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『エラー:聖典の教義と矛盾します』 ~異端認定された『AI魔法』ですが、神様のバグを修正してもいいですか?~  作者: ぱすのーと
【第二章】 王都カステッロ商会・革命 編

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014: 少女の脳内には全ての裏帳簿が入っていた。さあ、裁判を始めよう

※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。

小鳥のさえずりと、柔らかな朝の日差し。

エリーゼ・カステッロが目を覚ましたとき、最初に感じたのは、それらの「温かさ」だった。


(……ここは、どこ……?)


重厚な天蓋てんがい付きのベッドではない。石造りの冷たい壁でもない。

そこは、木の温もりが感じられる質素な部屋だった。

昨夜の出来事が夢だったのではないかという不安が、一瞬だけ彼女の胸をよぎる。


だが、すぐにそれは否定された。

隣で、安らかな寝息が聞こえたからだ。


「……すぅ……ふふ、アルスぅ……おかわりぃ……」


昨夜、暗闇の中で自分を抱きしめ、ここまで背負ってきてくれた少女――。

彼女はエリーゼを大切な宝物のように抱きしめ、幸せそうな顔で眠っている。

エリーゼの細い体は、彼女の体温にすっぽりと包まれていた。


「……あ……」


温かい。

ドルゴンの屋敷では、決して感じることのできなかった「人」の熱。

エリーゼは、自分が本当にあの牢獄から連れ出されたのだと実感し、目頭が熱くなるのを感じた。


起き出すのが惜しくて、エリーゼは二度寝するように、そっと少女の胸に顔を埋めた。

微かに、甘いスープのような匂いがした。


◇◆◇


プロミネ商会の社員寮。その一角にある食堂兼厨房では、朝から奇妙な調理風景が繰り広げられていた。


「……ねえ、アルス様。これ、本当に料理なの?」


呆れたような声を上げているのは、商会の若手社員であるミーナだ。

彼女の前には、泥だらけの無骨な根菜――マダラ根が山積みにされている。


「料理ですよ。ただ、手間のかかる手順を大幅に短縮させているだけです」


エプロン姿のアルスは、涼しい顔でマダラ根に手をかざした。


(成分分析。苦味成分タンニンを特定。……中和および糖化プロセス開始)


アルスの指先が微かに光る。

本来なら数日かけてアク抜きをする必要があるマダラ根が、一瞬で透き通るような黄金色へと変質した。


「次は加圧して煮込みます。ミーナ、鍋の蓋を」

「は、はい!」


アルスは鍋に水を注ぎ、魔法で内部の気圧を操作する。

ボコボコという激しい沸騰音が数秒続いたかと思うと、すぐに静かになった。


「完成だ。これで三日間とろ火で煮込んだのと同じ柔らかさになったはずです」

「……錬金術師が見たら、泣いて怒るわよ、これ」


ミーナが鍋の蓋を開ける。

立ち昇ったのは、焼き芋とコーンポタージュを合わせたような、極上の甘い香りだった。


「わあ……! いい匂い!」


ちょうどそこへ、身支度を整えたリエルが、まだ眠そうなエリーゼの手を引いて降りてきた。


「おはよう、アルス。……ミーナさんも、おはようございます」

「あら、おはよう。二人ともよく眠れた?」


エリーゼはアルスの姿を見ると、そそくさとリエルの後ろにかくれ、ぺこりと小さく頭を下げた。昨夜の怯えた様子は少し薄れているが、まだ警戒心は解けていないようだ。

アルスは微笑み、椅子を引いて彼女を促した。


「おはようございます、エリーゼ嬢。……さあ、冷めないうちにどうぞ。まずは体に活力を入れないと」


テーブルに並べられたのは、黄金色のスープと、焼きたての白パン。

湯気を立てるスープを見て、エリーゼの喉がごくりと鳴った。


屋敷での食事は、決して質素ではなかった。

上級の肉、しっかり調理されたスープ。だが、それらはいつも冷めきっていた。

「余計な思考をするな」と言わんばかりに、使用人が無言で置いていくだけの、冷たい食事。

ドルゴンにとって、それは彼女を生かしておくための「餌」でしかなかった。


エリーゼは震える手でスプーンを持ち、スープを口に運んだ。


「……っ」


口いっぱいに広がったのは、優しい甘みと、身体の芯まで溶かすような温かさ。


「……温かい……甘い……」


「マダラ根だよ。アルスが魔法で、とびきり美味しくしてくれたの」


リエルが隣に座り、自分のパンをちぎってエリーゼの皿に乗せてやる。


「たくさん食べてね。……『美味しい』はね、どんな魔法よりも効くお薬なんだよ!」


その言葉を聞いた瞬間、エリーゼの瞳から大粒の涙が溢れ出した。


「……う、ううっ……おいしい……おいしいよぉ……っ!」


張り詰めていた緊張の糸が、完全に切れた。

彼女は子供のように声を上げて泣き、それでもスプーンを止めなかった。

ドルゴンに植え付けられた「思考停止」という名の呪いが、温かいスープと共に溶けていく。


アルスはその様子を、静かに見守っていた。


(……どうやら、心の再起動リブートは成功したようだな)


◇◆◇


食後、プロミネも合流し、食堂のテーブルはそのまま作戦会議の場となった。

エリーゼの顔色は、食事の前とは見違えるほど良くなっていた。


「……改めまして、エリーゼ様。プロミネ商会代表のプロミネと申します」


プロミネがうやうやしく頭を下げる。


「本来ならもっとマシな場所でお迎えすべきですが……今は緊急時ゆえ、ご容赦ください」

「そしてアタシが、ここで働いてるミーナ。よろしくね」


ミーナがウィンクしてみせると、リエルも身を乗り出した。


「あたしはリエル!。……これからよろしくね、エリーゼちゃん!」


「……アルス・コードウェルです。昨夜は手荒な真似をして申し訳ありませんでした」


次々と向けられる笑顔に、エリーゼは戸惑いながらも、深く頭を下げた。


「……カステッロ商会の、エリーゼです。……助けてくれて、本当にありがとうございます」


その所作には、本来の育ちの良さが滲み出ていた。


「状況は芳しくありませんな」


挨拶もそこそこに、プロミネが厳しい顔に戻る。


「ドルゴンは、エリーゼ様の失踪を『伝染病』として隠蔽しました。外部との接触を完全に遮断し、裏で必死に捜索隊を動かしています」


「なるほどね。自分たちの悪事がバレるのが怖くて、隠すのに必死になってるんだわ」

ミーナが憤慨してテーブルを叩く。


アルスは腕を組み、冷静に状況を整理する。


「彼を失脚させるには、客観的かつ決定的な証拠が必要です。つまり、不正会計の事実を示す『裏帳簿』ですが……」


プロミネが悔しそうに首を振る。


「昨夜の脱出劇では、それを持ち出す余裕はありませんでした。屋敷の金庫にある限り、まだ手出しはできません」


「……あるよ」


沈黙を破ったのは、小さな声だった。

全員の視線が、エリーゼに集まる。

彼女は自分のこめかみを細い指でトントンと叩き、静かに言った。


「帳簿の数字……全部、ここに入ってる」


「えっ……?」


「叔父様に見せられた帳簿。……倉庫に出入りする荷物の数。……お金の流れ。……全部、数字が合わないの。気持ち悪い『ノイズ』みたいに、頭に残ってる」


エリーゼの瞳から、少女らしい感情の色が薄まったように感じた。

まるで、無感情な計算装置のように、淡々と事実だけを紡ぎ始める。


「……10ヶ月前の4月、小麦の仕入れ値が市場価格より15%高い。その差額は、第三倉庫の管理費として計上されてるけど、倉庫の稼働率とは矛盾する」


「お、お待ちください!」


プロミネが慌てて懐から算盤そろばんを取り出し、弾き始める。

だが、エリーゼの言葉は止まらない。


「5月の売り上げ、架空計上が12件。……8月の物流コスト、裏帳簿の参照ページは42。……横流し先は、港湾地区のダミー会社……」

「ちょ、ちょっと待って! 速すぎるわよ!」


ミーナが悲鳴を上げる。プロミネの指も、とうに限界を超えて止まっていた。

電卓もなしに、複雑怪奇な資金洗浄のルートを、彼女は暗唱だけで解き明かしていく。

それは、彼女が当主として据えられていた、この一年あまりの全記録だった。


「な、なんなのこの子……人間離れしてる……まるで**『歩く帳簿』**じゃない!?」


ミーナの言葉に、アルスは深く頷いた。


(……分かってはいたが、実際に稼働している様子を見ると壮観だな。演算速度、並列処理能力、共に私の予測値を上回っている)


アルスは指先を軽く動かした。


「口で説明するより、目に見える形にした方が早いでしょう」

「……光よ。図形を描け」


アルスの指先から光の粒子が溢れ出し、空中に幾何学的な図形を描き始める。

エリーゼが口にする数字と言葉が、リアルタイムで光のグラフや相関図へと変換されていく。


「ええっ!? な、なにこれ!?」

「ひ、光が……絵になった!?」


プロミネとミーナが目を丸くして仰け反る。

空中に浮かび上がったのは、カステッロ商会の不正のすべてを暴く、光り輝く相関図だった。


「こ、これは……魔法なのですか!?」

「ええ。情報の可視化です。……プロミネさん、この『線』を見てください」


アルスが指し示したのは、エリーゼの証言によって繋がった、カステッロ商会からダミー会社への資金ルートだった。


プロミネは呆気にとられていたが、商売人としての勘が即座に反応した。


「……なんと! この光の線……仕入れの矛盾と、横領の金額が完全に一致している!? これほど分かりやすい図解があれば、誰が見ても言い逃れできません!」


「ええ。これが、エリーゼ嬢の記憶データの正体です」


アルスは空中のグラフを消去し、全員を見回した。


「この証拠があれば、ドルゴンの不正を告発できます。あとは、どこでこれを突きつけるかですが……」


◇◆◇


その時だった。


「し、商会長! 大変です!」


プロミネの部下の男の一人が、血相を変えて食堂に駆け込んできた。手には一通の書状が握られている。


「どうしました? そんなに慌てて……」


プロミネは心配そうに眉を寄せた。


「落ち着いて。……まさか、ドルゴンが動き出しましたか?」

「いえ、違います! 裁判所の執行官がこれを!」


男は震える手で書状を広げた。 そこには、王都裁判所の印が押されていた。


「『出頭命令書』です!」


「なっ……!?」


プロミネが書状をひったくるようにして読む。

内容を確認した彼の顔から、血の気が引いていく。


「……被告、プロミネ商会代表・プロミネ。原告、カステッロ商会代表代理・ドルゴン。……罪状は、『未知の不認可物質を食料に混入・販売したことによる、商業規則違反』……だと!?」


「規則違反ですって!?」

ミーナが叫ぶ。「マダラ根スープのことね! 難癖だわ!」


プロミネが脂汗を流しながらうめく。


「ドルゴンめ……。こちらの評判を落とし、商会ごと社会的に抹殺する気か! しかも、裁判の日時は明後日だ!」


室内が一気に重苦しい空気に包まれる。

だが、衝撃はそれだけではなかった。


「……おい、ここを見ろ」


プロミネが震える指で、書類の下段を指し示した。


「裁判の『特別監察官』として……第二王女シルヴィア様が出席する、と書いてある」


「ええっ!?」


ミーナが絶句する。


「第二王女って……あの『戦闘狂』の!? なんでそんな危険な人が、一商会の裁判なんかに!?」


「ねえアルス」


リエルが不思議そうに首をかしげた。


「そのシルヴィア様って、そんなに怖いの?」


アルスは目を細め、脳内のエコーに問いかけた。


(検索。第二王女シルヴィアについて)


『検索完了。エテルナ王国第二王女。年齢14歳。近衛騎士団の名誉小隊長を務め、自ら前線で槍を振るう武闘派です』


「……どうやら、かなり厄介な相手のようだよ」


アルスは情報を要約してリエルに伝えた。


「王族でありながら、自ら武器を持って戦場に出るようなお姫様だ。話し合いよりも、力で解決することを好むタイプらしい」


「うわぁ……あたし、そういうの苦手かも」


リエルが顔をしかめる。


「王家まで敵に回すなんて、もう終わりよ……」


ミーナが頭を抱える中、エリーゼだけが静かに口を開いた。


「……違う」


「え……?」


「シルヴィアお姉様は、敵じゃない。……きっと、心配してくれてる……と思う」


エリーゼは少しだけ嬉しそうに、懐かしむような目で遠くを見た。


「私が当主になったばかりの頃、お姉様は屋敷まで会いに来てくれたの。でも、叔父様が『伝染病の疑いがある』って嘘をついて、門前払いにした……」


彼女は続ける。


「お姉様は、叔父様を疑ってる。でも、屋敷には入れないから……叔父様が絶対に出てくる『裁判』の場所まで、問い詰めに来るつもりなんだわ。終わった後で、私に会わせる約束を取り付けるために」


(……なるほど。そういうことか)


アルスの中で、全てのピースがハマった音がした。

ドルゴンは、ライバルを合法的に潰すために裁判を起こした。

シルヴィアは、その裁判を「ドルゴンを問い詰める機会」として利用するために出席を決めた。


それぞれの思惑が交錯こうさする舞台。

だが、そこに決定的な「役者」が足りていないことに、彼らはまだ気づいていない。


アルスは出頭命令書を見て、不敵に笑った。


「好都合です。シルヴィア王女は、ドルゴンが逃げないよう見張る『最強の証人』というわけですか」


「ア、アルス殿? 笑っている場合ですか!?」


「ええ、笑うべきです。最高の舞台が整ったのですから」


アルスは立ち上がり、仲間たちを見回した。


「彼らは我々を裁くために『処刑台』を用意したつもりでしょう。……ですが、そこに立つのは我々ではない」


「行きましょう。彼が用意したその舞台……私たちが乗っ取って、逆に彼を裁く『法廷』にしてやるのです」


システムを書き換える準備は整った。

あとは、盤上の駒を動かすだけだ。

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