6. 最初の10連、回します
深夜0時まで、あと5分。
宿の部屋は暗い。窓から差し込む二つの月の光と、リルアの後光だけが光源。ロウソク程度の明かりの中で、私とリルアはベッドの端に並んで座っていた。
「ひなたちゃん」
「ん?」
「そわそわしてる」
「してないよ」
してた。
今日の深夜0時で、スキル「無料10連ガチャ」が初めて使える。異世界に来て初の10連。出るのは画面の中のキャラじゃなくて、本物のアイテム。
来る。Nの山が来る。9割がNの、あの灰色の絶望が来る。
でも、来ないかもしれない。もしかしたら。
……いや来るな。排出率はエルナさんに伝えた通りだ。期待するな。
「ひなたちゃん」
「ん?」
リルアが、もじもじしている。指先で自分のスカートの裾をぎゅっと掴んで、ちらちらこちらを見てくる。
「あのね……お願いがあるの」
「なに?」
「一緒に……引いてもいい?」
「え?」
「手を、こう、重ねて……一緒にガチャ引きたいの」
リルアが自分の手のひらを見せた。小さくて白い手。後光がちょっとだけ明るくなった。
「私、何もできないから……せめて、一緒にいたいの。一人で引くのは寂しいでしょ?」
……寂しい?
前の世界では、いつも一人でガチャを回してた。深夜0時、自分の部屋で、スマホの画面だけ見つめて。結果が良くても悪くても、報告する相手がいなくて。
SSRが来た時は一人でガッツポーズした。爆死した時は一人で枕に顔を埋めた。
誰かと一緒にガチャを引くなんて、考えたこともなかった。
「……うん。一緒に引こう」
「ほんと!?」
リルアの後光がぱぁっと明るくなった。暗かった部屋に、やわらかい光が広がる。
「えへへ。じゃあ、手を出して?」
私が右手を差し出すと、リルアが両手でそっと包み込んだ。
指先が触れる。
あったかい。
「こうして……一緒にえいって……」
「うん」
リルアが嬉しそうに笑う。後光がぽわぽわ明滅してる。暗い部屋の中で、二人の手が淡い光に包まれている。
……なんだろう、この状況。
ガチャを引くだけなのに、すごく大事な儀式みたいだ。
0時まで、あと1分。
窓の外の二つの月が、少しだけ明るくなった気がした。
◇
0時。
「いくよ、リルア」
「うんっ」
重ねた手に、意識を集中する。スキル「無料10連ガチャ」を発動――
ばちん、と。
手のひらの中で光が弾けた。
虹色じゃない。灰色と、ほんの少しの青。ソシャゲで言うところの「通常演出」。つまり、最高レアは出ません宣言。
知ってた。排出率的に知ってた。でも毎回ちょっとだけ期待する。それがソシャゲーマーの業。
光が10個の球体に分かれた。手のひらサイズの光の球が、部屋の中をふわふわ漂っている。
「わぁ……きれい……」
リルアが目をキラキラさせてる。きれいとか言ってる場合じゃないんだけど。
1個目の球体が弾けた。灰色の光。
ぽとり、と小さな瓶が落ちた。
ラベルには「虚無のポーション」。
……虚無?
2個目。灰色。「粘る糸(強度:弱)」。
3個目。灰色。「壊れやすいビン」。
4個目。灰色。「元気が出るメッセージカード」。
5個目。灰色。「薄い革の端切れ」。
ここまで全部N。灰色の光が5連続。部屋に散らばるゴミの山。
『はい』
『知ってた』
『N90%は嘘じゃなかった(嘘であってほしかった)』
コメント欄が容赦ない。
6個目。灰色。「ほんのり甘い木の実」。食べ物?
7個目。灰色。「壊れやすいビン」。またでちゃった。
8個目。灰色。「よく燃える枯れ葉の束」。焚き付けにしかならなさそう。
9個目。
――ここで、光の色が変わった。
青。
ソシャゲの「R確定演出」と同じ青い光。ほんの一瞬、心臓がぴくっと跳ねた。
R。
ぽとり、と落ちたのは、短い刃物。両手に収まるサイズの、シンプルな短剣。
「短剣(品質:並)」。
短剣だ。ちゃんとした武器が出た。Rだけど、武器だ。
「ひなたちゃん! 青い光!」
「うん、Rだよ。短剣が出た」
「やったぁ!」
リルアが両手を合わせてぴょんぴょん跳ねた。後光がぽわぽわ弾んでる。
……Rの短剣1本で、こんなに喜んでくれる子がいるの。
10個目。灰色。「壊れやすいビン」。
ころん、と小さなビンが転がった。ガラスが薄くて、指で弾いたら割れそう。
◇
結果発表。
N×9、R×1。
確率通り。何の奇跡もない、教科書通りの10連結果。
『N9の確率は38.7%。普通だ』
確率ニキ、数字で殴るのやめて。
『虚無のポーションで草』
『名前が先にネタバレしてる』
『壊れやすいビンって何に使うの? 落としたらすぐ割れそう』
『Nしか出ない配信は伸びない(経験則)』
コメント欄がゴミの山を眺めながら好き放題言ってる。
リルアが床に並んだアイテムを見つめていた。後光がちょっとしょんぼり。
「……ごめんね、ひなたちゃん。いいのが出なかったね」
「いや、十分だよ」
「え?」
私はガチャ結果を見つめていた。
N×9、R×1。ゴミの山。
――の中に、私には見えるものがある。
ゴミに別の使い道を見つける。それが私の特技だ。
虚無のポーション。「飲むと虚無感に襲われる」。
……これ、敵に飲ませたらどうなる?
粘る糸。「強度:弱、粘着力あり」。
切れるけど粘つく。それは……足を止めるのに使えるんじゃ?
壊れやすいビン。3本。
壊れやすい。普通なら欠陥品だ。何を入れてもすぐ割れる、使えないゴミ。
でも——投げて割りたいなら?
壊れやすいことが、利点になる。
虚無のポーションを3本のビンに分けて詰める。投げる。薄いガラスだからぶつかった瞬間に割れて、中身が散る。敵が虚無に襲われて動きが鈍る。そこを短剣で——。
「……ひなたちゃん?」
リルアが覗き込んできた。青い目がきょとんとしてる。
「すごい顔してるよ? 目がキラキラしてて、ちょっと怖い」
「ごめん。ちょっと考えてた」
「考えてた?」
「うん。このゴミの山、使えるかもしれない」
『は?』
『Nアイテムで何する気だ』
コメント民も困惑してる。
私はガチャ結果を並べ直した。
「いい? リルア。虚無のポーションを壊れやすいビンに分けて詰める。3本あるから3体分。投げたらビンが割れて中身が散る。壊れやすいからこそ、ぶつけた瞬間にちゃんと割れてくれる。虚無の霧で敵の動きが鈍ったら、粘る糸を足元に投げる。動けなくなったところに、短剣」
「…………」
「これ、前の世界のゲームでもよくやったやつ。低レアアイテムの連携。単品じゃゴミだけど、組み合わせたら戦術になる」
リルアが、目を丸くしていた。
「ひなたちゃん、すごい……全部ゴミだと思ってたのに……」
「ゴミじゃないよ。使い方を知らないだけ」
我ながらいいこと言った。
『いや待て、本当にいけるのか?』
『理屈は通ってるけど実戦は別だろ』
『虚無のポーションが敵に効くかどうかが問題』
『虚無の状態異常付与率が不明。データなし。怖い』
コメント民の心配はもっともだ。理屈通りにいくかは、やってみないとわからない。
でも。
やってみないとわからないなら、やってみるしかない。
「よし。準備しよう」
「うんっ!」
――虚無のポーション、壊れやすいビン、粘る糸。単品ではゴミ。でも私の頭の中で、それらが一つの「戦術」に組み上がっていく。
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