009: 孤児院の中抜き率9割!? 腐った商会を『デバッグ』します
※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。
「……ふぅ。これで片付けはおしまいですね」
散乱していたガラス片や商品をあらかた片付け終え、ミーナさんが額の汗を拭った。
修復したランタンは、店の奥の最も目立つ棚に鎮座している。その輝きは、先ほどの騒動が嘘のように穏やかだ。
「本当に、なんととお礼を言ったらいいか……。商品だけじゃなく、私の気持ちまで修復してくれたようだわ」
ミーナさんが深々と頭を下げる。
私は椅子に腰掛け、出された茶を一口啜った。
「気になさらないでください。壊れたものを直すのは、私の趣味みたいなものですから」
「それでも、です。……プロミネさんが『革命』とおっしゃった意味が、ようやく分かりました」
彼女は尊敬の眼差しを向けてくる。
リエルも「でしょでしょ!」と自分のことのように鼻高々だ。
だが、問題の根源は解決していない。
私はカップをソーサーに置き、本題を切り出した。
「ところで、ミーナさん。先ほどの男たちが言っていた『ショバ代』……でしたか。あれは一体どういうことなんです?」
その単語が出た瞬間、ミーナさんの表情が曇った。
プロミネさんも、苦虫を噛み潰したような顔で腕組みをする。
「……あれは、名目上は『市場保安協力費』と呼ばれているものです」
「保安協力費?」
「ええ。カステッロ商会は、この地区の土地権利と市場の管理権を、王家から正式に委託されているんです」
ミーナさんが悔しげに語り始めた。
本来、市場の治安維持や清掃は国の管轄だ。だが、国の財政難により、王都の有力な商会であるカステッロ商会が名乗りを上げ、その業務を代行しているのだという。
「建前は『商人たちが安心して商売できるように守る』ための費用です。ですが、その額は法外で……実態はただの『場所代』の徴収です」
「払わなければ?」
私が短く尋ねると、ミーナさんは視線を落とした。
「今日のように、ゴロツキが現れて店を荒らします。『協力費を払わないから警備が行き届かず、治安が悪化した』という言い訳をつけて」
「なるほど。自分たちで火をつけておいて、消火代を請求するマッチポンプというわけですか」
私は冷ややかに呟く。
法的ギリギリのラインで、経済を首輪で繋ぐやり方だ。暴力よりも質が悪い。
組織の内部に入り込み、栄養を奪い続ける寄生虫のやり口そのものだ。
「この歪な構造の犠牲になっているのは、私たち商人だけじゃありません」
プロミネさんが、重い口を開いた。
「特に深刻な被害を受けている場所のひとつが……『リリィ孤児院』でしょうな」
「孤児院、ですか?」
聞き覚えのない名前に、私が首を傾げる。
ミーナさんが悲痛な面持ちで頷いた。
「はい。実は私、そこの出身なんです」
彼女は孤児院で育ち、魔道具職人を志していたが、今はプロミネ商会で働いているという。
「私がいた頃は国営で、質素ながらもお腹いっぱい食べられました。シスターや周りのみんなも笑顔が絶えなくて……。でも、1年前に運営が民間委託に切り替わってからは、地獄のような有様です」
カステッロ商会は「慈善事業」として、孤児院の運営にも名乗りを上げたんだそうだ。
だが、実際に彼らの管理下に入るととたんに酷くなったらしい。
「国からは、子供一人あたり銀貨20枚という、十分な助成金が出ているはずなんです。それなのに、今の孤児院にはその1割も届いていません」
「1割……。残りの9割はどこへ?」
「『運営指導料』『組合会費』『緊急対策積立金』……。カステッロ商会が、もっともらしい名目をいくつもつけて中抜きしているんです」
ミーナさんが拳を握りしめる。
「シスターたちが町のお役人さんや衛兵に抗議しても、『物価高騰で食料が確保できない』の一点張り。嫌なら出て行けと脅されて、子供たちを人質に取られているようなものです」
子供たちは常に腹を空かせ、設備はボロボロ。
着る服すら満足に支給されず、ツギハギだらけの服で寒さを凌いでいるという。
(エコー、照合開始)
『検索中……。ログ参照。対象:入城時に接触した修道女、シスター・エミナ。および同乗していた孤児たちの生体データ』
私の脳裏に、城門前での出来事がフラッシュバックする。
壊れかけた馬車。必死に謝るシスター。そして、荷台に乗っていた痩せこけた子供たち。
『馬車の積載量と子供たちの栄養状態指数(BMI)、および衣服の損耗率……。ミーナの証言と合致します。』
情報が線で繋がった。
あのシスターが、ボロボロの馬車で走らなければならなかった理由。
物理的な貧困ではない。
誰かの欲望によって作られた、人為的な飢餓だ。
「……許せないっ!」
隣で聞いていたリエルが、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
その瞳には涙が浮かんでいるが、それ以上に強い怒りの炎が宿っている。
「小さい子たちのご飯を奪うなんて、絶対に許せない! そんなの、商売じゃないよ! ただの泥棒じゃない!」
「落ち着いて、リエル」
私は彼女の肩に手を置き、座らせる。
だが、私の腹の底にも、冷たく重い怒りが沈殿していた。
非効率だ。あまりにも非効率で、醜悪だ。
未来ある子供たちのリソースを搾取し、肥え太るだけの寄生虫。
そんな歪みが、今いるこの国の中心で当たり前のようにのさばっている。
「アルス……。あたし、あの子たちを助けたい。美味しいものをいっぱい食べさせてあげたいよ!」
リエルが私を見上げて訴える。
プロミネさんも、ミーナさんも、期待と不安が入り混じった目で私を見ていた。
「ええ、同感です」
私は静かに頷いた。
「ですが、正面から殴り込んでも意味がありません。彼らは『王家との契約』や『法』を盾にするでしょう。単純に暴力を振るうだけでは、こちらが悪者にされて終わりです」
「じゃあ、どうするの?」
「もっと効率的にいきましょう」
私はニヤリと笑った。
それは研究者時代、難解なエラーの原因を特定した時に浮かべていた、狩人の笑みだ。
「彼らが隠している『不正の証拠』を白日の下に晒し、彼らが守ろうとしている『既得権益』を、根底から崩壊させます」
◇◆◇
プロミネさんが用意してくれた宿の客室で、私は窓の外に広がる王都の夜景を見下ろしていた。
煌々と輝く貴族街の明かりと、その奥にある暗く沈んだスラムとの対比。
この街は病んでいる。
「エコー、作戦立案だ」
『了解。目的:カステッロ商会の資金フローの解明、およびリリィ孤児院の救済。推奨プラン……』
視界にウィンドウが展開される。
敵の急所はどこか。
金だ。そして、信用だ。
彼らが不正に得ている金を断ち、彼らが掲げている偽りの信用を剥ぎ取れば、組織は自壊する。
「まずは情報の非対称性を解消する。……彼らの帳簿と、実際の物流データの食い違いを視覚化してやる」
私はスッと右手を掲げ、空中に指を走らせた。
不可視のオーケストラを導く指揮者のように。
リズミカルに動く指の軌跡に合わせて、大気中のマナが反応し目の前の画面が高速で遷移する。
詠唱も杖もいらない。必要なのは、この指先が紡ぐ最適解だけだ。
「明日から忙しくなるぞ」
この国に巣食う最大の病巣、カステッロ商会。
今度は一つ一つの商品ではなく、この国全体を『修理』する。




