空の色って、まるでラムネの残りカスみたいだな
梅雨空の下、校舎の裏手。ミナトは一人、のんきに空を見上げながら呟いていた。
その表情は実に晴れやか。今にも雨が落ちてきそうな曇天の下で、彼だけが別世界にいるようだった。
「今日もいい日だ!」
呟いて、小さく伸びをする。そんな彼の頭上に、ぽつ、ぽつ……と、雨粒が落ち始めた。
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そのころ、正門前。
ツバサはバッグから迷いなく折り畳み傘を取り出し、すっと開いた。淡いグレーの布地が、濡れる前に髪を守る。
「……やっぱり降ってきた。予報通りだね」
彼女の目は冷静に空を見上げていたが、その思考はすぐに別の方向へと逸れた。
「……ミナト、傘持ってるかな」
不意に浮かんだその名前に、ツバサは一瞬だけ口元を引き結ぶ。
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その少し前。寮の自室。
サクラはすでにカーペットの上に座り込み、お気に入りのクッションにもたれながら、クッキーを一口。
「ん〜、雨の音と甘いのって合うよねぇ〜」
その言葉に返事をするものはないが、サクラはご機嫌だった。窓の外の雨さえ、BGMにしか感じない。
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ツバサと同じタイミングで、カナデも傘を開いていた。だが彼女の視線は、斜め前を歩くツバサの背中に釘付けだった。
「……やっぱり、ミナトのこと気にしてるよね。わかりやすい」
自分の中で分析を繰り返しながら、カナデはツバサのペースに自然と合わせて歩く。
「もし傘を持ってなかったら、ツバサがどうするか……それが見たい」
その顔には微かに楽しそうな笑み。
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一方、ミナト。
空からの雨が勢いを増してくると、さすがにその脳天気も揺らぎ始めた。
「あれ? なんか本格的に降ってきた? うわー、どうしよう……あ、タオルなら……いや、濡れるよなぁ〜」
彼は制服の袖で頭を拭きながら、慌てず騒がず、のらりくらりと歩いている。
「でもまあ、どうせ濡れても家(寮)すぐそこだし、いっか〜」
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そのとき。校舎内の職員室前。
ミコトは、担任との話を終えて廊下に出た。窓の外を見て、ふっと眉をひそめる。
「……降ってきたのか」
足早に廊下を進みつつ、スマホを開いて、ある人物の位置情報を確認。
「ミナト先輩……傘、持ってないよね」
小さくため息をついた彼女は、持っていた2本目の傘を持ち直して階段を駆け下りた。
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時を同じくして、ツバサも角を曲がったところで、ついにミナトの姿を発見した。
「……やっぱり」
彼は案の定、びしょ濡れのまま平然と歩いていた。
「ちょっと!」
ツバサが声を上げた瞬間——
「おー、ツバサー! なんか雨降ってるっぽいね」
「“っぽい”じゃなくて降ってるの!」
ツバサは呆れたように言いながら、自分の傘を傾けてミナトの頭を包んだ。
「ほら、入って! もう……」
「おお、助かる〜。ツバサ、優しいな〜」
「当たり前でしょ、風邪ひくってば……!」
ミナトの顔を見ないようにしていたツバサだったが、その横顔にドキリとして、顔を背ける。
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そんな二人の後ろから、傘をさしてゆっくりと歩いてくるカナデ。
「……あ、やっぱり合流した」
一人で納得したように呟くその姿に、近づいてきたミコトが一言。
「ツバサ先輩、行動が直情的すぎて観察しやすいんですね」
「……うん、予測しやすい」
ミコトの冷たい眼差しに、カナデは少しだけ肩をすくめた。
「で、ミナト先輩……相変わらずバカっぽい」
「ひどっ! ミコト〜、僕けっこう繊細なんだよ?」
ミコトはミナトの抗議を華麗にスルーして、無言で予備の傘を差し出す。
「ほら、これ。次はちゃんと天気予報見てください」
「え、ミコト……やっぱ頼りになる……」
「三度目はないです。雨の中で凍らせますよ」
「冷てぇ!」
それを見ていたツバサが、思わず吹き出した。
「……ふふ、あはは……ごめん、今のちょっと面白かった」
「笑うとこじゃないよ〜ツバサ〜!」
「でも、傘忘れてずぶ濡れなのに笑顔って、なんなの、ほんと」
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そんな中、サクラは寮の自室で、ふと窓の外を見て呟く。
「……あ、あのへんミナトくんたちじゃない? なんか楽しそう……いいなぁ、雨の中で青春って感じ?」
誰にも届かないつぶやきを残し、彼女はクッキーをもう一枚口に運ぶ。
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再び、雨の中の4人。
「はぁ……世話のかかる先輩だこと」
小声で呟いたミコトに、隣を歩くカナデがちらりと目を向ける。
「……観察者って、案外しんどいよね」
「ですね」
雨は次第に強くなっていたが、五人の距離はそれぞれ少しずつ、近づいていた。
それぞれの感情が入り混じる、雨の帰り道。
誰もが、まだ気づいていない。
この日の記憶が、思ったよりも深く、それぞれの心に残ることに——。




