観察者たちの夜
薄暗い寮の一室。カーテンの隙間から漏れる街灯の光が、机の上に置かれたスマホを照らしていた。
ツバサはベッドの上で体育座りをしながら、スマホ画面を睨みつけていた。既に30回はやり取りを交わしたメッセージのトーク画面。その相手の名前は——カナデ。
ツバサ(文字):「観察者って、どういう意味? 冗談だったら、訂正して」
カナデ(文字):「冗談じゃないよ。事実だよ。ツバサの観察者。それが私の役目」
「……やっぱり、意味わかんない」
ツバサは眉をひそめ、ため息をつく。
そのとき、ノックの音。
ツバサがドアスコープを見ると脳天気な笑顔を浮かべたミナトがひょこっと顔を出した。
一応、ドアを開けるツバサ。
ミナト「おーい、ツバサー! お菓子買いすぎたから一緒に食べようぜー!」
ツバサ「……今そういう気分じゃない」
ミナト「マジか! え、怒ってる? 腹減ってる? それともテストのこと?」
ツバサ「ミナト、ちょっと黙ってて。考え事してるの」
ミナト「そ、そお……なんかあった?」
そこに、サクラとミコトも姿を見せた。サクラはクッションを抱えてにこにこしている。
サクラ「わー、おやつの集い? 参加しまーす」
ミコト「集いじゃなくて、ただのお裾分けでしょう。ていうか、ツバサ先輩、顔が真剣。何かあった?」
ツバサはためらいながら、スマホを掲げて見せた。
ツバサ「カナデから……私、観察されてるって言われた」
ミナトが「へえ?」と首を傾げ、サクラは「観察って? 動物園みたいな?」と天然発言。
ミコトだけが、一瞬だけ目を細めた。
ミコト「……なるほど。しれっと自白してましたもんね、カナデ先輩」
ミナト「え、え? なになに? どういうこと? 」
ツバサ「わからない。だから、カナデに30回もメッセージ送った。でも……彼女、全部肯定しかしないの」
サクラ「でもカナデちゃんって、優しいよ? すごく丁寧にノートまとめてくれるし、アイスの味覚えてくれてるし……」
ミコト「それ全部、観察の成果でしょうね」
サクラは「なるほどー」と納得してるのかしてないのか、曖昧な顔。
ミナト「えと、僕はミコトに観察されてるし」
その言葉に、部屋の空気がピタリと止まった。
ミコトが軽く笑みを浮かべる。
ミコト「観察してますよ、ずっと。ミナト先輩のことは」
ツバサ「ミコト……」
サクラ「おおー、すごいね! ミコトちゃん、研究者みたい!」
ミナト「俺のどこが面白いの?」
ミコト「行動が予測不能で、時に論理を超越するからです。観察対象としては退屈しません」
ミナト「おお、なんか褒められた気がする!」
ツバサはそのやり取りを聞きながら、ふと視線を落とす。
ツバサ「ねえ、ミコト。……カナデが私を観察してるってこと、知ってた?」
ミコトはわずかに間を置いて、頷く。
ミコト「はい。でも、教えるべきタイミングが来るまで黙ってました。今がそのときですか?」
ツバサ「……納得は、してない。でも、彼女が私に嘘をついてないことだけはわかる」
ミナト「でも観察って……何のために? ツバサを好きとか?」
ツバサが顔を赤らめ、慌てて否定する。
ツバサ「ち、ちがっ……そういうのじゃないでしょ!」
サクラ「ツバサちゃん、顔真っ赤だよ? 」
ツバサ「な、何がよ!」
ミナト「なんか楽しそうでいいなー」
ミコトが即座にツッコミを入れる。
ミコト「観察されてるの知ってて、二度も告白されてるのに気づかないのは、もはや才能です」
ミナト「え、え? それ言う……」
サクラが「また言ってる〜」と笑いながらクッションに顔を埋める。
ツバサはその場からそっと視線を逸らした。ミコトの瞳が一瞬だけ彼女に向く。
ミコト「……まあ、それも含めて『観察対象』なんでしょうね。ツバサ先輩」
その言葉に、ツバサはカナデからの最後の返信を思い出した。
カナデ(文字):「観察って、ただ見てるだけじゃない。観察対象者だけじゃなくて、ツバサを理解したくて、ずっと見てきたの」
ツバサ「理解……か。私、誰かにそうされる価値がある人間なんだろうか」
ミナト「あるに決まってるじゃん。ていうか、ツバサってたまにそういう変なこと言うよなー。もっと自信持てよー!」
ミコト「同感ですね。ツバサ先輩は、誰かに見られるだけの魅力がある。私も、そう思います」
サクラが手を挙げる。
サクラ「私も見てるよー! ツバサちゃん、かっこいいもん!」
ミナト「俺も! ツバサの勉強の集中力とか、すごいと思う!」
ミコト「(……告白二回誤魔化してるのに、よく言う)」
ツバサ「……みんな、ありがと。でも、やっぱり私はカナデに直接聞きたいことがある。もっとちゃんと」
ミナト「よっしゃ、じゃあカナデ呼ぼうぜ! 今すぐ!」
ミコト「夜です。迷惑です」
ミナト「あ、そっかー……じゃあ、明日?」
ツバサは頷いた。部屋の空気が少し、和らいだ気がした。
夜が深まる中、観察されることの意味を、彼女たちは少しずつ知っていく。
そして、それは『ただ見つめる』ことではなく、『理解しようとする』行為であることを。
観察者たちの夜は、まだ始まったばかりだった。




