4. 冒険者ギルドの受付嬢
鑑定が終わった後、廊下でレクトちゃんとすれ違った。
レクトちゃんが立ち止まる。私も立ち止まる。
リルアが私の後ろに隠れる(後光だけはみ出てる)。
「桜庭」
「はい」
「お前のスキル、"無料10連ガチャ"と"コメント欄"と言ったか」
「うん」
「聞いたことがない。鑑定士も首をかしげていた」
「私も首かしげてるよ」
「……先ほどの話。"弱いキャラだけで勝つ方法を見つける"と言っていたな」
聞いてたんだ。
「それは……本当にできるのか?」
レクトちゃんの碧い目が、まっすぐ私を見ていた。
冷たい目じゃなかった。ちょっとだけ――本当にちょっとだけ、興味がある目。
「やってみないとわかんない。でも私、そういうの得意なんだ」
「スキル2つでか」
「スキル2つで。だって、もう引いちゃったから。引いたカードは変えられない。だから手札で戦う」
レクトちゃんが黙った。
碧い目が揺れた気がした。
何か言いかけて、でもやめて、代わりにこう言った。
「……足を引っ張るなよ」
「善処しまーす」
「"しまーす"ではない。もっと真剣に言え」
「善処します!」
「……ふん」
踵を返して歩いていく。
また、耳が赤い。今度ははっきり見えた。白い肌に、ほんのり赤い耳。
後ろからリルアが顔を出した。
「ひなたちゃん」
「ん?」
「あの人、怖いけど……ちょっとだけ、優しいのかな」
「どうだろ。わかんないけど」
「でもひなたちゃんのこと、見てたよ。ずっと」
「え?」
「鑑定の時。ひなたちゃんのステータスが出た時、スキルの名前を最初に読んでたの。それで……ちょっとだけ眉が動いてた」
リルアは天然だけど、たまに鋭い。
「あと、さっきのお話も、廊下の陰でずっと聞いてたよ」
「え、そうなの?」
「セラフィーナちゃんが"レクトさま、壁際で何をされてるんですか?"って聞いたら、"空気を吸っているだけだ"って言ってたの」
壁際で空気を。
……レクトちゃん、それ盗み聞きって言うんだよ。
「ひなたちゃん」
「ん?」
リルアの声が、少し小さくなった。
「あの人……強いよね。スキルも7つあって、女神さまもSSRで、みんなにちやほやされてて」
「うん、強いね」
「……あの人の隣だったら、もっといい冒険ができるのかな」
「え?」
リルアの青い目が、ちょっとだけ揺れてた。
嫉妬とは違う。もっと奥にある、もっと冷たいもの。自分が捨てられるかもしれないっていう、怯え。
余りものの女神。最後に回ってくる。誰にでもつく最低ランク。
その記憶が、リルアの中にはまだ生きてるんだ。
「リルア」
「……うん」
「私はレクトちゃんの隣じゃなくて、リルアの隣がいい」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
「……なんで?」
「なんでって。だって、リルアが私の女神さまだから。それ以外に理由いる?」
リルアが、ぱあっと笑った。後光がぽわっと明るくなった。
「取られたくないな」
「え?」
「ひなたちゃんは、私の勇者さまだから。取られたくない」
リルアがぎゅっと私の腕を掴んだ。
青い目がまっすぐこっちを見てる。冗談っぽくない。本気の目。
「と、取るとか取られるとかじゃないよ? リルアは私の女神さまだよ? それは変わらないよ?」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
「じゃあ、ずっと一緒?」
「ずっと一緒」
リルアがぱあっと笑った。後光がぽわっと明るくなった。
……今の会話、なんかすごく大事な約束をした気がする。
『プロポーズか?』
違います。
◇
ちなみに、着替える時に「見るな」と全力で念じたら、コメント民の視界が遮断された。
『真っ白になった!』
『映像復旧しろ!』
『プライバシー保護機能とかいらん』
いや要るでしょ。トイレでも自動で遮断されるらしい。プライバシー機能、ちゃんとあるじゃん。
◇
王宮を出て、冒険者ギルドに向かう。
外に出ると、異世界の街が広がっていた。昨夜は暗くてよく見えなかったけど、昼間の街は活気に溢れてる。石畳の道に屋台が並び、獣耳の人や、ローブの魔法使い、ごつい戦士がうろうろしてる。
空は青くて、太陽は1つ(月は2つなのに太陽は1つなんだ)で、空気がきれい。
「リルア、行こっか」
「うんっ!」
リルアが嬉しそうに私の隣に並んだ。
そして、当然のように手を繋いできた。指と指を絡めるやつ。
「り、リルアさん?」
「だって、迷子になったら大変だもん」
「手の繋ぎ方がちょっと……」
「ダメ?」
上目遣い。うるうる。後光がしょんぼり。
「ダメじゃない! ダメじゃないです! 行こう!」
「えへへ」
すれ違う人たちが微笑ましそうにこっちを見てる。おばちゃんが「あらあら、仲良しねぇ」って。
「ひなたちゃん。なんだかカップルみたいだね」
「なっ……! カ、カップルって、リルア知ってるの?」
「さっきすれ違った人が言ってたの。"あの二人、カップルかしら"って」
「違うよ! ただの女神と勇者だよ!」
「女神と勇者って、カップルじゃないの?」
「じゃないよ!?」
「そっかぁ。ざんねん」
残念なの?
残念って言ったの今?
『カップルです(断定)』
『手の繋ぎ方が恋人のそれ』
顔が熱い。異世界の太陽のせい。太陽のせいだから。
◇
冒険者ギルドは、街の中心部にある大きな木造の建物だった。酒場みたいな雰囲気。扉を開けると、ガヤガヤと賑わってる。
受付カウンターに向かうと、栗色のポニーテールの女性が座っていた。
制服姿で姿勢がよくて、すらっとしてて、切れ長の目が知的で――。
あ、きれいな人。
「いらっしゃいませ。新規登録ですか?」
「はい。王宮からの紹介状があります」
紹介状を渡すと、受付嬢さんが目を通した。
「……R女神の召喚勇者。スキルは――"無料10連ガチャ"と"コメント欄"」
声に出して読まないでほしかった。周囲の冒険者が数人チラッとこっちを見た。
「エルナ・フォーチュンと申します。この支部の受付を担当しています」
「桜庭ひなたです。よろしくお願いします」
「桜庭さん。一つ聞いてもいいですか」
「はい」
「"ガチャ"というのは……もしかして、毎日引けるタイプですか?」
……ん?
目の奥で何かに火がついたような。
「え、はい。毎日0時に10連が引けます」
「10連……!」
エルナさんの声が裏返った。事務的な仮面が剥がれて、別人みたいな表情になった。
「排出率は……?」
「N90%、R9.994%、SR0.005%、SSR0.001%です」
「0.005……! SR0.005……!」
エルナさんが両手でカウンターを掴んだ。身を乗り出してきた。近い。顔が近い。切れ長の目がキラキラしてる。
『なんだこの受付嬢』
『急にスイッチ入ったぞ』
「天井はありますか? ピックアップは? 期間限定は?」
「えっと、たぶんなくて……」
「天井なしの0.005%……。それは、ロマンですね」
「ロマンっていうか地獄っていうか」
エルナさんが咳払いをして、事務的な顔に戻る。……戻りきれてない。
「失礼しました。私事ですが、前世で……いえ、なんでもありません」
今「前世」って言いかけたよね?
エルナさんの目がほんの一瞬だけ遠くなった。懐かしいものを思い出してるような、それでいて少しだけ痛そうな目。
「あの、エルナさん。もしかして――」
「い、いえ! なんでもありません。忘れてください」
エルナさんが咳払いをして、事務的な顔に戻った。……戻りきれてない。目の奥にまだ、さっきの熱が残ってる。
ソシャゲの排出率を聞いた時の食いつき方。「前世」という言葉。あの目。
この人、絶対に何かある。
でも今は追求しないでおこう。初対面で踏み込みすぎるのはよくない。ソシャゲーマーの勘が「この人は味方だ」と告げてるから、それでいい。
エルナさんの目がやわらかくなった。切れ長の目に、ほんの少しだけ親しみが滲んでる。
「……桜庭さん。排出率を聞いただけなのに、こんなに嬉しいのは初めてです」
「え?」
「い、いえ! 今のは忘れてください。と、とにかく! 登録を進めましょう」
頬がほんのり赤い。
この人、仮面の下にすごい熱量を隠してるタイプだ。
リルアの後光が、ちょっと暗くなった。
横を見ると、リルアがむぅっとした顔をしていた。
「……ひなたちゃん、あの人と盛り上がってたね」
「ガチャの排出率の話しただけだよ?」
「はいしゅつりつ……? 私の知らないお話で盛り上がってた……」
後光がさらにしょんぼり。
「リルアにも今度教えるから。ね?」
「……ほんと?」
「ほんと」
後光がじわっと戻った。嫉妬バロメーター、敏感すぎない?
――ギルドの窓口で、エルナさんが差し出してきたカードは、全体が灰色だった。
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