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桜のトンネル  作者: 斑鳩あおい


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第五章 見えない記憶

桜の花びらが、静かに落ちていた。


紗月はカメラの液晶を見つめたまま動かなかった。


その指先が、ほんの少し震えている。


「怖い感じがする」


さっき紗月が言った言葉が、頭の中に残っていた。


私はもう一度写真を見た。


画面の奥。


桜のトンネルの遠くに立つ人影。


ぼやけているせいで顔はわからない。


だけど、不思議と目が離せなかった。


「……気のせいじゃない?」


私は言った。


できるだけ軽い声で。


「遠くに誰かが写っただけかもしれない」


紗月は少し黙ってから、小さく頷いた。


「……そうだよね」


そう言ったけれど、表情は晴れなかった。


私は話題を変えようと思った。


「写真、他にもある?」


紗月はカメラを見下ろした。


「うん、たぶん」


指でボタンを押す。


カメラの中の写真が次々に表示されていく。


桜の写真。


空の写真。


町の風景。


どれも、ここ最近撮ったものらしい。


「やっぱり写真好きなんだね」


私が言うと、紗月は少し笑った。


「うん」


それから、少し照れくさそうに言った。


「たぶん、昔から」


「たぶん?」


「記憶なくなったとき」


紗月は空を見上げた。


「このカメラだけ持ってたんだ」


私は驚いた。


「事故のあと?」


紗月は頷いた。


「うん」


「病院で目が覚めたとき」


「ベッドの横に、このカメラがあった」


紗月はカメラをそっと撫でた。


「だから、たぶん大事なものなんだと思う」


桜の花びらが風に舞う。


私はカメラを見つめた。


三年前の記憶。


それをつなぐ唯一のものかもしれない。


そのとき。


紗月が言った。


「……あれ?」


「どうした?」


「この写真」


紗月は画面を止めた。


私は横からのぞき込む。


そこに写っていたのは——


桜のトンネル。


今、私たちが立っている場所。


でも。


違った。


「夜?」


紗月が言った。


画面の中は、暗かった。


街灯の光だけが桜を照らしている。


夜の桜のトンネル。


そこに、誰かが立っていた。


私は目を細めた。


「……紗月?」


画面の中の人物は、紗月だった。


同じ髪型。


同じカーディガン。


だけど。


その表情が、見えない。


顔が影になっていた。


「これ……」


紗月がつぶやく。


「いつ撮ったんだろ」


私は画面の下を見た。


撮影日時。


そこには、こう表示されていた。


昨日 23:48


胸の奥がざわついた。


「昨日の夜だ」


紗月は小さく首を振った。


「でも」


「私、昨日の夜ホテルにいた」


「一人で」


「写真なんて撮ってない」


私はもう一度写真を見た。


夜の桜。


その下に立つ紗月。


そして——


写真の奥。


暗闇の中に、もう一つ影があった。


「……」


私の背筋が冷えた。


それは、人影だった。


紗月の少し後ろ。


桜の木の影の中に、誰かが立っている。


ぼんやりと。


動かない影。


紗月が言った。


「……またいる」


「え?」


「この人」


昼の写真にもいた。


トンネルの奥の人影。


同じ場所。


同じように立っている。


私はゆっくり息を吐いた。


「偶然かも」


自分でも弱い言い訳だと思った。


紗月は画面をじっと見ている。


それから、ぽつりと言った。


「この人」


「……」


「私を見てる」


風が吹いた。


桜の花びらが一斉に舞い上がる。


そのとき。


紗月のカメラから、小さな音がした。


ピッ。


新しい写真が表示された。


私も紗月も、動かなかった。


その写真には——


今の私たちが写っていた。


桜のトンネルの中。


驚いた顔の私。


カメラを持った紗月。


そして。


その二人の後ろに——


黒い人影が立っていた。


紗月の手が震えた。


「……今、撮ってないよね」


私はゆっくり首を振った。


カメラは、紗月の手の中にある。


誰もシャッターを押していない。


それなのに。


写真の中の影は。


さっきよりも、少しだけ——


近づいていた。

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