34
街の外に、6年周期で小さい湖ができる。そんな話を同じ市場に、店を出しているおやっさんに聞いたのが5日前だ。
その話を聞いて湖水を使い術を、構成すると何か変化があるか試したくなった。
普段俺は、術を構成するのも氷の置物を作るのも自分の力を使っている。
それが一番便利で、手軽だからだ。いちいち水を汲んできてたら、ものすごく手間がかかってしまう。
試したことが、ないわけじゃない。水道からでる水を、使い氷の置物を作った事もあるしその水を使い術を構成したこともある。ただやっぱり自分の力で作った水を使うほうがしっくりくる。
だからそれからは、そうしているんだが今回は別だ。6年ごとにしか現れない湖の水である。とても特別感に、あふれていてワクワクだろう。
だから術に何か、いい影響があるかもしれないと期待して行くことにしたんだ。
澄み切っていて、とてもきれいな水らしい。煩悩まみれの俺が、作る水とは随分と違うはずだ。
そんなわけで、目的地に向かうため歩いている。
突然だかこの世界は、魔物がいる世界だ。だから場所によっては、気楽に街の外にと言うわけには行かない。
けれどこの街の周辺では、魔物と遭遇することはまずない。会っても気の弱い魔物ばかりで、人の姿を見ると逃げていく。
以前に一度だけ、大量の魔物に遭遇したことがある。学園の課外授業で、街の外に出たときのことだ。あのときは講師も怪我を負って大変だった。ジルベールの活躍でどうにかなったけれど一人だったらと思うとぞっとする。
だかあれは例外だ。
冷害で魔物の餌が減ったから、食べ物を求めてこっちに来たんのだろうという話だった。あれ以降は、あんな目にあったことはない。
だから安心して、一人で街の外に行くことができる。
そう独りだ。休みの日だから、友達となんて展開はない。
誘えるやつがいないんだ。誘うとしたらジルベールか、ロイくらいである。
ただ今日は、学園の休みの日だ。まだイベントが起きるほど、好感度はないようだかちょっとした積み重ねで好感度はあがって行く。それを俺が誘ってじゃまをするわけにはいかないのである。
街の外を目指して、市場が開かれている通りを歩く。表通りで賑わっているから、人がとても多い。あまり人混みは、得意じゃないんだがしょうがない。
ここを突きって進むほうが、近道なんだ。
「レイザード!」
―― うん?
妄想に浸りながら、歩いていると名前が呼ばれる。聞き覚えのある声だ。
立ち止まり振り返ると、シーディスさんの姿が見える。残念なことに、そばにロイの姿はない。
もしかしてまだロイと、出会ってない可能性もあるな。今度何か口実を作って、ロイと合わせる算段を立てることにしよう。
「こんにちは」
お世話になっている人だ。近づいてきたシーディスさんに、礼儀正しく頭を下げる。
表情のバリエーションは少ないから、愛想は振る舞えないが礼儀正しくはできるんだ。
普段なら至福の妄想時間を、邪魔されたと腹をたてるところだ。だがお世話になっている人だから、そんな感情は湧いてこない。シーディスさんの土地で商売できるようになってから、売上も上がってるし感謝しかないしな。
「ああ、偶然だな。その……ひとりなのか?」
「はい」
周りに視線を向けてから、尋ねられた。
なぜわざわざ一人なのか、確認してくるのだろう。もしかして休みなのに、なんでボッチで歩いてるのかと思われてるのだろうか。
「ギルド長も、お出かけですか?」
ボッチの理由を、追求されるのが嫌で話をそらす。
息が少し上っているし、急いでどこかに行くのかもしれない。
ギルド長もやって、自分で商売もしている。凄く忙しい人だ。きちんと休めているのか、心配になって来るな。
そういえばシーディスさんのイベントで、忙し過ぎて過労で倒れたイベントがあった。主人公たるロイが、看病をする萌えイベントである。
だがそれはあくまで、画面越しに見るぶんにはだ。実際に目の前にいるシーディスさんが倒れるところを想像すると心臓に悪い。
かと言って俺がシーディスさんの忙しい状況を、マシにできるわけでもない。
ロイなら、強引に休ませることも可能だろう。だがそれは主人公だからこそ、許される行為である。親しくもない俺がやったら、たんなる失礼なやつでしかない。
「ああ少しな……レイザードは、どこに行くんだ?」
「街の外に…」
「一人でか?」
シーディスさんの眉間に、皺がよる。
せっかくボッチで、お出かけの話題をそらしたのにまた元に戻ってしまった。
「はい街の外に、6年周期で現れる湖の話を聞いたんです。それで水を採取しにいこうと思って」
もうボッチなのは、隠しようがない。隠すのを諦めて、会話を続けることにした。
「そうか偶然だな。俺もその湖に、用があるんだ」
「そうなんですか。奇遇ですね」
「ああそこに生えてる草から、香水が作れるんじゃないかって話になってな」
僅かだけれど、シーディスさんが苦笑いのような表情を作る。
もしかしてボッチの俺を、かわいそうに思いついて来てくれるつもりなのかもしれない。そしてそれに気づかなかった俺に、呆れているのだろう。
一人で行くといったときの、こいつボッチにも程かがるぞ。といいたげな表情に、秘かにダメージを受ける。
でもやっぱり、面倒見のいい良い人だよな。すごく忙しいのに、ボッチで出かける可哀想な俺の為に一緒に来てくれるなんて。
特に断る理由もない。しいていうならば、俺よりロイと過ごしてほしいという思いはある。だがせっかく好意で、一緒に行くと言ってくれたのだから受けることにした。
街を出てしばらくすると、少しずつだが気まずくなってくる。
―― 何を話して良いかが、わからない
なんせ共通の話題が、ないに等しい。学園の生徒同士なら、それ系の話をするという手もある。だがその手は使えない。
あるとしたら商売のことくらいだが、俺と彼がやっている商売には天と地ほどの差がある。
手広く商売をやっているシーディスさんと、学園が休みの日に屋台を出しているだけの俺では全く違うんだ。
気を使って色々と、話題を振ってくれているのがわかるから尚更気まずい。俺も何か気の利いた話の、一つくらい出来たらいいのだが上手くはいかない。
普段のコミュニケーション不足が、仇となってしまった。
「あの弟さんていますか?」
何か話題を出さなければ、そう焦ったせいで突拍子もないことを口にしてしまった。
見ろ、シーディスさんが、少し驚いたような顔をしている。
少し気になったんだ。俺に向ける笑みが、随分と優しい。慈愛さえを含んでいるような、笑みをしているんだ。もしかして俺と年の近い、弟でもいるのだろうか。そう気になってした質問を、口にした瞬間後悔する。
シーディスさんは、奴隷だった過去がある。ゲーム的に重い展開はなかったが、家族が亡くなっている可能性もあるんだ。気軽に聞いていい話題じゃない。
「ああ、一人な」
最悪の質問をしてしまった。
何かをこらえるように、目を細めて笑ったシーディスに一気に罪悪感が押し寄せる。
―― 話題を変えよう
ここでさらに、似たような質問をしたら墓穴をほってしまいそうだ。あまり賢くない頭を、ふる回転させる。
「どうした?」
「背が、高いなと」
どうするか、そう思いながらシーディスさんを見上げると軽く首を傾げられる。
問われて何か、答えなければと思い口にしたのがまた脈絡がない。あまり普段、人と話さない弊害がでまくりである。
「そうか?」
「はい、俺はあまり背丈がないのでうらやましいです」
本当に、心の底からうらやましい。
攻略キャラは、総じて背が高い。まあ俺もモブとして、目立たぬように平均的の身長であるから低いわけではない。だが高身長を、うらやましいと思うことあった。
「そのうち伸びるさ。俺もガキの頃は、かなり背が低くてな」
気まずくてあからさまにそらした話題に、シーディスは気にせずのってくれる。
「そうなんでですか?」
「ああ、15の時でも、低くてな。あれは下手すれば10歳位に見えたんじゃないか」
―― また選択をミスった
笑いながら言ってはいるが、シーディスさんの境遇を知っていると笑えない。
きっと身長が低かった理由は、栄養不足からだろう。奴隷だったシーディスさんが、逃げるとこが出来たのは15歳の時の設定だったはずだ。
満足に食べることさえ、できなかった。だから身長が、伸びなかったのだろう。
話題を逸らしたつもりが、全く逸らせていない。それどころか、さらに高速で墓穴を掘った気がする。
「そんなに、背のことを気にしてたのか? いったろ。俺も伸びたんだ。まだ伸びるさ」
頭をぐしゃぐしゃに、撫でられる。加減はされているのだろう痛みは無かった。
―― こんな風に笑う人だったのか
歯を見せて笑った姿が、まるで子供のように見える。俺より年齢が上で、成人しているからというのもあるけれど大人びた印象のある人だ。怖くあるけれど、荒っぽくもない。面倒見のいい兄貴分の一面もあるけれど、冷静で落ち着いている。
そんな人が、子供のように笑うのが意外に思えた。
「ここだな」
五メートルくらいだろうか。澄み切った湖が見えた。近づいてみると、生き物の姿は見えない。きれいすぎて、住めないのだろう。
「あの俺は水を、汲みに来ただけなので草の採取を手伝いましょうか?」
「ん? ああいや……ありがたいんだが見分けの難しい香草でな。似たような草も多いから、難しいんだ。汲み終わったら、待っていてくれるか?」
俺の用事は、持ってきた容器に水を入れればすぐに終わる。だから手伝いを申し出たんが、やんわりと断られてしまった。
「わかりました。間違ったものを、とったら邪魔をしてしまいますものね。申し訳ありません」
二人で探して、摘んだほうが早く終わる。そう思ったのだが、考えれば断られるのは当然だ。
香草については、素人の俺が採取を手伝っても邪魔にしかならない。似たようなのがあるのなら、見分けがつかなくて違うものまでとってしまうだろう。そうしたら選別するのに、時間が余計にかかってしまう。
「お前が、邪魔なわけがないだろう。ちょっとまっててくれ」
「えっ、はい」
軽く頭を数回叩かれる。なんかそのさまが、とてもやさしく感じた。やっぱり年下の兄弟が、いたのかもしれない。本当に悪いことを、聞いてしまったな。
感情にまったく比例してくれない表情で、深く反省しているとシーディスさんが、湖の縁で屈んで何かを探し始めたのが見えた。
「これを、集めてくれるか? 調べたいことがあるんだ」
「分かりました」
少し赤みがかった、丸みをおびた葉を渡された。もしかして俺が気にしていると思って、わかりやすい特徴のある葉を集めることで手伝わせてくれようとしているのかもしれない。
これが何に使う草なのかは、わからない。けれど気遣ってくれたシーディスさんのため、一生懸命探すことにした。
そろそろ街に戻ろう。そう話して湖を離れ、歩いていると―― 空を切りさくような咆哮が、あたりに響いた。
「うわっ……」
「っつ」
あまりの音量に、耳が痛くなる。
シーディスさんも、顔をしかめて耳をふさいでいる。
いったい何なんだ。
眉をしかめながら、音のした方向に視線を向ける。
―― 嘘だろう?
どのくらい離れているのだろうか。随分と先だというのに、確かな存在感を放った巨大な生物が見える。
―― なんでこんなところにいるんだ……
遥か彼方のその先に、いた巨大な生き物―― それはここら辺りには、生息していなはずのドラゴンだった。




