45
―― なぜ一人で、来るんだ
ジルベールとロイが、見舞いに来てくれてから数日が経過した。
なぜか知らないがジルベールが、頻回に見舞いに来る。それは別にいい。問題は一人で来ることだ。なんでロイと一緒に来ない。お前ひとりだけじゃ、欠片も萌えないだろうが。
俺は主人公といるお前を、眺めていたいのであってお前だけを見たいわけじゃないんだ。
ロイと一緒に来て、俺なんか忘れ去って二人の世界を作っているところを見せてくれ。そうすれば俺は、至福の時を過ごせるんだ。
正直に言ってしまってもいいが、唯一の茶飲み友達である俺を心配してきているこいつにそんなことを言うわけにもいかない。
俺は腐男子であり、自分の萌えを追求する。だが心配して見舞いに来てくれている奴に、本当のことを告げるほど根性はねじ曲がってはいないのである。
「おい」
「どうかした? レイザード」
ため息を飲み込み、声をかけると微笑みが返ってくる。その手には、品の良いティーカップが握られていた。
「それは、どうしたんだ……」
「前にレイザードが、美味いってい言ってくれたお茶だよ。台所を借りて入れてきたんだ」
俺は見たことあるマグカップのことを、『それ』といったのだがジルベールはカップの中身を指していると思ったらしい。
食器持参で、きたのかお前は……
ジルベールの手にあるマグカップは、以前こいつの家で見たことがあると同じものだ。わざわざカップまで持ってきて、茶を飲みたいほど茶飲み友達に飢えているのか。
なんてこいつ以外に、茶を飲む同世代の相手のいない俺が言うとでっかいブーメランになって帰って来るだけなので言葉にするのは止めた。
「口に合わなかったかい?」
「いや、美味い」
好みの味だ。ひねくれた返事をする意味もないから、素直に美味いと言っておく。
自分が入れられた茶を、褒められたからかジルベールがやたらと嬉しそうな顔をして笑った。
微笑むジルベール――おいしいシチュエーションだ。ここにいるのが、俺でなければの話だが。
俺の場所にいるのが、ロイであるなら完璧だった。
ロイに微笑むジルベールというおいしい光景を、扉の外からそっと眺めて思う存分萌えにひたりたい。だがなぜだ。なぜ俺なのか。
おかしい。なにか強大な力に、邪魔をされている気がする。
―― そんなわけないか
浮かんだ考えの馬鹿らしさに、心の中で失笑する。
それにいくら自分が、萌えるためとはいえ主人公たるロイが怪我をするのは望んではいない。平和なシチュエーションで、思う存分たんのうしたいんだ。
それには早く、先生に帰っていいと言われないとならない。だがまだお許しが出ないままだ。
もう十分に良好な状態であるとは思う。だが先生が言っていた。治したからと言って、なかったことにはならないのだと。怪我を治療しても、大火傷をして受けたダメージがゼロになるわけじゃない。流れた血が、なかったことになるわけでもない。
そして急激に治したせいで、体には負担もかかっているとそう言っていた。
治療したらすべてが、元通りなんて都合のいい力ではないのだと懇々と力説されている。どちらかというと、心を込めてというより怒気が籠っていた気がする。
きっと原因は、俺じゃない。動けるからと言って、仕事を始めてしまったシーディスさんにあると思う。思うがその怒りは、直接本人に向けてくださいとはいえない。俺が話を聞くことで、恩人であるシーディスさんへの怒りが少しでも薄れるならと黙って聞くことにしていた。
ただ心配でもある。過労で倒れてしまわないだろうか。
一応、見舞いに来てくれた時には、休んでくれるようには言ってはいるが聞いてくれるとも思えない。
「そうだお茶菓子を、買ってきてあるんだ。よかったら食べないか?」
「ああ……これは」
わざわざ茶菓子まで、買ってきたらしい。礼を言うか。そう思ったが、その前に予想してなかった菓子が出てきたせいで言葉を切る羽目になる。
「このお菓子、好きだろう?」
「……好きだが」
確かに俺は、ジルベールが持ってきた菓子を好んでいる。だがそれをジルベールは、どこで知ったのか。
この菓子は、めちゃくちゃレアな菓子なんだ。なんせ前に騎士Aと、嫌々ながらも食事をすることになった店のものだからである。あの店の俺を上回る不愛想な店主が、気分がのったときのみに作るレアな菓子なんだ。
見た目はごつい店主が、作るとは思えないくらい繊細な味と見た目をしている。
俺はこの菓子が、好きだとこいつに言った覚えはない。この店に来る数少ない客たちも、レアすぎて知らない人だっている。
それなのに、なんでこいつが知っているのか。もしや俺が知らぬ間に、常連にでもなっていたのだろうか。
そうだきっと常連になって、たまたまこの菓子を食べて美味かったから持ってきたのだろう。
こいつが俺の好みを、知るわけがないしな。
遠慮する気もないので、菓子を取り咀嚼する。
―― うん、やはり美味いな
程よい甘さが、ジルベールの持ってきた茶によく合う。
それにしても見た目のごつい店主が、作っているとは思えない菓子だ。あの店主が作っている姿を、想像して思わずにやけた――つもりが表情差分がないせいで、少し口角が上がっただけに終わる。まあいいか、いきなりにやけたら変な奴だと思われるだけだしな。
「ロイに、感謝しないとな……」
「ロイが、どうかしたのか?」
俺に言ったわけじゃないのだろう。ぎりぎり聞き取れるくらいの小さな声で、ジルベールがロイの名をつぶやく。
「なんでもないよ」
なにか萌え話を、聞けるんじゃないか。そう思って食いついたのだが、微笑んだままかわされてしまった。
なんだあれか、俺とロイの美しいひと時をお前に聞かせてなるもんか的なかわしか? ケチな奴だ。少しくらい聞かせてくれてもいいだろう。
―― いやここは、我慢しておくか
しつこく聞けば、なにかしら聞き出されるかもしれない。けれど行き過ぎるとイベントの、妨害につながりかねない。俺は二人の仲を邪魔するモブになるつもりはないのである。
先生に帰っていいと許可をもらったら、町のイベントが起きそうな場所に行ってみよう。そうすれば二人のイベントが、見られるかもしれない。いやこの際だ、贅沢は言わない。ただ会話しているところでもいい。ようは俺が萌えられれば、なんでもいいのだ。
―― よし頑張るか
先生にもうかなり良くなったアピールをして、早々に家に帰ることにしよう。
治療費のこともあるから、浮かれてばかりはいられないが萌えという癒しも必要なんだ。
だがそのまえに、この菓子を食べてしまおう。傷みやすいから、明日まで日持ちがしない。それに腹が減っては、戦はできないというしな。先生に意見をするのは、戦に行くに等しい怖さがある。
「美味いな……」
「よかった。俺も好きなんだ。今度また持ってくるよ」
思わずこぼすと、ジルベールがまた買ってくると口にする。やはり自分も好きだから、買ってきたらしい。
「いやいい。お前も好きなら、今度は俺が買ってきてお前にやる」
「えっ……」
気軽にいったが、この菓子は値段がそこそこする。ジルベールは、金持ちらしいから負担にはならないだろう。けど一応、同じ学生の立場の奴に気軽にまた持ってきてもらうのも気が引ける値段だ。
だから礼のつもりで、今度は俺が買ってくる。そういったんだが、ジルベールがまぬけ面をして固まった。
一体どういう意味の反応なのか。またあれか、こいつの中で俺は礼もできないキャラなのは変化してないのか。
見舞いに菓子をもらったから、今度は贈り返すっていう発想もできないやつ認定されているのか。それともそこそこの値段の品を、無遠慮にねだる奴だと思われているのか。
どちらにしろ失礼な奴だ。俺だって礼に、菓子の一つや二つ返せるぞ。
いやもしかして、俺の財布の心配をしているのだろうか。これ美味いけれど、そこその値段するしな。確かに頻繁には、食べれない。このまえ食べたのは、三か月以上も前だ。まあ気分がのったときしか作ってくれないからという理由もあるが、値段もするから金を貯めてから注文している事実もある。
きっと自分の家と、俺の家の差を目のあたりにしているジルベールからしたら心配になるのかもしれない。
まあ正直に言うと、別のものにしてくれたほうが俺の財布はだいぶ助かる。
「見舞いの礼は、する。何がいいか、考えておけ」
「レイザードが、俺に……?」
さらりと菓子を渡すという話から、別のことで礼をすると話をすり替える。するとジルベールの目が、大きく見開かれる。
これは間違いようがない。こいつにそんな常識があったのか。驚きだという顔だ。
「お前の言うことくらい、叶えてやれる。なんでもいいからな」
さすがにちょっと、ムカついたので強気に返す。いくら財力に差があれど、同年代の奴がいうことくらい叶えられる。……だろう、たぶん。言ってから、ちょっと不安になってきたが、訂正するのも格好がつかないからやめておく。
「なら今度、一緒に出掛けないか?」
「それくらいなら、かまわない」
なんかめっちゃくちゃ真剣な顔で、今度一緒に遊ぼうぜと誘われる。頷き返すと。見たたことがないほど嬉しそうな顔をされた。
―― ああそうか、そういえば、こいつもボッチだったな
忘れていた。俺も人のことはいえないが、こいつも立派なボッチだった。最近は、ロイとも話しているようだが同性の友達がついこの間までいなかった。周りに女子がいる弊害だろうけれど、同性の友達に飢えている節があったしな。
なんせ俺を、頻回に茶に誘うぐらいだった。最近色々あったせいで、忘れていた。
女子にモテるせいで、気軽に誘える同性がいない。モテるのはうらやましいが、本人からしたら切実なのだろう。
なら出かけるくらい構わない。本音を言えば、ロイと出かけてほしいが好きな相手と出かけるのと俺と出かけるのは違う。気軽に遊ぶ相手も、必要なはずだ。
「嬉しいよ。ありがとう」
よほどぼっちを極めていたのか、ジルベールの奴が人の手を両手で握り締めてくる。どうやら感極まっているらしい。どれだけボッチだったのだろうか。ここまでくると、モテるというのも考えものだな。
女子にモテモテで、うらやましい。そんなことを思っていたが、モテすぎると弊害もあるらしい。
―― しばらくこのままでいてやるか
ただ出かけるだけでこんなに嬉しそうにそうにするジルベールが、哀れになり手を振りほどくのを止めてしばらく付き合ってやることにした。




