その日、ミナトが目を覚ました(かもしれない)
昼休み、教室の窓際に座ったミナトは、机に頬杖をつきながら、何やらご機嫌な顔をしていた。
「なぁ、みんなってさ、進学どうするん?」
唐突にそんなことを聞いてきたミナトに、近くにいたツバサ、サクラ、カナデは顔を見合わせた。
「……今さら?」
と、冷静な声で返したのはツバサ。彼女はスマホを置いて、ミナトの方を見た。
「一応、前から言ってたよね。私たち三人、◯◯大学の理系コース、受けるって」
「うん、そうだよー。サクラも、カナデも一緒ー♪ ミナトくんもくるー?」とサクラが笑顔で言った。
「……君の学力次第では、同じ敷地に入れる可能性はゼロではないけど」
カナデが眼鏡を直しつつ冷静に返す。
「え、みんな同じ大学行くの? すごい偶然じゃん!」
「偶然じゃなくて、最初から一緒に目指してたって話。何度も言ってたよ、ミナト」
「へぇ〜、じゃあ俺もそこ行こうかな。うん、決めた!」
「いやいやいや! あんた成績ギリギリでしょ!」
と、ツバサが食い気味に突っ込む。ミナトはヘラっと笑って言う。
「まぁまぁ、これから頑張れば間に合うっしょ。気合と根性でなんとかなるって!」
「根性だけでどうにかなるなら、誰も苦労しないっての。てか、追試控えてるでしょ?」
「……あ、それなー。追試っていつだっけ?」
「来週の水曜だよ」
静かに、しかし鋭く刺すような声で割って入ったのはミコト。いつの間にか背後に立っていた。
「わっ、ミコト! びっくりしたー」
「先輩が学習能力なさすぎて、こっちがびっくりですよ。追試ですよね?」
「まぁまぁ……今度は本気出すって!」
「出す出す詐欺ですけど」
ミナトは苦笑しながら頭をかく。ツバサとカナデ、サクラも苦笑いを浮かべるが、次の瞬間、何かを察したように三人の目が光った。
「……え? みんな、なんでそんな顔してんの?」
「――見逃さなかった」
ツバサがにやりと笑った。
「ついに、ミナトが『本気出す』と言った……これは……」
「一年に一度あるかないかの、真剣モード……!」とカナデ。
「うわー、伝説のやつー!」とサクラ。
「なんでそんなワクワクしてんの……?」
ミナトが戸惑っていると、ツバサがすっと立ち上がり、彼の机に手を置いた。
「よし、決めた。ミナトを、私たちで、合格させよう」
「え? いや、あの、そんな大げさな……」
「大げさじゃないよ。むしろ、ここが勝負どころだしね」
カナデも頷きながら、スマホを取り出す。
「統計的に見ても、今からの一週間が勝負。勉強時間、質、記憶の定着率――全部、今ならギリ間に合うライン」
「でも、俺一人じゃ絶対無理だって」
「だから、手伝うんだってば!」
サクラがニコニコしながらミナトの肩をぽんぽんと叩く。
「なんか、急に怖くなってきた……」
「今ごろ気づいたんですか、先輩」
とミコトが冷たく言い放ち、席に戻る素振りを見せたが、ツバサがちらりと目をやると、ミコトは渋々戻ってきた。
「一応、観察対象なので。追試に落ちたら……まぁ……」
「ねえ、ミナト。私たちと同じ大学、行きたいって言ったよね?」
ツバサのその一言に、ミナトは一瞬で顔を赤らめた。
「そ、そりゃあ……行きたいけど……」
「じゃあ、やるしかないでしょ。……私も、そのほうが、嬉しいし」
最後の一言は小さくて、ミナトにだけ届いたようだった。彼は目を見開いたまま、しばらく固まる。
「……よしっ。やる気出てきた!」
「ちょろっ」
「はいそこ、ミコト。今のは見逃してやれ」
放課後。生徒会室を借りて、臨時の勉強会が開かれることになった。
ミナトは、中心に座らされ、四方をツバサ、カナデ、サクラ、ミコトに囲まれていた。
「えーっと……これ、なんかの取り調べかな……?」
「違う。補習です」
「地獄のやつだよー♪」
「カナデ先生、今回はどの科目から始めます?」
「英語から。文法の基礎を一から叩き込む」
「了解です。私は英単語の暗記を担当する」
「私は、音読で発音とリズムを覚えさせまーす♪」
「じゃあ私は……応援係で!」
「無能宣言しないでください、先輩」
ミコトの容赦ないツッコミが飛ぶなか、勉強会は始まった。
「えっと、現在完了と過去完了の違いって何だっけ?」
「『have+過去分詞』が現在完了。『had+過去分詞』が過去完了。時間軸の違いを意識して」
「え、時間軸?」
「……図を書いて説明するから、聞くのよ」
カナデがささっとホワイトボードに時間軸を描いていく。
「……おお、なんか、わかる気がしてきた!」
「気がするじゃダメなの! 実際にできるようになって!」
サクラが励ましながら、紙を持って近づく。
「じゃあこれ、読んでみて〜」
「O-okay. This is… a pen?」
「昭和か!」
全員から総ツッコミが飛ぶ。
「……でも、なんか、楽しいかも」
「うん?」
「みんなでやると、なんか、頑張れる気がする」
「だから最初から言ったでしょ。私たちが、力になるって」
ツバサが微笑むと、ミナトは照れくさそうに頭をかいた。
その横で、ミコトが一人、スマホに「ミナト先輩、やっとスタートラインに立つ」と書きつけた。
そして、そのノートの端には、小さな文字でこう続いていた。
「……三度目の告白は、追試が終わってから、かな」
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翌週、水曜日。
追試会場を出てきたミナトは、開口一番こう言った。
「やりきった……たぶん合格してる……!」
「お疲れさま、ミナト先輩」
ミコトが小さく笑った。
「結果が出るまでは安心できないけどね」とカナデ。
「とりあえず、よく頑張ったよ、ミナト」
サクラが満面の笑みで拍手する。
ツバサは――何も言わず、でも、そっとミナトの手を取った。
驚くミナトに、彼女は小さく囁いた。
「次は……一緒に、大学目指そうね」




