第十二章 守った人
「……この人」
紗月の指が、カメラの画面に触れていた。
そこに写る男。
桜のトンネルの中で、静かに立っている。
私はしばらく言葉が出なかった。
紗月が言った。
「事故の瞬間」
「誰かが私を押した」
風が吹く。
花びらが舞い上がる。
「車が突っ込んできて」
紗月の声が少し震えた。
「私、動けなかった」
私は息を止めて聞いている。
「ライトがすごくまぶしくて」
「何も見えなくて」
紗月は少し目を閉じた。
「そのとき」
彼女は胸の前で手を握った。
「後ろから」
「ぐっと押された」
私は言った。
「……この人が?」
紗月はうなずいた。
「たぶん」
「たぶん?」
「はっきり見えたわけじゃない」
彼女はカメラを見た。
「でも」
「感触だけ覚えてる」
「誰かの手」
「強くて」
「必死な感じ」
私は静かに聞いていた。
紗月は続ける。
「そのまま私は歩道に倒れて」
「車が通り過ぎた」
胸の奥がざわつく。
「そのあと」
紗月は言った。
「私、気を失った」
風が止んだ。
桜のトンネルは静かだった。
私はゆっくり言った。
「……じゃあ」
紗月がこちらを見る。
「その人」
「紗月を助けた」
紗月はうなずいた。
でも。
すぐに顔が曇る。
「でも」
「?」
「警察の人が言った」
紗月の声が低くなった。
「事故の現場に」
「私以外、誰もいなかったって」
私は凍りついた。
「……誰も?」
「うん」
紗月は小さくうなずいた。
「車の運転手と」
「私だけ」
胸の奥で、何かが崩れた。
じゃあ。
この男は——
「……おかしいよね」
紗月が苦笑した。
「でも」
カメラを見つめる。
「この写真」
私は画面を見る。
男の影。
はっきりと写っている。
「いる」
私は言った。
「ここに」
紗月は小さくうなずいた。
そのとき。
カメラがまた鳴った。
ピッ。
二人同時に画面を見る。
新しい写真。
桜のトンネル。
私と紗月。
そして、男。
でも。
今までと違った。
男の位置。
私のすぐ後ろ。
まるで。
私の背中を守るように。
紗月が震える声で言った。
「……近づいてる」
私は何も言えなかった。
確かに。
最初の写真では、男は遠くにいた。
でも。
写真が増えるたびに——
距離が近くなっている。
私は画面を見つめた。
そして。
ふと、気づいた。
「……紗月」
「なに?」
私はゆっくり言った。
「この人」
紗月がこちらを見る。
「最初から」
私は写真を指さした。
「ずっと」
「?」
喉が少し震えた。
「俺の後ろにいる」
紗月が写真を見直す。
一枚目。
確かに遠い。
でも。
位置は同じ。
私の後ろ。
二枚目。
少し近い。
でも。
やっぱり。
私の後ろ。
紗月の顔が青くなる。
「……ずっと」
私はゆっくり言った。
桜の花びらが静かに落ちる。
「俺を見てる」
その瞬間。
カメラが、もう一度鳴った。
ピッ。
新しい写真。
そこには——
桜のトンネル。
私と紗月。
そして。
男。
でも。
今度の写真は違った。
男の顔が。
今までで一番、はっきり写っていた。
紗月が息を止めた。
私は画面を見つめる。
その顔。
どこかで見たことがある。
いや。
知っている。
私はゆっくり言った。
「……思い出した」
紗月が震える声で聞く。
「誰?」
私は写真の男を見つめた。
桜の花びらが舞う。
そして。
言った。
「この人」
胸が強く鳴る。
「……俺の父さんだ」




