少しでも動けば、レイザードに触れてしまう。
―― 理性が持たない……
そんな状況じゃないのは分かっている。レイザードの様子は、明らかにおかしかった。だから泊めてくれてと、自分から申し出た。
今だって心配なことに変わりはない。なのに俺はこんなときに、何を考えてるのか。
「起きてるか?」
背中越しに、レイザードが声をかけてくる。思わず反応しそうになったけれどやめた。わざわざ確認してきたってことは、俺には聞かれたくないからだろうと思ったからだ。
「お前がいたおかげで助かった。礼を言う」
お前には迷惑ばかりかけるな。そう続けたレイザードが、少し笑った気がした。
―― 君を迷惑に、思うわけがない
俺がいたことで、君の助けになれたならそれでいいと思っていた。
けれどもしかして、俺は君のことを傷つけたのだろうか。
風の術を使ったのは、レイザードの役に立てればと思ってのことだ。けれどそこから、様子がおかしくなっていった気がする。
白くなるまで握り締めた拳に、血が伝うのが見えた。
―― 間違いなく俺は、レイザードを傷つけた
何が理由か、分からない。けれど顔をあげて俺を見てきた君の表情が、痛みをこらえるように僅かに歪んだ。
君のことを、弱さを持たない人だと勝手に思っていた。
『ジルベール!』
君の凛とした声が、俺の名を呼んだ日のことをよく覚えている。
あれは校外でおこなう授業の時だ。普段なら危険の少ない場所で、魔物も集団に襲われた。
先生も倒れ生徒も逃げまどう。術を使おうにも、逃げ惑う生徒に当りそうで放つことができないでいた。
そのとき陽が遮られ巨大な魔物が、後ろに立っていることに気づいて振り向く。視界に鋭い爪が、迫っていてもうだめだと覚悟した。けれど何時まで経っても、痛みが襲ってこない。反射的に閉じた目を開けると、魔物を大量の氷の刃が貫いていた。
『ジルベール!』
怪我は、していない。それでもあっけにとられて、すぐに動けなかった俺の名を鋭い君の声が呼ぶ。
混乱した場でも、君は毅然としていた。陽の光を受けて立つ君は、輝いて見えた。
だから君のことを、ずっと弱さのない人だと勘違いしていた。
けれど前より関われるようになって、それが俺の勝手な決めつけだと気づく。
俺のことを少しは信頼してくれているからか、それとも偶然なのか。どこか不安定な君を、何度か目にした。
君は何かを抱えて、苦しんでいる。それが何かは、知らない。それでも君の力になりたいと、支えることが出来ればと強く思っている。
―― 君は何を、背負ってるんだろうね
君の苦しみと、あの事は何か関係しているのかな。
レイザードには、伝えてないことがあった。
彼の怪我のことだ。前にレイザードが、雨の中家の前で待っていていたあのとき―― 水分を吸った服が、彼の体温を奪うから着替えさせるために脱がせた。そのとき信じられないものを見る。
傷が――俺が負わせたはずの重傷といわれた傷が、痕跡を残しただけの状態でほぼ治っていた。ありえない。俺は覚えている。俺はあのとき全力で、火と風の力を凝縮して行使した。
治っているならよかった。少しでも彼の苦しみが、無くなったのは嬉しい。でも明らかにおかしい。こんなに早く治るがはずない。
考えられるのは、光の術師による治癒だ。けれど噂で聞いた程度だけれど、膨大な治療費を要求されるらしい。そんな額を普通は払いきれない。
なぜだか理由は、わからない。けれど黙っているという事は、聞かれたくない問われたくないものだろう。だからいつでも何があっても、望んでくれるなら彼の助けになる事を誓ってから心にしまった。
俺の力が必要なら、何時でも手を差し伸べる。君に好かれたいがための、下心だ。
最初は一方的に、ライバル心を抱いていた。次は憧れ、気づいたら憧れが別のものに変化していた。
「好きだよ」
小さな寝息を確認してから、想いを口にする。寝ていると分かっているから、言える言葉だ。面と向かっては、言えない。頷いてくれないのは分かっているから。
「大好きだよ、レイザード」
振り返っても、顔は見えない。なのにレイザードのほうを向き、言葉にする度胸もない。
―― どうしたら君に、好きになってもらえるのかな
態度にはわかりやすく現しているのだけど、気づいてくれる様子はない。他の人には気づかれても、肝心の彼には伝わっていない。
―― 自分勝手にもほどがあるな
今一番に考えないといけないことは、レイザードのことであって俺のことじゃない。
「つっ……」
身じろぎしたレイザードの肩が、僅かに触れる。
―― だめだ、この状況は冷静に考えるなんてどう考えても無理だ
煩くなる心臓を、静めようと嫌な事を考える。
ふと五つ年上の従兄の顔が浮かぶ。こんな姿を、あいつが見たら確実に笑われる。口の端をあげて、憐れみのこもった視線を向けてくる姿が容易に想像できた。
最悪な気分になる。けれどそのおかげで、少し冷静になれた。
でもまた気を抜けば、レイザードに触れてしまう。解決方法としては、一晩中起きているほかない。けれどそんなことをすれば、睡眠不足どころか明日に響く。なによりレイザードに、なさけない顔を見せることになってしまう。
―― そうだ
良いことを思いついた。風邪の術を使って、自分を囲い動かないようにしてしまおう。身動き一つとれないけれど、このままじゃいつ触れてしまうか気が気じゃなくて眠れない。それよりは、いいだろう。
まさか好きな子に、触れてしまうかもしれないなんて理由で術を使うはめになる日が来るとは思わなかった。
―― 格好悪いにも、ほどがあるな
レイザードの前では、情けない姿を見せたくないのにどうもうまくいかない。
今は寝ているから、見せてはいないけれどこんな近くで取り乱しているなんて知られた呆れられてしまう。
好きな子の前では、格好良くいたいのになんでこうもうまくいかないのだろう。
「寝よう……」
多分この状況だと、何を考えてもまとまらない気がする。
まずいまた意識したせいで、落ち着かなくなってきた。
―― 落ち着け、このままじゃ明日レイザードに情けない顔を見せることになる
そんなのは嫌だろう。自分自身に言い聞かせて、心をどうにか落ち着かせてから瞼を閉じた。




