奴隷に名前を付ける
街を出る前に奴隷の服は揃えないといけない。匿って過ごすにしても何も着ずにいるのはさすがに難しいだろう。
首元は絶対に隠せるもの、体の傷や痣を隠すもの、これは必至だな。見た目だけでも普通のエルフの子供に見えるようにしないとだ。
こう考えると何度も思うが、見捨てる方がよかったと思う。
そしてこれも何度も思うが、それなら見捨てればよかったのに見捨てなかったんだから、諦めろよ、自分。
衣服などを買いに行くのにサイズとかを含めて連れて行きたいが、少しでもリスクは減らさなければ見つかる。見つかったら全てが無駄になる。
ここは置いていくのが賢明な判断だな。
「俺はちょっと街に行って来る。大人しく家で待っていろ」
それだけ言い残して、俺は家を出た。
街に出て、子供服を売ってそうな店に行くと、訝し気な目をされたが気にせずに買い物を進めていく。
「確かこのサイズだったか」
「エルフの女児が着る服っていうのは一体どういうものがいいんだ」
「子供服って思っていたよりも高いな。これだとあんまり多く買うのは難しい」
周りの目は気にならないが、買い物は一度で全て済ませたい。俺にはファッションセンスと呼べるようなものがないと言ってもいい。服なんて着ていればいいと思っているような人間だからな。
だが、最低限子供が着ていておかしくないような組み合わせの服は選んでおきたい。さすがにファッションセンスが皆無そうな服だろうが、怪しまれるようなことはないとは思う。というか思いたい。
そんなことで怪しまれるのは勘弁したいしな。
店員などにも聞いて、なるべく似合いそうな服を見繕った。
「これで…それなりのものは見繕えたと思うが」
そして家に帰るとエルフの奴隷は大人しく座っていたが、その場所には水たまりのようなものができていた。
「おい…まじか…」
奴隷というのは言われないとトイレもできないのか。
「これは意識改革も含めるとかなり時間が掛かりそうだな」
それからまずは漏らした床を掃除して、トイレの仕方を教えて、お風呂に入れた。
奴隷の首輪などが邪魔で着替えさせるのには時間を要したが、どうにか買って来た服に身を包ませた。
「まぁ…これで首輪の部分を隠せれば普通のエルフの子供だな」
首輪が大きいので隠すのには手間を要するのがめんどくさいが、これは仕方ない。これからしばらくは気温も下がり、厚着をしないと外を出歩くことも困難だろう。そういう意味ではマフラーとかで隠せるはずだ。
少し不自然になるかもしれないが、それでも隠せばいい。
「お前の名前はなんて言うんだ?」
「………」
「名前は?」
「………」
いくら問いかけてもそれに答えてくれる気配はない。というか名前を持っているのか。
俺はこいつがどんな風にして今に至るのか、全く把握していない。奴隷の子として生まれたとかだったら、生まれた瞬間から名前などない。俺は奴隷になったことがないからあんまり詳しく知らないが、聞いた話によるとそれぞれに割り当てられた番号で呼ばれるらしい。
前世のプリズンみたいな感じだなぁ…と思った覚えがある。
「名前がないのか?」
その問いかけに対しても反応を示さない。
このままだと意思疎通を取ることも出来ない。それはさすがに面倒だと感じるが、こいつが意思疎通をしようと思わない限りしないだろう。
脅せば、奴隷という境遇なこともあって会話をしようとするだろうが、それだと恐怖心での支配になる。別にこいつに対して情はないが、恐怖心で支配することに対しては慎重的な考えになっている。
それは最後の手段として残しておくべきだ。
「喋らない何も伝わらない。お前がどんなことを思っているのかをまず話してくれ」
この世界の識字率はそこまで高くない。特に奴隷のような階級の最下層は教育というものを全く受けられない。そうなると意思疎通の方法は口から発する声しかない。
さすがにこのままというわけにはいかないから、少し優しく接してみることにする。
「俺はお前を助けた。別に救世主みたいに思えとまでは言わないが、少なくても俺はお前の敵ではないとだけ伝えておく」
味方だと断言することはできないが、今の俺は別に敵というわけではない。というか助けた時点で敵という言葉は当てはまらないとは思うが。
まぁ、こいつの敵を認定するラインがどの程度なのか分からないがな。
それにこいつが言葉をどの程度、理解できるのかも今の状態じゃ分からない。
それでもエルフは言葉を発する感じが全くないので、今日は諦めるかと思って踵を返した。
「…あ、あ……の……」
声がして振り返るとそこには怯えた顔をしながらも、僕を見つめていた。
「なんだ声は出るんだな」
静かにうなずく。
「俺はヒロだ。お前の名前はなんだかわかるか?」
「……な…い……」
「そうか。ないのか」
さすがに名前がないは不便だな。お前っていう抽象的には呼べるが、固有名称があった方がこっちとしては呼びやすい。
「じゃあ、お前の名前を俺が付けても構わないか?」
肯定的なことを示すために小さく首を縦に振っていた。
どんな名前がいいのか分からないが一先ず、俺が呼びやすい名前にするか。
「お前の名前はシオリだ」
「…しおり……」
この世界に馴染むような名前ではないが、俺の頭の中に浮かんだ名前は『シオリ』だった。なんでこの名前が最初に浮かんだのかは分からないけど、ただ最初に浮かんだのはその名前だった。
「嫌だったら別に変えるが、どうだ?」
エルフは首を縦に振ったので、どうやらこの名前でよさそうだ。
まず名前が決まっただけでもかなりの進歩だと考えるべきだ。
そこから俺とシオリの生活が始まったが……早いうちに引っ越して、レンタル彼氏として仕事をし始めないといけない。




