015: 王都裁判。不正の証拠を『可視化』して突きつけたら、相手が自滅した件
※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。
王都の中心に位置する大聖堂。
その最奥にある執務室は、外の喧騒を拒絶するかのような静寂に包まれていた。
「……報告いたします。本日の王都裁判所にて、カステッロ商会とプロミネ商会の係争※が行われます」
※両者が互いに裁判で争うこと
跪く部下の言葉に、最高司祭アダルバは書類から目を離さずに応じた。
「商人の小競り合いになど興味はない」
「はっ。……しかし、争点となっているのが『未知の魔術的物質』なのです。被告側の男が、錬金術とも異なる異質な力を使っていると」
アダルバの書類をめくる手が止まった。
先日、東方の空で感知した『異質な魔力』。それと酷似した気配を、この王都でも微かに感じていた。
「……ほう」
アダルバは立ち上がり、壁に掛けられた巨大な水晶鏡の前に立った。
「目を、起動せよ。……その力が神の理を外れたものか、まずは私の目で見極める必要がある」
部下が魔力を流し込むと、鏡の水面が揺らぎ、遠く離れた法廷の様子が映し出される。
灰色の瞳には、慈悲も感情も浮かんでいない。
あるのは、秩序を守るための冷徹な「査定」の色だけだった。
◇◆◇
王都裁判所、第一大法廷。
数百人を収容できる傍聴席は、立錐の余地もないほど満員だった。
その多くは、話題の「激安マダラ根スープ」の真偽を確かめようとする一般市民たちだ。
そして傍聴席の一角には、白い僧衣をまとった聖典教会の神官たちの姿もあった。
法廷を見下ろす特別監察官席には――
(……なんで私がこんな茶番に付き合わなきゃいけないのよ。エリーゼ、どこにいるの……?)
不機嫌さを隠そうともせず、腕を組んで座る少女。
エテルナ王国第二王女、シルヴィア・エテルナである。
彼女の鋭い視線は、原告席に座るドルゴンを射抜いていた。
「開廷!」
木槌の音が響き渡り、法廷の空気が張り詰める。
裁判長が厳かに宣言した。
「これより、カステッロ商会によるプロミネ商会への告発についての審理を始める。……原告、訴状の読み上げを」
ドルゴンが大げさな身振りで立ち上がり、傍聴席に向かって両手を広げた。
「裁判長! そしてここに集まりし善良なる市民の皆様! 被告であるプロミネ商会は、金のために魂を売りました!」
ドルゴンは悲痛な面持ちで訴えかける。
「彼らは『マダラ根』などという家畜の餌に、得体の知れない薬品を混ぜて販売したのです! これは重大な商業規則違反であり、市民の健康を脅かすテロ行為であります!」
どよめきが広がる。
だが、傍聴席の反応は必ずしもドルゴンの期待通りではなかった。
「おいおい、本当かよ……」
「あの優しかったプロミネ商会が、そんなことするなんて……」
失望の声が漏れる一方で、困惑の声も少なからず上がっていた。
「でもよぉ……俺、あれ食ったけど美味かったぞ? むしろ最近、身体の調子がいいくらいだ」
「俺もだ。本当に毒なのか?」
「あんなに美味い毒なんてあるか?」
迷いと疑念。
完全に扇動しきれていない空気を察し、ドルゴンが声を荒らげる。
「騙されてはいけません! それは味覚を麻痺させる毒なのです! 裁判長、被告人に厳罰を!」
裁判長の視線が、被告席に向けられる。
そこには、プロミネとミーナ、そして黒髪の青年――アルスが静かに座っていた。
「被告人、反論は?」
アルスはゆっくりと立ち上がった。
その表情に焦りはなく、むしろピクニックに来たかのような余裕すら漂わせている。
「反論? 必要ありませんね」
「なっ……罪を認めるのか!」
「いいえ。論より証拠。……毒だというなら、現物で確認していただきましょう」
アルスが法廷の入り口へと視線を向ける。
「……入ってきてもいいですよ」
重厚な扉が、静かに開かれた。
現れたのは、素朴だが決して安価ではないだろうということが伺える服を着た、一人の少女。
手にはお盆を持ち、そこには湯気を立てる保温容器と、数人分のお椀が乗せられている。
法廷内の空気が凍りついた。
「お、おい……あれって……」
「カステッロ商会の、エリーゼ嬢じゃないか?」
「えっ? 重い伝染病で面会謝絶だって聞いてたぞ?」
ざわめきが波紋のように広がる。
誰もが知る「重病説」と、目の前でしっかりと歩く「健康な姿」。
その矛盾が、ドルゴンの作り上げたシナリオに亀裂を入れる。
「な、な……っ!?」
ドルゴンの顔が引きつった。
彼は立ち上がり、金切り声を上げた。
「衛兵! 何をしている! その娘は重篤な伝染病患者だぞ! 今すぐ隔離しろ!! 裁判長、これはバイオテロだ! 廷内の全員を殺す気か!」
迫真の演技。あるいは、破滅への恐怖か。
衛兵たちが動揺して槍を構えようとした、その時だった。
ガタッ!
特別監察官席の椅子が、激しい音を立てて倒れた。
シルヴィアが、手すりを乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出していた。
「エリーゼ! 探してたんだぞ! 今までどこにいた!」
王族にあるまじき大声。
エリーゼは足を止め、シルヴィアを真っ直ぐに見つめた。
「……後で説明します、お姉様」
その瞳には、かつての怯えはない。あるのは、強い意志。
エリーゼは衛兵たちの間をすり抜け、シルヴィアの席へと歩み出る。
「ま、待て! 姫様から離れろ!」
ドルゴンが叫ぶ。
「毒だ! そのスープには毒が入っている! 姫様を殺す気か!」
「黙れ」
シルヴィアの一言が、ドルゴンの喉を凍らせた。
彼女は鋭い視線でドルゴンを射抜いた後、エリーゼに向き直る。
じっと、その瞳を覗き込む。
そこには、一点の曇りも、洗脳されたような濁りもなかった。
「……分かった」
シルヴィアは短く頷いた。
「エリーゼが持ってくるものに、毒など入っているはずがない」
彼女は迷わず、差し出されたスープを受け取った。
「ひ、姫様!?」
周囲の制止を振り切り、シルヴィアは琥珀色の液体を一気に飲み干す。
法廷中が息を呑んで見守る中、シルヴィアがカッと目を見開いた。
「…………」
沈黙。そして。
「……美味い!」
シルヴィアの声が、朗々と響き渡った。
「なんだこれは……身体の芯から力が湧いてくるぞ! 臭みなど微塵もない、むしろ果実のような甘味すら感じる!」
彼女は空になった器を掲げ、信じられないものを見る目で呟いた。
「……信じられん。これほど滋味に溢れたスープが……本当に貴様らの言う『家畜のエサ』だというのか……?」
その一言が、決定打となった。
「ほら見ろ! やっぱり毒なんかじゃねえ!」
「王族様が美味いって言ってるんだぞ!」
「ドルゴンの嘘つき野郎! 病気の話もデタラメだったんだな!」
傍聴席からの野次が、今度はドルゴンへと降り注ぐ。
「毒物説」と「重病説」。二つの嘘が同時に崩れ去った瞬間だった。
「く、くそっ……! 騙されるな!」
ドルゴンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「そ、それは幻覚剤の一種だ! その男は危険な魔術師なんだ! エリーゼも頭がおかしくなっている! 保護が必要だ!」
まだ言うか。
私は呆れを通り越して感心すら覚えた。
だが、その悪あがきもここまでだ。
「……私の体は、正常です。病気なんて嘘」
エリーゼが証言台に立つ。
彼女はまっすぐに前を見据え、淡々と、しかし法廷の隅々まで届く声で告げた。
「……そして私の頭は、叔父様の帳簿よりも、ずっと正確です」
「な、何を……」
「昨年4月12日、午後3時。小麦の仕入れ、金貨300枚。……実際には150枚。差額は第三倉庫の修繕費として計上」
「5月8日、午前10時。……北方の香辛料取引、架空計上12件。……裏帳簿42ページ……」
エリーゼの口から紡がれるのは、数字の羅列。
だがそれは、ドルゴンにとって死の宣告に等しかった。
彼が隠し通してきた不正の記録が、秒単位の正確さで暴かれていく。
「き、貴様……やめろ……黙れッ!」
「口頭では信じられませんか? では、視覚情報も提供しましょう」
アルスが指を鳴らす。
「……展開」
ブン、と低い音がして、法廷の空中に魔力の光が走った。
それは瞬く間に複雑なラインを描き、巨大な「相関図」を形成する。
エリーゼの証言と完全にリンクした金の流れ、横領ルート、隠し金庫の場所までもが、誰の目にも明らかな映像として空中に固定された。
「な、なんだあの術式は……!?」
傍聴席の神官たちがざわめく。
「精霊魔法でも、神聖魔法でもない……。あんな『構造』を持った魔力など、聖典には記されていないぞ!」
単なる驚きではない。未知の異端に対する、本能的な忌避感。
だが、アルスは構わずドルゴンを追い詰める。
「こ、こんな絵など証拠にならん! 妄想だ! でっち上げだ!」
「では、こちらはどうです?」
アルスは手元の鞄から、一冊の分厚い革表紙の帳簿を取り出し、ドンと机に置いた。
「あなたの屋敷の金庫にあった『裏帳簿』です」
「なっ……!?」
ドルゴンの目が飛び出る。「き、金庫は……開けられないはずだぞ!?」
「認めますか? それとも、ご自宅の金庫にある『もう一冊』と照らし合わせますか? ……中身は同じはずですが」
アルスは冷ややかに微笑む。
これは昨夜、エリーゼの記憶を元にアルスが物質生成した「完璧な偽物」だ。
だが、中身は本物と寸分違わない。
「偽物だ」と証明するためには、ドルゴン自身が本物の裏帳簿を出して比較するしかない。
逃げ場はない。
「お、おのれ……! これは罠だ! 王家を騙す気か小娘ぇッ!」
ドルゴンの中で何かが切れた。
彼は逆上し、懐から短剣を抜いて証言台のエリーゼに掴みかかろうとする。
「おのれぇぇぇぇ! お前のせいでぇぇぇぇ!」
「キャッ!」
エリーゼが悲鳴を上げ――
ドオォォォンッ!!
轟音と共に、紅蓮の炎がドルゴンの足元に着弾した。
床石が融解し、焦げ臭い匂いが立ち込める。
「ひ、ひぃぃッ!?」
ドルゴンは腰を抜かし、無様に尻餅をついた。
「……見苦しいぞ、ドルゴン」
特別席で、シルヴィアが右手を突き出していた。その手からは、ゆらりと煙が上がっている。
無詠唱の炎魔法。
そして、その炎をまるで冷ますかのような、氷のような冷徹な怒りが、彼女の顔に張り付いていた。
「その薄汚い手で、私の妹に触れるな」
「ひ、姫様……ご慈悲を……!」
「黙れ。王家の名を汚し、私を謀った罪……万死に値する」
シルヴィアが指を振ると、待機していた近衛騎士団が一斉に雪崩れ込んだ。
「確保ぉぉッ!」
「いやだ! 離せ! 私はカステッロ商会の当主だぞ!」
暴れるドルゴンは、もはや哀れな道化でしかなかった。
「判決を言い渡す!」
裁判長が高らかに宣言する。
「原告ドルゴンの訴えを棄却! 逆に、王家への反逆罪で拘束とする!」
「うおおおおおっ!!」
法廷は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
プロミネとミーナが抱き合い、エリーゼがシルヴィアに駆け寄る。
その喧騒の中で、アルスだけが静かに息を吐いた。
(……バグの修正、完了、だな)
◇◆◇
同時刻。王都大聖堂、執務室。
「……空間への魔力投射……」
水晶越しに一部始終を見ていたアダルバは、静かに映像を断った。
彼の脳裏には、あの異質な魔力の図形が焼き付いていた。
「理を超えた『干渉』か」
アダルバは立ち上がり、窓のない壁を見つめた。
その灰色の瞳に、昏い炎が灯る。
「……やはり、神の理を外れた『穢れ』だな」
それは、明確な敵意であり、揺るぎない使命感だった。
世界の秩序を守る番人として、バグを見過ごすことはできない。
「ネブラを呼べ!」
アダルバの低く、重い声が部屋に響く。
「あの男は、世界にあってはならぬ『歪み』だ。……浄化せねばならん」




