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桜のトンネル  作者: 斑鳩あおい


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第十四章 残された理由

「父さんだ」


私の声は、静かな桜のトンネルに溶けていった。


紗月はカメラを握ったまま動けない。


画面の中。


私の後ろに立つ父。


その手は、まるで私の肩に触れているようだった。


桜の花びらが、ゆっくりと落ちてくる。


紗月が小さく言った。


「じゃあ」


「……うん」


「事故の日」


彼女の声が震える。


「悠人くんと話してた人も」


私はうなずいた。


「父さん」


風が静かに通り抜ける。


紗月は少し黙ってから言った。


「でも」


「?」


「どうして?」


私は答えられなかった。


父はもう死んでいる。


それなのに。


事故の夜。


私と話していた。


そして。


紗月を助けた。


紗月がぽつりと言った。


「もしかして」


「?」


「悠人くんを迎えに来たんじゃない?」


胸が少しだけ強く鳴った。


「迎えに?」


紗月はゆっくり言う。


「亡くなった人が」


「大事な人を迎えに来る」


「そういう話」


私は少し笑った。


「よくあるやつだね」


紗月は真剣な顔だった。


「でも」


「?」


「もし本当にそうなら」


紗月はカメラを見た。


「悠人くん」


私は黙っている。


紗月は言った。


「事故のとき」


「本当は……」


言葉が止まる。


私は静かに言った。


「……死ぬはずだった?」


紗月の目が揺れた。


「わからない」


「でも」


「誰かが」


彼女はカメラを指さした。


「運命を変えた」


私は画面を見た。


父の顔。


優しい笑顔。


昔と同じ。


そのとき。


記憶が、また少し戻った。


夜の道路。


ヘッドライト。


私は道路の端に立っていた。


そして。


紗月が渡ろうとしていた。


その瞬間。


車が突っ込んできた。


私は動けなかった。


でも。


誰かが言った。


——悠人。


その声。


私は振り向いた。


そこに。


父がいた。


私は桜のトンネルでつぶやいた。


「……思い出した」


紗月が顔を上げる。


「何を?」


私はゆっくり言った。


「あの夜」


風が吹く。


花びらが舞う。


「父さん」


「俺に言ったんだ」


紗月が息を止める。


私はその言葉を思い出す。


はっきりと。


父の声で。


「……今はまだ」


桜が揺れる。


「お前の番じゃない」


紗月の目に涙が浮かんだ。


私は写真を見る。


父の手。


私の肩。


そして。


その笑顔。


私は静かに言った。


「父さん」


「俺を迎えに来たんじゃない」


紗月が聞く。


「じゃあ?」


私は空を見上げた。


満開の桜。


淡い光。


そして言った。


「……送り返しに来た」


その瞬間。


カメラが鳴った。


ピッ。


新しい写真。


桜のトンネル。


私と紗月。


そして。


父。


でも。


今までと違った。


父の体。


少し透けている。


紗月が震える声で言った。


「……消えてる」


私は画面を見つめた。


父は、少しずつ薄くなっている。


まるで。


桜の花びらのように。


風に溶けていく。


私は静かに言った。


「もう」


胸が熱くなる。


「帰る時間なんだ」


紗月は何も言えない。


そのとき。


最後にもう一枚。


カメラが鳴った。


ピッ。


新しい写真。


そこには——


私と紗月。


そして。


父は、いなかった。


ただ。


私の肩の上に。


一枚の桜の花びらが、静かに乗っていた。

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