3. スキル2個って何ですか?
異世界召喚2日目の朝は、顔に当たるやわらかい感触で始まった。
もふ、と。
「……んん」
目を開けると、視界いっぱいに銀色の髪が広がっていた。
リルアだ。
昨夜、隣のベッドで寝ていたはずの女神さまが、いつの間にか私のベッドに潜り込んで、私の腕を抱き枕にしている。
すぅ、すぅ、と穏やかな寝息。後光が寝ぼけてぼんやり明滅してる。
顔が、近い。
まつげ長いな……。肌きれいだな……。唇ちっちゃくてかわいいな……。
って何をじっくり観察してるの私は。
「……リルア。朝だよ」
「んぅ……あと5分……」
「女神さまが二度寝するの?」
「ひなたちゃん、あったかい……もうちょっと……」
ぎゅっ、と腕への抱きつきが強くなった。
やわらかい。あったかい。甘い匂いがする。
……朝から心臓に悪いんだけど。
◇
なんとかリルアを起こして、顔を洗って(リルアは水が冷たくてきゃーきゃー言ってた。かわいかった)、着替えて、朝食をもらった。
リルアはパンを両手で持って小動物みたいに食べてた。かわいかった。
いよいよ本日のメインイベントに向かう。
王宮の鑑定室。
正式にスキルと能力を鑑定してもらう儀式だ。
◇
鑑定室は広い部屋で、中央に魔法陣が描かれている。その前にローブ姿の老人が座っていた。王宮鑑定士のモルドさん。白くて長いひげが床につきそう。いかにもファンタジーのおじいちゃん。
そして――鑑定室には、先客がいた。
レクト・ヴァルシュタイン。
白銀の鎧が鑑定室の光を反射して、朝からまぶしい。
その隣に、セラフィーナ。レクトのSSR女神。
昨日の召喚の間でも見たけど、今日はリルアの後輩としての姿を知ってるから、余計に気になる。
セラフィーナがこちらに気づいた。
「あ、リルア先輩! おはようございます!」
ぺこり、と深々とお辞儀。SSR女神がR女神にお辞儀してる図、相変わらず絵面がおかしい。
「お、おはよう、セラフィーナちゃん……」
「先輩、昨夜はよく眠れましたか? 客間のベッドが硬くなかったですか? 何かお困りのことがあったら、私に言ってくださいね」
先輩の体調を気遣い、不便がないか確認し、困りごとの相談まで買って出る。
できる後輩すぎる。
リルアが小声で私に言った。
「……セラフィーナちゃん、昔からああなの。なんでも上手にこなして、みんなに頼りにされて……すっごくいい子なの」
「うん、いい子だね」
「いい子だから余計につらいの……」
わかる。嫌な人なら「あの人嫌い」で済む。でもいい子だから、負けてる自分が惨めになるしかない。
私はリルアの手をぎゅっと握った。
「大丈夫。リルアにはリルアのいいところがあるから」
「……あるかな」
「あるよ。少なくとも、寝顔は世界一かわいい」
「ね、寝顔!?」
リルアが真っ赤になった。後光がぽわっと明るくなる。
セラフィーナがそれを見て、ふわっと微笑んだ。
「……リルア先輩、いい勇者さまですね」
嫌味じゃない。心からそう思ってる目だった。
いい子だ。ほんとにいい子だ。
だからつらいんだけどね。
◇
レクトがこちらを見た。碧い目が一瞬だけ私を捉えて、すぐに逸らされた。
「……来たか」
「おはよう、レクトちゃん」
「……ちゃん?」
レクトちゃんの眉がぴくっと動いた。
「私を"ちゃん"付けで呼ぶ者は初めてだ」
「ダメ?」
「……好きにしろ」
ぷいっと横を向いた。耳がちょっと赤い。
……気のせいじゃないよね、それ。
◇
鑑定はレクトちゃんから始まった。
モルドじいさんが杖を掲げると、レクトちゃんの頭上に光の画面――ステータスウィンドウが展開された。
でかい。
画面がでかい。
◇
**【レクト・ヴァルシュタイン】**
女神ランク:SSR
スキル数:7
1. 全属性魔法
2. 聖剣術
3. 飛行
4. 結界
5. 強化身体
6. 鑑定
7. カリスマ
ステータス:全項目A以上
◇
モルドじいさんがスキルを一つずつ読み上げるたびに、騎士団の人たちがどよめく。
「全属性魔法……!」
「聖剣術に飛行まで……!」
「なんという逸材……!」
レクトちゃんは腕を組んで涼しい顔。でもちょっとだけ口角が上がってる。
スキルが画面いっぱいに並んでて、ステータスも全部高くて、背景に金色のエフェクトがかかってる。SSRキャラの詳細ページそのもの。
セラフィーナが「さすがレクトさまです」とにこにこ拍手している。後光がレクトのステータス画面をさらにキラキラ照らしてる。演出過剰。
……泣かないもん。泣かないけど、見るのがちょっとつらい。
◇
「では次に、桜庭ひなた殿」
モルドじいさんが私を呼んだ。
魔法陣の中央に立つ。杖が掲げられて、私の頭上にもステータスウィンドウが展開された。
――小さい。
画面が小さい。
レクトちゃんのが50インチテレビだとしたら、私のはスマホ画面。
◇
**【桜庭ひなた】**
女神ランク:R
スキル数:2
1. 無料10連ガチャ
2. コメント欄
ステータス:全項目C〜D
◇
しん、と。
部屋が静まり返った。
レクトちゃんの時のどよめきが嘘みたい。
モルドじいさんがステータス画面を見て、目をこすった。もう一回見た。首を傾げた。もう一回杖を振った。
画面は変わらない。
「……桜庭殿」
「はい」
「スキル……2つ、ですな」
「2つです」
「無料10連ガチャ……コメント欄……」
声に出して読まないでほしかった。
その時だった。
脳内に、文字が流れた。
右から左に、すーっと。ニコ●コ動画みたいに、文字がスクロールしていく。
『スキル2wwwwww』
……何これ。
何これ何これ何これ。
『404 Not Found』
『スキル欄がメンテ中(※終了未定)』
誰かが私の視界を見てて、それにリアルタイムでコメントしてる。匿名のコメントが、次々と脳内を流れていく。まるで配信者と視聴者の関係。
これが「コメント欄」? 名前を読み上げた瞬間に起動したの?
うるさい。うるさいけど、今はそれどころじゃない。
モルドじいさんが大臣の方を見た。大臣が王さまの方を見た。王さまが天井を見た。
全員、目を逸らしてる。
怖い、と思った。
恥ずかしいんじゃない。いや恥ずかしいけど、それ以上に怖い。
昨夜、リルアに「スキル2個でも使い方次第で化けるかもしれない」って偉そうに言った。低レア攻略は私の得意分野だって。
でもそれはゲームの話だ。
リセットボタンがあって、やり直せて、失敗してもスマホを閉じれば済む世界の話。
ここにはリセットがない。ゲームオーバーは本当の死だ。
スキルが2個しかないって、ここでは、死ぬかもしれないってことだ。
「あの」
モルドじいさんが向き直った。
「老体の目が衰えたのかと思いましたが……本当に2つ、ですかな?」
「2つです」
「何か隠しスキルなどは……」
「ないです」
「覚醒条件を満たすと増えるとか……」
「たぶんないです」
「…………」
おじいちゃんの哀れみって地味に刺さるんだよなぁ。
スキル欄の余白が悲しい。レクトちゃんの画面はスキルで埋め尽くされていたのに、私の画面は「1. 無料10連ガチャ」「2. コメント欄」の下が全部空白。
「せめて……空いてるところに"Coming Soon"って書いといてくれないかな」
「かみんぐすーん……?」
「あ、こっちの話です」
コメント欄がまだ止まらない。さっきからずっと流れ続けてる。
『課金すれば増えるんじゃね?(課金要素ない)』
『下半分が広告スペースに見える』
広告スペースは言い過ぎ。……いや否定できない。
セラフィーナが心配そうな顔でリルアに駆け寄った。
「リルア先輩……大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫」
「先輩の勇者さまのスキルが2つなのは、先輩のせいじゃないですからね! Rランクの付与上限って確か2つだから、先輩は上限いっぱいまで付与してるんです! むしろ満点ですよ!」
フォローしてくれてる。一生懸命フォローしてくれてる。
でもセラフィーナちゃん。あなたの勇者さまのスキルが7個なの、この部屋の全員が知ってるの。「2つで満点」って褒められると、7個との差が余計に浮き彫りになるの。
リルアの後光がしゅんと暗くなった。
セラフィーナが「あ……ごめんなさい……」と慌てた。悪気がないのがわかるから、誰も責められない。
この空気、つらい。
リルアが私の横で小さくなっている。
「ごめんね……ごめんね、ひなたちゃん……」
声が震えてた。
「私がもっと強い女神だったら……もっとたくさんスキルをあげられたのに……」
「リルア」
「……はい」
「ねぇ、リルア。私ね、前の世界でゲームをたくさんやってたの」
「……げーむ?」
「うん。しかもね、強いキャラを使わないで、弱いキャラだけで勝つのが得意だったの」
リルアがきょとんとしてる。セラフィーナも首を傾げてる。レクトちゃんだけ何故か聞き耳を立ててる。
「みんなが"無理でしょ"って言う編成で、勝ち方を見つけるの。それが一番楽しかった」
「弱いキャラだけで……?」
リルアの目が、少しだけ変わった。
「スキルが2個でも、使い方次第で化けるかもしれない。それを考えるのは、私の得意分野だから」
「ひなたちゃん……」
「だから、ごめんねって言わなくていいよ。むしろ燃えてきた」
口にしたら、自分の中の怖さがちょっとだけ薄まった。
嘘じゃない。半分は強がりだけど、半分は本気。残りの半分は――怖い。すごく怖い。でもリルアの前で怖い顔はしたくない。
低レア攻略のゾクゾク感を、私は知ってる。正攻法じゃ絶対勝てない相手に、工夫と発想で穴を見つける。あの快感は、SSRを引いた時とはまた違う種類の喜びだ。
……ゲームでは、ね。現実で通用するかは、わからないけど。
リルアが、ふわっと笑った。
「……ひなたちゃんって、すごいね。何があっても、前を向いてるね」
「前を向いてるっていうか……ガチャ運がないから横道を探してるだけだよ」
「その横道を見つけるのがすごいんだよ」
……ちょっとだけ、泣きそうになった。
怖い。本当は怖い。でもリルアがそうやって笑ってくれるなら、もうちょっとだけ強がっていられる。
リルアは気づかなかったみたいだけど、セラフィーナが紫の瞳を細めて、小さく頷いていた。
――鑑定の後、廊下でレクトちゃんが立ち止まった。碧い目が——初めて、冷たくなかった。
お読みいただきありがとうございます!
★評価がまだの方、★をつけていただけると本当に嬉しいです!
★評価はランキングに直結するため、作品が多くの方に届くかどうかを左右します。
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、★だけでもぜひお願いします!
ブックマークもまだの方はぜひ!更新通知が届きます。




