初めてのデート【前編】
張り紙をして数日経ったが、マナ以外の人物が訪ねて来ることはなかった。あの張り紙ぐらいの宣伝力じゃこの程度か。
正直、マナが来てくれなかったらキツかった。でも結果的に来てくれてしっかりとお客になってくれた。あとはしっかりと今日楽しませれば固定客が付く可能性が高い。
待ち合せの時刻よりも30分前に集合場所に着き、今は彼女のことを待っている。
一応、お金を貰っている以上、今日は彼女を第一優先に動いていく。何よりも彼女のために行動して、楽しませて、結果的に大満足で帰ってもらう。それ以上のものが必要ない。
集合時間の10分前になると…マナさんが現れた。僕を見つけて少し小走りでこっちにやってくる姿は少し子犬っぽいと思ってしまったが、今日は楽しませる相手という認識に変えた。
そして彼女がこの世界で一番美しい相手だと自分に暗示を掛ける。心の底から彼女のことを綺麗だと言えるように。そう思わないとお客さんには失礼だし。
そんな心構えをしている間に彼女は僕の目の前まで来ていた。
「お、おくれてすいません」
「いえ、俺も今来たところですから気にしないでください」
目の前のマナは予想以上に遅れてきたことを気に病んでいるような雰囲気だ。
「…すいません」
このままデートに突入するのは少しまずい。全てを楽しい思い出にするためにも、ここは俺が少し積極的に動くしかない。
「マナさん、とても美しいです」
価値観が違うから仕方ないとはいえ、前世であれば引く手あまたの美人だ。
「右手を出してくだいませんか?」
「右手ですか?」
「はい、お願いします」
マナは首を傾げながらも右手を差し出してくれたので僕はその手を優しく握った。
「じ、じゃあ行きましょうか」
マナの性格はある程度、情報収集や接していく中で分かった。かなりの奥手で自分の口から何かをして欲しいと素直に言えるような性格じゃない。それならこっちがなるべく彼女の心を汲んであげるのが大事なこと。
そしてこの場合、落ち込んでいる彼女に対してそれを打ち消すぐらいに衝撃的なことをしてあげればいい。情報収集が正しければマナは男の触れたいという欲が強い。
「え…え、ど、ど、どういうとですか!?」
「手を繋ぐのは嫌ですか?」
そう問いかけるとマナは全力で首を横に振ってくれたので、僕は続行することにした。ここで嫌だという意思を示されれば普通に離した。クライアントの意向は絶対に遵守するべきだから。
「早く来れなかったことをそんなに落ち込む必要はありません。それにこれからマナさんと俺はデートをするんですから、そんな辛そうな顔をしないでください。マナさんが悲しんでいると俺も悲しいので」
少しでも落ち込み具合を緩和したい。そうでないと気分が沈んだ状態でこれからデートをしなければいけないので。
マナにも俺の言葉が届いたのか、さっきまでの暗い表情ではなくなってきた。
「そ、そうですよね。これからデートをするんですもんね」
「はい、しっかりとマナさんのことをエスコートしますので今日はよろしくね」
「は、はい…」
それから手を繋ぎながら最初に向かったのは雑貨屋。本当は違う案も色々考えたが、マナは雑貨などが好きらしいし、最初ちょっと落ち込ませてしまったこともあってまずはマナのテンションが上がりやすいであろう場所に行くのが定石だ。
雑貨屋に着くとマナの顔はどんどん明るくなって、雑貨屋の小物などを手に取り、輝いた瞳を向けている。
どうやらここを一番手に選択したのは間違っていなかったようだ。正直、物を買って荷物になるのは避けたかったが、別に俺が手を繋ぐ手と反対の手で持てばいいし。
雑貨屋にいつ時間が長ければ長い程、マナのテンションはうなぎ登りに上がっていく。
「これとかきれいですよね!?」
「そうだね。とてもキレイだ」
「そうですよね。これもいいですし、こっちのもいいですよね」
ここで何か一つマナにプレゼントをする予定だ。正直一回目のお客さんだ。
それなりにサービスをするべきだろうし、マナがこれからリピータになってくれる可能性を考えれば多少高かったとしても将来への投資だと思えば何も問題はない。
一応、俺はこのレンタル彼氏で一人立ちできるまでは宿の近くの料理家でウエイターとして働いているので、金銭的にはギリギリ大丈夫だ。ウエイターの給料はそんなに良い方ではないが、それを我慢してレンタル彼氏として成功すればそれなりのお金が転がって来る。
「マナさんが楽しそうにしているのを見るのは嬉しい」
「ご、ごめんなさい。さすがに子供っぽかったですよね」
「ううん。俺はマナさんの新しい一面が見れてとっても楽しいよ」
まだマナと会うのは三回目だ。一回目は俺の部屋に来た時、二回目は日程の調整をした時、そして今日が三度目だ。まだマナのことを全然知らない。
そして今のマナの姿は知らない。今までおどおどしていて、目を見て会話をするのも難しいような人というイメージ。それが雑貨屋に来ただけですごくテンションが上がって、普通に目を見て会話をしてくるのだ。
本当に人間って好きなことをしている時が一番自分らしくいられるのかもな。
そんなことを考えているとマナが俺との距離を縮めてきた。
「どうしたんですか?」
「ヒロさんって優しい方ですよね」
ヒロというのは僕がこの世界に来て、適当に付けた名前。前世の名前をそのまんま名乗るのは少しリスキーな感じもして、前世の名前の一部分を使うことにした。今更だけど、そのまんま名前を使っても良かったんじゃないだろうか。
「別に普通だと思いますよ」
いや、優しい方のはずだ。そうなるように演じているし。ここの世界の男たちの根底には自分たちは特別扱いされるべきというものがある。たぶん、それは男女比の偏りなどを含めて色んなことが影響しているんだとは思うけど。
それに加えてマナの容姿だと世間からの評価は最悪。
王国騎士という仕事があるが、それでもやはり容姿というのはとても重要な部分なのだ。さっきの言葉から推測するに彼女は今まで俺のように少し下手に出るような接し方をされたことがないんだろう。だから、こんな接し方だけでも『優しい』と感じるのだ。
「いえ、とても優しい方です。私のことを女として扱ってくださって、デートまでしてくれる人が優しくないわけありません」
「…どうですかね」
お金が貰えるからデートをしているだけ。別にそれ以上でもそれ以下でもない。俺の価値観ではキレイな顔立ちだし、デートを出来ることに嬉しさがゼロということもない。
「少なくても俺はマナさんとデートができて嬉しいです」
「…わ、わたしもうれしいです」
マナの顔は赤みを帯びていて、本当にこの人は心の底から初心な人だと思った。




