018:行き倒れの狼兄妹と、ギルドの悪徳Aランク ~非効率な威圧は通用しません~
※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。
「馬車の整備は完璧ですぞ! 特注のサスペンションで、悪路でも雲の上のような乗り心地を保証します!」
王都の正門前。
プロミネ商会の会頭プロミネが、胸を張って見送りの言葉を述べた。
彼が用意した馬車は、外見こそ装飾の少ない地味な幌馬車だが、車軸周りには私が設計に関与した『衝撃吸収機構』が組み込まれている。目立たず、かつ移動の疲労を最小限に抑える効率的な仕様だ。
「ルゥちゃん、離れたくないですわ~! もふもふ……」
「きゅうぅ……」
その横では、エリーゼがルゥを抱きしめて頬ずりを繰り返している。ルゥは少し困った顔でこちらを見ていたが、されるがままになっている。彼女なりの別れの挨拶なのだろう。
「アルス様……。貴方のような稀有な人材は、この国にはまだまだ必要です。聖獣を送り届ける用事を済ませたら、速やかに戻ってきてくださいね?」
「いえ。私はこの国の人間(所属)ではありませんので、その保証はしかねます。……しかし、永劫の別れというわけでもありません。また縁があればお会いしましょう」
私のドライな返答に、シルヴィアは苦笑しつつも、どこか信頼を込めた眼差しで頷いた。
湿っぽい別れは不要だ。互いに利害が一致した時、また組めばいい。それだけの関係であり、それが心地よい。
「では、行こうか」
私たちは馬車に乗り込み、賑やかな見送りを受けながら王都を後にした。
目指すは西方、商業公国ゼファー。新たな『バグ』の予感を乗せて、馬車は滑らかに走り出した。
◇◆◇
王都を出発して数日後。
街道沿いの森で、私たちは奇妙な物体を発見した。
「アルス、止めて! 人が倒れてる!」
リエルの声で馬車を止めると、道端に二つの影が重なるようにして行き倒れていた。
獣の耳と尻尾を持つ、男女の二人組だ。
生体反応はあるが、極度の飢餓状態による衰弱が見られる。
「……とりあえず回収しよう。ここで放置して腐敗させるよりは合理的だ」
私は対象エリアの座標を指定。
『局所重力制御』――重力ベクトルを反転させ、二人をふわりと浮かせると、そのまま馬車の荷台の空きスペースへと運んだ。
◇◆◇
日が落ち、私たちは街道を外れた森の中で野営をすることにした。
今日の夕食は、保存食の干し肉と硬いパンだ。だが、そのまま食べるのはエネルギー効率が悪い。
「少し手を加えるか」
鍋に干し肉と水、そして香味野菜を投入する。
鍋の蓋を閉め、内部の気圧を風魔法で操作。沸点を上昇させると同時に、水分子を微細振動させて熱伝導率を最大化する。
簡易的な『圧力鍋』の再現だ。数時間かかる煮込み料理が、わずか数分で完成する。
蓋を開けた瞬間、暴力的なまでに濃厚な肉のスープの香りが、夜の森に充満した。
「……ッ!!」
「……肉の、匂い……!」
その瞬間、荷台で死体のように眠っていた二人が、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。
男の方が、血走った目で鍋を凝視する。
「肉だ……妹に、肉を食わせねぇと……!」
「兄さん……すごく、いい匂い……」
限界を超えた空腹により、意識が混濁しているようだ。
と、その時だった。
同じく匂いに釣られて鍋の近くで尻尾を振っていたルゥと、二人の目が合った。
「「ッ!?」」
二人の獣人の顔色が、空腹による青ざめから、驚愕の赤へと激変した。
「こ、この魔力、それに匂いは……まさか、伝説の『御使い様』!?」
「間違いない……一族の伝承にある、白銀の毛並み……!」
二人は震える手で、ルゥを拝むように見つめた。
彼らはルゥを探していたのだろうか。感極まった男が、涙を流しながらルゥに手を伸ばす。
「おお、神よ……! どうか我らをお救いくだ――」
「きゅっ!」
知らない男に迫られ、驚いたルゥは私の背中へと隠れてしまった。
それを見た瞬間、男の目つきが変わった。
信仰と空腹が入り混じった瞳が、私を敵として認識する。
「てめぇ……! 俺たちの神様に何してやがる! さらったのか!?」
「いや、違う。落ち着け」
「俺たちの神様を返せぇぇぇ!!」
問答無用。男は獣のような速さで私に飛びかかってきた。
だが――軌道が単調だ。
「……食事前に暴れるな。埃が舞う」
私は味見をしながら、振り返りもせずに左手だけで『風の盾』を展開した。
男のタックルは弾かれ、そのまま木の幹へと転がっていく。
「ぐはっ!?」
さらに追撃。
私は指先を軽く下に向ける。
「『重力加重』」
「が、ぁ……ッ!?」
男の身体が、見えざる手によって地面に縫い付けられたように動かなくなる。骨を折らない程度の、適度な拘束だ。
『回答:対象種族「ウルフ・ビースト」における宗教観念の照合。聖獣を「一族の始祖」または「神」として崇める風習が確認されます』
脳内でエコーが補足情報を表示する。なるほど、神への不敬と勘違いしたわけか。
「……きゅぅ」
ルゥが私の肩に乗り、心配そうに男の方を見て、それから私に頬を擦り寄せてきた。「いじめないで」と言っているようだ。
それを見て、ようやく二人は状況を理解したようだった。私が彼らの敵ではなく、ルゥの保護者であることを。
「……すまねぇ。腹が減りすぎて、どうかしてた」
「まずは食べろ。話はそれからだ」
私は拘束を解き、二人にスープを振る舞った。
トロトロに煮込まれた干し肉を口に入れた瞬間、二人の目から滝のような涙が溢れ出した。
「うめぇ……! なんだこれ、肉が溶けるぞ!?」
「こんな美味しいスープ、初めて……!」
猛烈な勢いで平らげた後、男――狼族のウルヴァーは、地面に頭を擦り付けて土下座した。
「強ぇし、飯も神がかってやがる……! アンタ、一生ついて行きます! アニキ!」
「アニキはやめろ」
「私はセフィアと言います。兄がご迷惑を……」
妹のセフィアも深々と頭を下げるが、その視線は私の膝の上で丸くなっているルゥに釘付けだ。
「(神様が……あんな人間の男性に『お腹なでて』のポーズを……尊い……けど威厳が……でも可愛い……)」
信仰心と愛でる心の板挟みになっているようだ。
話を聞くと、二人は行方知れずになった一族の守り神を探して旅をしていたが、資金が尽きて行き倒れたらしい。
その「守り神」の特徴がルゥと一致したため、彼らはルゥを神と崇めているわけだ。
「目的地は私たちと同じ、商業公国ゼファーか」
「はい。そこでの目撃情報があったので……」
行き先が同じなら、置いていく理由もない。
こうして、騒がしい狼兄妹が旅の仲間に加わることになった。
◇◆◇
数日後。私たちは商業公国ゼファーに到着した。
巨大な城壁に囲まれたその都市は、王都とは違う熱気に包まれていた。
「……凄い人混みだな。王都とは空気が違う」
行き交う馬車の数、怒号のような商談の声。物流の密度が段違いだ。
私は早速、宿の手配に向かおうとしたが――
「あの、アルスさん」
セフィアが遠慮がちに袖を引いた。
「王都にいた時に頂いたという、その『特別な身分証』ですが……ここでは出さない方がいいと思います」
「なぜだ? 身分を証明するには手っ取り早いが」
「ここは商人の街ですから。貴族や英雄の威光は、逆に目をつけられる原因になります。『法外な特別料金』をふっかけられたり、変な派閥争いに巻き込まれたり……」
なるほど。金が全てのこの街では、権威はトラブルの種にしかならないということか。
「まずは冒険者ギルドで、一般の身分証を作った方が安全かと」
「……合理的だ。採用しよう」
私はセフィアの助言に従い、まずは冒険者ギルドへと向かった。
ゼファーの冒険者ギルドは、豪華な装飾が施された建物だった。
だが、一歩足を踏み入れると、そこには殺伐とした空気が流れていた。
「あぁん!? 俺様の装備に傷がついただろうが! 慰謝料代わりに手足を置いてけ!」
ロビーの中央で、巨漢の冒険者が、新人のように見える少年冒険者を蹴り飛ばしていた。
周囲の人間は見て見ぬふりをしている。
「てめぇ! 弱い者いじめしてんじゃねぇ!」
義憤に駆られたウルヴァーが飛び出した。
だが、巨漢の男――Aランク冒険者ガドロスは、鼻で笑って巨大な戦斧を突きつけた。
「あぁ? どこぞの野良犬だ。亜人風情が人間に口を利くんじゃねぇよ。……死にてぇのか?」
圧倒的な殺気が放たれる。ウルヴァーが息を呑み、周囲の喧騒が一瞬にして凍りつき、静まり返った。
誰もが関わりたくないと思い、目を逸らしている。
このままでは、ギルド登録の前に流血沙汰だ。
私はため息を一つつき、二人の間に割って入った。
「……そこまでにしておけ。見苦しいぞ」
「あぁん? 誰だテメェ。俺様に指図する気か?」
ガドロスがギラついた視線を私に向ける。
私はその視線を正面から受け止め、淡々と言い放った。
「ランクなんて飾りだろ。弱い者いじめで強さを誇示するのは、時間の無駄だと言っているんだ」
「――ッ、このガキがぁ!!」
激昂したガドロスが、その剛腕で戦斧を振り下ろした。
直撃すれば人間など肉塊に変わる一撃。
だが、私は動かない。
「(スキャン完了。軌道予測、および筋力値の算出終了)」
斧が私の鼻先数ミリに迫った瞬間。
私は無詠唱で『不可視の風弾』を放ち、斧の腹を正確に弾いた。
ガギィィンッ!!
金属音が響き、ガドロスの斧が手から弾き飛ばされ、天井に突き刺さった。
「は……?」
ガドロスが目を見開き、自分の空の手と、私を交互に見る。
私は指先一つ動かしていない。彼からすれば、斧が勝手に弾き飛ばされたように見えたはずだ。
「……次は当てるぞ」
低く、冷たく告げる。
その瞬間、ガドロスの顔から血の気が引いた。本能が「格の違い」を理解したのだ。
「ち、チッ! 今日は運が良かったな!」
ガドロスは捨て台詞を吐くと、逃げるようにギルドから去っていった。
静まり返っていたギルド内に、安堵の空気が広がる。
私は天井を見上げながら、リエルにだけ聞こえる声で呟いた。
「……今の男の装備、妙だったな」
「え? 趣味が悪かったけど……」
「素材だ。軍用レベルの純度だった。それに……籠手の一部に、何か『装飾を無理やり剥がしたような跡』があった」
正規の流通ルートではない。そして、隠さなければならない「何か」がある。
この街には、目に見えない『バグ』が潜んでいるようだ。
「……すげーな、あんた」
その時、背後から声をかけられた。
振り返ると、仕立ての良い紺色のコートを着た優男が、興味深そうに私を見ていた。
「あのガドロスを言葉だけで退かせちまうなんて。……俺はメリアス。よかったら、一杯奢らせてくれないか? 面白いもん見せてもらった礼にさ」
穏やかな笑顔の裏に、知的な光を宿した瞳。
この出会いが、この都市の命運を変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。




