第十三章 父の背中
「……俺の父さんだ」
紗月の目が大きく見開かれた。
「え……?」
桜の花びらが、静かに落ちてくる。
紗月はカメラの画面を見た。
そして、もう一度私を見る。
「本当に……?」
私はゆっくりうなずいた。
胸の奥がざわついている。
信じたくない。
でも。
間違いない。
「あの顔」
私はつぶやいた。
「小さい頃、よく見てた」
紗月はまだ信じられないという顔をしている。
「でも」
「?」
「さっき言ってたよね」
紗月の声が少し震える。
「その人」
「……死んだって」
私は静かに言った。
「うん」
風が吹いた。
桜の枝が揺れる。
「父さん」
私は空を見上げた。
「俺が高校のときに死んだ」
紗月が小さく息をのむ。
「事故?」
私は首を振った。
「病気」
「……」
「急だった」
私は少し笑った。
「元気な人だったのに」
紗月は何も言わない。
私はゆっくり続けた。
「父さん」
「すごく普通の人だった」
「普通?」
「うん」
「優しくて」
「真面目で」
「でも」
言葉を探す。
「ちょっと不思議なこと言う人だった」
紗月が少し興味を持った顔になる。
「どんな?」
私は少し考えた。
そして言った。
「人は」
紗月を見る。
「自分がどこにいるのか」
「わからなくなることがある」
紗月が固まった。
「それって……」
私はうなずいた。
「さっき」
「俺が話した言葉」
紗月はカメラを見た。
画面の中の男。
「同じ言葉……」
私は静かに言った。
「父さんの口癖だった」
桜の花びらが風に舞う。
紗月はゆっくり息を吐いた。
「でも」
「?」
「どうして」
紗月は写真を指さした。
「ここにいるの?」
私は答えられなかった。
父はもういない。
何年も前に死んだ。
それなのに。
この写真には——
確かに写っている。
そのとき。
カメラが鳴った。
ピッ。
二人同時に画面を見る。
新しい写真。
桜のトンネル。
私と紗月。
そして。
父。
でも。
今度の写真は違った。
父の顔。
はっきり見える。
そして。
笑っていた。
私は息を止めた。
その笑い方。
懐かしい。
昔と同じだった。
紗月が小さく言った。
「優しそうな人だね」
私は何も言えなかった。
胸の奥が熱くなる。
父は。
いつもこうやって笑っていた。
私が子どもの頃。
転んだとき。
怒られたとき。
落ち込んだとき。
いつも。
同じ笑顔で言った。
——大丈夫。
そのとき。
紗月が画面を指さした。
「悠人くん」
「?」
「これ」
私は写真を見た。
父の手。
少し上がっている。
まるで。
誰かの肩に触れているような形。
私は気づいた。
その位置。
ちょうど。
私の肩だった。
紗月が震える声で言った。
「……守ってる」
私は画面を見つめた。
父の手。
私の肩。
桜の花びらが舞う。
その瞬間。
胸の奥で、はっきり理解した。
三年前。
事故の夜。
あの道路。
あの男。
私はゆっくり言った。
「……父さんだ」
紗月が息を止める。
私は静かに続けた。
「紗月を押したの」
桜の花びらが静かに落ちる。
「父さんだ」




