006: 「君が必要だ」 少女をパーティに加えて王都へ
※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。
翌朝。
東の空が白み始め、冷ややかな朝霧がピーナッツ村を包み込んでいた。
村の入り口には、プロミネの率いる商会の馬車が停まっている。荷台には、私が「生成」していた高品質な小麦や、保存食に加工した野菜などが積み込まれていた。これらは王都でのサンプル、および商談の材料となる予定だ。
村人たちが総出で見送りに来てくれている。村長のガーメルン、そしてレイルおばさんの姿もあった。
だが、そこに肝心の人物の姿がない。
「おや? アルス殿。あのリエルちゃんが見当たりませんが……」
御者台で手綱を握りながら、プロミネが不思議そうに首を傾げた。
私も周囲を見回す。金髪の少女、リエルの姿はどこにもなかった。昨晩、あんなに「またね」と笑顔で約束したというのに。
「レイルさん。リエルは?」
私が問いかけると、レイルおばさんは困ったように眉を下げ、視線を逸らした。
「……あの子、合わせる顔がないって。本当は行きたいくせに、自分じゃアルス君の邪魔になるって思い込んで、部屋に閉じこもっちまって」
「邪魔、か」
私は小さく溜息をついた。
昨夜の彼女の様子を思い出す。寂しそうな笑顔。そして「もっと魔法を見たかった」という言葉。
彼女は自分が足手まといになることを恐れている。私の魔法があまりに規格外であるがゆえに、隣に立つ自信を失ってしまったのだろう。
「プロミネさん、すまないが出発を少し待ってくれないか。忘れ物を回収してくる」
「はい、構いませんよ」
プロミネが少しニヤついたように見えたが、そんなこと気にしない。
私は村人たちの輪を離れ、駆け出した。
部屋に閉じこもっている? いや、あの子の性格なら、じっとしていられないはずだ。
(エコー、広域索敵。リエルの生体反応を探せ)
『了解。……検索中……。対象発見。村はずれ、北東の森との境界付近です。案内を開始します』
「やっぱりな」
私は強化された脚力で地面を蹴った。景色が後方へと飛び去っていく。
◇◆◇
村はずれの森の入り口。
リエルは巨木の根元に座り込み、膝を抱えていた。
遠くから、馬車のいななきが聞こえる。もうすぐ、アルスは行ってしまう。
「……ううっ、バカみたい。あたし」
本当は一緒に行きたかった。
王都に行って、広い世界を見てみたかった。
でも、アルスはすごすぎる。あんな魔法、見たこともない。
自分なんかがついて行っても、お荷物になるだけだ。そう自分に言い聞かせて、見送りにも行かずに逃げ出してしまった。
「さよなら、アルス……」
涙を拭い、立ち上がろうとした、その時だった。
ガサガサッ!!
背後の茂みが激しく揺れた。
リエルが振り返ると同時に、自分の体の2まわり以上大きい黒い塊が飛び出してきた。
巨大な牙と、血走った目。
「ワイルドボア」だ。凶暴な猪の魔物で、突進力は岩をも砕くと言われている。
「なんでこんな村に近い場所にっ!?」
リエルは慌てて杖を構える。心臓が早鐘を打つ。
「風よ、刃となりて……!」
震える唇で詠唱を紡ぐ。だが、恐怖で言葉が詰まる。イメージがまとまらない。
ボアが地面を蹴り、猛スピードで突っ込んでくる。
(ダメ、間に合わない……!)
死の予感が背筋を走る。リエルはギュッと目を閉じた。
バチチチチッ!!
雷鳴のような音が、森の静寂を切り裂いた。
衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、目の前でボアが硬直していた。
全身に紫色の電気が走り、痙攣している。そして、ドサリと横倒しになった。
「……無力化完了。エコー、周囲を警戒しろ」
冷静な声が降ってくる。
土煙の向こうから、見慣れたローブ姿の少年が歩いてきた。
「あ、アルス……?」
色んな感情が押し寄せ、声がか細くなる。
「エコーの報告によれば、このワイルドボアは肉質が良いらしい。村へのいい置き土産になるな」
彼は倒れたボアを一瞥もせず、真っ直ぐに私の方へと歩み寄ってくる。
その涼しい顔を見たとたん、安堵よりも先に、情けない気持ちが溢れ出した。
「……っ! なんで助けるのよ!」
リエルは涙声で叫んでいた。
「あたし、やっぱりダメだもん! こんな雑魚相手にも手間取って……魔法だって下手くそだし、一緒に行っても、アルスの足手まといになるだけだもん!」
感情が堰を切って溢れ出す。
「だから、あたしは村に残るの。アルスは一人で行ってよ! あたしなんかいない方が、ずっと効率的なんでしょ!?」
アルスは立ち止まり、困ったように頭をかいた。
そして、深いため息を一つ。
「効率的、か。……確かに、君の戦闘能力は現状、私のサポートには不十分かもしれないな」
「うっ……ほら、やっぱり……」
図星を突かれて、リエルはうつむく。
それでも、アルス止まらなかった。
「だが、情報という点ではどうだ? 私はこの世界の地理に疎い。一般常識も、文化も、知らないことだらけだ」
アルスがリエルの目の前でしゃがみ込み、視線を合わせる。
「未知の領域を探索する際、現地の情報を持つガイドの有無は、成功率を著しく左右する。……私が効率的に動くためには、案内役が必要なんだ」
「え……?」
リエルが顔を上げる。アルスの群青色の瞳が、真剣な光を宿して彼女を見ていた。
「昨日寝る直前に考えていた。やはりこの先の旅には、君が隣にいてほしい」
それは、あまりに不器用で、少し理屈っぽい、しかしこれまでのアルスとは思えないほど感情的な勧誘だった。
でも、リエルは気づいていた。
彼が、昨夜レイルおばさんにこっそり聞いていた話を。
『あの子、ずっと言ってたんだよ。いつか王都に行って、自分の故郷の手がかりを探したいって。でも、村と、私のためにその夢を諦めてたんだ』
アルスはそれを知っていて、あえて「自分のために必要だ」と言ってくれているのだ。
「……改めて言おう。君が必要だ、リエル。私の『最適化』のために」
アルスが少しバツが悪そうに、そっぽを向いて手を差し出す。
リエルの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは悲しみの涙ではなく、嬉しさと、安堵の涙だった。
「……うん! あたし、頑張る! 絶対にアルスの役に立ってみせるから!」
リエルは涙を拭うのも忘れて、アルスの手を強く握り返した。
◇◆◇
麻痺させたワイルドボアを『AI魔法』で生成した簡易的な荷車に載せ、私たちは村へと戻った。
村の入り口では、プロミネや村長たちが待っていた。
「やれやれ、忘れ物というのは、随分と大きなものだったようですな」
プロミネが、私とリエル、そして後ろの巨大な猪を見て、ニヤニヤと笑う。
私は咳払いをして誤魔化した。
「あ、ああ。これ(猪)は村への追加の食料支援だ。」
「はいはい、わかってますよ」
そして、出発の時。
リエルはレイルおばさんの前に立った。
「おばさん……やっぱりあたし、行ってくる」
「はいはい。……元気でやるんだよ。辛くなったらいつでも帰ってきていいからね」
レイルおばさんがリエルを抱きしめる。リエルも背中に手を回し、声を殺して泣いていた。
村長や周りの村人も、目頭を押さえている。
リエルはこれだけ愛されていたんだな。
「リエルちゃん、アルス殿を頼んだぞ!」
「美味しいものいっぱい食べてくるんだぞー!」
村人たちの温かい声援を受け、リエルは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、精一杯の笑顔を見せた。
「うん! 行ってきます!」
私たちは馬車に乗り込んだ。
御者の合図とともに、馬車がゆっくりと動き出す。
遠ざかるピーナッツ村。手を振る人々。
馬車の窓からその景色を眺めながら、私は隣に座るリエルを見た。
彼女はまだ鼻をすすっているが、その瞳には、新しい世界への期待の光が宿っていた。
『報告。パーティメンバー「リエル」の正式加入を確認しました』
脳内でエコーのアナウンスが響く。
私はシートに背を預け、小さく微笑んだ。
「さて、まずは王都までのルート検索だな」
「任せて! この辺りの道ならバッチリだから!」
リエルが胸を張る。
こうして、私の――いや、私たちの、世界を変える旅が始まった。
この先、王都で待ち受ける「非効率」な常識たちが、今から楽しみでならない。




