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『エラー:聖典の教義と矛盾します』 ~異端認定された『AI魔法』ですが、神様のバグを修正してもいいですか?~  作者: ぱすのーと
【第二章】 王都カステッロ商会・革命 編

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013: 深夜の潜入ミッション。幽閉された『歩く帳簿』を盗み出す

※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。

深夜の王都。 月明かりすら届かない路地裏の闇に、一つの影が溶け込んでいた。 アルス・コードウェルだ。


彼の視線の先にあるのは、カステッロ商会の広大な屋敷。 その一階の窓からは煌々(こうこう)とした明かりが漏れ、勝利の美酒に酔う下品な笑い声が、夜風に乗ってここまで聞こえてくる。


(……呆れたな。これから自分の城が落ちるというのに、王様気取りか)


アルスはフードを深く被り直し、屋敷の裏手にある通用口へと音もなく近づいた。


『スキャン完了。裏口の警備兵、二名。居眠りにより警戒レベル低下。……侵入成功率、99.9%』


脳内で響くエコーの無機質な声に、アルスは小さく頷く。 彼は扉の鍵穴に指先を触れた。 ピッキングツールも、破壊魔法も使わない。ただ、魔力を流し込み、シリンダーの内部構造を解析スキャンするだけだ。


「……構造把握アナライズ。……解錠アンロック


カチャリ。 小指の先で弾いたほどの小さな音と共に、堅牢なはずの錠前が呆気なく外れた。 アルスは足音一つ立てず、その身を屋敷の中へと滑り込ませた。


◇◆◇


屋敷の中は、奇妙なコントラストに支配されていた。 一階からは、ガラスが触れ合う音や、ドルゴンを称える媚びへつらいの声が響いてくる。 だが、アルスが目指す三階への階段を登るにつれ、空気は冷たく、澱んでいった。


『警告。対象の生体反応、微弱。……心拍数、低下しています』


エコーの報告に、アルスの眉がわずかに動く。 (……急ごう)


廊下には警備兵の姿もあったが、アルスにとっては障害ですらなかった。 彼らが角を曲がるタイミング、あくびをして視線を逸らす一瞬。 エコーが算出する「死角」を縫うように歩くだけで、アルスは誰の目にも触れることなく、最奥の部屋へと到達した。


そこは、屋敷の中で最も豪華な扉を持つ部屋だった。 だが、その扉には外側から重厚な南京錠がかけられ、食事を差し入れるための小さな小窓がついている。 それは客室ではなく、装飾された牢獄だった。


アルスは再び魔法で鍵を外し、静かに扉を開けた。


「……誰?」


暗闇の中、小さな影が反応した。 天蓋付きの大きなベッド。その真ん中に、少女がちょこんと座っていた。 豪奢だがサイズの合っていないドレスを着た少女――エリーゼ・カステッロだ。


アルスは息を呑んだ。 遠隔視で見た時よりも、実物は遥かに小さく、そして脆く見えた。 窓から差し込む月光に照らされた肌は陶器のように白く、アイスブルーの瞳には焦点が合っていない。


「……ごめんなさい、叔父様。……私、何も言ってない……」


エリーゼはアルスの姿を見ると、反射的に体を震わせ、膝を抱え込んだ。 その口からは、うわごとのような言葉が漏れ続けている。


「……壁のシミ……数えてない……あっちのタイルの数も、知らない……何も考えてない……私は、お人形だから……」


『解析結果。瞳孔散大。長期間にわたる思考抑制剤の投与と、精神的な圧迫による意識混濁状態です』


(……ドルゴン)


アルスの中で、静かな、しかし強烈な怒りの炎が灯った。 この少女は、天才的な演算能力を持つ「人間」だ。 目に入るものすべてを数え、計算してしまうほどの才能。 それを、「余計なことを考えるな」「人形らしくしていろ」と恐怖で縛り付け、薬で思考を奪うなど。


(……私の美学に反する。いや、これは罪だ)


アルスは足音を立てずにベッドへ近づき、怯えるエリーゼの前に膝をついた。 そして、視線の高さを合わせ、努めて穏やかな声を出した。


「……怖がらないで。私はドルゴンではありません」


「……え?」


「何も考えなくていいなんて、そんなことはない。……あなたは、思考していいんだ」


アルスが差し出した手。 エリーゼは、その白く綺麗な手を、不思議そうな顔で見つめた。 思考が霞む頭で、彼女は懸命にアルスの顔を見ようとする。


「……だめ。私、ここから出ちゃ……だめって……叔父様が……」


「そんなルールは、今この瞬間に無効化されました」


アルスは彼女の冷え切った小さな手を、そっと握りしめた。


「あなたは道具じゃない。……どこへ行き、何をするか。それを決める権利は、最初からあなたが持っているんですよ」


その言葉は、凍りついていた彼女の心のどこかを、確かにノックしたようだった。 エリーゼの瞳に、僅かに光が戻る。


「……私、が……決めても、いいの……?」


「ええ。さあ、行きましょう」


エリーゼはおずおずと頷き、ベッドから降りようとした。 だが、長期間の幽閉で弱りきった足は、彼女の体重を支えきれなかった。


「あ……っ」


崩れ落ちそうになった体を、アルスが素早く支える。 あまりにも軽い。まるで鳥の骨のようだ。


「……失礼します」


アルスは迷わず、彼女の体を横抱きに――いわゆる「お姫様抱っこ」で抱え上げた。 エリーゼが小さく息を呑む。


「……っ、重い……よ……?」


「羽毛布団を運んでいるようですよ。……しっかり掴まっていてください」


アルスの胸から伝わる体温。それは、冷たい部屋でずっと孤独だったエリーゼにとって、驚くほど温かいものだった。 彼女は無意識に、アルスの服の胸元をぎゅっと握りしめた。


◇◆◇


部屋を出た直後だった。 廊下の向こうから、カツカツという足音が近づいてきた。


『警告。前方15メートル。警備兵二名、接近中』


逃げ場はない。一本道の廊下だ。 エリーゼの体が強張る。


「……っ! 見つかる……! 隠れないと……!」


パニックになりかける彼女に、アルスは短く「静かに」と囁いた。 そして、走ることも隠れることもせず、堂々と廊下の端に立ち止まる。


(……ちょうどいい。少し試したいことがあったんだ)


アルスは空いている片手で、空中に複雑な図形を描いた。 周囲の空気密度を操作し、光の屈折率を歪める。さらに音波を相殺する振動結界を展開する。


「……光屈折リフレクション音響遮断ミュート。……展開」


直後、アルスとエリーゼの周囲の空間がぐにゃりと歪み――風景に溶け込んだ。 そこにはもう、誰もいないかのように、廊下の壁だけが見えている。


「おい、今の聞いたか? ドワーフの商人が酔っ払って噴水に落ちたらしいぞ」 「ギャハハ! 傑作だな!」


警備兵二人が、談笑しながら歩いてくる。 距離は10メートル、5メートル……そして、目の前。 エリーゼは息を止め、目を瞑った。


だが、怒鳴り声は聞こえなかった。


警備兵たちは、アルスの目の前――手を伸ばせば届くほどの距離を、完全に素通りしていったのだ。 彼らの視線はアルスたちを通過し、その背後の壁を見ていた。


「……え?」


通り過ぎていく背中を見送りながら、エリーゼは信じられないものを見る目でアルスを見上げた。 アルスの顔は、涼しいままだ。


「……魔法? ……透明に、なったの……?」


「光の進み方を少し変えて、私達を『背景』として認識させただけですよ。……ほら、言ったでしょう?」


アルスは歩き出しながら、腕の中の少女に微笑みかけた。


「彼らに私達は見つけられない。……もう、何も怖がる必要はありません」


その瞬間、エリーゼの中で何かが崩れた。 ずっと怖かった。ずっと孤独だった。 でも、この人は――この不思議な魔法使いは、本当に私を連れ出してくれるかもしれない。


「……うん……」


エリーゼはアルスの胸に顔を埋めた。 その目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


◇◆◇


屋敷の裏口を抜けても、アルスは足を止めなかった。 屋敷の周辺はまだ敵のテリトリーだ。 アルスはエリーゼを抱えたまま、王都の入り組んだ路地裏へと滑り込むように走った。


石畳の迷路を抜け、祝宴の喧騒が遠ざかっていく。 月明かりの届かない、古びた倉庫の影。 そこに、一つの小さな人影が待っていた。


「……アルス!」


フードを目深に被ったリエルだ。 彼女はアルスの姿を認めると、駆け寄るよりも早く、安堵の息を吐いた。


「よかった……! 遅いから、もう乗り込もうかと思ってた……!」


「無茶を言うな。……ほら、彼女だ」


アルスが腕の中の少女をそっと下ろすと、リエルはハッとして息を呑んだ。 アルスに支えられて立つ少女は、あまりにも小さく、儚げだった。 裸足のまま、薄汚れたドレスを着て、虚ろな瞳で怯えたようにリエルを見つめている。


「……この子が、アルスの言ってた……?」


アルスが無言で頷く。 リエルは、少女の細すぎる腕と、生気のない顔色を見て、胸が締め付けられるのを感じた。


「……ひどい……こんな小さな子を……」


リエルの目から涙が滲む。 彼女は初対面の挨拶も忘れ、突き動かされるように用意していた厚手の毛布を広げた。


「……寒かったでしょ? もう大丈夫だよ」


リエルは少女をそっと包み込み、母親が子をあやすように優しく抱きしめた。


「……あ……温かい……」


エリーゼはぼんやりとリエルを見つめ、それから安心したように小さく身を預けた。 緊張の糸が切れたのか、彼女はリエルの温かい毛布と体温に包まれた瞬間、深い眠りに落ちていた。 その寝顔は、人形ではなく、年相応の無垢な少女のものだった。


「……リエル、ここからは任せる。宿まで一気に移動しよう」

「うん、わかった。……絶対、守るから」


リエルが眠る少女を背負い直し、力強い瞳で頷く。 アルスは屋敷の方角を振り返った。 闇にそびえ立つカステッロ商会の屋敷。その最上階の窓を見上げ、冷ややかな瞳を向ける。


『作戦完了。対象の確保に成功。これより完全離脱します』


(ああ。……『姫』は頂いた)


アルスの口元に、微かな笑みが浮かぶ。 それは獲物を追い詰めた狩人の笑みだった。


(精々、勝利の夢に浸っているがいい。――貴様らの膨れ上がった『未払い(ツケ)』は、すべて私が回収してやる)


「……行こう」


アルスは短く告げ、闇夜へと身を躍らせた。 リエルもまた、眠る少女を背負い、アルスの背中を追う。 革命の狼煙となる少女と共に、三つの影は王都の闇へと消えていった。

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