019:最適化されたクエスト、あるいは路地裏の遭遇戦(エンカウント)
※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。
「……俺はメリアス。よかったら、一杯奢らせてくれないか? 面白いもん見せてもらった礼にさ」
背後から現れた優男――メリアスの提案に、ウルヴァーの耳がピクリと反応した。
「あぁ? 奢りだと?」
「そう警戒しないでくれ。君たちのその度胸に感服した、ただのファンからのささやかな敬意だよ。……立ち話もなんだ、座ろうか」
メリアスは親指で近場のテーブルを指差す。
アルスは少し考え、肩をすくめた。
「……タダ飯か。悪くない提案だ。あんたが怪しい人間だとしても、腹を満たしてから考えればいい」
合理的かつ、年相応に図太い返答だった。
メリアスは「違いない」と笑い、先導してギルドの扉を開けた。
◇◆◇
ギルド内部の酒場エリアは、昼間から荒くれ者たちの熱気で満ちていた。
席に着いた途端、場の喧騒を切り裂くような、間の抜けた重低音が響き渡った。
ぐぅぅぅぅぅ~~~~。
発生源は、ウルヴァーの腹だ。
「……あー、悪ぃ。酒もいいが、今の俺は液体より固形物を所望してぇんだが」
ウルヴァーがバツが悪そうに頭をかく。
その隣では、セフィアに抱かれたルゥも「きゅぅ」と小さく鳴いて、空腹を訴えていた。
それを見たメリアスは、数瞬きょとんとした後、肩を揺らして笑い出した。
「ははっ、これは失敬! どうやら『一杯』どころか、今日のパン代にも困っている状況だったか」
「笑い事じゃねぇぞ。あの剣を売った金も尽きちまって、俺と妹はすっからかんなんだよ」
ウルヴァーが情けなく机に突っ伏す。
アルスは涼しい顔でメニューを見ていたが、彼らの窮状を否定はしなかった。彼にとっても、リソース(資金)の温存は重要だからだ。
同行している以上一緒に払うのはやぶさかではないが、実入りは多いに越したことはないだろう。
「なるほどね。……よし、なら予定変更だ。まずは何か腹に入れよう。話はそれからだ」
「マジか! あんた、いい奴だな!」
◇◆◇
数分後。
ウルヴァーはメリアスに奢ってもらった山盛りのサンドイッチを、猛烈な勢いで胃袋に収めていた。
「うめぇ! 生き返るぜぇ……!」
「よく食べるねぇ。見ていて気持ちがいいよ」
メリアスは呆れつつも目を細め、一枚の依頼書をテーブルに広げた。
「さて、腹が落ち着いたところで本題だ。飯で腹は満たせても、財布の中身までは満たせないだろう?」
「……耳が痛い話だ」
ウルヴァーが渋い顔をする横で、アルスは興味なさげに紅茶を啜っている。
彼個人の資金は尽きていないが、大食らいの狼族二頭を養うとなれば話は別だ。資金源を見つけるのは合理的判断である。
「だろう? だから、今の君たちに『割の良い依頼』を紹介しようと思ってね」
メリアスは依頼書を指差した。
「内容は『希少薬草・月光草の採取』。場所はここから近い東の森だ」
「月光草……聞いたことあります。魔力を含んだ土地にしか生えない、見つけるのが難しい草ですよね?」
パンを齧りながらセフィアが首を傾げる。
その言葉に、アルスは脳内で即座に検索をかけた。
(検索:月光草)
『解:マナ濃度の高い土壌に自生する青色の薬草。満月の夜に数分だけしか開花せず魔力を隠蔽するため、視覚・魔力感知ともに発見難易度は高』
(……なるほど。通常手段では手間がかかる案件か)
脳内の相棒からの回答と照合し、アルスは状況を理解する。 メリアスは頷いた。
「その通り。通常なら熟練の冒険者でも数日かけて数本見つかればいい方だが……今の君たちなら、あるいはと思ってね」
メリアスは試すような視線をアルスに向けた。
アルスは依頼書を一瞥すると、パンの最後の一欠片を口に放り込み、淡々と立ち上がった。
「問題ない。エネルギー充填完了だ。……さっさと片付けてこよう」
◇◆◇
ギルドを出て、東の森へ。
鬱蒼とした森林地帯に足を踏み入れたアルスは、すぐさま片手を森の方角へと向けた。
「座標特定。……広域探査」
魔力が、目に見えない波紋となって森全体へ広がる。
アルスの脳内に、森の地形、植生、そして微弱な魔力反応の分布図が3Dマップとして展開される。
「……検索終了だ。32件ヒット。そこそこな群生地があるな」
「……は?」
メリアスの目が点になった。
彼が「な、何を言って……」と言いかけるよりも早く、アルスは淡々と、しかし的確にウルヴァーたちに指示を飛ばした。
「ウルヴァー、右前方200メートル地点に野犬がいる。邪魔だから散らしてくれ。セフィアとルゥはその奥だ。根っこを傷つけないように回収してくれ」
「おうよ! 飯食って力が漲ってんだ! 野犬だろうがドラゴンだろうが掛かってきやがれ!」
ウルヴァーが雄叫びを上げ、茂みへと突っ込んでいく。
ドカッ、バキッ、と鈍い音が響き、哀れな野犬たちが宙を舞うのが見えた。
武器はないが、獣人特有のバネと、食事で活力を取り戻した彼の拳は、そこらの鉄剣よりも遥かに凶悪な質量兵器と化していた。
「へへっ、得物がねぇと少し心許ねぇが、これくらいの雑魚なら素手で十分だぜ!」
暴力的な音が響く一方で、少し離れた茂みでは、対照的な平和な光景が広がっていた。
「きゅぅ~♪」
セフィアとルゥはピクニックのような雰囲気で草むらをかき分けていた。
ルゥが鼻をヒクヒクさせ、器用に尻尾を使って薬草を巻き取っていく。
その光景を眺めながら、メリアスはあんぐりと口を開けていた。 優男の仮面が剥がれ落ち、素の驚愕が顔に張り付いている。
(……おいおい、冗談だろう? 魔法で『探す』とは言っても……これほどの広範囲を、一瞬で? しかも座標まで完璧に? ……アルス君。君のその『能力』は、私の想定を遥かに超えているぞ……)
◇◆◇
数時間後。
再び戻ってきた冒険者ギルドのカウンターは、静まり返っていた。
原因は、アルスたちが持ち込んだ麻袋の中身だ。
「えっ……こ、これ、全部『月光草』ですか……!?」
受付嬢が素っ頓狂な声を上げた。
袋から溢れ出ているのは、青白く発光する薬草の山。通常なら一本で金貨一枚は下らない希少品が、まるで雑草むしりの成果のように無造作に積み上げられている。
「嘘……しかも、根の処理が完璧……!? 魔法で土ごと切り離してあるの? こ、これなら薬剤師ギルドが言い値で買い取りますよ!」
「依頼達成、だな。報酬をもらえるか?」
周囲の冒険者たちが、ざわめきと共にアルスたちを遠巻きに見つめる。
「おい、見たかよあの量」「あいつら何者だ?」「新入りか?」
そんな中、酒場の奥で飲んでいた数人の男たちが、ニヤリと下卑た視線を交わした。
ガラの悪い、いかにも素行の悪そうな冒険者崩れのゴロツキたちだ。
「……へっ、見ろよ。新入りのガキが、随分と稼いだみたいじゃねぇか」
「だな。世の中の厳しさを教えてやるのが、先輩の務めってモンだろ?」
ジャラリ、と受付嬢から支払われた革袋の重たい音が響く。
ウルヴァーたちは「肉だ! 今夜はもっと上等な肉が食えるぞ!」と歓声を上げていたが、その背中に粘りつくような悪意の視線には、まだ気づいていなかった。
私を除いて。
◇◆◇
ギルドを出ると、日はすっかり落ちていた。
「さて、私はこっちだ。君たちは宿を探すんだろう? 中央通りの『銀の風見鶏亭』がいい。私の紹介だと言えば安くなるはずだ」
「助かるぜメリアスとやら! あんた、いい奴だな!」
「礼には及ばないさ。……じゃあ、また縁があれば」
メリアスはひらりと手を振り、夜の街へと消えていった。
残されたアルスたちは、教えられた宿へ向かうため、人気のない夜の路地裏へと足を踏み入れる。
だが、その道はすぐに塞がれた。
「よう兄ちゃんたち。随分と稼いだみたいじゃねぇか」
暗がりから現れたのは、先ほどギルドに居たゴロツキたちだった。
前後に五人。逃げ道はない。
「ここは公都ゼファーだ。新入りなら、通行料を置いていくのがルールってもんだぜ?」 「あぁ? てめぇら……俺たちの肉代を狙ってんのか!?」
ウルヴァーの毛が逆立った。
食い物の恨みは恐ろしい。今の彼にとって、その路銀は命の次に大事な「肉」そのものだ。
「オラオラァ! 武器なんざなくても、てめぇら程度は捻り潰せるんだよ!」
獣の咆哮と共に、ウルヴァーが地を蹴った。
ナイフを構えた男が反応するより速く、その懐に飛び込む。強烈なタックルが男を吹き飛ばし、背後のゴミ箱へと叩きつけた。
「なっ、この野郎!」
「ひるむな! 囲んでやっちまえ!」
残りの男たちが一斉に襲いかかるが、その動きはあまりに鈍い。
アルスは指先一つ動かさず、冷ややかな視線を向けた。
「学習能力のない連中だ。……排除する。『風圧弾』」
ドォン!! 圧縮された空気の塊が、背後から迫っていた男たちを薙ぎ払う。彼らは悲鳴を上げる間もなく壁に縫い付けられ、白目を剥いて崩れ落ちた。
戦闘時間は、わずか十数秒。
路地には、気絶したゴロツキたちの山だけが残された。
「……ケッ、口ほどにもねぇ」
ウルヴァーが鼻を鳴らし、服の埃を払う。
アルスは興味なさげに倒れた男たちを一瞥し、すぐに視線を前に戻した。
「行くぞ。宿のチェックイン時間に遅れると、追加料金を取られる可能性がある」 「おっと、そりゃいけねぇ! 急ぐぞセフィア!」
アルスたちは足早にその場を立ち去っていく。
そして、誰もいなくなった路地裏。
建物の屋根の上から、その一部始終を見下ろしている影があった。
「……ほう」
ギルドで最初にアルスに絡んだ男、ガドロスだった。
手下でもないゴロツキたちがやられたことになど、欠片も興味はない。
彼の視線は、月明かりに照らされながら走り去っていく一匹の獣――ルゥの白銀の毛並みに釘付けになっていた。
「ただの犬っころかと思ったが……ありゃ『極上品』だな」
ガドロスの顔に、欲望に塗れた下卑た笑みが浮かぶ。
「高く売れるぞ。……あのガキどもから奪い取ってやる」
捕食者の不穏な呟きは、夜の風に溶けて消えた。
アルスたちはまだ知らない。
この街で待ち受ける本当の悪意と、そして運命的な再会が、すぐそこまで迫っていることを。




