五人で歩く夏の夜
「遅いなぁ、ミナト……もう十五分だよ?」
ツバサは腕時計をちらりと見て、苛立ち半分、心配半分のため息をついた。
「まー、ミナト君だしねぇ。そのうち『あれ?今日って祭りだったっけ?』とか言いながら来るんじゃない?」
サクラが浴衣姿で、りんご飴の袋を揺らしながら笑う。
「それ、普通にありそうだから怖いんだよね……」
ミコトは浴衣の帯を整えつつ、視線をスマホに落とす。
「GPSだと……あ、あと100メートルくらいで到着するっぽい。ほら、もうすぐ——」
「おーい!みんなーっ!」
元気いっぱいに駆けてくる男、それがミナトだった。額にうっすら汗、浴衣もどこか着崩れている。
「……やっぱり本当に、遅れて登場してきた」
ミコトがぼそりと呟いた。口調は平坦だが、目の奥が少しだけ鋭い。
「いやぁ、聞いてよミコトちゃん。今日はほんっとツイてなくてさ!」
「いつもツイてないの間違いじゃないですか?」
「ひどっ!? 俺、そんな運悪くないでしょ?」
「先輩、朝から寮に閉じ込められて、昼には猫に引っかかれ、午後は自転車とぶつかりかけ、スマートリングは一瞬無くして、アイスは地面に落とし、さっきは浴衣の帯がトイレのドアに挟まって……で、五個目ですね」
「よく数えてたな!? もしかして観察してた!?」
「ええ、してましたよ。観察対象ですから」
にっこり笑ってスマホをミナトに見せる。そこには「ミナト先輩今日のトラブル記録(5件)」と表示されていた。
「……お、おれ監視されてる……?」
「観察です」
「どっちでも怖いよ!」
「さて、ミナトが来たことだし、そろそろ露店めぐり、始めましょうか」
ツバサが冷静に話を切り替える。
「うんうん!あたし、焼きとうもろこし食べたい!」
「私は射的、今年こそ景品取ってみせる……!」
サクラとカナデがそれぞれの目標を口にする。
「私は、特に……まあ、先輩の観察を続けます」
ミコトはそう言って、そっとスマホを構え直す。
「ちょっと待って、ミナトの観察って公式イベントなの?」
「非公式ですけど、公にして許可を得てます」
「え、そうなの?」
「う、うん……まあ、なんかこう、成り行きで……」
ミナトは目を逸らして頬をかく。ツバサがその様子を横目で見て、小さく眉をひそめた。
(……やっぱりミコトさん、ミナトのこと……)
思考を巡らせる間にも、露店通りは賑やかに進んでいた。
「わー!見て見て!金魚すくいだよ!」
サクラが走り出す。
「わ、サクラちゃん、走ると転ぶって——」
ドンッ。
「いたたた……」
案の定、転んで膝をついたサクラを、ミナトが駆け寄って支える。
「だ、大丈夫?」
「う、うん……てへっ」
「まったく……天然ってレベルじゃない」
ミコトが呆れ顔で呟く。
「でも、サクラのこういうところが……ちょっと可愛いって思うよ」
ミナトの言葉に、その場の空気が一瞬止まる。
「…………」
ミコトが黙り込む。
「…………」
ツバサも黙り込む。
「……え? 俺、なんかまずいこと言った?」
「いや、いいんじゃない?自然体で」
カナデがさらりとフォローするが、内心では(この男、無自覚で地雷踏み抜く才能がすごい)と呟いていた。
「次、かき氷行こうよ! 青いのが食べたい!」
「青……ブルーハワイのこと?」
「うん!青いやつ!」
サクラは嬉しそうに手を振りながら、今度は走らず歩いて向かう。
その間、ミナトはふとミコトの方を見る。
「ミコトちゃん……観察者って大変だね」
「……いえ、2回告白したの覚えてますか?」
「う……そ、それは……いや、覚えてるけどさ……!」
「じゃあ、それだけです」
「……それだけって」
「今日も、先輩が無事に夏祭りに来られるか、気になっただけですよ」
静かな声だったが、どこか熱を秘めていた。
ツバサはそのやりとりを無言で見つめていた。何かを飲み込むように、小さく目を伏せる。
「……ツバサ?」
「な、なんでもない。さ、次の露店行こう」
笑って見せるその顔に、ミナトは何も気づかない。
やがて、夜も更け、花火の時間が近づく。
「ここ、座れるよ!」
サクラが河川敷の草の上にレジャーシートを広げる。
「わあ、いい眺め……」
「……あ、始まる」
ドン、と夜空に一発目の花火が上がる。
パッと開く光に、五人の顔が照らされた。
「きれい……」
「ほんとだね」
ミナトがぽつりと言う。
その瞬間、ミコトが隣でそっと何かを言いかけて、やめる。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
「……そっか」
またドン、と花火が上がる。
ツバサは、ミナトとミコトの間に流れる空気を読みつつ、自分の心に問いかける。
(これが、好きってことなんだろうか)
答えはまだ出ない。けれど、手元の浴衣の袖をぎゅっと握るツバサの視線は、ミナトの背中を見つめていた。
(……たぶん、そうなんだと思う)
冷たいラムネの瓶が、コトンと足元で音を立てた。
その夜、五人は最後の花火を見届ける。
笑い、驚き、沈黙、そして小さな恋心が、夜空に混ざってはじけた。
——終わりじゃないけど、ひとつの物語の区切りとして。
そして、また新しい一日が始まる。




