010: 家畜のエサ(マダラ根)が絶品ポタージュに。そして敵の本丸に『天才少女』を見つける
※当作品は執筆にあたり「Gemini」、「NotebookLM」を補助として利用しています。
翌日、私はプロミネさん、リエルと共に、王都の下町にある『リリィ孤児院』を訪れていた。
石造りの建物は古びており、壁のあちこちにひび割れが走っている。だが、窓ガラスは曇りなく磨かれ、入り口には季節の野花が飾られていた。
貧しいながらも、住む人々の矜持を感じさせる佇まいだ。
「ようこそお越しくださいました。……お待ちしておりましたわ」
出迎えてくれたのは、昨日、入城の検問待ちで馬車を修理した女性、シスター・エミナだった。
彼女は黒い修道服を完璧に着こなし、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
(ああ、あの時のシスターか)
私は内心で合点がいった。あのボロボロの馬車で、子供たちの食料を調達しようと奔走していたのだろう。
「昨日はどうも、シスター」
「あ、昨日の。あの時はありがとうございました。とても助かりました!」
彼女は一見、普通に感謝の言葉を返してきた。
だが、その瞳の奥がとろりと濁り、頬が一瞬だけ朱く染まったのを私は見逃さなかった。
まるで、待ち焦がれていた甘美な響きを耳にしたかのように。
『報告。対象:エミナ。ドーパミン分泌量、基準値を突破。……特異な嗜好を確認』
エコーが淡々と告げる。いや、淡々としている中に困惑の色が見えた気がした。
どうやら彼女にとって、その肩書きで呼ばれることは何よりの報酬らしい。あまり深く追求しないでおこう。
「子供たち、プロミネさんが野菜を持ってきてくれたぞ!」
プロミネさんがよく通る声で呼びかけると、建物の奥から十数人の子供たちが駆け出してきた。
「わぁ! プロミネのおじちゃんだ!」
「お野菜だー!」
どの子も服はつぎはぎだらけで、手足は枯れ木のように細い。獣人の子供も多く混じっているが、彼らの痩せ方は特に顕著だった。
栄養失調の一歩手前だ。
「さあさあ、今日はとびきり美味い麦もあるぞ。腹いっぱいお食べ」
プロミネさんが目尻を下げて荷物を配る。
荷車には、新鮮な葉野菜やキャベツなど、市場で仕入れたまともな食材も積まれている。だが、それ以上に圧倒的な量を占めていたのは、泥だらけの無骨な根菜だった。
「うぅ……これ、マダラ根だよね。苦くて硬いんだよぉ……」
荷台を覗き込んだ獣人の男の子が、耳をぺたりと伏せて悲しげに呟く。
そこに入っていたのは、ごつごつとした岩のような見た目の根菜だった。表面は泥と細かい根に覆われ、割れた断面からは灰色の繊維が覗いている。
「申し訳ありません。普通の野菜も用意したのですが、この人数全員の腹を満たす量となると、安価なこれに頼らざるを得ず……」
プロミネさんが無念そうに呟く。
マダラ根は王都周辺に雑草のように生えている根菜で、貧民の主食らしい。とにかく硬くて苦いため、通常であればは家畜の餌にされるものだという。
(エコー、成分解析。この食材の可能性を測れ)
『了解。対象:マダラ根。繊維質が強固でアルカロイド系の苦味成分を含有。ですが……』
視界に成分グラフが表示される。
私はその数値を見て、心の中で指を鳴らした。
『潜在的な糖度はサツマイモに匹敵します。適切な加圧処理と酵素分解を行えば、苦味成分は旨味へと転換可能です』
なるほど。調理法が間違っているだけか。
不味いと言われる原因である繊維質も、分解すれば滑らかな舌触りに変わるはずだ。
「……ゴミ同然に扱われているが、これらはまだ『本当の価値』を引き出されていないだけです」
「えっ?」
シスター・エミナが驚いたように私を見る。
「調理工程を最適化すれば、これらは高級食材に化けますよ。……今から少し、手直ししましょう」
私は食材の入った木箱の前に立ち、右手をかざした。
「エコー、調理開始。加圧、分解、再構築」
私の手元から、青白い幾何学模様の光が溢れ出した。
それは魔法陣というより、空中に描かれた設計図のようだ。光の粒子が泥だらけのマダラ根を包み込み、高速で回転を始める。
バシュッ、シュゥゥ……。
微かな音と共に、硬い繊維がほぐされ、苦味成分が分子レベルで分解されていく。泥は弾け飛び、中身は黄金色のペースト状へと変化していく。
「あ、あれ? なんかいい匂いが……」
鼻をひくつかせた男の子が呟く。さっきの獣人の男の子だった。
その言葉通り、厨房には信じられないほど甘く芳醇な香りが漂い始めていた。まるで上質な焼き菓子か、果実を煮詰めたような香りだ。
「仕上げだ。……完成」
私が指を鳴らすと、光が弾け、大鍋の中には黄金色に輝くポタージュスープが出来上がっていた。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
私が器によそって差し出すと、リエルがおっかなびっくりスプーンを口に運んだ。
そして、
「んんっ!?」
リエルのエメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれる。
「おいひぃぃぃ……!」
彼女は頬を押さえ、とろけるような顔をした。
「苦くない! お砂糖入れたみたいに甘くて、トロトロで……こんなマダラ根、食べたことないよぉ!」
その反応を見て、子供たちも我先にと鍋に群がった。
一口食べた瞬間、彼らの痩せこけた頬に赤みが差し、次々と笑顔が咲いていく。
それはただの根菜スープだが、彼らにとっては魔法のご馳走だった。
「信じられませんわ……。あのマダラ根が、こんなに甘くなるなんて」
エミナが震える声で言う。
だが、すぐにその表情が悔しげに歪んだ。
「毎月ご支援頂いて、プロミネ様には頭が上がりませんが、今月もまた、カステッロ商会からの支給金が減らされました。『物価高騰のため』と言われれば、私たちは従うしかありません。抗議をすれば、『嫌なら出て行け』と……」
「9割の中抜き、でしたか」
私は冷ややかに呟く。
「ええ、そうです。カステッロ商会は『慈善事業』として国の運営委託を引き受けましたが、その実態は……国からの助成金を『管理費』の名目で自社の利益に回しているだけなのです」
プロミネさんが補足する。
なるほど、善意の仮面を被った寄生虫か。
国から子供たちへ支払われるはずの金が、彼らの財布を経由することで消滅している。この非効率な金の流れは、早急に修正しなければならない。
◇◆◇
孤児院を後にした私たちは、プロミネ商会の馬車で帰路についていた。
「さて、敵の本丸を覗いてみますか」
私は座席に深く座り直し、目を閉じた。
「アルス? 寝ちゃうの?」
リエルが顔を覗き込む。
私は「少し集中するだけだ」と短く答え、意識を拡張した。
(エコー、遠隔視モード起動。対象座標:カステッロ商会、執務室)
『了解。マナの波形を同調。……接続』
私の脳裏に、鮮明な映像が浮かび上がる。
そこは、商会の最奥にある豪奢な執務室だった。
書類の山に埋もれるようにして、一人の男がペンを走らせている。
中肉中背、整えられた口髭。どこにでもいそうな風貌だが、その目は笑っていない。
カステッロ商会の実質的な支配者、ドルゴンだ。
「……クックッ。今月も上々だな」
彼は二つの帳簿を見比べて、ニヤニヤと笑っていた。
一つは税務署に見せるための偽装帳簿。もう一つは、彼の手元にだけある真実の帳簿だ。
部屋には誰もいない。部下すら入れていないようだ。
(なるほど。正規の帳簿と裏帳簿、両方の整合性を自分一人で取っているのか)
用心深い、というよりは病的な不信感だ。
他人を信用できない小心者が、権力という鎧を着込んでいる。
システムとしては脆弱だ。彼一人が倒れれば、組織の機能は麻痺する。
「……おや?」
スキャン範囲を屋敷全体に広げた時、奇妙な反応を捉えた。
厳重な金庫室でも、隠し部屋でもない。
上階にある、日当たりの悪そうな一室。そこに、微弱だが特異な生体反応がある。
(エコー、フォーカス。あれは誰だ?)
視界が切り替わる。
そこにいたのは、部屋着姿の少女だった。
年齢は12、3歳だろうか。縦ロールの金髪は手入れされているが、艶がない。肌は陶磁器のように白く、生気を感じさせない。
服装は貴族の令嬢としてはみすぼらしいものではないが、きわめて質素であるようだ。
彼女はベッドの上で膝を抱え、ただ虚空を見つめていた。
部屋の鍵は開いている。だが、彼女自身が外に出ようとする意志(気配)が全くない。
手元には何もない。本も、玩具も。
彼女は、何もしていなかった。
ただ、死んだような目で、時間を浪費しているだけだった。
『解析完了。対象:エリーゼ・カステッロ。商会の正統な現当主です』
(当主……。話には聞いていたが、若いな……)
事前に集めた情報によれば、先代当主の急死後、幼い娘が跡を継いだとされていた。だが、まさかこれほど幼いとは。
『精神状態……極度の「喪失感」による萎縮を確認。両親の死後、ドルゴンによって外界から遮断され、「無力な存在」として学習性無力感を与え続けられています』
ドルゴンは彼女を「お飾り」として生かしているのか。
いや、それだけではない。
『報告。脳波パターンに特異性を検知。……並列演算処理への極めて高い適性を確認。彼女は、膨大な数字の羅列を「映像」として認識できる特殊能力者です』
戦慄が走った。
ドルゴンが一人で帳簿を管理している理由がわかった。
彼はこの少女の能力を利用しているのではない。
――恐れているのだ。
もし、この天才的な計算能力を持つ少女が、商会の帳簿を一目でも見れば。
ドルゴンが必死に隠している不正や横領の痕跡など、映像として一瞬で見抜かれてしまうだろう。
「なるほど、ドルゴンは彼女の悲しみに付け込んでその才能を封印し……、殺すつもりなのか」
私の胸の奥で、静かな怒りの炎が燃え上がった。
それは正義感じゃない。研究者としての義憤だ。
あんな素晴らしい才能が、あんな狭い部屋で、くだらない保身のために殺されている。
これは、世界規模の損失だ。
「……決めた」
私は現実世界で目を開けた。
馬車の中、リエルとプロミネさんが不思議そうに私を見ている。
「リエル、プロミネさん。……少し予定変更です」
「変更? どうするの?」
「敵の親玉を引きずり下ろすだけじゃ足りません」
私は窓の外、遠ざかるカステッロ商会の屋敷を睨みつけた。
「あの中に、埃を被ったまま放置されている『宝石』を見つけました」
「宝石……ですか?」
プロミネさんが首を傾げる。
私は、今見た少女のことを二人に説明した。
「ええ。名前はエリーゼ・カステッロ。まだ12歳ほどの少女ですが、商会の正当な当主です。彼女は天才的な演算能力を持っていますが、それを恐れたドルゴンによって屋敷の奥に閉じ込められ、心を閉ざしています」
私は熱っぽく続けた。
「ドルゴンを排除した後、その『宝石』を磨き上げて、本来立つべき『表舞台』に立ってもらいます。彼女の能力があれば、この国の経済システムすら最適化できる。……磨けば、この国一番の輝きを放ちますよ」
私が新たな「原石」の発見に高揚し、手放しで語っていると、隣にいたリエルがむぅ、と頬を膨らませた。
「……なんか、アルスが他の女の子のこと褒めると、面白くないなぁ」
彼女がボソリと呟いた言葉は、馬車の走行音にかき消された。
「え? 何か言ったか、リエル」
「な、なんでもない! もう、アルスのバカ!」
リエルがプイとそっぽを向く。
理由は分からないが、機嫌を損ねてしまったらしい。
まあ、感情という変数は複雑すぎて今の私には解析不能だ。
私はニヤリと笑った。
さあ、最高のショー(演出)を始めよう。
悲劇のヒロインを、最強の女王へと変貌させる、大掛かりな『アップデート』の時間だ。




