第十五章 桜の約束
父の姿は、写真の中から消えていた。
桜のトンネル。
私と紗月。
そして、私の肩に落ちた一枚の花びら。
それだけだった。
紗月はしばらくカメラを見つめていた。
「……いなくなったね」
私は静かにうなずいた。
風が吹く。
枝の上の花びらが、ふわりと舞う。
私は空を見上げた。
満開の桜。
昔、父と一緒に見た桜と同じ色だった。
紗月が言った。
「悠人くん」
「うん」
「悲しい?」
私は少し考えた。
胸の奥は、不思議と静かだった。
もちろん、寂しい。
でも。
それ以上に。
どこか温かい気持ちが残っていた。
私はゆっくり言った。
「……ありがとうって思ってる」
紗月が少し微笑んだ。
「お父さんに?」
「うん」
私はカメラを見た。
父は写っていない。
でも。
ここにいたことは、確かだった。
三年前。
事故の夜。
そして、今日。
父はずっと近くにいた。
私はつぶやいた。
「父さん」
風が優しく吹く。
まるで返事のようだった。
そのとき。
紗月がカメラをもう一度操作した。
「ねえ」
「?」
「写真」
私は画面を見た。
さっきまでの写真が並んでいる。
最初の一枚。
遠くに立つ男。
二枚目。
少し近づく。
三枚目。
さらに近い。
そして。
最後の写真。
父はいない。
紗月が言った。
「全部」
私は画面を見た。
「?」
「順番」
私は気づいた。
父は。
少しずつ近づいていた。
最初は遠く。
次に中間。
そして。
最後は。
私の肩に手を置く距離。
紗月が言った。
「たぶん」
「?」
「会いに来てたんだよ」
私は黙って聞いた。
「悠人くんに」
風が吹く。
花びらが舞う。
私は小さく笑った。
「……父さんらしいな」
紗月が聞く。
「どこが?」
私は答えた。
「直接会いに来ない」
紗月が少し笑う。
「遠慮してる?」
「そう」
私は空を見た。
父は、そういう人だった。
見守る人。
前に出ない人。
でも。
本当に大事なときだけ。
必ず現れる。
私はつぶやいた。
「父さん」
桜のトンネルは静かだった。
「もう大丈夫」
紗月が横で言った。
「うん」
私は歩き出した。
花びらを踏みながら。
紗月も隣を歩く。
二人で、桜の道を進んでいく。
そのとき。
紗月が突然立ち止まった。
「悠人くん」
「?」
「最後の写真」
私は振り返った。
紗月はカメラを見ている。
少し首をかしげていた。
「どうしたの?」
紗月が言った。
「これ」
私は画面を見る。
最後の写真。
私と紗月。
桜のトンネル。
そして。
私は、息を止めた。
そこには。
小さな影が、もう一つ写っていた。
紗月が震える声で言う。
「……これ」
私は画面を見つめた。
影は。
私でもない。
紗月でもない。
父でもない。
小さな人影。
まるで。
子どもの形だった。
紗月がゆっくり言った。
「……誰?」




