表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜のトンネル  作者: 斑鳩あおい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/20

第四章 桜の写真



「……これ、昨日?」


紗月が小さくつぶやいた。


カメラの液晶には、はっきりと日付が表示されている。


——昨日。


私は画面をもう一度見た。


間違いじゃない。


昨日の日付だった。


「そんなはずない」


思わず言った。


「僕、昨日ここに来てない」


紗月はゆっくり瞬きをした。


「私も」


桜の花びらが一枚、液晶の上に落ちた。


写真の中の二人は、今と同じ場所で笑っている。


まるで、さっき撮ったみたいに自然な笑顔だった。


でも。


「これ……」


紗月は画面を拡大した。


「昨日の写真なら、覚えてるはずだよね」


「……」


「だって昨日って、たった一日前だよ?」


私は言葉を失った。


確かにそうだ。


三年前なら、まだわかる。


事故で記憶が抜けたのかもしれない。


だけど。


昨日。


昨日のことまで覚えていないなんて。


紗月はしばらく画面を見つめていた。


それから、ぽつりと言った。


「私、昨日ここに来たのかな」


「……」


「でも、なんで?」


その問いに答えられる人は、ここにはいなかった。


風が吹いた。


桜のトンネルの奥から、柔らかい風が流れてくる。


花びらが空に舞い上がる。


その光景を見ながら、紗月はゆっくり言った。


「ねえ」


「うん」


「もしさ」


紗月はカメラを見つめながら言った。


「昨日ここに来てたとしたら」


「……」


「誰と来たんだろう」


その言葉が、胸の奥に落ちた。


写真には、確かに私が写っている。


だけど。


私は昨日、ここに来ていない。


それは確信できた。


昨日は仕事だった。


夜までずっと。


この町から離れていた。


じゃあ、この写真の私は——


誰だ。


「……悠人くん」


紗月の声で、我に返った。


「どうした?」


「この写真」


紗月は指で画面をなぞった。


「なんか変」


私は画面をのぞき込んだ。


最初は気づかなかった。


でも。


よく見ると、確かに変だった。


写真の奥。


桜のトンネルのさらに向こう。


そこに、小さく人影が写っていた。


誰かが立っている。


ぼんやりと。


遠くで。


紗月が言った。


「この人」


「……」


「昨日の私たちを撮った人じゃない?」


私は黙った。


確かに、そうかもしれない。


写真には、私たちが自然に写っている。


自撮りではない。


誰かが撮った写真だ。


「でも」


私は言った。


「昨日ここに来てない」


紗月も小さく頷いた。


「私も」


二人の間に、静かな沈黙が落ちる。


桜の花びらが舞う。


遠くで風が鳴っていた。


そのとき。


紗月が小さく息をのんだ。


「……あ」


「どうした?」


紗月は写真の奥を指さした。


「この人」


私は画面を見つめた。


ぼやけた人影。


顔はわからない。


だけど。


どこか見覚えがある気がした。


「この人……」


紗月の声が震えていた。


「知ってる気がする」


「え?」


「顔、見えないのに」


紗月は胸のあたりを押さえた。


「なんか……」


少し苦しそうな顔になる。


「また頭痛い?」


私が聞くと、紗月はゆっくり頷いた。


「うん……」


彼女は目を閉じた。


桜の花びらが肩に落ちる。


数秒後。


紗月はゆっくり目を開けた。


そして、ぽつりと言った。


「この人」


「……」


「たぶん」


私の方を見た。


「悠人くんじゃない」


その言葉が、空気を変えた。


「え?」


「だって」


紗月は写真を指さした。


「悠人くんはここに写ってる」


画面の中で、三年前の私が笑っている。


「でも」


紗月は言った。


「昨日の写真なら」


「昨日の悠人くんは、別にいるはず」


私は言葉を失った。


つまり。


写真の中には——


三人いる。


私。


紗月。


そして。


遠くに立っている、もう一人。


桜のトンネルの奥で。


紗月が小さくつぶやいた。


「この人……」


花びらが舞う。


春の光の中で。


「なんでこんなに」


紗月の声が、震えた。


「怖い感じがするんだろう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ