第二十章 桜のトンネルの先
桜の花びらが、静かに降り続いていた。
私と紗月は、並んで歩いている。
桜のトンネルの奥へ。
足元には、花びらの道。
空には、柔らかな春の光。
紗月が言った。
「もうすぐ終わりだね」
「何が?」
私は聞いた。
紗月は空を見上げた。
「桜」
私は枝を見上げる。
満開だった花は、少しずつ散り始めていた。
春は、短い。
でも。
その短さが、きっと大切なんだと思う。
私はふと思い出した。
三年前。
父が言った言葉。
——終わりが近いから、今が大事に思える。
私は小さく笑った。
「父さんらしいな」
紗月が聞いた。
「何が?」
私は答えた。
「最後に、ちゃんと会いに来た」
紗月は少し微笑んだ。
「優しいお父さんだね」
私はうなずいた。
「うん」
そのとき。
カメラを見た。
もう鳴らない。
写真も増えない。
画面には、さっきまでの写真が残っている。
父。
未来の影。
私たち。
全部が、この小さなカメラの中にある。
紗月が言った。
「ねえ」
「うん」
「このカメラ」
私は見る。
「最後の写真」
紗月は少し考えてから言った。
「もう写らないのかな」
私はカメラを静かに持った。
そして。
シャッターを押した。
カシャ。
静かな音。
数秒後。
画面に写真が表示される。
そこには——
桜のトンネル。
私と紗月。
そして。
何もない。
ただ。
普通の写真だった。
紗月が少し笑った。
「終わったんだね」
私はうなずいた。
「たぶん」
このカメラは。
必要なものだけを写した。
過去。
未来。
そして。
父。
もう、役目は終わったのかもしれない。
私はカメラをポケットにしまった。
紗月が言った。
「でも」
「?」
「未来は写さなくていいね」
私は聞いた。
「どうして?」
紗月は笑った。
「だって」
桜の花びらが、私たちの間に落ちる。
「これから自分たちで作るから」
私は少しだけ照れながら笑った。
「そうだね」
私たちはまた歩き出した。
桜のトンネルの出口が見えてくる。
光が少し強くなっている。
私は振り返った。
さっきまでいた場所。
桜の木。
父が立っていた場所。
でも。
もう誰もいない。
ただ。
風が吹いて。
花びらが舞っている。
私は心の中で言った。
——父さん。
ありがとう。
風が優しく吹いた。
まるで。
遠くからの返事のように。
私は前を向いた。
隣には紗月がいる。
これから先の道。
まだ何も決まっていない未来。
でも。
きっと大丈夫だと思った。
私たちは、桜のトンネルを抜けた。
その先には。
新しい春が待っていた。
―― 完 ――




