8. 草原の膝枕
2体目のスライムは、10分ほど歩いた先にいた。
リルアの手をそっと離した。名残惜しかったけど、片手じゃビンは投げられない。
今度は手順がわかってる。壊れやすいビンの2本目を投げて、短剣で核を突く。残り1本。
ずぶ。ぱきん。
……慣れ、とは言わない。でも1体目よりはマシだった。手の震えも小さくなった。
『手際良くなってない?』
『学習能力たっか』
リルアが「2体目〜!」と両手を上げて喜んでる。後光がぽわぽわ。
『R女神ちゃん応援してるだけなのにかわいいな』
「ひなたちゃん、強い!」
「強くないよ。アイテム様々だよ」
「アイテムの使い方を考えたのはひなたちゃんでしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「じゃあひなたちゃんが強いの!」
反論できなかった。リルアの論理、たまにシンプルに正しくて困る。
◇
3体目。
ここで問題が発生した。
壊れやすいビン、最後の1本。
3本のビンに虚無のポーションを3等分した。つまり、3体が限界。
「……リルア。ビン、あと1本だけ」
「え? もう最後?」
「3本セットだからね。3回で終わり」
Nアイテムのリソース制限。SSRの装備なら1日使っても持つんだろうけど、Nは最初から数が少ない。
3体目のスライムがぷるぷるしながら近づいてくる。こいつは1体目より少し大きい。
最後の1本を投げた。薄いガラスがぱりんと割れて、虚無の霧が散る。
霧がスライムを包む――が、体が大きい分、効きが浅い。動きが鈍るけど、完全には止まらない。
「ちょっと足りない——!」
粘る糸を投げた。足元に絡みつく。でもスライムの力が強くて、糸がみしっと音を立てた。
今にも切れそう。
走った。短剣を抜いて——
「ひなたちゃん、今っ!」
リルアの声が、背中を押した。
スライムに突っ込む。
ずぶん。
深く刺さった。核に触れる。ぱきん。
3体目が崩れた。
「はあ……はあ……」
息が上がってる。足がふらつく。戦闘の緊張と、走った疲労と、手のひらに残るあの感触。
3体倒した。
壊れやすいビン、残りゼロ。粘る糸も使い切った。短剣は使えるけど、サポートアイテムがない状態で戦うのは危険だ。
『3本で3体。ぴったりだけど余裕がない』
『Nアイテム、継戦能力がなさすぎる』
「ひなたちゃん」
リルアが息を切らしてる私の横に立った。戦闘には参加してないけど、一緒に走ったりコンボのタイミングを声で教えてくれたりしてた。
「お疲れさま。3体もすごいよ」
「……うん」
前を見ると、少し離れたところに、4体目のスライムがぷるぷるしていた。
こっちに気づいてはいない。草原でのんびり揺れてる。
倒せるだろうか。
壊れやすいビンはもうない。粘る糸も使い切った。短剣一本で突っ込めば、核を壊せるかもしれない。でもサポートなしだとスライムの体当たりを食らう可能性がある。
ゲームなら突っ込む。スタミナ消費と報酬を天秤にかけて、いけると判断したら攻める。
でも。
リルアの顔を見た。
笑ってる。後光がぽわぽわしてる。でも、よく見ると、額に汗が浮いてる。銀色の髪が少し乱れてる。後光の光量が、朝より少し弱い。
疲れてるんだ。戦ってないけど、ずっと一緒に走って、声を出して、心配して。
「……やめよう」
「え?」
「今日はここまで。3体で十分だよ」
「でも、あと1体……」
「うん。でもビンもポーションもないし、リルアも疲れてるでしょ」
「わ、私は大丈夫だよ? 全然平気——」
「嘘。額に汗かいてる。後光もちょっと暗い」
リルアがはっとして、自分の額に手を当てた。
「……バレてた」
「バレてたよ」
『撤退は甘え』
『いや正解だろ。リソース切れで突っ込むのはダメプレイ』
『正論ニキが味方してる時点で撤退が正しい』
コメント欄も意見が割れてるけど、冷静な判断は「撤退」だ。
ソシャゲーマーはスタミナ管理を知ってる。限界を超えて突っ込んでも、得るものより失うもののほうが多い。
「ごめんね、リルア。もうちょっと行けるかと思ったけど」
「謝らないでよ! 3体も倒したのに! すごいんだよ!」
リルアがぶんぶん首を横に振った。
「帰ろう。明日もガチャ引けるし」
「うんっ! 明日のガチャも一緒に引こうね!」
「……もちろん」
◇
帰り道。
草原を歩きながら、体の疲労がじわじわと効いてきた。
足が重い。腕がだるい。短剣を振ったせいで握力もほとんど残ってない。
「ひなたちゃん、大丈夫?」
「大丈夫……ちょっと疲れただけ」
全然大丈夫じゃない。足がもつれそう。前の世界で運動なんてしてこなかったツケが回ってきてる。
リルアが心配そうに私の顔を覗き込む。
「顔、白いよ?」
「色白なだけ」
「嘘。朝はもうちょっとピンクだった」
なんでそんなに顔色チェックしてるの。
草原の真ん中に、ちょうどいい大きな石があった。リルアがそこに座って、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。
「ひなたちゃん。ここ」
「え?」
「膝」
「膝?」
「膝枕。いいから、横になって」
「い、いやいやいや。別にそこまで——」
「ひなたちゃん。命令」
「命令?」
「女神命令。横になりなさい」
リルアの青い目がきりっとしてた。
……女神命令って、そんなスキルあったっけ。ないよね。
でも、膝はたしかにやわらかそうで、抗議する体力が残ってなかった。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
リルアの膝に頭を乗せた。
やわらかい。あったかい。銀色の髪がカーテンみたいに私の顔の横に垂れてきた。リルアの顔が上から覗いてる。
逆光で後光がぼんやり光って、女神っぽい。初めて女神っぽいかもしれない。
「えへへ。ひなたちゃんの寝顔、見放題」
「寝てないよ。目開いてるよ」
「もう閉じていいよ。休んで?」
リルアの手が、そっと私の前髪を撫でた。
「…………」
あったかい。
風が吹いて、草のにおいがする。空が青い。太陽が暖かい。リルアの膝がやわらかい。後光がぽわぽわ光ってる。
……あれ。
「リルア」
「ん?」
「なんか……体が楽になってきた」
「え?」
「さっきまで足がパンパンだったのに……腕もだるかったのに、ちょっと軽くなってる」
「えぇ? 私、何もしてないよ?」
リルアがきょとんとしてる。本当に何もしてないらしい。ただ膝を貸してるだけ。
でも、確実に回復してる。微弱だけど、体の疲れが少しずつ抜けていく。じわじわと、お風呂に浸かった後みたいな、全身のコリがほぐれていく感覚。
「リルアの近くにいると……回復する?」
「そんなことあるの?」
「あるみたい。今、実感してる」
『え、マジか』
『R女神にヒーラー適性?』
リルアが自分の手のひらを見つめた。
「……私が近くにいるだけで、ひなたちゃんが元気になるの?」
「みたい」
「…………」
リルアの後光が、ぽわ、と。
さっきまでロウソクだったのに。
ぽわぁ、と、暖炉くらいの温かい光が広がった。
「私がいると、ひなたちゃん……元気になるんだ」
その声が、震えてた。
顔を上げると、リルアの目にうっすら涙が浮かんでた。
「え、リルア? 泣いてるの?」
「泣いてない。泣いてないよ」
泣いてる。
「……だって」
リルアが鼻をすすった。
「私、ずっと……何にもできないって思ってたの。戦えないし、応援しても効果ないし、後光はしょぼいし。ひなたちゃんの隣にいるだけで、何にも役に立ててないって」
「リルア……」
「でも、いるだけでいいんだ。近くにいるだけで、ひなたちゃんが元気になるんだ」
涙がぽろっとこぼれた。私の頬に落ちた。あったかい。
「……いるだけで、役に立ってたんだ」
リルアの後光がぽわぽわ明滅してる。嬉しい時の光。揺れてるのは泣いてるから。
「リルア」
「……うん」
「前から役に立ってたよ」
「え?」
「昨日の夜、リルアが隣にいなかったら、私はたぶん怖くて眠れなかった。知らない世界で、知らないベッドで、一人きりだったら」
リルアが目を丸くした。
「ひなたちゃん……怖かったの?」
「……ちょっとだけね」
ちょっとだけじゃなかった。すごく怖かった。でもリルアが腕にくっついて寝てくれたから、なんとかなった。
「私がいたから、眠れたの?」
「たぶんね」
「……えへへ」
リルアが涙を拭いて、笑った。後光がぽわぁっと温かくなった。
「じゃあ、これからもいっぱい一緒にいるね。いっぱい回復してあげる」
「別に回復目的で一緒にいてほしいわけじゃ——」
「えー、じゃあ何目的?」
「それは……その……」
好きだから一緒にいたいなんて言えるわけない。好きって。友達として好き。そう。友達。
「……リルアがいないと、さみしいから」
言ってから、ものすごく恥ずかしくなった。
なにさみしいって。何言ってんの私。
リルアの後光が、ぼわっと爆発した。
「っ……! まぶしっ!」
「ご、ごめんなさい! 嬉しくて光っちゃった!」
草原の真ん中で、後光が太陽みたいに輝いてる。遠くにいたスライムがびっくりしてぷるぷる逃げてった。
「さみしいって言ってくれた……! 私がいないとさみしいって……!」
「だから光を抑えて!? モンスターに見つかっちゃうから!」
「えへへへへ」
リルアがにこにこしながら後光を抑えようとするけど、ぽわぽわ明滅が止まらない。嬉しすぎて制御不能。
『これが百合ですか(入信)』
『R女神のパッシブ回復、百合パワーで増幅してない?』
コメント欄がうるさい。でも今は、不思議と嫌じゃなかった。
◇
リルアの膝枕で30分ほど休んだ。
体の疲労はだいぶ回復して、足取りもしっかりしてきた。
帰り道。夕暮れの草原を、二人で並んで歩く。
「ひなたちゃん」
「ん?」
リルアがごそごそとポケットを探って、何かを取り出した。
元気が出るメッセージカード。朝、使い道がなくてリルアに預けたやつだ。
「はい。これ」
リルアがカードを開いて、私の目の前にかざした。
『いつもがんばっていてえらいね! (Nランク)』
…………。
Nランクの定型文。何の効果もないゴミカード。
「どう、元気になった?」
「……うん。ちょっとだけ」
「ほんと!?」
「ちょっとだけね」
リルアの後光がぽわっとした。嬉しそう。
カードの効果じゃない。リルアが笑ってるから元気になっただけだ。
でもそれは言わない。恥ずかしいから。
『元気が出るメッセージカードの正しい使い方:かわいい女の子に読んでもらう』
『攻略サイトに載せろ』
うるさいなコメント欄。正解だけど。
――翌朝のガチャで出たのは「フレンドポイント」。友人に使えるアイテム。リルアに使ってみた。……効かなかった。
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