007: 王都到着。車軸をカーボンナノチューブ構造に書き換える
※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。
王都の北側に位置する、巨大な石造りの大聖堂。
外の喧騒を拒絶するように、窓のない執務室は重苦しい静寂に包まれていた。
その部屋の主、聖典教会の最高司祭アダルバは、分厚い羊皮紙の書物を静かに閉じた。
「……報告は、真か」
問いかけられた若い神官が、青ざめた顔で床に膝をつく。
「は、はい。東方の辺境にて、大気中のマナが異常な励起反応を示しました。聖典の記述にはない、極めて異質な波形です」
アダルバは椅子に深く腰掛け、虚空を見つめた。その灰色の瞳には、感情の色が一切浮かんでいない。
「聖典に記されぬ力……。無から有を生み出すような力であれば、神の理への冒涜に他ならん」
「直ちに異端審問官を派遣いたしますか?」
「焦るな。まずは『浄化』の準備を整えよ」
アダルバは立ち上がり、白銀の杖を手に取った。杖の先端には、加工されていない無骨な原石が嵌め込まれている。
「世界に生じた『汚れ』は、跡形もなく拭い去らねばならん。……それが、民のための慈悲というものだ」
◇◆◇
私たち一行を乗せた馬車は、長い旅路を終えてエテルナ王国の王都に到着していた。
「うわぁ……! すごい人! それに壁が高いっ!」
馬車の窓から顔を出して、リエルが歓声を上げる。
目の前には、空を突くような巨大な城壁と、そこへ吸い込まれていく長蛇の列があった。
「はっはっは。驚きましたかな、リエルちゃん。これでも今日は空いている方ですぞ」
向かいの席で、プロミネが目尻を下げて笑う。
「ここが王都……。さすがに活気があるな」
私も窓の外を眺めた。
行き交う人々の服装、荷馬車の積荷、衛兵の装備。視界に入るものすべてに情報タグが表示され、エコーがバックグラウンドで高速処理を行っている。
『解析中……。建築様式:中期ロマネスク風。人口密度:高。衛生状態:Cマイナス』
(衛生状態が悪いな。下水処理のシステムが追いついていないのか)
そんなことを考えていた、その時だった。
バキィッ!!
前方の列から、木が裂けるような嫌な音が響いた。
「きゃっ!?」
リエルが身をすくめる。
見ると、私たちの数台前にいた古ぼけた馬車が、大きく左に傾いていた。どうやら車輪の車軸が折れてしまったらしい。
荷台に乗っていた子供たちが「わーん!」と泣き出し、周囲が騒然となる。
「おい! 何やってんだ! 邪魔だぞ!」
検問を行っていた衛兵が、槍の柄で地面を叩いて怒鳴った。
その馬車から慌てて降りてきたのは、黒い修道服に身を包んだ女性だった。
「も、申し訳ありません! すぐに……すぐに動かしますから!」
彼女は必死に頭を下げているが、折れた車軸は完全に地面に接地しており、人力で動かすのは不可能に見えた。
衛兵は苛立たしげに舌打ちをする。
「動かすって、どうやるんだよ! 後ろがつっかえてんだ。さっさと道の脇に寄せろ! できないなら荷物を捨てていけ!」
「そ、そんな……! この子たちと、大切な荷物が……」
女性は泣きそうな顔で、衛兵と馬車を交互に見ている。
その様子を見て、リエルが私の袖を引いた。
「ああっ、大変! アルス、助けてあげて!」
「……このまま待つより、直してしまったほうが早そうだ」
私は小さく溜息をつくと、馬車を降りた。
「プロミネさん、少し時間をくれ」
「おや、さっそく商売道具の出番ですかな? お任せしますぞ」
プロミネはニヤリと笑って送り出してくれた。
私は騒ぎの中心へと歩み寄る。衛兵が私に気づき、眉をひそめた。
「あ? なんだお前は。子供が遊び場にする場所じゃねえぞ」
私は衛兵を無視して、傾いた馬車の車軸の前にしゃがみ込んだ。
(エコー、スキャン開始。損傷箇所の特定と、修復プランの提示を頼む)
『了解。対象:木製車軸。原因は経年劣化および過積載による金属疲労です。修復プランC:分子結合による再構築、および構造強化を実行します』
視界に、折れた車軸の断面図がワイヤーフレームで表示される。
腐食した木材と、錆びついた金具。これらをただ繋げるだけでは、またすぐに折れるだろう。
(やるなら、徹底的に最適化するか)
私は折れた車軸に右手を添えた。
「構成定義。……カーボン・ナノチューブ構造、模倣」
私の手から、青白い幾何学模様の光が走る。
それは魔法陣のような神秘的な光ではない。数式と図面が高速で明滅する、デジタルな輝きだ。
バシュッ!
短い音と共に、光が収束する。
次の瞬間、折れていたはずの車軸は一本に繋がり、それどころか新品のような艶を放っていた。
さらに、車輪と車軸の間には、この世界には存在しないはずの「板バネ」のような構造が追加されている。衝撃吸収用のサスペンションだ。
「な……っ!?」
衛兵が口をあんぐりと開けて固まっている。
私は立ち上がり、軽く手を払った。
「修理完了だ。ついでに揺れも少なくなっているはずですよ」
修道服の女性が、信じられないものを見る目で私を見つめていた。
「神よ……。あなたは神の使いですか? このような奇跡を……」
彼女は涙ぐみ、胸の前で手を組んでいる。
「ただの通りすがりだ。……怪我がなくてよかったな、シスター」
私がそう声をかけた、その瞬間だった。
「シスター」と呼ばれた女性の顔が、カッと赤く染まった。
「は、はい……ッ! シスターです、私はシスター・エミナです……!」
彼女は体を震わせ、恍惚とした表情を一瞬浮かべた。
まるで、その言葉を待ち焦がれていたかのように。あるいは、その肩書きに何よりの価値を感じているかのように。
『…………』
脳内で、いつもなら即座に人物情報を読み上げるエコーが、不自然な沈黙を挟んだ。
(エコー? どうした?)
『……いえ、なんでもありません。対象の心拍数が異常値を記録しましたが、現在は安定しています』
エコーの歯切れの悪い反応に違和感を覚えたが、追及する必要もないだろう。後ろの行列が詰まっているしな。
「あ、あの! 何かお礼を! 私にできることなら何でも……王都の案内くらいなら!」
エミナと名乗った女性が、食い下がってくる。
だが、私は自分の馬車の方を親指で指した。
「気持ちだけで十分だ。案内役なら優秀な商人がいるし、対価を求めるほどの労力も使っていない」
「あ……そうですか……。では、神のご加護を」
エミナは名残惜しそうに何度も振り返りながら、修理された馬車に乗り込んだ。
動き出した馬車は、以前よりも格段に滑らかに、音もなく石畳を進んでいく。
「アルス、すごーい! やっぱり魔法使いなんだね!」
戻ってきた私に、リエルが目を輝かせて飛びついてきた。
「ただの物理的な修復作業だよ。……さあ、行こうか」
私は何事もなかったかのように馬車に乗り込んだ。
こうして、私たちは王都への入城を果たした。
◇◆◇
城門をくぐると、そこは人と物が溢れかえる大都会だった。
石造りの建物がひしめき合い、メインストリートには露店が並び、活気のある声が飛び交っている。
「うわぁ〜! 見てアルス! あんな大きな建物があるよ!」
リエルはお上りさん全開で、窓に張り付いてはしゃいでいる。
「ふふっ、王都は初めてですか。賑やかでしょう」
プロミネが満足げに頷く。
「まずは、我がプロミネ商会の『王都支店』へご案内しましょう。そこをこれからのアルス殿たちの拠点として使っていただければと思います」
馬車はメインストリートを外れ、少し入り組んだ職人街の路地へと入っていった。
やがて、一軒の手入れの行き届いた石造りの建物の前で馬車が止まる。
掲げられた看板には、シンプルに『プロミネ商会・王都出張所』とだけ記されていた。
「ここです。ここを任せているミーナ君は若いが、目の利く優秀な商人でしてな。私の部下の中でも特に……おや?」
馬車を降りようとしたプロミネの足が止まる。
店の前が騒がしい。
ガラの悪そうな数人の男たちが、商会の建物の入り口を塞ぐように立っていた。
その中心で、エプロン姿の若い女性が、気丈にも男たちを睨みつけている。
片眼鏡をかけた、知的な美人だ。彼女がプロミネの言っていた部下、ミーナだろう。
「おいミーナ、今月の『ショバ代』が足りねえぞ。カステッロ商会のシマで商売させてやってるんだからよぉ」
男の一人が、下卑た笑いを浮かべて凄む。
「不当な要求です! 我がプロミネ商会はギルドの正規規定に基づいて納税も済ませています! これ以上営業を妨害するなら、衛兵を呼びますよ!」
ミーナの声はわずかに震えていたが、引く様子はない。彼女は片眼鏡の位置を指で直し、毅然と言い放つ。
「へっ、衛兵だと? 俺たちのバックに誰がいるか分かってんのか? お前みたいな新参の商会が、この街でデカい顔できると思うなよ!」
男が手を伸ばし、店先に並べられていたワゴンを蹴り飛ばした。
ガシャン、と商品が地面に散らばり、何かが割れる音がする。
「ああっ! 商品は商会の命です! 何をするんですか!」
ミーナが悲鳴を上げ、散らばった商品をかばうようにしゃがみ込む。男たちはそれを嘲笑うように囲み始めた。
私はその光景を、冷めた目で見つめていた。
(……まったく、王都の中でもまたトラブル発生か)
王都の光と影。どうやらこの街は、華やかな表通りだけでなく、腐敗した裏側も抱えているらしい。
特に、あの「カステッロ商会」という名は、ここに来るまでの情報収集で何度か耳にしていた。既得権益にしがみつく、この街の古いシステム(バグ)の象徴のような存在だ。
「プロミネさん、あれがこの街の『商習慣』ですか?」
私が尋ねると、プロミネは苦虫を噛み潰したような顔で首を横に振った。
「とんでもない! あれはカステッロ商会の手先、ただのゴロツキどもです。古参の権威を笠に着て、我々のような新興の商会から搾取する寄生虫のような連中です」
「なるほど。寄生虫なら、駆除が必要ですね」
私はローブの裾を翻し、一歩前へ出た。
「アルス?」
リエルが心配そうに私を見る。
「……このまま待つより、片付けてしまったほうが早そうだ」
私は短くそう呟くと、騒ぎの中心へと歩み寄った。
「掃除の時間だ、エコー」
『了解。コンバットモード、起動。対象4名、脅威度判定……Eランク。非殺傷制圧プランを推奨します』
視界の中で、男たちに赤いターゲットマーカーが重なる。
予測演算が弾き出した最適解が、光の線となって私の足元から男たちへと伸びていた。
この王都で私がやるべき最初の仕事は、どうやら拠点前の虫退治のようだな。




